13.影たちの輪舞
子供のころの私にとって異能者とはイコール忍者のことでした。
エスパー、魔術師の両方とも能力がマニュアル化、系統による分類がされていて。特殊、固有能力という感じがしなかったのです。
特殊な術としてびっくりさせられたのは忍術、忍法でした。
悪徳の街ウァーテル。そこでは異常事態が発生していた。
強盗、追剥の獲物であるべき商人。その護衛がよりによって盗賊ギルドのメンバーに反撃している。
他所の街ならともかく、ウァーテルでそのようなことは許されない。しかるべき制裁を加えた後に、盗賊ギルドに逆らう恐ろしさを知らしめ。見せしめにする。
あるいは有益な情報を吐かせるため、死が救いとなる苛烈な拷問でもする気だろう。
だから護衛を装った者を、屋根の上から包囲したにもかかわらず。毒を塗られた飛び道具は放たれない。
その状況に、護衛のふりをしてウァーテルに侵入した。シャドウの一員であるライゾウは心底あきれ返っていた。平和ボケにもほどがあると。
「てめえっ!おとなしくしろっ‼」
「この人数相手に勝ち目があると思っているっ⁉」
のんきに降伏の口上を述べかけたチンピラの喉笛を、縦の跳躍と同時に小刀でかき切る。そいつが倒れこむのを待たずにライゾウはつぶてを投げ放ち。けん制のつもりで投げた礫は外れることなく。彼を包囲する盗賊ギルドの構成員たちの急所に吸い込まれていく。
それを視界の一端におさめつつ、ライゾウは着地と同時に横っ飛びの跳躍を行う。そうして自分を包囲する連中がたたずむ、もう一つの屋根上に飛び移った。
「なっ⁉」 「きっ!げぼラァッ」
屋根から跳んだ程度の機動に驚いている奴に対し、ライゾウは移動の勢いを加えた手刀を繰り出す。その手刀は防御されることもなく。首の骨を折った感触をライゾウに伝えてきた。
「・・・・・ハァ」
ライゾウのこぼした吐息はため息か逡巡なのか。一瞬で包囲網の3分の1を食い破った彼に高揚感はない。予備知識としては知っていたが、盗賊どもの弱さにシャドウの末端としてあきれ返っていた。
世間では〔腕利きの盗賊が成長すると忍者になる〕というオハナシがあるそうだが。そんな奇跡はあり得ない。こいつらがクラスアップしたところで成れるのは、盗賊団のボス猿がせいぜい。厳しい訓練を受ければ密偵、偵察兵に暗殺者に就ければ御の字といったところか。
一瞬、慈悲をかけて降伏を促してもいい気がしてきた。同時にライゾウは「主から賜った異能はできるだけ使うな」と命じられた理由を理解する。この程度の連中に至宝を披露するなど、露出癖があるに等しい。
「・・・・・っ‼」
そんな傲慢の思考に浸りかけたライゾウに冷や水が浴びせられる。
彼のバックアップ・・・ということになっている班長。もとい偽物の商人を演じていたシャドウの殺気、催促ではない。
正門に突撃を仕掛けたライゾウの主。聖賢の御方が任務を完了する『カウントダウン』を投光してきたのだ。主の下僕たるシャドウのみが視認できる。光の波長で描かれた『光術信号』の打ち上げ。
それは愚劣な優越感に浸っていたライゾウの心胆を瞬時に覚醒させる。
「ま、待ってくれ!」 「ギルドに逆らう気かっ⁉無事ですむと思って・・・」
「問答無用。我らが主に不快感をもたらした。その愚行を後悔して地獄に逝け」
そしてライゾウはかつて忍者刀と呼ばれていたソードを抜いた。
悪徳の都市ウァーテル。そこでは前代未聞の事態が発生していた。凶悪極悪の代名詞である盗賊ギルドの構成員。連中が街中で殲滅されているのだ。
「どこだっ!どこに逃げやがった!」
「探せっ。そう遠くには行ってないはっ・・・」
セリフの途中で暗闇から伸びてきた影が先頭の男の首筋をかき切る。それと同時に最後尾で逃げ腰だった小男が音もなく消えた。
「その通り。弱い貴様らから逃げる理由などない」
「ただ、少しばかり迅速に始末をつけたくてな。児戯だが挟み撃ちにさせてもらった」
血の臭いを漂わせた仮面の黒装束が二人。裏路地にいる盗賊たちの前後を押さえる。それは屋根への跳躍を一瞬で可能とする、シャドウたちにとっては子供だましの包囲にすぎない。
何しろチンピラ、ゴロツキたちときたら、屋根の上を感知できない。それどころか屋根の上を疾走するモンスター程度の動きすら、想像できているか怪しいものだった。
よってシャドウたちは暴力集団の追手をまくのも、包囲を抜けるのも自由自在であり。路地という檻で見えず、動けずの盗賊たちに奇襲し放題というありさまだった。
「クソッ、ひるむな。数はこっちのほうが多いんだ。一斉にかかれぇ‼」
その号令に盗賊ギルドのメンバーより先にシャドウたちが動き始めた。片手に短刀を構えつつ、もう片方の無手を繰り出す。その拳、手刀はほぼ一撃で包囲の内側にいる獲物を屠っていく。
「くっ、奴ら何か隠し武器を持っているぞ‼」
「・・・・・まぁ、そう思いたければドウゾ」
〔・・・・・こいつら素手の戦闘を知らんのか〕
シャドウたちは胸中であきれていたが、闇の住人にも破戒モンクの類ぐらいはいる。
ただ構えたダガーに視線を引き寄せ、その隙をついて凶手をふるう。そのレベル、タイプの戦闘員を知らないだけだ。
盗賊ギルドの連中がえじきにするのは素人か、暗殺の恐ろしさを知らない戦士まで。モンスターやそれより強い魔性と連戦するシャドウたちにとって。チンピラの鈍さ、弱さは理解の外にあった。
格闘術が有効な怪物と接近戦のリスクが高い混沌。それらと戦闘経験があれば、この程度の『技法』など下級シャドウでも会得できる。それがシャドウたちの常識である。
「ッ‼・・・・・⁉」
急加速して跳んだアサシンシーフが、カウンターの拳を腹部に受け。その身体をくの字に曲げて吹き飛ばされる。それを見て背を向けたシーフが見たのは、変わることのない殲滅戦だった。
「待てっ、待ってくれ!降参する。だから見逃してくれ!」
「まあ、貴様らザコ以下の命などいらんが」
侮蔑の言葉にも屈辱を感じることはないのだろう。プライトも復讐も命があればこそだ。
そんな心の折れた盗賊ギルドのメンバーに、シャドウたちは容赦なく刃をふるう。
「ガハァ⁉な、なんで・・・」
「主のご下め・・・・・ゴホン、お前らみたいに背中から刺すしか能のない連中を見逃せるわけないだろう」
「今までの行いを鑑みるんだな。俺たちに手を出せなくとも、聖賢の御方様が所有される、財である民を食い物にして生きる。そんな“害虫”は抹殺と決まっている」
傲慢な物言い。そんなシャドウたちに不幸が降りかかる。商人に扮していた女シャドウがナイフを突き付けられて現れたのだ。
「「げっ⁉」」
「た、助かった。おい貴様ら人質の命が惜しければ」
「いつまでこの程度の屑と戯れている気かしら」
その言葉とともにナイフを突きつけていた、ダレかが霧のように消える。同時に幻影のナイフをのどにあてていた、ダレかが不可視の斬閃を放った。
それにより暴力担当だったシーフの一団は瞬時に永久に沈黙する。それは先ほどまでの殲滅戦が一応は戦闘の範疇に入るものだったと、下級戦闘員二人に知らしめた。シャドウ二人は文字通り恐怖で固まる。
「作戦行動中だ。ここで説教などする気はないわ。ただ一言だけ言っておく。戯言をさえずる余裕があるなら昇格の試しを受けなさい」
「いや、それは・・・・・」
「い、今は任務中でございますし」
「・・散開」
そんなやり取りをかわした後に、シャドウたちは再び裏路地に消えていった。
現在でも忍びの技には驚嘆しますが、魔術は世界規模で多様化しています。
『杖』などの発動体がないと魔術の使えない魔術師はもはや少数派であり。昭和の古典と化しているのでしょうか。




