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106.閑話~微風の尾

 人型と生物を掛け合わせた『亜怪人』。その中でも「元の生物を巨大化したほうが強そう」「苦労して○造したのに弱くなってない?」と疑問に思う種類が幾つかあります。


 今回、そう考える亜怪人は『カニ』。溶解液となる泡を吐き、犠牲者の遺体を処分するカニ亜怪人は怖いです。とはいえ甲殻類として甲虫よりは防御力があってもいいと思うのですが。弱点の目をカバーするために、全身の装甲は微妙な厚さになっているようです。

 悪徳の都ウァーテル。交通の要衝であり、周辺勢力の裏組織が集った奈落の都市。そこでは呼吸をするように情報のやり取りが行われ。それを契機に弱者は闇の住人にあらゆるモノを奪い尽くされた。


 現在は戦争魔女(ヴァルキリー)の妖術によって一時的に表側の施設を占拠されているが。それで敗北したと思っている幹部シーフなど存在しない。

 いつも通りに情報を盗み取り、搦め手を突く。その後は戦争魔女の集団はもちろのこと。奴等に期待し、夢を見た愚か者たちもすり潰してやる。生き血をすすり、骨の髄まで闇組織の養分にするのだ。




 そんな胸中をおくびにも出さず。ラグゾスは政庁の一画から得た情報を精査する。

 彼の魔術では朧気な像しか『透視』できず、秘密を探ったとは言えない。だが“シャドウ”を名乗るイヌ共の警戒網から、遠く離れたところで〈情報の一端〉を記録しており。

 闇ギルドに属する邪神官たちの儀式によって、〈情報の一端〉は全容を理解するための『触媒』と化すのだ。少しばかり素速く戦闘力だけ(・・)は高い“シャドウ”たちが破滅するのは確定したと言っていい。


 「その時は俺様もシーフロードに・・・いや、まずは大金を得てから装備を充実させるほうがさ、」


 「先」とつぶやく。胸中で考えつつ一歩を踏み出そうとしたラグゾスの体が宙に浮き上がりそうになる。それを防ごうと、彼はとっさに重心を低く保とうと試み。


 地面を強く蹴って、疾走する。その前方には隠れ家の扉があり。疾走の勢いのままドアをたたき割ってアジトに飛び込んだ。


 「何だっ!てめ・・・なんだラグゾスじゃねえか。てめぇ酔っているの・」



 『旋風閃影』



 知らない奴の声が背後から響く。だがラグゾスの勘は警鐘を鳴らさず、悪寒が走ることも無い。


 「「「「「・・・!”ッ?」」」」」


 それなのに視界の端でチームメンバーたちが切り裂かれていく。影が舞い、死の風が渦巻く。


 頭ではその情報さんげきを理解していても、ラグゾスの意識はそれを認識できないでいた。

 音は無く、死臭は鼻を刺激しない。暗殺訓練を受けているシーフたちが“素人”の動きで抵抗するも、瞬殺されていく。


 その光景は“夢”のようであり。

ラグゾスがそれを“悪夢”と認識するにはもう少し時間が必要だった。





シャドウを束ねる姫長の扇奈・セティエール様。

 その側近にして侍女を束ねるアヤメ・フィージアスにはいくつか悩みがある。


 『旋風閃影』の術式能力に関する(・・・)こともその一つだ。


 加速重視の身体強化で、疑似高地トレーニングも併用する『旋風閃』。そのアレンジである『旋風閃影』は隠行ステルス能力を持つ身体強化にすぎない。

 風の魔術によって〈音〉〈臭い〉〈様々な振動(触覚)〉を静かに、敵の感知を避けて放出する。それによって光学情報(視覚)を除いた敵からの感知・分析を惑わす。


 『気配を察する』『動作の起こりを読む』という武術のレベルに達したものの。その後“成長しない”“修行を怠る”二流どころを始末する術式能力だ。『旋風閃影は』速さはともかく、他の強化は疎かになる。


 「間違ってもシャドウにとって至高の力、などとは考えてはいけないわね」


 「・・・・・・・・・・・」

 「フンッ・・・」

 「・・・・・それ私たち以外には絶対・・に言わないでねぇ」


 同僚の侍女シャドウたちの意見は異なるようだが。強化と隠行を欲張った器用貧乏な術式など、上級シャドウにふさわしい能力ではない。とはいえ応用によっては番犬の代わりぐらいにはなる。




 「・・・・・『風尾(ふうび)』」


 カヤノとの実りある会話が終わり。アヤメは即座に清掃を行う。

 清掃と言ってもメイドのお掃除ではない。盗賊ギルドと死ぬまで戦う者として、“のぞき見”“盗み聞き”している者がいないかの『清掃ふうび』だ。


 そのため『旋風閃影』が放出するモノを利用する。この術式で敵の感知範囲をくぐり抜けるよう放たれる、〈音〉〈香り〉や〈体内電流〉は虚空に消えるわけではない。ただ地を這い、風に紛れるように【加工】されるだけであり。

 

 その【加工】は影に擬態し、陽炎のようにゆらめき、針の形に凝縮され。

 あるいは妖狐の『尾』のように舞い踊る。


 「・・・・・、・・・、・・・・・、・・・ッ」


 アヤメはその『尾』で政庁の監視が可能な地点を走査する。魔術結界の範囲外を舞わせ、身を潜められる狭所を刺し、ムチのように引き戻す。狐尾型の魔術的『音波探査(ソナー)』だが敵のウォッチャーに手札をさらすわけにはいかない。


 アヤメは居合い切りのように『風尾』をひらめかせて


 「・・・そこねっ、逃さない」


 狩るべき標的をアヤメは捕捉する。政庁の建物を遠目に見ている商人風の男。

 だが権力の中枢である政庁を観察する一般人など、元悪徳都市にいるはずも無く。『風尾』がとらえた残留する熱、体臭や地面のへこみ具合から、アヤメは男の正体を看破する。


 『旋風閃』


 加速状態でさらに速記を行い、同僚・配下たちに連絡を行う。さらに政庁のへいを飛び越え。遠回りしてから、標的のウォッチャーを追い抜き前方にまわる。

 そうしてアヤメは無防備な背中を闇ギルドの一員にさらして歩き始めた。


 「・・・・・」


 「・・・(『風尾』)」


 後ろ髪から増設した感覚尻尾(風尾)を伸ばし、背後の標的を探る。この程度ができずして先頭を疾走しつつ、後方を走る見習いシャドウの転倒防止(加速訓練)などできるはずも無い。

 そうして尾行を注意する男の挙動を感じとり、アヤメは男の正体に確信を持った。




 『お待たせしました、アヤメ様』


 『来たわね。総員、展開して包囲。標的の向かう建物は内偵していた58の商家。

  私が突入する。捕縛の必要は無い。逃げる者は始末しろ』


 『かしこまりました』


 しばらくすると配下のシャドウたちがアヤメに風魔術で声を送ってくる。それに応え指示を出すも、アヤメはウォッチャー共を一人で殲滅するつもりだ。カヤノとの会話内容は万が一にも漏れる可能性があってはならない。


 『私と入れ替われ。それから10歩後に左折して包囲に参加しなさい』

 『ハイ、アヤメ様』


 背後の尾行を気にする標的の意識と感覚。その隙をついてターゲットの前方を変則尾行していたアヤメは配下と入れ替わる。そうして標的の背後に改めて回り。シャドウの部下が視界から外れてから、標的の片足のみに『身体強化』をかけた。


 それによって男の体は一瞬浮き上がってから前方に倒れそうになり。それからバランスを取ろうと踏ん張る足の腱に、アヤメはさらなる強化を多重でかけた。男の体が攻撃魔術の勢いで跳んでいく。


 「何だっ!てめ・・・なんだラグゾスじゃねえか。てめぇ、酔っているの・」


 『旋風閃影』


 賊の身体を投石と化し注意を引きつける。アジトに潜む連中の感覚、意識の刹那を衝いてアヤメは突入し、『風尾』で人員、部屋の間取りを走査して。その後目にも止らぬ(・・・・・・)速さで斬撃を放った。


 「「「「「!”ッ?」」」」」


 音も無く盗賊共が血の海に沈む。


 しかしアヤメの感覚はシーフ連中が完全に死亡していないことを感知していた。心音は止ったが、死臭が漂わない。肌の【皮膚呼吸】も仮死状態のそれで、あげくに流血は小道具で偽っている。

 おおかた魔術薬で急造した怪亜人の上位バージョン。身体をいじって、“魔薬”の効果を増大させた戦闘用のシーフブレイバーといったところか。


 こんなクスリに犯された連中が戦場で活躍するなど言語道断であり。“使える駒”などと判断する指揮官が増えることは、惨劇の連鎖につながる。


 「とどめを刺すのは容易だけど。悪いが“惨め”に死んでもらう」


 惨劇を防ぐために惨殺を行う。そう決意したアヤメは旋風閃と自らの名誉を代価に捧げた。

 

 そんなカニの亜怪人の最も弱体化している身体部位。それは『ハサミ』です。カマキリ亜怪人の『カマ』と比べれば、一見カニのハサミを再現しているように見えますが。

 実情は『蛮刀』に等しい〈たたき切る〉ものが大半であり。重機よろしく資材を破壊することはできても、雷装の武器破壊や重傷も負わせられないありさま。


 そしてその原因は一つ。片手が大きい『シオマネキ』は例外として。カニは〈両手〉を使って、突き・えぐり・裂いて〈つかみ〉引きちぎる。パワーと同時にエサを解体する器用さも併せ持ちます。

 しかしカニ亜怪人は“片手”を交互にふるう。“二刀流の蛮刀”をふるっているに等しい。つかみ技、器用さの無いカニ亜怪人が『カニのハサミ』を活かせるはずがありません。

 結局、カニの亜怪人は序盤の障害に過ぎず(半死な虜囚を除く)。巨大化した水陸両用のカニと比べ、弱体化していると思うのです。

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