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男爵令嬢の結婚3

 式までの期間はひと月。

 本当なら半年、一年かけてもいい期間をたったのひと月。貴族の結婚式としてはかなり短いものだけれど、私には不満はなかった。伯爵様は私の家は何もしなくていいと言ってくれたけど、両家とも必死になって私の準備をしてくれた。

 私のドレスはお母様のものを元に仕立て直して、久方ぶりに髪や体のまともにしていなかった手入れをした。


「綺麗よ、リヴィア。とても綺麗」

「久しぶりだな、こんなに美しい姿を見るのも」

「あの男、今日を一生後悔すればいいんだ」

 花嫁姿の私を見て、男爵家のみんなが褒めてくれる。祝福の声がくすぐったく感じてしまうものね。


 伯爵様は今日は来なかった。急用で参加ができなくて申し訳ないという書簡が昨日届けられたの。

 お兄様はその書簡を破り捨てそうな勢いだったけどなんとか止められてよかったわ。今もかなり腹を立てているようだけど。

 私はこれでよかったと思っているわ。どうせ形だけのものだもの。花嫁姿を家族に見せられただけで十分だわ。


 式が終われば、私は用意されていた伯爵家の馬車に乗り込んだ。

 このまあブラッドフォード家に向かうの。今日から私はリヴィア・ブラッドフォード。伯爵家の人間になるのね。形だけね。


 馬車に乗る直前に、ブラッドフォード家の前伯爵と夫人に声をかけられた。

 つまり伯爵のお父様とお母様ね。

「リヴィアさん、あなたには本当に申し訳ないことを」

「息子に何か言われたのかしら? 無理をする必要なんてないのよ」

「いいえ、私はとても幸せなのです。ブラッドフォード伯、いえ、旦那様には感謝してもしきれませんの」


 お二人の背後でお父様とお母様とお兄様が悲し気な顔をしているのが見えたから、手を振ってから馬車に乗り込んだ。いつでも会えるのだからそんな悲しい顔はしないで?

 馬車の中には侍女が一人。

 見慣れた顔の侍女だった。男爵家からついてきてくれた唯一の侍女。

 私より少しだけ年上の優しい侍女。

「私についてきてくれるの?」

 本当は一人で行くつもりだったのだけど。

「もちろんですわ。私にはリヴィア様しかいませんもの。さあ、参りましょう。このセシリアがついておりますから。リヴィア様はお幸せになれますわ」

「セシル。私はとても幸せよ」

 もう十分幸せなのよ。


「リヴィア様……。ところで、お着替えになられるのですか? そのままのほうがよろしいと思うのですが」

 セシルは私を見ながらそう言った。今の私は着飾られて化粧もしている完璧な姿。

 私の腕には着替え用の普段着ているドレス。

「だめよ、こんなでは。はやくリヴィアにならなくては」

 綺麗な格好はもうやめたんだもの。


 この広い馬車の中では着替えるのも簡単だった。綺麗なウエディングドレスは脱いで、シンプルなドレスに着替えた。化粧も軽く落として結い上げた髪もほどく。

 視界に落ちてきた髪にほっとする。


「……リヴィア様は……、オリヴィア様は、もう愛されてもいいのですよ」

 セシルが私を見てそう言ったけれど、聞こえないふりをした。




 馬車の旅は長いようで短い時間だった。

 結婚式を行った教会は王都からすぐ近くの街だったし、ブラッドフォード伯のお屋敷は騎士団に所属していることもあって王都の中にある。

 男爵家とは比べようもない大きくて綺麗な屋敷。


 最初に伯爵とお会いしたときにも来ていた執事の男性に手を借りて馬車を降りれば、使用人が整列して迎え入れてくれた。

「お嬢様、よく我が家に来てくださいました。私、侍女長のエステラと申します」

 エステラはきっちりとした印象の40代くらいの女性だった。

 お母様と同じくらいの年齢かしら。

「私たち、お嬢様が過ごしやすいよう精いっぱい務めさせていただきますので、どんなことでもお申し付けくださいませ」

 エステラに続いて何人もの侍女が頭を下げてくれる。

 お飾りの妻の男爵令嬢にするには大げさすぎる歓迎ね。

 

 お嬢様、という呼び名は、それだけで私の立場を示している。

 奥様とは呼ばれない。それは、私はどこまでもお飾りでしかない。そうはっきりと言っているようなもの。とても過ごしやすそうだわ。

 あまり迷惑をかけないように部屋でじっとしていないと。


「私ども一同、リヴィア様が来てくださったことを喜んでいるのです。旦那様が大変失礼なことをしてしまい申し訳ありません。申し遅れました。私は執事長のオーマッドと申します」

 丁寧に頭を下げるオーマッド。歳は30代くらいかしら。執事長というにはかなり若いように見える。

 オーマッドに続いて執事たちも頭を下げる。

 料理人も、みんな。揃って私に頭を下げる。

 そんなことしなくてもいいのに。私の扱いは使用人と同じか、それ以下で充分だわ。


「私はお飾りですので、気をつかう必要なんてありません。それに、私はとても幸せなんです。旦那様には感謝しているくらいですから。これからどうぞよろしくお願いいたしますね」

 そう言った私に、使用人たちの目が涙目だったのは気のせいよね。



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