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129.炊き出し饗宴

 “忠臣蔵”それは私にとって“バカ殿がやらかしたあげく、家来が報復テロまでやらかした”ロクでもない話です。


 そんな“忠臣蔵”を正当化するときに『喧嘩両成敗』を持ち出す。浅野家の勢力が『喧嘩両成敗』を適用されなかったことに、不満を抱く場面があり。それが仇討ちにつながるとのこと。

 子供のころはそれに納得しました。そして一昔前には〔背後から凶器による先制攻撃はケンカじゃない〕という程度に考えていました。


 しかし今なら断言できます。『喧嘩両成敗』が適用されようとも浅野内匠頭は切腹で当然の処置だと。

 『喧嘩』ならその原因を調べ言い分を聞く必要がありますが。バカ殿の凶行は明白な【別件】であり。江戸時代でなくとも大逆になりうる案件です。

 都市ウァーテルのスラム。そこでは聞いたことの無い、異様な炊き出し?が行われようとしていた。


 檻の中での闘牛?に始まり。事実上のスラム破壊となる“残党シーフ狩り”を行わないという宣下がなされ。

 それらのことがどうでもよくなる【牛の丸焼き】が調理されている。しかもギルドのボスでも食べられないであろう、最高の調理がほどこされ。暴力的な匂いがスラムの広場に渦巻いている。

 誰に聞いてもこれは炊き出しではない。だから本来なら炊き出しを必要としないゴロツキのザジが行列にならんでも、問題はないはずだ。


 「「「「・・・・」」」」「列を乱すな!」「割り込みの類は、強制的に最後尾だぞ!!」


 もっとも強面こわもての重騎士たちの意見は違うらしい。

 〔少しは遠慮しろ〕〔自分の金で酒場に行け〕

 〔最後尾に送るときは立ち上がれないようにしてやる〕


 殺気に近いものを放っている筋肉の塊たち。奴等がザジたち大人の野郎を隙あらば排除しようと考えているのは明白であり。いつものように大きな声(ぼうりょく)で要求を通すのは自殺行為に等しい。


 そんな中で牛の丸焼き、シチューは完成した。


 「【わ~美味しそう。会心の出来だし、ボクも食~べよっと】」


 「「「「「「「「「「・・・ッ!?」」」」」」」」」」


 その時、前代未聞の想像もしなかったセリフが飛び出す。スラムで権力者が食事をとる。それもこれから炊き出し?で配られるものを食べる。サジたちは妖術、空耳を疑ったが。

 イリスと名乗った武装魔女は平気で肉を貪りはじめ。


 「ア・ネ・ウ・エ!」


 「ああゴメンねイセリナ。はい貴女の分だよ」


 続けて同じ顔の妹?や家来まで順番に丸焼き、シチューを貪り喰らい。咀嚼音と匂いの暴力が広場に蔓延していく。それはスラムに住む者の警戒・危機意識を沈黙させ。

 代わりに〔権力者と同じ物が食べられる〕〔筋肉ダルマに御馳走を食べ尽くされる〕という。期待と焦燥が入り混じった思考がザジの中で肥大化していく。


 〔もう我慢できない〕


 「それではこれより肉料理を配る!全員、順番を死守して並べ。

  “他人に迷惑をかけた”物には一片の肉もやらん!!〔ゴロツキ共は順番を守らない。そうすれば肉は俺達のものだ〕」


 危うく破滅の一歩を踏み出そうとしたザジだが、巨漢の視線で踏みとどまる。


 「チィ・・・」


 「ヘヘッ・・・」


 オマエラの思い通りになどなるものか。その意思をこめてザジは笑い。


 スラムでは有り得ない。誰もが行列に並んでいる異常に気付くことはなく。肉の切れ端(ステーキ)にかぶりついた。






 スラム。そこは悪徳都市の中でも最底辺に位置するエリアだ。泥水をすすりゴミをあさって病気になるか。はした金のために暴れる捨て駒となるか。

 その選択が出来る者、出来るうち(・・)はまだマシであり。心と身体のどちらが弱っても、奴隷以下のオモチャや生贄いけにえとして狩られてしまう。


 少年のポッカにとってスラムは糧を得られるが、話に聞く危険極まりないダンジョンに等しく。食い物が出るからといって『炊き出し』の列に並ぶのは危険を伴う。腹がふくれて逃げ足が遅くなったら、普通に命が危なくなるリスクをはらむ。


 「・・・いただきます。・・・貴方たちも順番に食べていきなさい」


 「「「「「「御馳走になります!」」」」」」


 だがそんな危機意識も、肉をかじりむさぼる咀嚼音を聞いてかき消えてしまう。


 〔オイラの分はあるのか。オイラも食べたい。オイラの分がなくなってしまう〕


 残飯どころか屋台の近くでも嗅いだことのない、食欲をそそる匂いに正気を失いそうになる。せめて目の前で家畜ウシが切られ、焼かれるのを見ていなければ。珍しいタバコか毒薬クスリの臭いと思い込むこともできたのに。

 あらゆる情報がポッカに御馳走の存在を伝えていた。


 「もうガ…〔マンできない〕」


 「それではこれより肉料理を配る。全員、順番を死守して並べ。

  “他人に迷惑をかけた”者には一片の肉もやらんぞ!!」


 衝動のまま肉を盗もうとする踏み込み(タイミング)をつぶして、『警告』がポッカたちに突き刺さる。屋根の上を疾走するシャドウシーフから逃げられるはずがない。その判断がポッカたちをおとなしく炊き出し?の列に並ばせる。

 そうしてポッカたち孤児仲間の順番になり。



 「そら。大事に食え」


 「・・・・・」


 子供たちに渡されたのはスープだった。しかも具の少ない薄い色のスープであり。スラムの大人たちが食べている大きな肉(ステーキ)とは比べるべくもない。

 こうなることは予想できていたが、実際に目の当たりにすると泣きたくなってしまう。


 「静かに(・・・)食べろよ」


 「・・・・・ッ」


 涙をこらえてスープを飲み込む。


 「ーーーッ、ー~ー⁉ンーーー!!!」


 ポッカに今まで口にしたことのない何かが流れ込む。暑い日に飲むきれいな水のようさわやかなのに。

 干し肉、串焼きよりずっと味が濃い。それも塩辛い肉の味ではなく。いつ食べたかも覚えていないシチューと飴玉かんみを混ぜたような不思議な味だった。


 「そうかっ!これがきっとポーション」


 ピカピカと魔法の光を操る新しいシーフたち。きっと魔法の薬をシチューに加えたのだろう。この情報はきっと高く売れるに違いない。

 そんなことをポッカが考えているうちにポーションスープはなくなってしまう。


 〔仲間にも分けないと〕〔一滴も残さず舐めたい〕


 そんな考えが渦巻くポッカの手から器が取り上げられた。


 「ああっ、オイラの・・・」


 「ハイハイ、炊き出しは一人一杯づつ。食べ終わったら器は返すこと」


 炊き出しの不文律を言われてポッカは黙り込む。だがスープの器を求め、無意識に手が伸びてしまい。


 「フフッ、二杯目が欲しいのかな?」


 「・・・・・」


 シャドウの女に笑われる。それに対し、ポッカは口を引き結んでにらみつけるしかない。

 どうせ追加のおかわりなどあるはずもないのだから。


 「いいわ。この炊き出しを手伝ってくれるなら、もう一杯あげる。お仲間も呼んで仕事するなら焼いたお肉も少しつけようか」


 「・・・ック」


 選択の余地などない。こうしてポッカは肉の誘惑にからめとられた。





 下級シャドウの一人ライゾウ。聖賢の御方(イリス)様から『アルゴスプリズム』の御力を授けられたにもかかわらず。能力・技能の上昇がいまいちだった彼は市場で食材を買い集めていた。


〔牛一頭ではスラム住民に配る肉が足りなくなるかもしれない〕という事態に備え食材の買い足しを行いつつ。人通りの多い市場周辺を見回りする。

 はっきり言って戦場の端っこに配置された気分であり。もっと手柄を立てる機会をもらいたいと思いつつ。食材を買い込み、それらをかついで屋根上を駆けてスラムの広場へと向かった。


 「ッ!?」


 その瞬間、ライゾウは異常を感知する。血を材料に使った、食欲を増進させるお館様秘伝のソースが鼻腔をくすぐった。

 だが市場とスラムの距離を考えれば。その他諸々の匂いが漂うことを考えれば、ライゾウの嗅覚でそれを捕らえるのは不可解なはずなのに。


 「誰か風術で匂いを拡散させたのか?」


 そんな疑問を抱きつつ移動するライゾウの前で、違和感は確信に変わる。スラムを毛嫌いしているはずの市民がスラムへ向かっていた。聞き耳を立てるまでもなく〈牛の丸焼き〉というセリフが聞こえてくる。

 その流れは徐々に大きくなり。


 「おい!ここは通行止めだ!!」

 「市民がスラムに何の用だ。理由を言うまでここは通さんぞ!」


 「これはいったい・・・」


 危機を感じた陸戦師団の重騎士たちが人の流れを阻んでいる。だが『スラムに進入禁止』などという布告を出しているはずもなく。明らかに不満を抱いている市民に押されつつあった。

 というか数人の市民が既に隙間をぬってスラムに入り込んでいる。それは防衛戦に優れている重騎士たちにはありえない醜態であり。現場の騎士がとっさに通行止めを行ったものの、困惑している様子がありありと見て取れた。


 「異常事態かよ。こうなったら・・・」


 ライゾウは懐から小さな笛を取り出す。そうして常人には聞こえない響きを笛から発し、仲間を呼んだ。

 映像作品の“忠臣蔵”だとカットされたり“どうでもいいシーン”として扱われますが。


 バカ殿が切腹を命じられた罪状は【朝廷の使者が通る廊下を血で穢した】ことです。

 【朝廷】という外交の相手。敬意を払い尊重しなければならない使者。その『朝廷の使者』が血の穢れに触れたら、使者を送った京都御所への大変な無礼になり。接待に関わった他の大名、幕臣まで切腹をするはめになる。

 江戸幕府、他の大名に朝廷まで巻き込みかねない大事件です。


 そもそも現在でも『撮影所の通路』『役者の花道』や『外交官の通り道』に“血の穢れ”をぶちまけたら。撮影スタッフは激怒、舞台は台無しになり外交問題になるわけで。それを封建社会みぶんだいじの一大行事にやらかすなど、幕府はもちろん他の大名たちも迷惑千万だったでしょう。


 その原因が『授業料を踏み倒す』『時、場所に手段を選ばない外様大名みぶんがひくい』バカ殿の凶行によって引き起こされる。幕府が切腹を命じるのは当然であり。家老や教育係の責任問題にしなかったのは温情でしょう。


 それなのに“喧嘩両成敗を適用しろ”“即日、切腹はひどい”などと主張するのは暴論であり。

 その連中が主張する“吉良吉影がイジメをした”件を疑っていいと愚考します。

 最低でも【全勢力に迷惑な】外交問題になる【廊下を血で穢した】罪状・真実について周知徹底すべきでしょう。聖域だいじな通り道に“血をばらまかれて”も笑って許せるなら別ですが。

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