男爵令嬢の結婚2
一週間後に、ブラッドフォード伯は我が家にいらっしゃった。
噂通りキラキラとしていて、素晴らしい容姿の方だった。
優し気に細められる瞳と甘い声。これで数多くの女性を落としてきたのだと納得してしまうような姿。
「この度はいきなりの申し出を受け入れてくださり感謝いたします」
「いえ、こちらこそまさかかの有名な伯爵様からこのようなお誘いがあるとは思わず。不躾なことも多いかもしれませんが、ご容赦ください」
社交辞令を交わしあったところで、ブラッドフォード伯が切り出した。
「それでですね、早速なのですが、リヴィア譲と二人で話をさせていただせませんか?」
「なっ……」
「それは一体、どういうことでしょうか」
絶句したお兄様と訝し気な声を出すお父様。お母様も警戒したように、私より一歩先に出た。
「失礼は承知です。もちろん二人きりとはいいません。我が家の執事と侍女になりますが立ち会わせます。ぜひ直接私の想いを知っていただきたいのです」
正確には二人きりではない、と伯爵は言った。その様子は真剣なようにしか見えなかった。
まだ未婚の男女が部屋の中に、使用人がいるとはいえ二人きりなど、普通ならあってはならないようなこと。お父様たちの反応も当然のことだわ。でも。
「私は構いませんわ」
「リヴィア!?」
「二人きりではないのですもの。それに、私もゆっくりとお話してみたいわ」
お母様とお父様は、ブラッドフォード家の執事と侍女に確認をとったうえで引いてくれた。
「リヴィアがそういうのなら」
「何かあればすぐに呼びなさい」
「母上! 父上! しかし、リヴィアに何かあればどうするのですか!!」
お兄様は納得してはくれなかった。お兄様は本当に私のことを大事にしてくださるから。行き遅れの妹なんて早く追い出してくれてもいいのだけど。
私に何かあれば、と言ったあたりで、伯爵の目がすっと冷めた。
わかりやすく表情が変わったわけではないけど、それははっきりと私にわかってしまうような感情。
こんな娘に手を出すわけがないだろう。
てところかしら?確かにこんな容姿の悪い娘に手を出すほど伯爵は女性に困っているはずないものね。
私、伯爵のこと好きになってしまいそうだわ。もちろん恋愛感情だなんてそんなものではないけれど。
「大丈夫よ、お兄様。少しだけだもの」
ね?とお願いしてみれば、渋々ながら了承してくれた。
今は男爵家の決して広いとはいえない応接間で伯爵と向き合っている。テーブルの上には紅茶とクッキー。伯爵に出せるような高級品ではないけれど、うちでは精一杯のもの。
「単刀直入に言います。貴女には、私のお飾りの妻になっていただきたい」
予想していた話とは違ったみたいで、伯爵は笑顔のままで口を開いた。紅茶にもクッキーにも一切手をつける様子もない。
「お飾り、とは?」
「そのままですよ。私は好きに恋人を作りたい。今の恋人は身分の低い女性でね。家族には彼女との結婚を反対されているし、それなのに身を固めろと口うるさく言われている。ですから、あなたにはお飾りの妻として私と結婚していただきたいのです」
愛人と幸せに過ごすため、一応の体裁のためにそれなりの身分の妻が欲しいと。
「もちろんただで、とは言いません。男爵家に資金援助はいたします。あなたは私と形だけ婚姻を結んでくださればいい。家のことをやる必要はありませんし、体の関係もいらない。欲しい物があればお金の心配もない。公式の舞踏会等ではパートナーをお願いするかもしれませんが、それだけです。あとは自由にしていただいていい」
つまり、私も好きに恋人を作ってもいいということかしら?私に恋人なんてものは必要ないけれど。
立ち会っている執事と侍女に目を向ければ二人とも神妙な顔をしていた。主人のこの行動に全面的に同意しているわけではないみたい。
ああ、どこかで気に入られて一瞬の結婚になるかと思ったのだけど。思っていたよりも素晴らしい申し入れだわ。
なんて素敵なお話なのかしら!
にこにこと話すブラッドフォード伯爵に、私も思わず笑顔が浮かぶ。長い前髪で表情は見にくいかもしれないけれど、そんなことはどうでもいいことよね。
「すぐにとは言いません。よく考えてください。と言っても流石にあまり長くは待てませんのでお返事は、」
「そのお話、喜んで受けさせていただきますわ」
遮るようで申し訳ないけれど、私の答えは出てしまったもの。話は早いほうがいいわ。
侍女と執事が驚きで目を見張っているけれど、こんな素晴らしいお話は他にないのだもの。仕方ないでしょう。
伯爵様も少し驚いたようだったけれど、とくに何も言わなかった。
私はお飾りの結婚でいい。男爵家にはお金が入る。一石二鳥だわ。
「では、準備はこちらで全ていたしますので」
伯爵は綺麗な笑顔とお辞儀をして帰っていった。
その場で結婚を決めた私に家族は驚いていたけれど。
「伯爵様はとても素晴らしい方だったの。これは素敵なお話だもの」
私が意志を変える気はないとわかれば何も言わなかった。
「……世界一綺麗な花嫁姿にしてあげるわね」
「幸せに、幸せになってくれ、リヴィア」
お母様とお父様は泣きそうな顔でそう言った。
「私は幸せよ。ずっと、ずっと……」
「ヴィア。何かあればすぐ帰ってくればいい。俺が幸せにするから」
「ありがとう、お兄様」
まるで、求婚みたいだけど。お兄様ならきっと本当に幸せにしてくれるのでしょうね。
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ちょっと短くなったかも。
時代背景とか中世風の設定とか考えるのなかなか難しい……