134.歓楽の街~ささやかな先見
戦国時代には『川並衆』という集団がいたとか。河川の水運で商売をした集団らしいですが。検索すると〔不確かな情報〕とのこと。
実際のところ。武装した『川並衆』がいたなら川が戦場になった。墨俣一夜城で資材を運ぶ他に、もっとたくさん川の水運を利用する武将がいてもいいと愚考します。
それに戦国時代の『川』は現在の『河川工事』を行われた川よりはるかに激流で入り組んでおり。水運を行うのは今より大変だった。渡し船を使うのがやっとで、上流から下流に船で移動するのは困難であり。
別の勢力圏に川船で突入するのは、返り討ちにあうリスクが高いと思うのです。
悪徳の都だったウァーテル。そこで多大な利益をもたらし、膨大な涙を吸ってきた歓楽街の通り。
そこでは聖賢の御方様が都市を支配した後も、変わらずお店が軒を連ねていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。サヘル様!」
「ありがとう。だが今日は長居をしに来たんじゃない。元締めはいるか」
「少々、お待ちください」
その理由は多岐にわたるが。最大の理由は『カオスヴァルキリー』という種族が歓楽街を利用するためだ。
『男娼』を買うためではない。武術・魔術の修行に明け暮れ、性知識に疎いC.V.に手ほどきをするため。
『身体強化』の誤作動でお相手を抱きつぶしたり。毒・魔術の耐性を得た身体の体液で常人を儚くしないために。適切な性教育を施し、最悪の惨劇を防ぐ知識を得る目的を果たすため。娼館の通りは存続が認められたのだ。
「どうぞ。こちらでお待ちください」
「承知した」
もっとも歓楽街の住人たちは酸いも甘いもかみ分けており。存続のネタを得て、それに安穏とし続けるような楽天家ではない。
犯罪、人々の不満を抑制する効果を示し。雇用を産み出し、経済効果の数字を提示して。程度の差こそあれ、戦闘力に傾倒しがちなシャドウ・重騎士たちに芸事を教える。
さらに奴隷を虐待、使い潰す連中の情報を提供するという有用性を示し。その地位を事実上の宰相に認めさせたのだ。
よって中級シャドウのサヘルも相応の礼節をもって、歓楽街の住人たちへ接する必要があり。
「大変、お待たせいたしました。サヘル殿」
小太りだが身軽な壮年の男が挨拶をしてくる。やろうと思えば商人に擬態もできるのだろうに。元は盗賊か冒険者なのか。自らの過去を隠す気はないようだ。
「急な来訪に快く応じてくれてすまない。元締めのことだからもう知っているかもしれないが。
このたびイセリナ様が〈恩赦の宣言〉および〈ウァーテル全体の雇用創出〉を決定した」
「それはようございました。おめでとうございます」
恩赦の宣言:事実上のスラム破壊につながる。盗賊ギルドの残党狩りを中止して、過去の罪は問わない。
ウァーテル全体の雇用創出:正市民も行っていた【どぶ川のお掃除】をスラム住民たちに行わせ。
正市民たちには製塩とそれに伴う商いに移行してもらう。
血の雨が降るのを止めて。好景気をもたらすであろう新事業を展開する。
景気が良くなれば、財布の紐もゆるみ娼館への客も増えるだろう。悪い話ではない。
「だがその前に問題が発生した・・・・・よって対策として今夜の酒代を政庁で奢る。
イセリナ様が今夜、住民たちの勘定をもつことになった」
「随分と急な『祭り』でございますな」
サヘルとやり取りをする元締めの顔に動揺はない。ひょっとしたら正市民がスラムに流入してくる原因を知っているかも・・・とわずかな期待をしたのだが。中級シャドウの実力ではその瞳から内心を読むこどなどできなかった。
「そんな上等なものではない」
「と、仰いますと」
「悪いが色街の勘定を持つことはできない。今回の作戦は急なうえに、市民とスラム住民たちがもめないようにするのが狙いだ」
「フム。もめ事の原因になりかねない。風俗の代金は立て替えられない・・・と」
「すまない。この通り謝罪する」
今夜のウァーテルで出される酒代を持つならば。当然、歓楽街で出される料理と酒の料金もイセリナ様が負担すべきだろう。〔風俗の料金は高すぎるから出さない〕というだけならともかく。明らかに水商売を差別している、不公平な扱いに色街の代表者は納得いかないだろう。
そうサヘルは考えたのだが。
「まあ、やむを得ませんね」
「いいのか?」
「もちろんでございます。酔客に歯止めがきくとは思えませんから」
そう告げる元締めの目は笑っていなかった。痴情・金銭のトラブルなど珍しくもなく。その経験が“タダ酒に酔った連中は必ず無体を行う”と告げているのだろう。
〔食事がタダなのだから色事もタダにしろ〕〔普段は手が出ない高級娼婦に相手をさせろ〕という類のチンピラが現れるリスクを考えるならば。中途半端な〈奢り〉など迷惑でしかないだろう。
「悪いな。この埋め合わせは必ず行う」
「いえいえ。サヘル殿にはいつもお世話になっていますから」
「オレはシャドウとしてお館様の使者を務めているだけだ」
「サヘル様がそう仰るなら、そういうことにしておきましょう」
えらく自分を持ち上げる元締めに対し、底の知れ無さを感じながらも。サヘルは風俗店の界隈に話を通したことを報告すべく。席を立とうとしたところで呼び止められる。
「お待ちください。使いの者なら私どもで出します。サヘル殿は今夜ゆっくりおすごしください」
「そんなわけにいくか」
「しかし満腹になれば、色欲(渇き)を満たしたくなるのが人間というもの。
ふところに余裕があれば、なおさら欲望を満たしたくなるでしょうなあ」
「・・・・・」
元締めの言葉をどう解釈すべきだろう。
〔タダ飯で腹が満たされた者が娼館にやってきて、散財する。絶対に儲かる連鎖をありがとう〕・
・・・と、捉えるべきか。
それともこの程度の関連・影響に考えが至らない。愚かなサヘルを嘲笑しているのか。
「サヘル殿をはじめ、皆々様には貸しばかりたまっております。どうぞこの機会にもてなしをさせてください」
「オレは任務中で仲間も同様だ。そんなわけにはいくか」
接待を受けるなど、どこの小役人か。シャドウ一族を奴等と一緒にするな。
「では太守様のお許しをいただければ、お泊まりいただくということで」
「バカな。そんな許可がおりるわけないだろう」
『いいよ~。御馳走になってきてね~』
そんな『フォトンワード』が送られてくると。この時、サヘルは夢にも思っていなかった。
だからと言って『川並衆』の原型となった集団まで否定すべきではありません。私は高確率で『川並衆』に準じる組織は存在したと愚考します。
その根拠は【人間は生きるのに塩が必要】だから。さらに『武田信玄』は隣国から塩の販売を封鎖され。戦国“乱世”において、それが唯一無二などということは有り得ないと思うからです。
つまり『川並衆』というのは内陸へ密輸してでも【塩】を運び込む。陸路だけでは検問をくぐり抜けるのは困難ですから、水運を使ってでも【塩】を山国に流通させる。
【塩】を買い付けるため、山の稀少な品を売りさばいた。『川並衆』は悪く言えば密輸を行う闇商人であり。良く言えば【塩】という生命線を支える商人勇士がモデルになると愚考します。




