表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/429

118.アルゴスドゥームズ

 私にとっては好ましくない。無意識レベルで“どうでもいい”と思っている『チャリオット』。動物が好きな者としてはいいのですが。『ギリシャ神話』が『日本昔話』と同じくらいメジャーだと思っていた。そんな黒歴史がある身としては大問題です。


 『戦神アレス』『海神ポセイドン』そして『太陽神ヘリオス』までもが駆っていたチャリオット。今は非主流ですが、山賊まがいの醜男だった『冥界神ハーデス』も『ペルセポネ』をさらうときにはチャリオットに騎乗していました。

 四柱もの神々が駆る重要神具のチャリオット。西欧系のファンタジー好きとしては軽視するわけにはいきません。

 悪徳の都ウァーテル。かつて様々な裏の組織が離合集散した罪人つみびとの都であり。周辺勢力のパワーゲームが繰り返された遊戯場でもある。現在はイリスと名乗る小娘C.V.に支配されているものの。

 それは一時的な夢であり、奪還は確定事項だ。よってウァーテルを取り戻すのにどれくらい手柄を立てられるか。そのゲームの結果によりパワーバランスも変化するだろう。



 [生きながら地獄を味わいなさい『アルゴスドゥームズ』]



 そんな甘い考えは一瞬で終了した。邪術士エシュロの役目は魔術の水晶球を操っての情報収集にすぎない。【情報が戦いを制する】とは言うものの、エシュロ程度にその情報を活かす術はなく。

 ギルドの幹部たちや“不都合なモノ”をのぞき見ないよう。管理、飼い殺しにされている水晶の“付属品”がエシュロに課された役割だ。


 [善人シャドウなら正義面して炊きだしを始める。そのタイミングを見逃すな]


 そう命じられてエシュロは水晶球を見続ける。その情報が何をもたらそうが“付属品”の知ったことではない。



 「グヘッ!?ゴッ、ガッ、ギギィ!?」


 そんなエシュロのハラワタがかき回される。腹を殴打されたような。質の悪い酒、タバコに食事を食べ過ぎて痛飲した時のようにふくれ。腹の中がしびれ、震え、かき回される錯覚に陥る。


 「くそっ。魔術耐性を増大、『呪術防御』!」


 水晶球による遠見の術は有用だが、本物の権力者たちには効かない。奴等の拠点にはその対策が施されており。加えて自分たちがのぞき見するのはいいが、他者にやられるのをひどく嫌う。

 だからエシュロのように遠見の魔道具を扱える者は狙われ、半ば監禁されて。そして『遠距離・継続の攻撃魔術』である『呪術』の標的にされてきた。


 「『呪術』で反撃を仕掛けてくるということは、本物の権力者ということか。

   小娘の分際でぇェェェェ-^~:*----」


 エシュロの侮蔑は身体中を走る激痛によって断ち切られる。切られ、焼かれ、骨を折られるような激痛に口から血泡があふれ。それ程の激痛なのに気絶することも許されない。


 「おいっどうしたっ!」「魔術の防御をっ」「もうやっている!なのにっ」


 「ヒューーー、ハッ、ハッ、ハッ!?ギャァァァーーーーーーーーーーーー」


 魔術の防御は破られていない。なのにエシュロの激痛は消えること無く。身体の内側をかき回す幻痛は思考までかき回すようだった。対策は思いつかず、部下たちに怒鳴ることすらできない。


 「このままでは・・・・・」「「・・・・・!ヒューーー、ッ!?・・・・・・・・・!!」」


 野心のある部下が不穏な表情を浮かべる。だが間を置かずに驚愕の表情を浮かべ。喉をかきむしろうと手をやり、そのまま倒れ伏した。


 いったい何が起こったのか。その答えをエシュロは身をもって知る。


 「ノドがっ!み、ミズ、Mいズ・・・を・・・カヒュ・・・・!!!?」


 喉が渇く。そう思った時には全身が水分を求め。身体がばらばらになる激痛以上の苦しみがエシュロたちを襲う。

 [食欲はともかく渇きには耐えられない]盲目のならず者がつぶやいた言葉が頭の中に響き。水を求めようにも、身体は既にいうことを聞かなかった。


 「「「・・・・・、・・・、・・・、・・・・!」」」

 「タ・・・、クッ!?ヒュー・・・、・・・・!」


 時々、身体が楽になるも。それは偽りの希望、次の地獄への助走にすぎず。

 それに気付いた時にはエシュロたちの全てが終わっていた。






都市ウァーテルの中心。政庁の一画でイリスは紅茶を飲んでいた。楽しむためでは無い。

 『共鳴魔鐘(アルゴスドゥームズ)』の触媒として。『遠見』の魔術でイリスたちをのぞき見していた“下っ端”を生き地獄に堕とすため。そのスパイスとして腹の中に入れているだけだ。


 「ん、美味し」


 『アルゴスドゥームズ』

 本来はイリスの経験、術理を促成で教える。成長を待つ時間がなかったり。武術、魔術の反動が大き過ぎて危険と判断した、緊急時に術理を教える。『共鳴鐘音(アルゴストーン)』という固有に近い術式だった。


 しかし乙女の尊厳を踏みにじる“のぞき見”が行われ。イリスの身内が【デリケートな時期】に“のぞき見”をされたあげく。“実戦なら何をしても言い”と賊がほざいたので。

 奴等のルールにあわせ。『攻撃魔術を使えない』というイリスの誓約の中で『報復』をするために『アルゴスドゥームズ』は編み出された。


 「さてと。それじゃあ標的(のぞきま)の体力も回復しただろうし。そろそろ再開しようか。


  『アルゴスドゥームズ』」


 標的の『遠見・透視』による魔力の視線は逆探知している。加えて標的の魔力視では見られない『光線』もイリスは完全に把握しており。それを導線ラインにしてイリスは自分が修行したときの『経験』を流してやった。


 殿方のように血反吐、血尿を流すような鍛錬の痛みでは無い。

 乙女として姉として。そういう体液が漏れないよう、内にとどめ外面を保ち。妹たちの憧れでいられるよう三文芝居を演じた際の『発酵ブツ(けいけん)』を光術導線に注入してやる。


 『『『・・・・・、・・・、・・・、・・・・!』』』


 「三名様、ごあんな~い。ん~~。この感じだと全員オトコかなぁ~」


 標的の周囲に『アルゴスドゥーム』が飛び火したのをイリスは感知する。魔術による大事な情報収集を行う場ならば同罪の連中だろう。


 その連中がイリスと同性なら本能が痛みをそらそうと試みるのだが。異性だと驚愕したまま心の防壁もはれずに“終わる”ことが多い。もっともその差は微々たるもの。

 イリスは『アルゴスドゥーム』をかけて今までしくじったことは無い。


 「まだ準備運動も終わっていないんだけど。“弱肉強食”“情報は勝敗を左右する”と言っているんだから。この程度で終わるわけないよね」


 過酷な鍛錬と言えど、水分補給は必要だ。

 しかしイリスのように鍛錬で放出すべき『体液』を術式で体内に止めている場合。少しの水分がそのバランスをくずし努力を無駄に(リバース)しかねない。

 だから水分補給をするために。妹たちが善意で用意した(ことわれない)水分を進めてきたときに備えて。イリスは水を求める『渇き』を増幅する強化を編み出している。


 「それじゃあこの『渇き』に耐えられれば準備は完了かな。ガンバッテ耐えてね」


 『『『『・・・!?・・・・・ッ!!・・・・・・・』』』』


 『呪術攻撃』のような苦しみを与える術式。だがイリスの『攻撃魔術の禁止』という誓約は一方的に攻撃できる『呪術』の使用も禁じている。にもかかわらずイリスが“遠見の術者(のぞきま)”に地獄を味あわせられるのは何故か。


 理由はイリス自身が魔術で再体験している『鍛錬の苦しみ』を〈10〉とすると。標的とされた被術者たちが受けている『鍛錬の苦しみ』はせいぜい〈1〉にすぎない。自傷しているイリスを“のぞき見”して『余波』を追体験しているに過ぎないからだ。その程度なら『攻撃魔術』に該当しない。


 「う~ん。この耐性の無さだと野外訓練の経験もなさそうだね。実戦経験も無さそうだし。魔術師どころか机にかじりついているインテリかなあ」


 非戦闘員に分類されるのだろうが、イリスは容赦する気などなく。

 最初期の『鍛錬の苦しみ(アルゴスドゥーム)』で嘔吐、その他の体液放出をして脱水状態に陥っていた場合。その後の『渇き』は文字通り死の苦しみをもたらす。


 もっとも裏社会の修羅場を生きている賊たちならきっと耐えられる。もし耐えられなかった場合は、感覚を共鳴させているイリスが術式で神経に干渉して強制的に蘇生させる。

 そうして次はスラムの住民たちの飢え、寒さの感覚と共鳴させて。ようやく本番が始まるのだ。


 「もちろんボクもつきあうよ。スラムの住民を苦しめている権力者げどうはボクだからね」


 『・・・・・・・・・・ーーーー~~~』


 哀願、命乞いの声が聞こえるが空耳に違いない。

 そうしてイリスは感覚を共鳴させるべく、都市ウァーテルのスラムへと術式を展開していった。






 都市ウァーテルの貧民街。盗賊ギルドからは食い物にされ、C.V.イリスのもたらした恩恵を得られなかった。見捨てられたに等しい区域で、複数の人影が動いていた。


 彼らはスラムにばらまかれた『キャンドルクレイ』というもの。急造の暖房火箱(キャンドルクレイ)に魔力を注入していたシャドウたちであり。同時にそういうシャドウとは違う存在でもあった。


 「覚悟はできているか?」


 「ああ、これ以上は限界だ。どうせ独り身。失うものなどない」


 ウソである。聖賢の御方様という主君を得られ。命令どおりに働くだけで報酬は約束されており。

相応の努力をすればするほど、やり甲斐のある任務と輝かしい未来が待っている。

 しかしかつて理不尽に襲われた身として、これ以上見ざる聞かざるのままでいることはできない。


 「わかった。だったら手はずどおりにいくぞ」


 「おう」


 短いやり取りの後、シャドウたちはスラムの闇夜を駆ける。背中には吹き矢筒、腰には糸束いとたばを吊り下げ。連日、キャンドルクレイに魔力を注入し続けることで、記憶した小道を駆けていく。

 そうしてつぶれかけのあばら屋にたどり着き。そこには複数の気配が息を潜めて丸くなっていた。


 『眠りの砂ニ沈むがイ・・・()


 名を消したシャドウが下手くそな呪文であばら屋に術をかける。それは体力を少しでも温存しようと眠る住人の睡眠を深くしていき。


 「よし。全員、完全に眠ったぞ」


 「こちらも確認した。始めるぞ」


 そうしてあばら屋に忍び込んだ。懐から塗り薬らしきものを取り出すと、眠っている住人の口内にそれを含ませ。あるいは吹き矢らしき(・・・)ものをツボに刺し。


 時には口をこじ開けて丸薬を胃の腑に押し込む。間違っても肺や気道に入らないよう。丸薬に術式付与を行い、操作して食道に転がした。


 「・・・、・・・」


 「っ!」


 「あわてるな。冷静に処理しろ」


 時折、勘が働くのか眠りから覚めようとする者がいる。それはスラムに限らず危険地帯で生き抜くのに必要な才能だろう。だが今は邪魔なものでしかなく。気配を察したシャドウが経穴をついて強制的に眠らせた。


 そうして“作業”が終わると。


 「撤収!」


 「了解」


 迅速に、静かに離脱する。痕跡を消し、仲間や上級シャドウに隠れて彼らが行っていること。

 それは『栄養補給』だ。非常食の栄養丸薬をペースト状にして口に含ませる。そうして塩分をとらせ、胃の腑に栄養丸薬を放り込む。健康を害している者は吹き矢針に加工した薬液を経穴に刺して回復をはかる。

 そうして名無しシャドウの都合で勝手に許可なく『栄養補給』を行っているのだ。得られるモノは自己満足だけで、破滅の予感ばかりする。


 「おい、近くに水場があるぞ」


 「よし、御方様の加護(光術の浮沈)で水を綺麗にして。それからこのコケをばらまけば浄水していても、前と同じように見える」


 「「「おおっ!」」」


 「フフッ、ちょっとした工夫というやつだ」


 風属性が多いシャドウは他属性の者も含めて感知能力に優れており。『暖房火箱』に魔力を注入していると、自然に様々な情報を感覚が捉える。風の流れ、道の状態に小屋の間取り。

 そうしてその情報が増えるにつれ、シャドウたちの動きは効率化され速くなり。


 [もはやスラムはシャドウにとって庭も同然だ]


 そんなセリフが交わされるようになってから、彼らは気付く。スラム住民たちの生命力が弱ってきていると。鼓動が乱れ、体温が急激に下がる。壊れかけの壁一枚を隔てて、その不穏な気配までもシャドウたちは感知してしまった。


 [キャンドルクレイだけでなく、炊き出しをしてはいかがでしょう]

 [そうすれば聖賢の御方様が放つ威光もさらに強まるかと]


 [ダメだ。貴様等は悪辣ギルドの“悪意”を甘く見ている。

  もし炊き出しをした食事に毒を盛られたら。もしくは炊き出しを食べた者たちを後日、毒針で刺す。水場に毒の魔術をかけられたら。


  我々シャドウが食事に毒を盛ったと騒がれ、住民が暴走したら血の雨がふる。【今】はキャンドルクレイ以外の援助をするわけにはいかない]


 こんなやり取りが交わされたものの。キャンドルクレイを求める住民の数が数人、減ったところでシャドウたちは決断する。【今】というわずかな時間を乗り切る“小細工”をしようと。


 「聖賢の御方様なら間をおかずスラムにも富をもたらす。わずかな時間を生きつなげれば・・・」

 「よし、おいらも協力しよう」

 「善人ぶるな。貴様は街娼を気に入っただけだろうが」

 「うるせえ。経穴を押す(マッサージ)だけで鳴く女なんて可愛いすぎる」

 「下手くそな料理でも塩さえ入っていれば美味しいと喜ぶしな」


 『認識変動(アルゴスプリズム)』によってシャドウは人体の仕組みをある程度、知っており。それを使って邪念にまみれたシャドウたちは“小細工”をするため夜のスラムを駆けていった。


 とはいえ必ずしも〈重要〉イコール〈人気有り〉では無いわけで。『チャリオット』の神話を考察すると、人気があったとはとても思えません。


 『戦神アレス』は『戦女神アテナ』に敗れた。信仰している都市スパルタは別としても、ギリシャ神話では不評な神です。その象徴であるチャリオットも同様でしょう。

 『太陽神ヘリオス』は穏健な神だと思いますが。その息子『パエトン』が太陽を運ぶチャリオットを暴走させて、天地を灼いた神話があり。チャリオットは汚点のある神具でしょう。

 他にも『冥界神ハーデス』のチャリオットは誘拐に使われた略奪者の兵器。英雄アキレウスのチャリオットは仇とはいえ、正々堂々戦った英雄の遺骸を引き回し辱めています。


 唯一『海神ポセイドン』のチャリオットに汚点はありませんが。逆に華々しい逸話もないわけで。他のチャリオットによる数々の不評・汚点を払拭する力はありません。絵画は迫力ありましたが。


 結局、チャリオットは人気の面でも騎馬に敗れた。神器としてチート兵器になっても、マイナス面が多い兵器だったと推測します。そもそも古代世界の製造技術で実戦に耐えうるチャリオットを作れたのか、首をかしげますし。王様専用はともかく、戦士のチャリオットには乗りたくないです。


 遠征大王の神牛ホイールには興味ありますが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ