130.金輝のコイン~作戦の話
“忠臣蔵”の主役と言っていい“大石内蔵助”。“忠臣蔵”を嫌いな私にとって“大石”は報復テロのリーダーでしかありません。ちなみに某映画では“愛人を三人も抱えて”いるというくだりがありますが。
〔そんな金があるなら吉良上野介に授業料を払え!それ以前に主君が厄介な役目を命じられないよう工作しろ!〕と言いたいです。
もっともそれは無理筋が過ぎるというもの。赤穂にとって江戸は遠い異郷に等しく。遅れたニュースが届けばマシという有様。その映画では“江戸への移動費もシャレにならない”というくだりがありますが。
赤穂にいる国元家老ができることは『人』『金』を江戸に送るくらい。それも成功するかは分の悪い賭けだった。江戸のことは江戸にいる藩士に任せるしかなかったと考えます。
スラムの一画。元盗賊ギルドのアジトを改造して広げた空間では複数の人間たちが作業をしていた。
食材を刻んだり下味をつける者。焼き台を清掃し、火力を調整する者。さらに内臓を煮込み、術式によって灰汁を取る。料理の仕上げを行い盛り付けを行う者。
「オオオオオオオオオオーーーーー」
「やかましい!雄たけびなら戦場で上げろ‼」
「貴様もだ。唾液が料理に入ったら責任を取ってもらう」
「「……了」」
身体能力と術式の力によって食材を糧食へと加工する。料理人とは比べるべくもないが、住民たちの飢えを満たす任務を成し遂げるべく。シャドウ、重騎士の垣根を越えた厨房が稼働していた。
その様子を姉妹のカオスヴァルキリー二人が見物していた。もはやあれこれ口出しを行う必要はほぼなくなり。
〔補給の有無が勝敗を分けるなら。補給を活かす手段を持つ軍団が勝利をつかみ取る〕
そんな教育が行き届き。シャドウ、重騎士のほとんどが戦場料理を作れるように成る。
もっともイリス姉上が料理をしている隣で“味見係です”と言える蛮勇の持ち主などいるはずがないとも言うが。
『それで姉上。盗賊連中がスラムに病毒をばらまく件は片付いたのでしょうか』
よってC.V.二人が『光術信号』で内緒の作戦会議をしても問題はない。
むしろトップの二人はこちらを優先すべきだろう。
『ほぼ任務完了と言っていい状況かな。ガンバッテ毒を調合したんだろうけど。ボクを相手に錬金の魔術を使ったのは悪手だったね』
術式干渉:アルゴスゴールド。表向きは〈視線の魔力に干渉して、攻撃魔術の照準を操る〉魔術能力ということになっている。
だが実際は〈周囲の魔力を吸収して発動する魔術に対して。周囲の魔力に擬態した光の魔力を侵入させてコントロールを奪う〉というのが『アルゴスゴールド』の正体だ。
よって常態的に周りの魔力を集め貯めている疑似クリーチャーにもイリスは干渉が可能であり。
『アルケミックライト』による〈透過〉の力を使えば、体内に隠された『毒』を発見し。その組成をいじって無毒化することもできる。
『それはようございました。ところで・・・このように住民たちに御馳走をばらまいて良かったのですか?』
イセリナが最初に立てた作戦の〈スラム破壊〉を行うならば。何らかの理由をつけて住民たちに牛肉を食べさせ。それを発動条件にして『数日間眠り続ける呪術』をかける。
そうして彼らが眠りから目覚めた時には全て終わらせる段取りだった。上下水道を作り、集合住宅を建てる工事を完了させ。盗賊ギルドに協力している者たちが眠っているうちに排除する。そうしてC.V.に都合の良い領域にスラムを改造してしまう。
『スラムの収入では一生食べられない御馳走を提供した。だから“地上げ”をさせろ。初回ならみんなが驚いているうちに終わらせられるかな?』
それらの行動に不信感を抱く者がいてもかまわない。これから都市ウァーテルは魔術が飛び交う、混沌都市と化すのだ。他に生きていける場所があるなら移住すればいいし。
陸戦師団の重騎士に人が住まう建物の破壊をさせるより。眠らせている間に全て終わらせたほうがはるかにマシだろう。
『しかし【恩赦の宣言】を出した以上〈眠りの呪術〉を行うわけにはいきません。
そうなると牛肉料理はスラムに住まう者たちに過ぎた贅沢になってしまいます』
『御馳走を食べたらボクたちに依存する。
今までの味気ない少量の食事に耐えられなくなる...と?』
うなずくイセリナに対し、ウァーテルのトップは酷薄な笑みを浮かべる。
『別にかまわないよ。御馳走が食べたいならボクたちが紹介する仕事に就くといい。盗賊ギルドに従って端金を得ても、この御馳走は永久に食べられない。
そう宣伝しつつ区画整理と仕事紹介をするからね』
イリス姉上は善意の勇者ではなく。このウァーテルを支配する最高権力者だ。継続的な炊き出しどころか、食糧事情すらコントロール可能な権限があるわけで。『眠りの呪術』で事を進めるより容赦のない計画だった。
それは明らかにC.V.仲間を討つのに協力したスラム住民たちへの復讐を兼ねている。そう思うのはイセリナだけではないだろう。
『ボクの計画だと経済封鎖をかけられると困るけど。海運があり、交通の要衝であるウァーテルにそれをやるのはコストが高すぎる。
何より病毒をばらまく策を弄するなら。そろそろキラーを送ってもいいんじゃないかな』
キラー:戦闘に特化した殺戮も行う刺客術者をさす。その活動はどこかで文字通り血の雨がふることと同義だが。戦争種族(C.V.)であるイセリナにとって、それは自業自得としか言いようが無い。彼女たちは正義の味方ではないのだ。
イリス姉上の計画はさすがと言うべき内容だった。
ただ一点を除いて。
「ところで姉上。私はもっと牛肉の丸焼きを食べたいのですが」
「ッ!?」
『フォトンワード』を使わず肉声で話す。部下たちにも聞こえる〈声〉で話す。
「そろそろ大事な作戦会議も終わりましたし。『フォトンワード』ではなくおしゃべりを楽しみたいですね。そう言えば『アルケミックライト』の味付けはどんな感じでしょう」
何気ないオハナシ。何と言うことの無い雑談。だがその内容とは裏腹に空気は重くなっていき。
心なしか戦場料理を作っている部下たちの動きも悪くなっているようだ。彼らと一名の表情がひきつっているのはイセリナの気のせいではないだろう。
「あ・ね・う・え?」
「・・・『ボ~くはカワイいメイドさん。美味しい料リを作っている間は口を開けないんだよ』」
「そうですか。それでは私の政敵も呼び出して、ゆっくりオハナシいたしましょう」
『ゴメンナサイ。ボクの負けだから、それだけは許して!』
裏技というより邪法に近い光属性呪術の『暗夜の灯光』。それは感覚器官に微粒子の光を付着させることで感知能力を阻害する。眼球にかければ錯覚を誘発し。耳の鼓膜にかければ空耳に苦しむ。
そうして舌にかければ味覚障害を引き起こす。術者であるイリス姉上の味蕾・舌の細胞を代償に捧げてだ。
おおかたこれで子供、老人などの弱者が御馳走に溺れ過ぎないよう。味覚に干渉し続けていたのだろうが。
だったら最初からマズイ料理を作ればいいだけの話だとイセリナたちなら考える。だが身体に吸収される栄養価を高めるため、調理方法で手抜き?をするわけにはいかないとのこと。
「伝令、伝令でございます!市街地の正市民たちがスラムへと進入しております!!」
その知らせが届くまで。イセリナの姉上に対するオハナシは懇々と続いた。
そもそも江戸時代に施行された参勤交代のシステム。その前提となる江戸と国の『二重生活』を送るシステムこそ“忠臣蔵”の元凶ではないでしょうか。
行事、儀式が重要な江戸時代において。江戸に住まう大名は本拠地の定例行事を執り行うのに加えて。諸大名、幕府とのまっとうな外交、冠婚葬祭だけでも出費は大きいですが。実際には防犯、怨恨にスキャンダル対策など大っぴらにできない軍資金も必要であり。
これに美食、美術品に遊興費が加われば【大金があれば何とかなる】という域を超えています。アレルギー、贋作に女性トラブル。金の力だけで解決できないことはいくらでもあるでしょう。
他にも領地の頂点に君臨する某殿様にとって。江戸にはいくらでも格上の大名家がおり気をつかう必要がある。家柄の低い武士だろうと幕閣にはペコペコしなければならない。そんな諸々のストレスによって追い詰められ暴発した。私としてはこんな妄想をしてしまいます。
まあこんな事実があったとしても。〔吉良家に逆恨みするな。決死の仇討ちをするなら幕府にやれ〕という考えに変わりはありませんが。




