127.アルケミックライト
戦国大名たちのスキルについて、皆さんは疑問に思うことはないでしょうか?
私は戦国末期~江戸初期の武将たちが『築城』を行ったと聞くと首をかしげます。文武両道の非凡な武将はいたでしょう。あるいは様々な技能を持つ家臣団を活かせなければ、名を上げる以前に家を守ることすらできません。
それでも大名の中に『築城』を行った者がいると聞くと、不可解に感じる。軍務内政を行う多忙な大名が、当時の建築技術で最高峰の『築城』を行うのはオーバースペックだと思うのです。
光属性のC.V.イリス・レーベロア。彼女は『聖賢の御方様』などと讃えられているが、その能力は戦闘に比重を置いており。政経・技術開発に関しては妹、友人や部下たちに頼りきりだ。
それでも賢者モドキとして扱われるのは『知識の巨人』たちの肩に要領よく乗っかっているから。複数の『先人の知恵』を掛け合わせ、その完成形をイメージできる『認識変動』の術式能力を使えるからだ。
スラムの破壊は中止され。きれいな水を作る働き口の始まりを祝う『宴』が催される。あるいは人気取りを目的とした牛の丸焼き・炊き出し?が始まろうとしていた。
「よ~し、お肉を焼くよっ」
「かしこまりました聖賢の・・」
「イ・リ・ス!今のボクはメイドさん。それに料理中に長い敬称を呼ぶなんてナンセンスだよ」
「そんなっ!畏れ多い…」
渋るシャドウのイスケを強権を使い〈イリス様〉と呼ばせるようにしてから。
イリスは『錬金光術』の準備を行う。その横ではシャドウの注目株が風の術式を発動していた。
「炎よ。風の道を走り、旋風のごとく渦巻け!『追風』」
イスケの術式により焼き台の火勢が一気に強くなる。燃焼成分が風術によって集められ、火力を増幅しつつその形状を操作された。そうして『火柱』→『火炎蛇』→『火の帯』へと変化した熱量は螺旋の渦を描き。解体され、吊り上げられた牛の巨体を満遍なく覆っていく。
「ウェアル君!」
「ここにっ」
続けてもう一人のシャドウに薪を追加させ火力を維持させる。その結果、せっかくの牛肉を灰に変えてしまう炎が放たれ続け。
「表面は焼けたね。それじゃあ『アルケミックライト』。
ボクの神聖ではない『光』たち。今日の素材は丸一頭の牛、作るのは饗宴の御馳走だよ」
その言霊によってまず薪と炎が『錬金光術』の魔力によって浸食される。続いて吊るされた巨大な肉の表面を光の膜が覆い。そこから丁寧に牛の筋繊維に合わせたライトの導線を構築していく。
イリスの視界ではピカピカと眩しく光る肉の塊ができあがり。それを風で煽られた火力が焼いていく。
「「イリス様…」」
「大丈夫。このまま焼いて」
「「かしこまりました!!」」
〈牛の丸焼き〉名前の響きはいいが事実上、美味しくない料理と言っても過言ではない。
火力が弱ければ中が生焼けになり。火力が強ければ火の近くが炭化する。そもそもたき火では吊るした肉の下部にしか熱が通らず。巨大な肉の塊のため小型の豚、鳥や魚のように、肉を回してまんべんなく火をあてることもできない。
そうして全体が焼ける時間が経過した時には肉汁が滴り落ち排出され。牛の丸焼きは巨大さだけが魅力の肉塊と化している。
「火の旋風には『照射』の術式。肉の表面は『反射』による保護。
そして筋繊維に『透過』した光は状態の把握。導線の熱が七割通ったら、熱伝導を閉鎖する。
フライパンと大釜の巨人たちよ踊って『アルケミックライト』!!」
イリスとしては珍しく長々と呪文を唱える。【光の三元】はイリスにとって基礎の術理だが、魔術による料理は専門外だ。調理失敗などとならないよう隙だらけの呪文を唱えるのもやむを得ない。
「それじゃあ。二人とも!牛の丸焼きは任せた。
肉の焼き加減がわかるように…『アルゴスプリズム』」
「おおっ!」「これがプリズム…」
〔料理のために重要術式を使うな!〕というイセリナの視線を感じる。とはいえイリス、シャドウたちのどちらも本職の料理人ではない。その腕を補うためにも『アルゴスプリズム』は必要だ。
それにイリスは〈牛の丸焼き〉だけに全力を傾けるわけにはいかない。
「陸戦師団のみんな!準備はいい?」
「「「「おおっ!」」」」
イリスの呼びかけに応じ、巨漢の戦士たちが水の入った巨大鍋を運んでくる。そうして素速く水を沸かす準備を始め。その傍らでイリスはメインの料理『煮込みシチュー』に取りかかった。
まずは牛の内臓から汚れを取り除く。内臓にこびりついている血、排泄物に『錬金光術』の付与を行い。食べる内臓と分離しやすくなるよう、汚れに〈硬さ〉を与え。
はがしやすい〈薄皮〉のようになった内臓の汚れをイリスは次々と除去していく。
「ボクの消化力なら焼けばこの血も食べられるんだけど・・・」
「・・・・・ッ」
イセリナの気配が危険域に達しており、それはやめたほうがよさそうだ。とはいえ住民たちの目があるこの場で、悪血を地面にぶちまける。彼らがお掃除している通りを汚すのはイリスの望むところではない。
「イセリナ団長。マイアの力を貸してっ!」
「・・・・・」
「姉上の指示に従って」
「承知した」
チャクラム使いのC.V.が許可を得てやって来る。彼女に魔術円陣を描いて回してもらい。
『アルケミックライト』
それをイリスは錬金の陣に改造する。そこに捨てるしかない内臓の汚れ・骨片を投入して、しばらく待つ。すると汚染物質は分解されて地中に沈み。
「「「「「・・・・・!?」」」」」「これはっ?」「「「ゴクッ」」」
『錬金光術』の円から食欲をそそる香りが放たれ始める。本来なら薬を作る時のように悪臭が放たれるのだが。回転する錬金の陣は香り・悪臭の成分を分けており。悪臭の成分は地中に沈め、食欲増進の香りだけを放つ細工をするのはイリスにとって造作もない。
「どんどんいくよっ!」
「「「「かしこまりました!!」」」」
汚れを取り除いた牛のモツに塩を揉み込んで下味をつける。さらに食器の準備にスラム住民の整理と。重騎士たちは野営の時とは比べものにならない忙しさに翻弄されつつあった。
「『光術導線』『総員ひるむな!縦列五本、ゴロツキの隔離を維持せよ!』」
『『『『『了解ですイセリナ団長』』』』』
だが行列整理はイセリナの指揮で即座に秩序を取り戻す。ここで我を通そうとすれば巨漢の鉄拳がふるわれるのは明らかであり。一つの生き物と化した重騎士たちの陣形に、不届き者たちは萎縮するしかなかった。
「『アルケミックライト』・・『アルケミックライト』。も一つ『アルケミックライト』~~~」
重騎士たちへ指示出しする負担が軽くなったイリスは牛モツ鍋の調理に集中し。
やがて牛の丸焼きも完成した。
『錬金光術』=『アルケミックライト』:補足ネタバレ説明です。
水槽にためた水に暗がりで光を照射する実験をすると。その光は三つに分かれる。
1.水面に【止まる】》光
2.水面を【透過】して水槽の底を照らす光
3.水面に【反射】する光
イリスはこれら三種類の光を操り『錬金の真似事』を行っています。
物体の表面で【止まり】照らす光は〈牛肉の表面〉を焼き。
【透過】する光は魔力の導線となって熱、塩を牛肉の中に放出・混ぜ込み。
イリスの魔力をこめた火力を肉の表面で【反射】させることで火加減を調整する。
【どぶ川のお掃除】の場合。【透過】する光で水中の汚れに『浮遊灯』『光鎧』の術式をそれぞれかけ。光鎧の重さを付与して汚れを沈澱させくみ取りやすいよう固める。軽い汚れは浮遊灯で水面に浮かばせる。さらに水面に浮いた汚れを【照らす】光によって吸着しました。
実際のところ【照射】【透過】に【反射】という【イメージ】を行うことが重要であり。本職の錬金術師からすれば魔力ゴリ押しに近い錬金モドキです。とはいえシャドウ、重騎士たちからすればイメージの成否は術式の成功率を大きく左右するわけで。
暗がりで水槽に光を照射しただけでイメージする思考を誘導できるなら、お得な術式でしょう。
以上、『アルケミックライト』の補足ネタバレ説明でした。
城攻めの激戦を繰り返す内に、城の構造を記憶し続けた者が『築城』のスキルを得た。建築の天才武将が『築城』スキルに目覚めた。チート勇者?でもなければ、そんな可能性は限りなく低いです。
百歩譲って、そんな天才がいたとして。皆さんはその天才武将に城作り頼めるでしょうか?
私にはできそうもありません。少なくとも屋敷・砦などの建築実績がなければ任せられない。家臣たちも同様でしょう。
大名の顔であり、防衛の際に命を預ける城はそれほど重要な物です。大量の資材、資金をつぎ込み。労役を課した民の負担も大きい。これで“口先だけの築城”“維持・修理費がたくさんかかります”などとなったら大名家が傾きます。
以上のことから“築城の失敗”は下手な負け戦より大名へのダメージが大きい。不良物件ならぬ不良城砦を建てれば、無能の烙印を押されかねない。そのため領国経営で多忙な戦国大名たちが自ら『築城』を行うのは技術力、時間的にきついと思うのです。




