100.閑話~『水那』の始まり 5(養子縁組)
時代、地域によって『英雄』の評価は変わるもの。昨今【悪役令嬢】ものが確立している状況において。英雄ペルセウス『神話』に登場する人物の評価も変えるべきだと思います。
アンドロメダ姫を見事、救出したペルセウスはその勝利を讃える宴に招かれました。
しかしそこにペルセウスを殺害しようと【貴族】たちが乱入します。彼らはアンドロメダ姫の元婚約者とその仲間であり。英雄の功績を認めず、暴力に訴えた悪漢です。
もちろんケートス退治をなした英雄の敵ではなく。ペルセウスが掲げるメドゥーサの首によって彼らは石化・全滅しました。
このエピソードで宴を強襲した【貴族】イーピウス。今までは特権意識ばかりあり、実力差もわからない愚か者という散々な評価でしたが。【悪役令嬢】の文化的には立派に戦士だと思うのです。
『ティアマトの宝珠』というものがある。その正体は上位C.V.クララの使役する【魔竜鬼】の欠片であり。契約した術者がそこに魔力を注ぐことで、水属性のドゥーガが産まれる。
術者は代償として水属性以外の魔術を使う才能、潜在能力をクララに提供し。
クララは安定した即戦力となるドゥーガを術者に与える。術者を気に入れば、ドゥーガにボーナスを追加することも珍しくない。
「だからっていきなり三形態をつけるのはやり過ぎだと思うな」
「このっ、ひるむな『ヒュドラ』たち。押せ、押しまくれっ!!」
イリスたちが拠点としている迷宮の一画。〈訓練場〉と魔術の〈実験場〉を兼ねるそのエリアでイリスと若い〈ドゥーガ〉が模擬戦を行なっていた。
軽装甲をまとい、ダガーを片手に持つイリスに対し。大小様々なサイズの水蛇を使役する〈ドゥーガ〉が攻撃を仕掛ける。時に巨体で包囲を試みつつ、無数の牙と息砲撃がイリスに殺到する。
「何で、何で当たらないのっ!?」
「・・・解析光術。大ぶりな攻撃や魔術は分析されて、読まれると言ったよ。魔力量に頼りすぎないで!」
「このっ、このぉ!!」
「大水蛇は基本的に防御を優先して!小蛇で圧をかけて包囲する。相手が消耗し足が遅くなるまで大水蛇は動かさない。
とどめを刺すチャンスがくるまで水竜蛇は控えていて」
水で構成された多頭蛇の猛攻をイリスは余裕でさばき、指導する。
一方の〈ドゥーガ〉は攻めあぐね、焦りからか攻撃が雑になっていく。そうして分の悪い切り札に賭けてしまった。
「こうなったら・・・『術式解除』」
「ッ!?」
「これでしばらくは『解析』の術を防げるはず。そうして粘体大蛇!
これで一気に・・・」
『アルゴスアイズ』の使用条件である〈解析対象に侵入した光点〉。それらが『ディスペル』によって霧散していく。
その間隙を突いて、彼女は粘体大蛇を放った。人間ではあり得ない魔術の威力・展開速度は、既に何体もの中級魔獣を仕留める戦果をあげている。
「“一気に戦況を変える”なんて簡単にできないよ。『術式破断』」
「なぁっ!?」
イリスの振るう短剣が一閃すると、スライムサーペントの巨体が瞬時に寸断されていく。
「続いて『アルゴスアイズ』を再起動、高速化から続けて増幅を行う。
連鎖で『術式干渉』・・・は必要無いかな」
「きゃっ、ヒッ、イヤァァァーーー~~~~!!!」
復活したアルゴスアイズの光点がドゥーガの操る多頭水蛇の中で急速に増殖し、侵蝕していく。本来は『解析』を行なうための目印であるはずの『光点』に攻撃力はない。
しかし『光点』がヒュドラの巨体を蝕み分解していく様は飢えた獣による捕食行動を連想させ。
【例外】の二文字が通じる光景ではなかった。
「ずるい、ずるい、ズルイ、ズるいよっ!
何が“魔術攻撃はできない”ですって!?だったらコレは何なのよっ」
手慣れて、余裕を持って彼女が作った『ヒュドラ』を破壊するイリスの所行。どう見ても、今回が初めてなどと言うことはあり得ず。常習的にイリスがこの技を使用しているのは明らかだった。
「ウソはついてないよ。これは傷つけ壊す『攻撃魔術』では無い。魔術に干渉する『アルゴスゴールド』を応用しただけ。
ただ魔力量でゴリ押しの術には特別に効く。“急造”されたクリーチャーを事実上“急死”させる効力を持つだけだよ」
「そんなっ!それじゃあ私のようなドゥーガを殺戮する魔術ということ?」
【恐怖】の色を帯びた彼女のセリフに対し、イリスは首を横にふる。
「効果があるのは、あくまで“急造”されたモノに対してだけだよ。
生い立ちという『背骨』がなく。制限、誓約という『外骨格』すらも無い。
そういう術式で安易に作られたゼリー同然なら、ボクでも簡単に干渉できるよ」
「・・・・・そんな、そんなのっ!」
イリスがどんな理屈を述べようと。無数の蛇“急造”して使役する彼女にとって『アルゴスアイズ』を使う存在は天敵でしかない。しかも草食獣のように、逃げ隠れすることもできない恐怖の捕食者だ。
先程、唱えた『術式解除』で『アルゴスアイズ』の楔となる『光点』を除去できなかった。除去できていたとしても、即座に『アルゴスアイズ』が再発動した。正確にはどうやって『術式解除』に対処されたかわからない。
それは魔力で構成され、魔物よりはるかに強力な術を使える【魔竜鬼】の長所が通用しないばかりか。『アルゴスアイズ』という理解不能な刃が突きつけられ、生殺与奪の権を握られているに等しい。
「勝てるわけない。刃を突きつけられている恐怖に耐えられない・・・かな?
だけど人間はその恐怖に打ち勝っている。中の下レベルな魔獣より強いはずの、君にそれができないのかな?」
「嫌っ!食べないで。私の核を奪わないでぇ・・・」
半泣きになっているドゥーガの彼女に、イリスはロクでもない興奮を抱く。それを胸の内に封印して、彼女は考える。
大半の人間、C.V.は恐怖から意識をそらしたり、忘却しているだけに過ぎない。
しかし誕生したばかりの【魔竜鬼】ではその忘却ができず。魔力の低い人間たちを侮っていては、忘却をはじめとした思考活動を彼らから習い覚えることができない。
だから増長していた傲慢な心をへし折るため、今回の模擬戦を行なったのだが。
[やばっ、やり過ぎた]
聖賢の名を廃止すべき失態に、イリスの顔色が青くなる。イリスにとって目の前のドゥーガはクララという厄介なC.V.の眷族にすぎず、正式な部下ではない。そんな存在が配下のプライドを傷つる諍いを起こしたのだ。
対応がきつくなるのも仕方ないこと・・・とはいえこれでは幼児を虐待するオトナでしかない。
そんなイリスを打ち据える声が響き渡った。
「セイケンのオン方様。何とぞお願いしたいことがございます!」
「何かしらユリネ。貴女は魔導師団長のクララに『ドゥーガ』の操作術を習っていたはずだけど」
「いかにも。ですがその前にやっておくことがございます。
どうか『水那』を私の家族に。養子縁組で義妹にすることを、お認めくださるよう、お願いいたします!!」
「はい?貴女、自分が何を言っているのかわかっているの?」
動揺を露わにするイリスに対して、元侍女だったユリネは堂々と答える。
「もちろん理解しています。貴族たちが家を存続させるため、養子縁組を行なうように。
私も【魔竜鬼】の理解を深め強くなるため。シャドウ装束の【糸】を編み続けるために。
『水那』を家族に迎えたいのです」
強さと【糸】を求めての打算まみれな宣言をユリネは行なう。だが貴族の養子縁組とてお家大事な権力争いの面は大きい。
ならば【糸】を完成させたいユリネの野望のため。悪徳の都ウァーテルを攻略する戦場で生き残るため、力を求めるのは悪いことではない。
少なくとも“シャドウは魔力が低いから、ドゥーガ使役が下手で足を引っ張っても仕方ない”などと胸を張るよりマシた。
むしろクララ・レイシアードという上位C.V.の不興を買って、理不尽な怒りが降りかかるのを防いだ。結果的にシャドウ一族を守る功績を挙げたとすら言える。
「『水那』ちゃん。貴女はどう思っているの?【魔竜鬼】の重要性を考えれば、替えの効かない宝物、稀少獣として生きるのも悪くないと思うけど」
「ワタシは・・・・・」
イリスの問い掛けに『水那』と名付けられた魔竜鬼は口ごもる。いくら知性があるとはいえ、想像の埒外である養子縁組を求められ。即座に決断しろなど誕生したばかりの『水那』には酷な話だ。
そんな『水那』に誘惑のささやきがかけられる。
「『水那』、今のままでは永久にセイケンのオン方様に敵わないわよ」
「ッ!!」
模擬戦を騙った、『ドゥーガ』の傲慢をへし折るイリスの制裁。それに対しユリネは力を合わせて対抗しようと呼びかけてくる。大恩あるイリスへの敬意に欠ける声は『水那』の胸中をおおいにゆさぶっているようだ。
「もちろんタダじゃない。あのすまし顔なアヤメを打倒するために力を貸してもらう。
【糸】を編み、量産にこぎ着けて。『旋風閃』ばかりがシャドウの術ではないと、皆に知らしめよう」
明かりに誘われる虫のように、『水那』の人間態がユリネに引き寄せられる。だがそれより速く、魔力の繊維がつながれ渦巻き。
イリスでも安易に解析、干渉できない魔力の流れを形成していった。
そもそもアンドロメダ姫が生贄に捧げられたのは『神託』を聞いた国王の決断であり。荒れた海に苦しむ国の【貴族】としては国王の決断に従うしかないでしょう。
そんな貴族が英雄に無謀な襲撃を仕掛けたのか?ずっと“アンドロメダ姫を奪い返そう”としたのだと考えていました。
しかし【悪役令嬢】のルール的に、イーピウスたちは【貴族の義務】を果たしたと思うのです。
海魔鯨を石化した時点で、『石化能力』はチート過ぎると誰もが考えたでしょう。そんな神罰に等しい『石化能力』を派閥無しな蛮勇の余所者が持っているなど。今まで国を治めてきた貴族たちにとって恐怖でしかありません。
そんな『石化能力』を持つ魔術師・暴君の出現を阻止するため。元婚約者の貴族たちは無謀な特攻を仕掛けた。早期にチート石化の“恐怖”を知らしめるため、衆目の目がある宴を強襲したのではないでしょうか。
故郷エチオピアを守るためチート英雄に挑み石化させられたイーピウスたち。【悪役令嬢】が尊ぶ既存の秩序的には勇士だと思うのです。




