2-8.知らないことだらけ
「おに、ぎり……とは、なんですか?」
「へ?」
予期せぬ質問に、私は唖然とした。
まさか、おにぎりを知らないなんて、この人たちはお坊っちゃんか?いや、神様か。
おにぎりという母の温もり感じる素朴で美味しい食べ物より、ステーキやロブスターのパスタなんかの高級なものしか食べないお坊っちゃん神様か?
「い、いや、あの、おにぎりですよ?炊いたご飯をこうやって両手で三角や丸形に握って食べるものですよ?」
「そんなもん、見たことあるか?」
ヴァンが、怪訝そうに眉間にしわを寄せ、皆に問いを投げかける。
ほかの三人は、一様に首を横に振った。
「ううん、僕は見たことも食べたこともないなぁ。米を食べると言えば、リゾットかそのままか、じゃない?」
同意を求めるように、エミユがルイに顔を向ける。
ルイは、右手を顎に当て、考えるようにして答えた。
「う〜ん、そうですね。あかね、すみません。考えてみても、そのような食べ物は見たことがありません。"おにぎり"というものは、あかねの世界ではよく食べられるものなのですか?」
「はい、そうです。コンビニに行けば、いつだって買えるし、今はおにぎりワンプレートなんていうのも人気で、カフェでもメニューにあります」
「こんびに?」
「あ、えっと、コンビニっていうのは、私たちの世界ではおにぎりやカップラーメン・スナック菓子とか、いろんなものが一日中お店が開いて買える場所があるんです。それが、"コンビニ"です」
「かっぷら〜めん?すなっく……がし?」
ルイの頭上に、はてなマークがどんどん増えていく。
まったく次元の違う異世界で、見たことも食べたこともないものを説明するのはめんど……っ、大変だ。
ここは、"おにぎり"に話の重点をおこう。
「あ、いえ、コンビニのなんちゃらは置いといて……あの、ここにキッチンはありますか?」
「ん?キッチンなら、あのカウンターの壁向こうにあるよ。どうするの?あかねちゃん」
「ちょっと、お借りしてもいいですか?」
「いいけど……?」
エミユとルイは、不思議そうに首をかしげながら、顔を合わせた。
私はその様子に微笑ましさを感じ、小さく笑った後、カウンター後ろのキッチンへと、歩を進めた。
怪訝そうな視線が、背中についてくる。……ヴァンか。
この人、私を信用していないんだろうな。
助けが必要で召喚したとはいえ、初めて会う異世界の人間を、そう容易く信用できることではないのはわかる。
ここは、信用してもらうためにも、おにぎりを作って食べてもらわなきゃ!
キッチンは、コの字を反対にしたようなスタイルで、カウンター裏の壁側が、スパイスやハーブを置いてある調理台。その反対側に、水道とガスコンロがある。
さっき入ってきた扉のついていない入り口を挟んで向こう側には、食器棚があった。
奥に続いている扉がまだあるけれど、それは今必要のないことだから触れないでおこう。
当たりをキョロキョロしていると、ガラスでできた米びつに精米が入っているのを見つけた。
壁にかかっているスパイス棚には塩もある。あとは……あれだ……あれ?おかしいな、どこにあるんだろう?
「おい、なにやらかすつもりだ」
私があまりにキョロキョロとキッチン内を物色するものだから、入り口に背を預け、腕組をして立っていたヴァンが、痺れを切らして話しかけてきた。
「あの、あれがないんですけど……炊飯器どこですか?」
「は?すいは……?おまえ、なに言ってんだ」
「お米を炊く器械ですよ」
ヴァンの眉間のしわが深くなる。
「そんなもんはねぇ。米を炊くといったら、これだろ」
イライラとした様子で、ヴァンがガスコンロの下の棚から取りだし、ドンッとなにかを置いた。
私はそれに、目を見開く。