115.旋矢の標的
ギリシャ神話の怪物『ミノタウロス』。亜人、魔人に英雄まで様々な種類がいる人気モンスターです。個人的には『牛魔王』『モロク』その他諸々の牛モンスターが統合されて『ミノタウロス』になったと愚考しますが。幻想ファンならその変化を楽しむべきでしょう。
とはいえ『海神ポセイドン』のほうにはそろそろ突っ込みを入れたいです。雄牛は『大神ゼウス』の有名なシンボルで、ヨーロッパの語源とされる神話にも関わる大神獣なのに。
ミノタウロスの神話でポセイドンは何故、ミノス王に『牛』を与えたのでしょう。海神ポセイドンならシンボルの『馬』を与えれば良いはずですが。
スラムを束ねるトップへと就任したバッケム。本来、実力でボスの座を得るのが裏社会のルールなのだが。スラムの住民が何とか食べていけるよう、無謀に近い直訴をした。その後、急に金回りが良くなり強い用心棒と頭数をそろえることで。
バッケムはスラムを支配するボスになれた。“傀儡”“イヌ”などと陰口をたたく者も少なくない。だがスラムのルールをある程度は尊重するよう支配者と交渉し、生活の糧を確保したのはまぎれもなく功績であり。
「用心棒の代わりにシャドウが押しかけてくるより遙かにマシ」
そういう思惑も働いて、バッケムはスラムのボスとなった。
「それで?納得のいく説明をしてもらおうか」
とはいえ〈ボス=平穏〉などということはありえ無い。盗賊ギルドの使者が来訪して、静かに問い詰めている時など戦場に等しい。
「貴様・・・スラムを束ねるバッケムさんに何だ、その態度は!」
「・・・・・」
「アンタは黙っててくれ。何時までたっても話が進まない」
「・・・わかった」
現在、ウァーテルを支配しているイリス様の配下と比べてはるかに“弱い”連中とはいえ。
バッケム程度の新米ボスにとって盗賊ギルドの暴力担当は充分に脅威だ。それなりの実力しかない用心棒に自分の命を預けるほどバッケムはお気楽ではない。
「それで?何の話だったかな?」
「キサマは闇ギルドに今でも忠実なのか。それとも小娘魔女たちに寝返った恥知らずの裏切り者なのか?今日はその確認に来てやった」
上から目線の時点で予測はしていたが、この使者は間違いなく捨て駒だった。
騎士、一部の密偵ならともかくゴロツキが忠誠心で動くはずがない。暴力と最低限の秩序をもたらすから。あばら屋住まいでも食っていける状況を作るから従ってやっているのだ。
戦闘力はともかく。感覚、身軽さあらゆる面でシャドウに劣り、ウァーテルを逃げ出した負け犬ごときに従う気は無い。
「無論、ギルドを蔑ろにする気など欠片もない。
その証にこの情報を提供しよう」
「なんだ、これは?汚い土の塊だな」
バッケムが取り出した物。それはスラムの住民たちが一夜の暖を取るよう配られた立方体の火箱だった。
一応、狂人が妖術で焼いた病害虫の巣・エサ場と化している汚泥を回収した代価に『キャンドウルクレイ』は渡されている。
「しかしコイツは【お宝箱】だ。こいつは受け取った者が、決められた場所に設置したときだけ作動する。そして一夜だけ熱を放つ。
これにどれほどの価値があるかわかるだろう?」
「・・・?・・・モチロンだ。続けろ!」
“あ、コイツ何もわかっていない”そんな胸中をおくびにも出さずバッケムは“お望みどおり”に続ける。
「こいつは携帯可能な魔法の暖炉だ。たき火より点ける、維持する手間を大幅に軽減できる。
そうなれば野宿は楽になるし、馬車の中で暖を取ることも可能だ」
ウソである。正確には真実の一部だけを述べて、重要なことを説明してないと言うべきか。
確かに魔法の暖炉という面も『キャンドルクレイ』にはある。スラムに住む者たちにとって、凍える夜を乗り切る生命線だ。
しかし盗賊なら魔法『カギ』の可能性を考えるべきだろう。『特定の場所指定』『夜のみの時間制限』が設定できる泥の箱は、『魔術の鍵穴』に化ける。あるいは時間になれば消滅する『魔術の鍵』に成るかもしれない。
その技術を独占できれば、盗賊として一旗あげることも可能だろうが。
「フン、わかっているではないか。ではそれを寄こせ。ギルドマスターに届けてやろう」
小金を稼げるという欲で瞳を濁らせた使者には、先見の明どころか応用する思考すら期待できそうもない。あげくチンピラに必要な警戒心すら欠落しているようだ。
「かまいませんが。いいんですか?」
「何がだっ!」
「シャドウはこの箱に使用制限をかけている。他勢力が好きに使えないよう細工しているわけで。
当然、盗難防止の仕掛けをしているでしょう。それが魔術の目印か、占いの水晶か。はたまた香がつけられていて、それを猟犬が追いかけるのか。
いずれにしてもソレを調べてからでないと、シャドウをボスのところに連れていく…なんていう最大の裏切りをやりかねないんですが」
「っ!?、!!!、バカなっ!そんな愚かなことをするわけがない!」
「そうですよねぇ。賢いダンナならそんなことぐらい理解している。今のところその『キャンドルクレイ』をここに持ってくるのだけでも命がけだってわかっていやすよねぇ」
その言葉にギルドからの使者は慌ててバッケムに泥箱を押し付けてくる。そうしてできもしない気配探りを始め、せわしなく視線を周りにやった。そんなカモにバッケムは優しく話しかける。
「安心してくだせぇダンナ。もう少し軍資金をもらえば必ず情報を入手してみせます。
ギルドの首脳陣もこのことを知れば喜ぶでしょう。だから情報料のほうをお願いしやすぜ」
[ボスの居場所へ道案内しかけたヘマの口止め料を出せ]
暗にそう告げるバッケムに対し、使者の男は逆らえるはずもなかった。
山なり、放物線を描くよう射た矢を風の術式で操る『旋矢』の技。
それを編み出したシャドウのタクマは“冒険者”というモノが嫌いである。たとえ99人が役に立っていようと、1人が災厄の封印を解いて逃げ出した。両親を殺され、聖賢の御方様が来られなかったら間違いなく妹のユリネ共々、嬲り殺しにされていたタクマにとって。冒険者とは災厄の尖兵であり、いつか粛清すべき盗賊の仲間だ。
「ここらへんは地図の通り…と。ゴブリンどもは・・・よし、補足した」
「さすがはタクマの義兄ぃ。俺の感覚じゃまだ見つけられない・・・っとこっちも補足しました」
加えてタクマは“冒険者ギルド”というモノも嫌悪している。前述の冒険者を量産し、サポートして、あげくに冒険者の失敗を隠蔽する。依頼料という目先の利益に固執し、貧しく金を持ってこれない者たちを見捨てる愚かな薄情者たちのギルド。それがタクマにとっての冒険者ギルドという存在だ。
「まあ弓兵として野外の獲物は最初に捕捉しないと。それに後衛に専念するなら、なおさら視覚の射程強化も会得しないとな。
よし、準備完了・・・と。『旋矢群』!」
「こちらも位置につきます。『旋風閃』」
機動力を強化した弟分が森林を移動するゴブリン集団を詳しく観察できる位置へと駆けていく。ウァーテルを占領したばかりのころは未知の領域も、今ではシャドウの結界だ。悪知恵の働く亜人モンスターを【スラムの汚泥】から調合した『臭気袋』で誘導するのは定番の作業と化している。
『ゴブリ・・・をカクニン。イジにツきまシダ』
未熟な『風音』がイスケの声をタクマに届ける。そうして狩りが始まった。
山なりに飛ぶよう天空に向かって矢を放つことから始まる『旋矢』。風術を使い複数本の矢を滞空させておけば、空中から獲物を狙う矢の群れで待ち伏せすることも可能だ。
そうして猛禽の群れと化した『旋矢群』が一斉にゴブリン共へと殺到する。
「ギギィ!」「ガッ」「ゴルゥ!?」
都市ウァーテルのように遮蔽物を避けて矢を射る。地面と垂直になるよう、落下する矢の軌道を操り、点の的を狙う必要はない。
ある程度、矢を垂直落下させて速さを得たら。あとは命中しやすい射角に矢を操作してゴブリンの群れを射抜いていく。
「ゲグッ!」「ゴッ・・・」「ギャガァァァーーー!!」
不意を突けたことも有り、ほぼ全ての矢が命中する。それで死傷したのは群れの半数弱といったところか。
『ヤがメイチュウ』
『了解だ。次いくぞ〈旋矢〉』
山から吹き下ろす風、風術で把握した気流を利用できるため『旋矢』の射程・威力は街中で使うそれとは桁違いの威力を誇る。その矢で『臭気袋』の仕掛けを射抜き、作動させればゴブリン共は見当違いの方向へ走っていった。
その間にタクマは余裕を持って『旋矢群』の準備を行う。空に射かけた矢の群れが滞空し、獲物を屠る猛禽の爪が連なり。
『旋矢群』 『アわセて〈風巻〉』
妖魔共を見張っているイスケが奴等の頭上に竜巻の術式を発動させる。それは攻撃力が皆無に近い風の渦であり。同時にこの狩りを終わらせる連鎖の始まりだ。
竜巻によって落下の軌道を変化させた矢は舞い踊り。威力を減衰させるものの、ゴブリン共を包囲するよう円陣を地に穿つ。
『術シキ陣ノ完成をカクニン。コレより・・・とウします』
『わかった。無理はするなよ』
『旋風閃歩』
矢で作られた円陣。それは『怪音』を発する偽りの包囲陣である。風術の感知能力があれば容易に看破できる偽装なのだが。矢の雨、見えない射手に加えて待ち伏せるように風切りの『怪音』が響く。
それらはゴブリンたちが十人以上の弓兵に包囲されていると、憶測し恐怖に陥るのには充分な仕込みであり。
敵の影を求めて索敵に頭数を割けば、イスケが各個撃破を行い。
防備を固めるため集合したり、イスケを見つけて獣の群れのようにまとまれば。『旋矢群』のいい的になる。
そしてこの狩り場でシャドウの機動性に追いつける生物は少なく。ゴブリンの短足では絶対無理だということをタクマたちは幾度もの狩りで知っていた。
「ギャブゥ!?」「ゴッ、ガバッ」「・・・・・・ッ」「グルッ、グググガァァ!!!」
森林のあちこちでゴブリン共の咆吼が響く。だがソレらは徐々に消えていき、やがて断末魔の悲鳴へと変わっていった。
シャドウの射手であるタクマ。彼は冒険者という怪物退治屋が嫌いであり。冒険者ギルドを金に汚い強欲商会だと思っている。
何故、連中は聖賢の御方様のように亜人モンスターを間引かないのか。依頼が来るまで怪物退治を行わないのだろう。
なけなしの金を握りしめてやって来る依頼人たち。彼らは盗賊連中にとってカモであり。集落を襲っているモンスターからすれば群れからはぐれた無防備なエモノである。いったい何人の依頼人がギルドの受付にたどり着けず消えたことやら。
そうして怪物、山賊共が村を壊滅させた場合。農作物の生産力が下がり、増殖した脅威がさらに被害を拡大させる。スラムの住民が糧を得る薪拾いもできず死んでいき。山賊連中が商隊を襲い、大金を出す依頼主が出てようやく討伐が始まる愚鈍さ。
[ん~~。誰でも神サマじゃないし生活もあるから全部を救うのは無理だろうね]
【『もっとも依頼料なら商人と同じように分割払いで借金させて、ギルドの権力なら取り立てられる。物納、情報収集でも採算が取れるだろうし。乙女を襲う暴行モンスターが増殖するまで放置してプライドとか嗤わせるよね』】
だからタクマたちはモンスターの領域に分け入り。こうやってヒト型色魔を狩り、殺し、間引く。
冒険などする気はない。悪臭を放ち、血の臭いに寄ってくるケダモノだ。待ち伏せし、動きを誘導し、結界の中で殲滅する。
そうして故郷を滅ぼす災いを解き放ち逃走した。その冒険者とソレをかばう強欲商会には必ず報いを受けさせる。
その目的のためにも亜人モンスターたちには死んでもらう必要があった。
そもそもクレタ島はヨーロッパの神話でゼウスの化身である神牛がラストでたどり着き“いたした”ところ。『ミノタウロス』の別名・幼名は『雷』に関連するものだとか。
こうなると「本当に『ミノタウロス』はポセイドンの眷属なの?」と疑いたくなります。変身してまで色欲を満たす前科が“山ほど”ある雷神がいると特に。
海神ポセイドンも好色な容疑者ですが、変身能力は無かった・・・はず。古代神話の海を束ねる神としてなら許される?ハーレムしか作らなかったと愚考する所存でございます。
海洋国家だから海神ポセイドンを崇拝した。古代国家にとって馬より牛の質・数が豊かさの証で生贄にもよく捧げられたから『ミノタウロス』が登場したと言えばソレまでですが。角の生えた力持ち以外の牛頭ミノタウロスは全く海に関わらなさ過ぎると思うのです。水を操れとは言いません。海神の眷属なら「せめて泳げ」と思うのですが。水のマジックアイテムすら持っていない牛頭人は何の眷属なのでしょう。




