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116.旋風閃歩 vs ゴブリン

 “西洋かぶれ”この言葉を聞いた時、皆さんは何を連想するでしょう。人によって様々でしょうが、私は明治の文明開化の際に西洋芸術を礼賛し過ぎたこと。そして『馬車』を安易に取り入れたことを連想します。


 私は『馬車』は日本に合わない。時代、風土の問題を解決して和風にアレンジするのは失敗したと思うのです。

 まず日本の馬は武士を乗せた。あるいは農作業を手伝ったり『荷車』を引いて荷物運びはしていたでしょうが。『馬車』を引かされるはめになった馬たちはかなりのストレスがかかる。騎乗する武士より重く、注文が多い金持ち・要人が乗った馬車を引くのはさぞかし大変だったと推測します。

 

 武家の没落に伴い、馬たちにも過酷な運命が待ち受けていた。それを避けるためには『馬車』を引くしかなかったのかもしれませんが。馬たちにとってかなりきつい『異動』だったと思うのです。

 『旋風閃歩』の術を会得したシャドウのイスケ。彼にとって『旋矢』を撃つタクマは兄貴分だ。

 『旋風閃』の最高速度に耐えられなかったイスケにとって、『落下する矢(旋矢)』の誘導・操作は得難い活躍の場であり。『旋風閃歩』という独自の身体強化を編み出せた。機動力を削り丁寧・精密な動作を重視した身体強化を会得できたのも、手柄の報奨金を公平に分配してくれたからだと思っている。


 そんなタクマが亜人モンスター(ゴブリン他)を間引く任務に誘ってくれた。ならば全力で恩を返すのが男というものだろう。敵の矢面に立つ前衛は危険?望むところだ。


 [兄さんが暴走するなら容赦なく止めてね]


 まして好きな娘にこう言われて否やは無い。『魔竜鬼(水那)』とかいうナニかを養子・・・養妹?縁組にして彼女が『水那そちら』にかかり切りなっている昨今。手柄と報奨金はいくらあっても困ることはない。


 何としてもこの計画を成功させる。増えやすく人を暴行する亜人モンスター共の群れを、計画的に確実に減らす。そうすることで依頼が来るまで素人が襲われるのを見捨てる、浅はかな連中の面子を地に堕とす。密偵組織や外道・・ギルドと内通して、聖賢の御方(イリス)様の同胞(C.V.)を闇討ちしていた悪党ぼうけんしゃたちを殲滅するのだ。

 



 「おっと今はこちらに集中しないとな」


 「ガァァァーーー!!グッ、グッ、グッ、ゴルッ!?」


 山なり弓射で空に放たれた矢。それ・・・もしくはそれ()は威力を落下で、軌道と命中は風の術で操作する。前衛のイスケが軌道を風術で調整する『旋矢』の術によってゴブリンの群れは壊滅しつつあった。

 今は(・・)固有と言っていい、『旋矢』による長距離から放たれた矢の雨によって大半のゴブリンは射抜かれ。残ったゴブリン共も狩り場に誘導されたあげく、多重攻撃にさらされていた。


 「シッ・・・『風巻』」


 「!?・・・??ッ!」


 嗅覚に優れたゴブリンたち。だがその感覚は犬に劣り、訓練された『影猟犬シャドウハウンド』に遠く及ばない。ならば御方様たちの『影猟犬』を相手に鍛えた、臭気を風で操る幻惑を見破れるはずも無く。

 イスケの臭気袋によってあっさり誘導されていく。


 「・・・ッ!」「「「・・・・・・・・」」」「ギャガッ!?ギャオオオオォォ・・・」


 無防備な射手を探しつつ、コブリン共は逃げるイスケを追いかけているつもりだろうが。そんな隊列も組めていない小人妖魔たちの間隙を突き、イスケは各個撃破していく。全てに一撃で致命傷を与える必要は無い。半数は『旋矢』によって射抜かれ。


 『旋風閃歩』


 残り半数はイスケの身体強化によってまず足回りを切り裂かれていく。平均身長のイスケより低い背丈の妖魔が何故、短足を破壊されるのか。別に難しい技を使っているわけでは無い。素足の小人妖魔に対して、イスケは特注品の山用長靴を履いている。


 つちより固いそれで、ゴブリン共の足を払い、蹴り、踏みつける。小刻みに地面と水平に跳躍して、無防備な膝をかすめれば暴行亜人の片足などたやすく半壊する。



 [何と言うか・・・・・寸止め試合では使えない技だな]

 [アハハッ。本物の『旋風閃』を使うシャドウにこんな児戯が通用するわけ無いじゃないですか]

 [・・・・・チョット来なさい。不本意だけどアヤメとお話しようか]


 タクマ、ユリネ兄妹とアヤメ様たちに指導された小技が飛び交い、ゴブリンの足腰を削っていく。

 


 「ッ!?」「ガッ」「ゴォ・・・」「ギギィッ!!」


 そうして棒立ちになったゴブリンは『旋矢』の的になり。激痛に転げ回るゴブリンは仲間をまきこんで、イスケによって蹴り踏み砕かれる。


 加速しているシャドウの足場は必ず固い地面になるとは限らない。雨天のぬかるみに、何時崩れるかわからない岩場に雪上。そしてギミックだらけの罠部屋、迷宮の通路から脱出することもあれば。巨大、群体モンスターの背を攻撃しながら爆走する戦況も存在する。

 暴力の優越感にひたるゴロツキの“踏みつけ”とシャドウの『走踏そうとう』は似て非なるものだ。高速戦闘では動きを止めて、悠長にとどめを刺す刻など無い。ヒーローにふさわしくない技なのは認めるが、シャドウは正義の味方では無いのだ。


 「ガゴォォォ!!!ゲッ、ラッ、バルォラァァァァァ!!」


 もっともゴブリンの群れを率いるボスの意見は違うようだ。ゴブリン言語などイスケは知らないが、おびき寄せられ群れを壊滅させられたこの状況がお気に召さないらしい。

 その憤怒に反応してか、殺されたゴブリンたちの血煙がボスの巨体に吸い込まれていく。蛮刀の刃が妖気を帯び、筋肉が収縮と膨張を繰り返し変質していく。


 「これはまずいな。仕切り直したほうがいいかっ!!!」


 後ずさるイスケの背後には巨木があり。それで後退を妨げられたイスケは切り札(プライド)の術式を発動させた。肘打ちを巨木の幹に叩きつけ、葉っぱを風でばらまく仕掛けを発動させる。



 「ゲザダウッ!ギィィィヴェェェ!!!」


 逃がさないとばかり大剣以上に巨大な刃が振るわれる。それは巨木ごと周囲をなぎ払う魔力の一撃だった。


 「『旋風閃はやさを』!」


 もっともイスケにとっては訓練で受けた経験のある攻撃魔術の出来損ないでしか無い。ましてイスケが逃げ出すと思い込んで、追撃のために放った(勝利の美酒に酔った)斬撃など穴だらけで有り。

 そのふところに潜り込んだイスケは大技の前哨ぜんしょうである『震脚』を放った。


 「グガッ!?」


 巨体の足を踏みつけて。ボスゴブリンの足に『震脚』の術式波動が伝播でんぱするよう『走踏』をからめてかけ。


 「続けてっ!」


 その力の塊(はどう)が膝に達した瞬間に、ヒザに肘を叩き込む。足を伝播して登っていく力を撃ち落とす肘の一撃は、関節だけでなく膝下スネの骨まで粉砕した手応えをイスケに返す。これで片足は破壊して移動力を奪っただろう。


 「ギャブグッ!?ゴルッ、ガガッ、ギッガァァァーーー!!!!!」


 ただしこれで異形のボスゴブリンに致命傷を与えたわけでは無く。咆吼ほうこうの声色から察するに戦意を失ったということは絶対にあり得なかった。ゆっくりと怪力を秘めた手が近づき。




 『旋風閃歩』


 イスケの身体強化が肘打ち後の硬直を解除する。身体は動きの流れを取り戻し、『震脚』で踏み込んだ足を軸に、イスケはもう片方の足を振り抜く。兄貴分タクマの放つ『旋矢』のように天へと届けとばかり蹴り上げた。


 「・・・・・・ゴッ・・・」


 蹴り足の障害となるはずの腰骨、腹部の感触は無い。単に強化した脚力の一撃では無く。風術で薄氷の足場を作り。それを『両の手』で押した力の波動をも蹴りに集中させた。

 いわば両手と軸足の『三肢』による力の塊を蹴り足一本に集約させた逆袈裟ぎゃくけさの蹴撃。それは後に『ワイルドゴブリン』と名付けられた新種のゴブリンを両断した。






 それで任務完了となれば。せめてボスを倒されたモンスターたちが戦意を失えば良かったのだが。

 あいにくそんな甘い話はない。


 「ッ!?間に合えっ『旋風装せんぷうそう』」


 そもそもボスとの戦闘すら終わっていないのに、任務も無いだろう。両断されたゴブリンは崩れ落ちるも、その鮮血が辺りにばらまかれる。その返り血を防ぐべくイスケは魔力量のゴリ押しで術式のマントを展開した。


 そうして素速く遺体から距離を取る。そうして頭痛に耐えながら思考加速を行い、感覚が捉えた情報を精査した。


 生き残りのゴブリンたちは脅威にならない。ボスゴブリンはまだ生きているものの、驚愕の表情で思考停止しているようだ。絶命までの時間にできる悪あがきは先程の返り血をあびせるだけ。

 『竜血』『蛇竜毒血』の故事を真似た呪いは回避できそう・・・


 “ギッ・・・”


 視線を感じる。それはボスの手から離れた剣のつばあたりか。無傷の魔剣がイスケをにらみ。


 『旋風閃歩』


 なけなしの魔力を振り絞り、イスケは身体強化を行う。そうして跳躍し魔剣の刀身を踏み折った。

 拳術の試し割に『手刀で石を割ったように見せて、実際は地面に叩きつけて割っている』という技法?がある。それを山用の長靴で行ったのだ。


 “・・・・!?・・・・・!!!!!”


 声なき悲鳴、おぞましい魔力の波動が放出される。

 それで今度こそゴブリンたちとの戦いは事実上、終了した。




 


 ゴブリンたちとの戦闘は終了した。だが〈モンスターを間引く〉という目的を果たすためには勝利だけでは足りない。それではタクマ兄ぃが嫌う浅はか冒険者と五十歩百歩だ。


 『速き風、自在の旋風よ。一時、停まり片輪の領域を回れ「サークルウィンド」』


 まずは魔術で結界を補強する。血の匂い、死臭が他のモンスターを招き寄せないよう。風の結界で匂いの微粒子を狩り場に封じ。


 「さて、どれから片づけるか。それともタクマ兄ぃを待つか」


 一時的に魔術で臭気の拡散を封じても。適切にモンスターの死体を処理しなければ早晩、飢えた怪物たち(・・)が殺到する。そしてイスケは『魔法袋・箱』を持つシン英雄様ではなく。地術式の穴掘りもできない。

 そもそもゴブリンの肉塊を埋めるスペースが無かった。下手に木の根元に埋め『怪奇植物の森』など出現したら本末転倒だろう。


 仕方ないので先人ならぬ、獣に習う。樹上の斑点猫(パンサー)の真似をしてゴブリンたちの死骸を木の枝に引っ掛けて置く。そうして亜人モンスターの肉を滅却できる術式・魔道具を持つシャドウの巡回を待つのだ。



 

 「お~い。大丈夫か、イスケ」


 「タクマ兄ぃ。それと・・・ッ!お務め御苦労様でございます、桐恵様!」


 「・・・ええ、楽にしていい。随分、活躍しているようだ」


 「おそれいります」


 そうして男装のシャドウがやって来る。姫長の扇奈・セティエール様に仕える近衛の桐恵様。

 多芸な侍女のユリネと比べ、完全に戦闘特化のシャドウであり。聖賢の御方様が課した試練をくぐり抜けて力を下賜された上級シャドウだ。イスケにとっては雲の上の存在である。


 「まずはこの死骸ゴブリンを処分する。『ドラゴンホーン、ホーンツリー、ツリーマンティス』!」


 そんな彼女によって雲の上に引き上げられる。そんな未来をこの時のイスケは夢にも想像していなかった。






 補足説明+ネタバレ;イスケの蹴り技


 ボスゴブリンにとどめを刺した蹴り上げの一撃について。逆立ちしたり、地面に手をついて放つカポエラ?の蹴り技。それを風術によって空中に壁を作り立ったまま行う。風術の推力、手すりやつむじ風(ポール)に手をかけて蹴りを放っています。

 

 そのため『両手、軸足の力を伝導させて蹴り足一点に集中させる』・・・というのはあくまで理想であり。今はまだイスケの願望に過ぎません。

 現状は大技の蹴りを両手の風術によって『姿勢制御』する。加速状態で体幹を保つ域に達していないので、風術の『手すり』を補助にしてハイキック、アッパーキックをどうにかコントロールしている有様です。

 『鶴拳』の広げた両手を風術で代替している。悪く言えば手から発する風術を歩行器、補助輪にして大技の蹴りをどうにか使っているに等しい。

 敵からは見えにくい風術、想像外の技なので今回は通用しましたが。まだまだ発展途上です。

 一応、大金と伝手があれば馬車馬を海外から輸入することはできたでしょうが。それをできるのはほんの一握りの権力者のみ。


 さらに馬より大変なのは馬車を操る『御者』を命じられた人々でしょう。父親・先達から馬車の操作方法を学べず一からスタート。硬い石畳はなく、四季が豊かで乾燥した地面があるとは限らない。城下町の道は狭く入り組んでおり、坂など珍しくもないのが日本の道路。

 欧米の『御者』から学んだ?ことをそのまま活かすのは困難でしょう。


 決まった幅の広い道を駅馬車よろしく往復しているだけならいいのですが。雇い主の意向で普段使わない道を行くのはかなりきつい。維新三傑の一人のように、不測の事態(しゅうげき)に対応するのは不可能だったと思うのです。

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