109.四凶刃の火~会談の場
『スキュラ』というモンスターがいます。上半身が女性で下半身が怪物と化している。ギリシャ神話のスキュラは六頭の犬が連なっていますが、現代はタコ足の触手が無数にあるタイプのほうが主流なようです。
そんな『スキュラ』ですがいったい何の『化身』なのでしょう。人々は人知の及ばぬ自然現象を神として崇め。天災から怪物の姿を見出し、畏れてきました。『スキュラ』の相方である『カリュブディス』も船を沈める大渦がモンスター化した存在です。
それでは『スキュラ』は何の化身でしょう?
悪徳の都だったウァーテル。C.V.イリス・レーベロアの率いる軍団により一夜で占領されたその都はおおむね平和だった。
闇の組織、周辺勢力の暗部が結集した悪徳の都。そんなモノに手を出せば周辺諸国の闇を敵に回す。暗殺を生業とする連中が殺到するはずなのだが。連中は何故か沈黙を保ち、連絡すらとれず。
その原因が判明するまでの間、ウァーテルは遙か昔の商業都市としての姿を取り戻し。束の間であろう繁栄を謳歌していた。
そんなウァーテルの中心部にある高級宿屋。宿泊客だけが食事を取るレストランで凶行が行われていた。
「ぐ・・・アッ、ガッ!?・・・ガァッ!」
「・・・・・・」
宿屋のトップである支配人が、片手で喉笛をつかまれ持ち上げられている。しかもその手の主はドレスに身をつつんだ小娘であり。自らの片手で持ち上げ、締め上げる初老の男性に冷たい視線を投げかけていた。
「困ったなあ。飲み物に毒を混ぜるなんて本当に困ったよ」
「お許しを・・・どうかお慈悲をっ、ガッ・・・、・・・、・・ッ!?」
ちっとも困っていない平淡な口調でイリスは話す。強化されたC.V.の身体にとって、飲食物に紛れる種類の毒など苦い薬でしかなく。
まして『術式解析』を応用すれば毒物の感知など造作もない。この世界の物質はあらゆるものに微量の魔力が含まれており。イリスの光線術式を『照射・付与』すれば、含まれた魔力が反応して物質の正体を露わになる。
よって暗殺の定番である毒殺をイリスに仕掛けるのは破滅と同義だった。
「お館様。宿の従業員はこれで全員でございます」
「とっとと歩け!」「モタモタするなっ!」
「イヤッ、イヤァァ!」「知らない。俺は何も知らないんだ!」「・・・・・・・・・・」
そしてそれは全従業員を巻き込む。宿で働く者たち老若男女を問わず引っ立てたシャドウたちは殺気だっており。これから何が行われるかは明らかだった。
「ボクは略奪放火はもちろんのこと。暴行は論外。生計が成り立つよう配慮もしてきたけど。
どうして無能、非力な盗賊に味方するのかなあ。
やっぱり“少し”ぐらいは見せしめの流血が必要なのかな?そうすれば侮られないのかな?」
「・・・、・・・、・・・ヤメッ・・・!」
喉の気道を締め上げながらも、イリスは宿の支配人が意識を手放すことを許さない。身体部位の限定的な強化によって呼吸を強制し。窒息寸前の生き地獄を延々と継続する。
「しょうがないなあ。シーフ連中と長年のつきあいもあるでしょうし。“怪しいオクスリ”を混ぜるのを断れなかったんだろうね。
だったらキミたちに助かるチャンスをあげる。ボクたちC.V.は力と才能を尊ぶ種族だから。このレストランの料理人・・・。ううん調理に携わるスタッフが有能だったら今回の件は不問にしてあげるよ」
古来から行われてきた料理勝負。宿で働く者たちを巻き込み、命運を左右するシアイの開幕が宣言されて。
「四凶刃が一人。『火箱』の藤次、参上いたしました。
イリス様。せっかく略奪禁止にして都の富を貪っているのですから。そういう戯れはおやめください」
「「「「・・・・・ッ」」」」
そう言ってイリスのお気に入りな部下は背負っていた箱をテーブルに降ろす。鎧の上半身を詰め込める、宝箱より小さな箱がテーブルをすべり。
イリスの眼前で止ったソレは蓋を開き、中身を露わにして。
「・・・・ッ」「ボ・・・!!」「ヒッ!」「イヤァァァ!!!」
「「「・・・・・」」」
阿鼻叫喚の地獄を作った。この宿のオーナーであり、盗賊ギルドの幹部の一人だった人物が半身を焼かれ。あげく人間のオトナが入るはずもないサイズの箱に圧縮されて詰め込まれていたからだ。
それを見たイリスは感想を述べる。
「よくできた人形だね。悪趣味だから燃やしてくれるかな」
「お目汚しをいたしました。『ミミックキューブ』」
「・・・・・ァ」
箱の外側を覆い圧する。箱の中から膨れ広がる小結界が交錯する。その結界は立方体を形成し、一瞬紅く染まると箱とその中身をあとかたもなく消滅させた。
「興がそがれたね。しょうがない。今度は毒入りじゃない美味しい料理を作ってきなさい。
それがまともなモノなら生かしておいてあげる」
「ガハッ・・・はいっ。ハイィィぃィィィ!!」
イリスの片手から解放された男は空気を貪る間も惜しんで動きだす。アレがホンモノだったか、ホンモノを参考にして作られた『木偶』だったのか?判別するのはもはや不可能だが、判明していることが一つだけ。
この高級宿屋で働く者たちの命運を握っているのはイリスという理不尽なC.V.であり。無能と判断されれば“箱”と同様、文字通りこの世から消えることになる。そんな恐怖に苛まれている背中を見送りつつ。
イリスは今後のシャドウたちの未来を左右する会談をすべく。改めて光術式の結界をはり、会談相手の藤次を迎え入れる。
「ボクの護衛は藤次君だけで充分だよ。みんなは宿の従業員たちが怪しい動きをしないか見張っていて」
「「「御下命、承りました!」」」
こうして会談は始まった。
「本日はこのような場を設けていただきありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。君の秘術をC.V.に譲渡してくれる。
当然、相応の見返りは期待していてね」
“部下の功績はオレのモノ。私の手柄はワタシのモノ”
世間にはこういう横暴を呼吸レベルで行う厚顔無恥が多い。手柄を立てられないから、部下の手柄に“寄生”しないとプライドを保てないのだろう。
しかし藤次の眼前で微笑むお館様にとって功績など毎日食べる食事の穀物分量に等しい。自分のを勘定するのはメンドウだが。部下が手柄をあげれば心から賞賛し、楽しんで報酬を見繕う。
そんな主に恵まれたことに喜びつつも、藤次は苦言を呈する。
「ですがイリス様。何故、宿の支配人を締め上げたのですか?毒など強化されたお体にとって、調味料のようなモノでございましょう。
気付かぬフリをしてやってもよかったのでは?」
「ああ、アレ?あれは宿の防犯のためにやった狂言だよ。
ボクたちがウァーテルを支配したからと言って、高級宿屋の支配人がいきなりこちらに乗り換える。今までの上客だった闇ギルドと縁切りました・・・なんてやったら裏切り者として制裁されるからね。
経営者なりに抵抗したけど“締め上げられた”から降伏しました。そういう言い訳をさせるための狂言というわけ」
〈腹を殴る〉〈権力者の強権をふるう〉等々もう少しマシな手段はなかったのだろうか。そもそも狂言なら下級シャドウか、せめて自分に任せて欲しかった。
一瞬、そんなことを考えるも。今の藤次にとって会談で成果をもぎ取ることが最優先だ。イリス様の行いに関しては、然るべき者がお諫めすればいい。
そもそも宿屋に潜り込んでいる盗賊は既に特定している。奴がアジトに戻ったら、そこにいる連中全員を『ミミックキューブ』で焼くだけだ。
「そんなことより会談を始めよう、藤次君。一度ぐらいは、扇奈にも内緒で会談ができる場を用意したつもりだけど。あまり長引くと普通にバレるからね」
「おそれいります。それでは会談を始めさせていただきます」
こうしてシャドウの命運を左右する会談が始まった。
スキュラは様々な海難をモンスター化にした存在だと考えます。船を打つ波は大型獣。強風は猛禽類。航海中の未知なる病は毒虫。そして未知なる潮の流れは水蛇。コウモリはストレスによる幻聴の類でしょうか?
そしてスキュラの上半身である美女は船を休められる【島】だと愚考します。命がけの航海中に、補給を行い船員が休息できる【島】は美女のように魅力的であり。
その【島】を取り巻き、上陸するのを妨げる。船底を切り裂く【暗礁】は野犬、猛犬のように恐ろしい牙だったのではないでしょうか。【暗礁】の位置を把握するため潜水したり、座礁した船の乗組員にとって『スキュラ』はまさに魔物でしょう。
原典の六頭犬スキュラでは“サメと混同したのかな”と結論づけ。触手タイプはタコへの嫌悪?恐怖神話の影響だろうで考えが止まり。どれも上半身だけ美女怪物は悪趣味で終わっていました。
スキュラの上半身は恵みと危険を秘めた【島】なのでは?そして複数の融合獣は様々な海難を暗示している。そんな“空想”を私がしたのは大昔に海をオイ守るスキュラに出会う幸運に恵まれたためだと愚考します。




