男爵令嬢の結婚
なんとなく設定は決まっておりますが、練るのはこれから。序章のようなこれだけ投稿して、しっかりとプロットを練り始めようと思います。名前など、知識不足なところがありますので、何かおかしな点等あれば教えてください。
「幸せにならないで、お義姉様。誰かと愛し合う幸せな生活なんて、お義姉様には似合わないわ」
綺麗な笑顔で笑う彼女は美しい。
煌びやかなドレスを着て、華やかな化粧をして。
彼女はいつだって可愛かった。綺麗だった。
昔からずっと私の可愛い妹。
幼馴染でもある彼女は、弟とお似合いの婚約者。弟と同じくらい、私も愛していた。
燃え盛る炎は巨大な渦を巻いて、焦げ臭い匂いと一緒に気持ち悪くなるようなむせかえるような甘い香りがする。
真っ赤。視界が全て赤一色。
見慣れたはずの景色が、まったく知らない景色になっている。
「幸せにならないで、生きていって。私は彼と……」
何度も何度も繰り返された言葉。
彼女の言葉も声も笑顔もいつも私の中にある。
消えはしない。
忘れはしない。
忘れられない。
「誰かと幸せに生きるなんて、お義姉様にはもったいないわ」
幸せになんてなってはだめよ。
優しくて可愛らしい私の義妹。
小鳥のさえずりのような声で、彼女は微笑むの。
さようなら、と彼女の口が動いた気がした。
華々しい結婚式。
空は晴天。
頭上からは花弁がひらりひらりと降り注ぐ。
祝福の鐘が鳴って、美しい意匠のドレスはそよ風に靡いてきらきらと輝く。
大きくはないけれど由緒正しい教会で、参列者の席もしっかりと埋まっている。
今日は国の英雄でもあり、有名な伯爵の結婚式。
誰もが祝福するような人物の、華々しい式。けれど参加者は揃って神妙な顔をしていた。目の前の神父様でさえ顔を歪めている。
どうしてそんな、悲しそうな顔をするのかしら。
主役の一人である私、リヴィア・ライジェルのお祝いだというのに。
「―――—―――誓いますか?」
長い前置きとともに尋ねられたそれに、私は口を開く。
誓うな、とどこからか声が聞えた気がしたけれど。
「ええ、誓います」
花嫁姿の私。
隣にいるはずの花婿の姿はない。
代わりに、神父様が新郎の誓約書を読んでくださった。
代理で誓約書を提出すればその場にいなくとも結婚は認められる。確かに珍しいことではあるけれど、全くないわけではない。
教会を見渡せば、お父様もお母様もお兄様も泣きそうな顔をしていた。
伯爵家の方とはこれが初めての顔合わせになるのだけれど、揃って複雑そうな申し訳なさそうな顔を浮かべている。
こんなに素晴らしい幸せで素敵な結婚式なのだからそんな顔はしなくてもいいのに。
私にはもったいない幸せだと言うのに。
「……貴女は、本当にこれでよいのですか」
静かに、神父様がそう言った。もう誓いは終わっているというのに。
「もちろんですわ。私にとっての最善ですもの」
本当に、本当に、幸せなのです。
始まりはひと月前のこと。
私の家であるライジェル家に婚姻の申し入れがあった。
ライジェル家は歴史はあるけれど、今では寂れてしまった男爵家。王都からは離れていて畑と自然しかないけれど、綺麗な場所に屋敷を持っている。
「母上! あのキース・ブラッドフォードから縁談があったというのは本当ですか!?」
叫んだのはお兄様だった。
お母様とお父様は神妙な面持ちで頷く。
「どうしてあのブラッドフォード伯から目をつけられたのか……」
お父様の疑問もお兄様の驚きも当然のことだわ。
だって私は歴史はあるものの財政難な男爵家の娘。大してきれいでも美人でもない、容姿も中身も特筆するべきところのない、ぱっとしない、むしろ野暮ったいような娘だもの。
しかも年齢は19。貴族令嬢ではそろそろ嫁ぎ遅れ。生まれる前から婚約を結ぶのも珍しくはない貴族社会。10代前半で結婚する女性も珍しくはないのに、理由もなく私はいまだ独り身。
対するブラッドフォード伯といえば、容姿端麗な美男子として有名で、この前の戦ではこの国を勝利に導いた王国騎士団の第二隊を率いる隊長。
選べる令嬢はより取り見取り。普通に考えたら私なんかが選ばれるはずはない。
「一週間後に、一度直接お話がしたいと言ってきているのよ」
困ったわねぇ、とお母様は頬に手を当てて眉を下げた。
「爵位は伯爵。容姿もいい。騎士団での地位も保証されている。確かに条件としては最高なのかもしれませんが……っ、キース・ブラッドフォードといえば無類の女たらしとして有名ではないですか! 関係のある女は数知れず! 短期間で二人との婚姻を繰り返しています!」
そんな男にヴィアは渡せません! とお兄様が怒ってくださる。
本当にお兄様はお優しい人だわ。いまだに婚約者もいないことが不思議なくらいいい人。
ブラッドフォード伯は女関係に問題があると有名なのは事実。
困ったように私に視線を向けるお母様に、私は微笑んで見せた。
「とりあえず、お話だけでも伺ってみようと思いますわ」
「ヴィア!?」
相手は伯爵家。男爵家であるうちには正直すべてを断ると言う選択肢は初めからないのだけれど。それを抜きにしても私はお話を聞きたいと思っているの。
「一度くらい会ってみないと、わからないこともあるでしょう?」
「そうだな。もしかすると、どこかの夜会か何かでリヴィアに目をつけたのかもしれない。あの方は惚れっぽい方らしいからな。もしも一瞬の妻にだとか、愛人にだとか言う話ならばすぐに断りなさい。あの男に甲斐性などないだろうからね」
優し気に告げられるお父様の言葉に大人しく頷いた。お父様、案外辛辣なことを言うのね。伯爵と面識でもあるのかしら?
でもね、本当はそんな話ならいいと思っているの。
私は結婚する気なんてなかったのだもの。するとしたら私の幸せにならないような結婚がいい。結婚して捨てられるならそれもありだわ。
そんなことを言ったら怒られてしまうから言わないけれど。
とりあえずお話だけは伺う、ということで伯爵にはお返事を返した。
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