107.閑話~旋天の帰還
『僧魚』イコール『シーモンク』『シーピショップ』というのはいかがなものでしょう。
戦国時代には“陰謀を巡らす宣教師”“海賊同然の外国船”などが登場します。
最近、それらを読んで思うことが一つ。奴等はどうして協力しないのでしょう?宣教師にとって船乗りは大事な足であり、護衛にもなります。海賊同然の船乗りたちにとっても、宣教師たちは利用価値がある。陸のことを任せ、補給・商売を手伝わせれば有用でしょう。
それなのに宣教師は渡海するため乗船しますが、陸での陰謀は宣教師だけで行い。外国船の荒くれ者たちは通訳を務める頭脳やコネを利用しようとすらしません。
侵略、略奪を行う賊として非効率だと思うのです。
悪徳の都だったウァーテル。そこを支配するC.V.イリス・レーベロア様を主君と仰ぐシャドウの一族は敵対する闇ギルドと暗闘を繰り広げていた。
そんな中、侍女頭であるアヤメは口封じを行う。カヤノとの重要会談を盗聴・透視した可能性のあるシーフチームを血の海に沈めたのだ。
しかし魔術薬で処置された連中は仮死状態で死んでおらず。それを察知したアヤメは大事なものを代価に、魔薬兵を運用する計画を破綻させることを決意した。
「行くわよ・・・」
『静音詠唱』口から声を出す以外の方法で呪文を発し術式を紡ぐ、無詠唱の下位技法だ。
イリス様は瞳の動き。扇奈様は音波によって『静音詠唱』を行い、未熟な無詠唱を圧倒なされる。
アヤメは到底、その域に達していない。せいぜい二流魔術師のように身振り手振りで術式を準備した後に、魔力を凝縮した『髪の舞』によって術式を変化させたり加速する。『旋風閃』と併用できるので使い勝手はそれなりの技法だ。
アヤメはそれによって盗賊アジトに結界を構築していく。その結界で『高山の清浄な空気』を再現し、仮死状態の魔薬兵たちを覆った。
「続けて・・・『旋風閃』」
『待ちなさい、アヤメ!』
加速しようとしたアヤメを強大な魔力を帯びた言霊が押しとどめる。その声を出せるのは一人だけ。
アヤメにとって真の主であり、親友でもある姫長の扇奈・セティエール様だ。シャドウの命運を左右する用事でウァーテルを離れていたが、無事に帰還なされたようであり。
口調、声の響きから察するに、結果はあまりよろしくないようであった。
『貴様等は邪魔よ。魔鏡鐘!』
盗賊のアジトだったところに扇奈様の声が響き渡る。誰にでも聞こえる声で注意を引きつけ、場を支配する。腕ききの感知能力者、動物以上の存在にしか聞こえない『音波』『拳打の衝撃』によって術式を構成する。
しかしアヤメから見ても、今回の『魔鏡鐘』は桁違いの理不尽だった。
アジトの壁越しに『衝撃』が透り、アヤメの作った『結界』が奪われる。そうして『高山の清浄な空気』が強化され。続けて『霊峰の万年雪を維持する冷気』が吹き荒れた。
「・・・!?」「ッ・・・ガァッ!」「・・・、・・・・・、ッ・・!?」
仮死状態の魔薬兵たちが短くうめく。それは覚醒の前兆か、必死の抵抗なのか。
いずれにしろ扇奈様が発動させた高山、天空に吹く冷たい風の魔術が連中の全てを崩壊させていく。
仮死状態の肉体を凍らせ、清浄な風が魔薬の邪気を消し。そうして壁を透った『衝撃』が肉体にまで透ったことで、反撃の可能性も絶たれる。自爆か情報伝達なのか、アヤメの技量では判別できない。だが不自然に蠢いていた体内電流の停止により、魔薬兵のあがきが終わったと確信した。
「久しぶりねアヤメ。今、戻ったわ」
「無事のお戻り。祝着至極に存じます」
そうして扇奈様は盗賊アジトに入ってきた。
長射程の術式。仮にも拠点の壁を透過する秘術。それらを帰還の移動をしながら行う。
風属性で他属性を操る『旋天』とはいったいどれほどの理不尽を掛け合わせているのだろう。そんなことを考えるも、アヤメは親友の表情から[また、腕を上げた]のセリフを呑み込む。
そうして話を聞く態勢をとった。
「・・・・・・・・・・」
扇奈は沈黙している。アヤメを探し、戦闘中に飛び込んで来たのだから緊急なのは確定だ。
それなのに口を開かない扇奈に、アヤメは最悪の可能性を尋ねる。
「勇馬に何かあったのかしら?」
「ッ!!・・・・・・・・・・・・・」
幼馴染みであり、側近のトップでもあるアヤメは扇奈の心を普段は読まないようにしている。だが今、そのルールを破って表情から察するに。
扇奈の弟である勇馬・セティエール。カオスヴァルキリーの拠点に出向している、シャドウの正統後継者の【命】に何かあったわけでは無いようだ。
【命】以外にナニかがあったようだが。
そんなことを考えるアヤメの前で、気位の高いシャドウの姫長が平身低頭してきた。
「ごめんなさい!!愚弟と貴女との婚約を破棄させて。お願い!!」
「・・・まずは話を聞かせてくれるかしら」
そう告げて、アヤメは素速く扇奈を立ち上がらせる。そうして密談の場所を模索し始めた。
戦国時代の宣教師と外国商船は仲が悪かった。表立って敵対はしなくとも、精神的に相容れなかったのではないでしょうか。
まず船乗りは船を女性に見立て大事にしますが。それは一神教を奉ずる宣教師には異教、妖魔の類にすぎない。そうして宣教師たちが信仰の赴くままにそれをを改めるように説教すれば。もしくは神の国を作るため協力を“安易”に求めれば。海の男たちにとって、心の拠り所を否定する坊主など魚のエサ以下の“騒音”でしょう。
これでは協力などできるはずも無く。“契約”だけの冷え切った関係になると思うのです。
なお怪奇百科に記された『僧魚』という怪異。遠洋航海でストレスのたまった船乗りたちに説教坊主はどう見えているのだろう・・・とか。荒くれ海の男たちを怒らせた宣教師が“不幸な事故”で海に落ちたとき。迷信深い水夫が“何を”見たのかなあ・・・と妄想します。
とりあえず北方民話で聖職者に優しい『シーピショップ』の類。船乗りを驚かす『僧魚』とは全く別物だと思うのです。




