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101.閑話~水蛇のソウセン

 英雄ペルセウスのファンはご容赦を。スルーできない方は読まないでください。


 英雄ペルセウス。口の悪い人は“神具頼り”の勇士と罵り。ヘラクレスにパワーで劣り、アキレウスほどの防御力は望むべくもない。正直、私もそれに賛同していました。


 しかしペルセウスの境遇を考えると。かの英雄はあらゆる面でかなりの〈天才肌〉だと推測できます。上位の英雄たちは『ミルキーウェイ』に準じる幼少期からの加護があり。何より賢者ケイローンなど優秀な講師から学ぶ機会もありました。


 一方のペルセウスはというと。島に流れ着いて良くて庶民暮らし。箱入りで漂着したいわく付きの余所者として、おそらく苦しい生活を強いられた。武人として学ぶ機会など望むべくもありません。

 そんなペルセウスがメドゥーサを倒し、ペガサスに飛び乗った。ヘラクレスは『ヒュドラの毒』で破滅したのに、ペルセウスは『メドゥーサの石化』を使いこなしている。これを天賦の才と言っていいと思うのです。

 申し訳ありません。95話「『水那』の本体」からの続きです。




 悪徳の都ウァーテルを攻略した聖賢の御方(イリス)様と配下の軍団。だがそれは周辺勢力(・・)が抱える闇組織との終わらない戦いの始まりであり。最低限の戦争ルール、宣戦布告すら望むべくもない。


 正確にはシャドウたちが〈宣戦布告〉をしなければ“極悪”と罵られ。闇勢力の連合が〈奇襲〉をかければ“勝者こそ正義”とふんぞり返る。

 そういうダブルスタンダードが標準の連中が危険な『魔術薬物』をウァーテルに持ち込んだとなれば。シャドウの一員としては慈悲をかける必要など有るはずも無く。




 魔力の水に濡れた糸・衣類に干渉する『シャドウ(ユリネ)が使う水蛇蒼泉』は魔術薬物を持ち込んだ連中を次々と屠った。

 肉体を異形へと変えるシーフたち。奴等のまとう着衣の頑丈さを『水蛇蒼泉』は強制的に増強させた。本来は服を破り裂くはずの膨張する筋肉はそれによって硬く変化した服の中で行き場を失い、内蔵を圧壊する。


 それは改造された処刑道具(アイアンメイデン)とでも言うべきモノであり。荒事になれている闇の住人たちをも凍り付かせた。そんな惨劇の場に悲痛な声が響く。



 「やめてください、ユリネ姉様!」


 「いいわよ水那。私の可愛い『魔竜鬼(いもうと)』」


 ユリネとの養子縁組によって『水那』は【魔竜鬼】としては規格外の成長を遂げた。その思考は成人シャドウに極めて近く。その〈嗜好〉はユリネたち家族の影響を大きく受けている。


 そんな『水那』からすれば大事な【糸】がおぞましい“金属”と同様に扱われる。拷問、処刑道具を構成するモノとして、【糸】がイメージダウンするなど認められない。

 ユリネとしては“服を破る=力強い”と考える脳筋、ゴロツキ共からは恐怖されるくらいでよいと思うのだが。義妹の主張は可能なかぎりかなえてやりたい。


 だからユリネは切り札の『水蛇蒼泉』を発動する。

 

 「水蛇蒼泉」


 その横で『水那』が水蛇の群れ(ヒュドラ)をユリネに連動させつつ、渦巻かせた。『術式干渉(アルゴスアイズ)』に対抗するために編み出された魔力を掌握する『渦』。

 それが災禍と化してシーフブレイバーたちに襲いかかる。





 ユリネの切り札。それは【アヤメ】のふるう『旋風閃』を圧倒できるものでなければならない。

 断言するが、下級シャドウが使用する『旋風閃』の強化版などというものをあの女が切り札にするはずがない。


 よってユリネがふるう『水蛇蒼泉』は、『旋風閃』を魔力量でブーストした“程度”のモノを圧倒するのは最低条件だ。敵の衣服に干渉する邪法など開発する過程で産まれた副産物にすぎない。


 「チィッ、このアマが!」「一斉にかかれっ。押し包むぞっ!」


 闇ギルドの戦闘要員とでも言うべき連中が殺到してくる。『水那』の泣き言を隙ととらえ、士気が回復したのだろう。その動きは盗賊、強盗としては腕ききと言える。


 「水蛇蒼泉」


 その連中に『水那』の操る魔術の水蛇たちが襲いかかった。水蛇の群れは首筋の急所を狙う。

 だが短剣の迎撃により、逆に首をはねられた。


 「ひるむなっ!こいつらの力はたいしたことはない」

 「毒をくらっても『魔術薬』で強化すれば解毒できる。小蛇なんぞ恐れるな!」


 かろうじて水蛇たちが絡みつけたのは、明らかに戦闘力に劣る連中のみ。おそらくここに持ち込まれた『魔術薬物』の管理を行なうであろう術士くずれか。

 その連中を口だけで叱咤しつつシーフたちは毒の刃を投擲し、あるいは跳躍して襲いかかってくる。


 『水蛇装繊(蒼泉)


 それに対しユリネは魔力の水で自らの『装束』に干渉を行ない、魔術効果を織っていく。


 魔力の水を伝達系しんけいと筋肉(粘体)の中心(骨格)に。

 『装束』を防刃と錬金(へんか)に耐性を持つ『合成繊維』へと変質させ。


 仕上げにただの(低魔力)水に等しいものを大量にまとい装甲、『布石』へと変えていく。


 それはシャドウにはあり得ない重装甲の衣であり。同時に敵を蹂躙する無慈悲な濁流でもある。


 「なっ!?ナイフが届かんだと?」「チィッ!怪しげな魔術をっ」


 投擲されたナイフが勢いを失い、ユリネたちに届くこと無く床へと転がる。

 

 空気抵抗とはイコール空気中の水分が障害物と化して移動を阻害しているということだ。

 一定レベル以上の『加速』はその壁を越えることが必須であり。自在な機動性を得るというのは、空気中の水分を“障害物”ではなく『制動』に利用することから始まる。


 よって空気中の気体みずに魔術で質量を付与すれば、飛び道具は水中に没したも同然に威力を失い。


 「怪しげな魔術とは失礼ね。闇討ちの短剣使いに言われたくないわ」


 「ッ!?」「ガ、ガァッ!!」


 逆にユリネは抵抗を軽減し、粘体の水をバネにして加速する。抵抗を利用して制動ブレーキを行い、粘体の水を糸→つなにして立体機動ワイヤーアクションを行なう『水蛇操線』。

 敵の飛び道具を封じながら、ユリネは加速機動を行ない間合いを詰めていけるというわけだ。


 「クソがっ、舐めるなぁ!!」


 シーフブレイバーの懐に入ったユリネに長身が覆い被さってくる。我が身を犠牲にして動きを封じ、自分ごとユリネを刃で貫かせる。あるいは毒剣でユリネだけを傷つけるのか。


 「『水蛇操線(蒼泉)』別に侮ってはいない。ただ外道の手足を軽蔑し、殲滅したいと思っているだけよ」


 「なっ!?この力はっ、バッ、ヤメッ!」


 魔力を込めた水・粘体を凝縮させて両腕とそれを操作する胸部を形成する。水のゴーレムアームとでも言うべきそれで、覆い被さってきた肉体を受け止め。

 さらに握力・腕力をかけてやれば、泥人形のようにソレはつぶれた。


 「なっ」「ばっ」「・・・・・ッ」「ヒィ」


 スピード優先の『旋風閃』の情報を得ていた連中にとって、『水蛇装繊』の怪力はショックのようだ。『魔術薬物』がもたらす怪力以上の腕力に呆然となり。


 その隙にユリネは身体強化した脚力で跳躍する。『水蛇装繊』が形成する怪腕を運搬し、その射程に犠牲者たちを入れるために。


 「えっ」「「「「「・・・・・ッ」」」」」


 驚きの連続で思考が停止した盗賊たちの中心で怪腕を振り回そうとして・・・



 「させるかっ!『術式解除(ディスペル)』!!」


 「くっ!?」


 「姉様っ!」


 リーダーらしきシーフロードのかざした魔石護符(タリスマン)の効果によって怪腕がただの水へと戻される。開発したばかりな急造の術式とはいえ、『水那』との努力が水の泡となるのはそれなりにショックだった。


 「ごっ」「ぎっ」「あがっ」「ごおっ!?」「ひぃっ、やめろ、ヤメテ」「ギャァーーーーー」


 ただしあくまで“それなり”に過ぎず。聖賢の御方(イリス)様が放つ(・・)術式崩壊(スペルブレイク)』を知っているユリネは落ち着いて、拳撃・掌打を打ち込んでいく。

 『水那』は援護で水蛇の群れを殺到させていく。


 『酷冷泉』


 そうしてダメージを受けた身体部位を入口にして、強制放熱の魔術が盗賊たちを侵蝕していった。


 


 さてそんなペルセウスには“祖父殺しの予言”があり。その予言は円盤競技での失投により成就したのですが。超天才ペルセウスがそんなヘマをするでしょうか?


 神具を使いこなしたのは神々のご加護の力だとしても。ペガサスを乗りこなし、『メドゥーサの首』という凶悪な呪物を自在にあつかった英雄が、今さら円盤投げで失投する。もっと言うなら飛翔した状態で、荒れた海辺のアンドロメダ姫を発見する。そんな『鷹の目』に比肩する感覚を持つ者が観客席の人物を見落とす。


 どう考えても“無理”があるでしょう。疑わしきは罰せずの灰色だとしても。クロに限りなく近い灰色だと思うのです。

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