潜入と乱入
~side:リズ~
「あれから何日経った?」
拘束魔術で体の自由を奪われ、さらに手枷足枷と雁字搦めで動くことができない体を身じろぎする。魔力制御もできないから魔法を使って脱出することもできやしない。
もぞもぞと動いていると、ぐぅ~~っと腹の虫が空腹を訴えてくる。フラガラック騎士団に捕まってから食事も、さらには水すらも与えられていないからいい加減に喉も乾いて仕方ない。餓死したとしても生き返るとはいえ、空腹は切なくて辛い。
「また、あいつのオムライスが食べたいな」
冷たい床に身を横たえたまま、虚空を見つめながらあの森の中にポツンと建っていた家での日々を思い出す。
始めは変な奴だと思った。この銀髪を見て、銀の魔女のことを知らない者はいないと思っていたのに、あいつは本当にわたしが何者か知らない様子だった。でなければ飯を食わないなら無理矢理食わせるなどと口にしないだろう。
それに背中の傷もそうだ。騎士どもに刺された傷は放っておけば死に至るものだった。回復魔法は使う余裕はなかったし、あいつも魔法を使えるようには感じられなかった。
それでもあれほどの傷を負っていたというのに、意識を取り戻したときには死んだとき特有の倦怠感がなかったから復活して回復した訳でないことは確かだ。ならば、あいつが何かをしたことになるのだろうが、その方法がわからない。
そして2日目だ。あいつがわたしに300年ぶりの感激を与えてくれた。どんな魔法を使ったのかと思うほど、髪の色を変える薬を使い、怯えられることも恐怖心から石を投げられることもなく、人の生活している場所へ行くことができた。あれは感謝してもし足りないほどの恩を受けた。
例えそれがあいつにとって何でもないことであろうとも、いつかどうにかしてこの恩を返そうと決めた。
「それも、わたしのせいで無理になってしまったな……」
あいつには、ロビンには本当にたくさんのものを貰った。あの1週間は普通の生活を夢見ていたわたしにとって、宝石のような日々だった。
あれが最後の幸せな記憶となるのならば、この最悪な人生に幕を下ろすのも良いのかもしれない。
「シンクは無事かな?それにあいつは、最後に何を話すつもりだったんだろうか……?」
今となってはあいつが話したかったことも、聞きたかったであろうことも知ることはできない。騎士どもを連れてきたと疑ってしまったわたしを、あいつは身を挺して庇ってくれた。
事前に銀の魔女だと、不死の化け物だと確かめた筈なのにだ。
あの場ですぐ回復魔法をかけてやれば一命を取り留めたかもしれないが、頭に血が上って反撃を試みて殺されてしまったからどうなったかはわからない。しかし、わたしを庇うような行動をしたあいつを騎士どもは見逃したりしないだろうことは確かだ。
「本当にわたしは、災厄しか与えることができないな」
自嘲気味に呟かれた言葉は誰の耳に届くこともなく、暗闇に溶けて消えた。
~side:ロビン~
「この城、やけに警備が厳重過ぎねぇか?」
イライラしながら吐き出された言葉は、つい口から出てしまったものだ。周りに人がいないから良かったものの、聞きとがめられていたらすぐに見回りの兵が集まってきたに違いない。
城壁を乗り越えて侵入した城内には夜だというのにかなりの人数の兵士が巡回して警備をしており、どこを歩いても人の気配が途絶える様子がない。
今は倉庫になっている部屋に逃げ込んで巡回の兵をやり過ごしたところだが、今度はこの部屋から出て移動するためにタイミングを計らなければならない事態に陥っている。
「それにしても、この部屋の臭いはなんだ?どこかで嗅いだことがありそうな気はするんだが」
スンスンと臭いを辿っていくと、どうやらその臭いは部屋の両側に2段重ねにして置かれている樽からしているようだ。入った当初は酒樽か食料でも詰め込んであるのかと思ったが、どうもそれらとは違うと勘が訴えてくる。
「この臭いはもしかして……」
どこで嗅いだことがあったのかを思い出した。あれは夏の日、祖父母に家や友達とよくやったそれはーー。
「やっぱり、火薬だったか」
重ねられていなかった樽の蓋を慎重に外すと、現れたのは黒い色をした粉だ。実物を見るのは初めてだが、これは黒色火薬と呼ばれたものではなかろうか?
「だとすると次のステージは爆薬と、そして銃か。意図的に作らないようにしていたのに、この世界では作られてしまったんだな」
せっかくのファンタジー世界を舞台としたゲームに銃なんて無粋なものを登場させないように、プレイヤー間で暗黙の了解としてあったそれはゲームが現実世界となったことで作られてしまったに違いない。
それがこのタイミングでわかったことは僥倖だとしておこう。何も知らないで銃を持つ相手と戦う羽目になるより、その可能性があるとわかっていれば不測の事態にも対応できる。
「とりあえず、こいつは有効利用させてもらうとしよう」
黒色火薬は熱や静電気、衝撃に弱いという性質がある。保管には細心の注意が必要になるそれを有効活用する方法は一つだけだ。
今、鏡があったらそこには意地の悪い顔をした男が移ることだろう。それを自覚していながら魔術を込めたマジックジェムを火薬の中に埋め込み、蓋をして元に戻しておく。あとは実行する際に被害が出ないように念のため人払いの結界を込めたマジックジェムを部屋の入口に仕掛けておく。
「これで仕込みはばっちりってな。さて、リズは見つかんねぇし、逆に見つかる前に領主に釘を刺して撤退するとしよう」
アサシン時代の流儀に則り、潜入した城の城主に会わなくては気持ちが悪い。それにこんな街の領主には一度会って話をしたくなったのもある。明日の処刑の場で領主の兵が邪魔をしないように言い含めるのも併せて、問題が発生しない程度に話をしてくるとしよう。
エドワード・カーター=ヴァン・サンフォード。サンフォード地方を治める領主でガリア王国国王から辺境伯の爵位を授与されている。
50年前にイスパニア王国との間に起こった戦争に祖父が活躍し、その武勇伝を聞いて育った彼は父からサンフォード領を受け継ぎ、都市の整備と防衛力強化に尽力してきた。
また、自身の鍛錬にも余念がなく、ハルバードや大剣を操らせたら一般の兵よりも強く、将軍職を預かる武官にも匹敵する力を有している。
「な~んて話を聞いたけど、本人はどんなもんかね」
領主の執務室と思われる場所に明かりがついていたのを外から確認できたので警備の目を掻い潜ってやっと、その扉の前へとたどり着いた。扉の横にはメイドが控えていたが、今は近くの部屋で眠ってもらっている。
「さて、ご対面と行きますか」
ドクロの仮面を付け、丁寧にノックしてから部屋へ入る。どうせなら窓から侵入するとか、屋根裏からとかアサシンっぽく入ろうかとも考えたが、別に殺すつもりではないからと見送ったのだ。
「今夜は客人がいなかったと記憶しているが?特にそんな悪趣味な仮面をつけている人物に知り合いはいなかった筈だとも付け加えよう」
「夜分遅くにすみません。何せ昼間は入るのが難しかったもので、こんな時間になってしまいました」
もう少し驚くかとも思ったが、普通に返されてしまったので拍子抜けしてしまった。しかし、エドワードさんは聞いていた通り、文官よりも武官といった感じに見受けられる。スーツの様な服は筋肉に内側から押されてはち切れんばかりだ。
「これは警備をもっと厳重にする必要がありそうだな。それで、突然押しかけてきて顔も見せず、自己紹介もしないつもりかね?」
「これは失礼いたしました。わたしの名前はロビン・フッドと申します。どうぞお見知りおきを」
慇懃に腰を折って礼をする。あえてわざとらしく振舞い、反応を窺う。案の定、エドワードさんはどう対応したらいいのか決めあぐねているようで、眉間に刻まれた皺がその苦悩を表しているようだ。
「灰色の髪、黒いドクロの仮面に黒装束。かつて虐げられていた無辜の民を救うために、暴虐を働いた王の軍勢に1人で立ち向かったという伝説を私も小さい頃になんどもその物語を聞いて育ったものだ」
在りし日を思い出すように逸らされた目は、こちらに焦点が戻ったときには鋭い眼光を放っていた。
「そのロビン・フッドだと、君は言うのかね?」
「そのロビン・フッドです。証明しろと言われても、何をもって自分が自分である証明をすればいいのか見当もつきませんが」
肩をすくめてお手上げだと示す。強いて言えば賞金が懸けられたときの似顔絵が残っていれば、それが証拠になり得ると思うが、もう残っているとは思えない。この街に来てから今が何年かを確認したら、自分が暗殺者の王に挑んでから千年近くが経過していた。
それだけの長い年月が経っているのだ。あの伝説事態も文明破壊の災厄によって失われたものと思っていたが、今なお語り継がれているのは少しだけ嬉しくなったものだ。
「ここに千年以上前に出された懸賞金の似顔絵がある。これはフラガラック騎士団が定期的に再発行しているものだ。行方不明になったあとも執拗に足取りを辿っていたようだ。余程恨まれているようだな?」
机から引き出された懸賞金の額と一緒に似顔絵が載せられたそれは、確かにゲーム時代に発行されていたものと同じものだ。騎士団を裏切って暗殺教団を立ち上げたがために懸けられた賞金ではあるが、その後の各国王殺しでさらに膨れ上がっている。そろそろ時効にしてくれても良いだろうに、執念深くて呆れてしまう。
「逆恨みもいいところですよ。でも、それがあるなら証明には十分ですね」
仮面を外すと、エドワードさんが息を呑むのがわかった。半信半疑。いや、疑いの方が強かったに違いない。この世界の人間にとって、自分は千年以上前の人間なのだから。
「驚いた。まさか本当に似ているとは思わなかったからな」
「まだお疑いのようですね」
苦笑して返し、立ったままも疲れるので勝手に応接用のソファーにどっかりと腰を下ろす。うん、ふかふかで体が沈みそうな良いソファーだ。このまま寝るのも心地良さそうだと思いながらも、その誘惑を振り払う。
「それで、貴方がロビン・フッド本人だとして、本日はどのようなご用件で?この首が目当てなら、精一杯抵抗させてもらいますよ」
「それは思い違いですのでご安心を。今回、訪問させていただいたのは明日執行される処刑について、お願いがあってきました」
「明日の処刑と言えば、銀の魔女のことか。それは貴方が直々に殺すと、そういうことですか?」
「その必要があればそうします。ですが、わたしは彼女に先ず、問わねばならないことがある」
「問わねばならぬこと、ですか……。それをお聞きかせ願っても?」
両手を組んで机に肘をつき、口元を隠してこちらを見据えるエドワードさんの目は真剣そのものだ。それも仕方ないか。自分の伝説がどのように語られているかの詳細を聞いた覚えはないが、それでも自分の行動は覚えている。
フラガラック騎士団を抜け、自分で立ち上げた暗殺教団を後継者に譲り、ただのプレイヤーとして活動を始めてからのことがロビン・フッドとしての伝説になっているのは断片的に集めた情報から推測できる。
ロビン・フッドとして、自分が相手に”問う”ということはその答え次第によっては力を貸すことに他ならない。事実、その行為の結果として悪政を敷いていた領主を討ち、差し向けられた軍を退けたこともある。
その話がそのまま残っているのであれば、”問い”の結果と問われた者の”願い”によってはこの都市に危害が及ぶのは想像に難くないのだろう。
「おれは彼女の願いを、望みを聞く。その結果次第で彼女の処遇を決める。それが、少しの間だけでも彼女をおれの保護下に置いておいた責任だからだ」
本気を示すために視線を外さずに言い切る。視線を真っ向から受け止めたエドワードさんは重苦しい雰囲気を放ち、深々とため息を吐いた。
「その願いが、迫害をしてきた人間への復讐であった場合はどうするのですか?」
「この手で殺します。ですが、そうじゃなかった場合は助けます。そこでわたしからのお願いというのは他でもありません。ここの兵には手出しをせず、住民の保護を最優先に動いてもらいたいのです」
「それだけなら、引き受けることは難しくありません。ですが彼らは、フラガラック騎士団はどうするのですか?」
「彼らとぶつかるのは避けられませんからね。なるべく殺さないように気を付けますが、まあ借りもありますからどうなるかはその時になってみなければわかりません」
笑顔で軽く言ったつもりだが、家を襲撃されたことが頭の隅を過ぎって殺気が漏れ出てしまった。それを一瞬でも受けてしまったせいか、エドワードさんは椅子に座ったまま下がろうとしてガタッと音を鳴らしてしまっていた。
「私が今、ここで聞いたことを彼らに話さないと、そう考えはしなかったのですか?」
「それは貴方の自由です」
瞑目し、そうなっても仕方ないと肩をすくめて見せる。その態度に何を思ったのか、恐らくはどう言葉を返したものか図りかねているのだろう。何も言えずにいるエドワードさんに続きを口にする。
「ただ、忘れないで頂きたいのはわたしを敵に回した場合、少なくともこの城にいる人間の命は無い、そう思っていただいて構いませんよ?」
息を呑んで戦慄が走ったのか、硬直してしまったエドワードさんから視線を外して立ち上がる。これで伝えるべきことは全て伝えた。この後どうするかはエドワードさん次第だ。
もちろん、命が無いというのはただの脅し文句だ。だが、それでも敵対行動が見られた場合は仕掛けを発動して脅してやれば本気だと勘違いしてくれるだろう。
「では、これで失礼いたします。もう会うことはないことを祈っていますよ」
仮面を付け直して部屋を出る。振り返ることはしなかったが、エドワードさんが動く気配はなかった。しかし出て行った直後、ガタガタと物音がして部屋から飛び出してくるエドワードさんを物陰から観察する。部屋の外に自分の姿が無いことにホット胸を撫で下ろしていた。
よっぽど緊張していたのだろうか?プレッシャーをそんなにかけた覚えはないんだけどなぁ~~と頭を掻きつつ、寝かせておいたメイドをそっと起こしてから城を後にした。
明けて翌日、同室のクロエに深夜帰ってきた理由を問われたり、完全武装しているのを訝しがられたり、さらにはあった筈の自分の荷物がどこにも無いことに気づかれて頭を捻っているのをあえて無視して朝食を取る。
いろいろと質問されたがさらりと受け流し|(というよりもこれからのことに集中していて聞き流していただけだが)、宿の前で別れた。その後もしばらく追ってきていたようだが人混みをするりと抜け、路地をいくつか曲がった頃には引き離していた。
「クロエには一緒の宿にいたから捜査の手が伸びたときは迷惑をかけてしまうな」
殺されることはないだろうと思うが、フラガラック騎士団が動き出すまでの時間稼ぎをするためにも少しばかりと言わずに痛い目にあってもらうとしよう。
昨夜、宿のあるこちら側に戻ってくるために拝借した船で向こう岸へと渡る。同じ場所に戻ると面倒だから違う桟橋に寄せた。そこで船を乗り捨て、近くにいた漁業関係と思われる男たちに金を握らせてこの船をもとの持ち主に返しておくように頼み|(金を渡しているから脅迫ではない)、処刑が行われる広場へと足を向ける。
道行く人の話題はどれも今日の処刑に関してのことばかり。完全武装して歩いている自分が浮きやしないかと心配だったが、普段は外に出ている冒険者や傭兵も銀の魔女には興味があるらしい。目につく範囲で歩いているのが見えるので、悪目立ちするのではと思ったのは杞憂に済んだ。
「さて、そろそろ時間になるがどうやって潜入したものか?」
橋の出入り口にある広場へ行くためには囲んでいる城壁をの門を抜けなければならないが、既にそこは人々が詰めかけていていつになったら入れるのか、そもそも入れるのかすら怪しい状況になっている。
処刑なんて、人が殺されるところなんて見たいものだろうかとゲーム時代は思っていたものだが、興味本位で中世頃の生活を調べてみたことがある。そこでわかったのだが、現代のようなテレビなどの娯楽が少ない為、またとない見物なのだとか。
さらに驚いたのはその傍で宴会までしていたという。それを証明するかのように広場へ向かう道の端には屋台が並び、おいしそうな匂いを漂わせている。
「ほんと、一種のお祭りのようだな」
呆れながら、正午の鐘が聞こえてきたので足を速める。処刑の鐘を鳴らしてすぐにってことはないだろうが、間に合わないよりはずっといい。
人混みをかき分けて行くのはすぐに諦め、川の浜辺から潜入することにした。
~Side:リズ~
「時間だ。出ろ」
騎士に言われ、鎖を鳴らしてゆっくりと立ち上がる。拘束された手首と足首が擦れて痛む。拘束魔術をかけられた体は重く、思うように動かない。
(眩しいな)
牢屋代わりの馬車から降りると、久しぶりの太陽に目が眩む。目が光に慣れるより早く、大勢の人間の喧騒が聞こえてくる。
そのすべてが罵倒、死ねや殺せといった言葉だ。人々の悪意にはもう慣れた。この光景も何度となく見た光景の一つに過ぎない。ただ、違いがあるとすればこいつらに捕まったことで、本当に命尽きるまで殺しつくされることくらいか。
「さっさと歩け!」
背中を小突かれ、気だるげに歩き出す。視線の先には処刑台が有り、その上からこいつらのリーダーである聖騎士が眉間にしわを寄せて睨みつけている。
それに対して皮肉気に笑みを浮かべると、こめかみに激痛が走った。
(っく。石か……)
ポタッ、ポタッと血が石畳に滴って赤い花を咲かせる。最初の一石のあと、立て続けて投げつけられるそれは兵士達が制止するまで続いた。
「魔女め、今の気分はどうだ?」
「最高に最悪だよ」
ニヤリと不敵に笑って見せたが、ただの強がりだと思われたのだろう。鼻で笑われたあとに、聖騎士の後ろに用意された処刑道具を見せつけるように手で示した。
「お前を何度も殺すために、この都市にあった処刑道具を集めてもらった。絞首台にギロチン、八つ裂き用に牛も用意した。さらには腹裂きに磔刑、最後は魔女らしく火刑にしてやろう」
ふふんと自慢げに語る聖騎士に嫌悪感を込めて睨み付け、そして諦めを多分に含んだため息を一つ。
(どれも一度は経験したやつばかりだな。あの牛の形をしたやつがないのは良かったかな?)
遠い目をして在りし日を思い出す。真鍮製と思われる牛の入れ物に詰められ、火で炙られたのは辛かった。じわじわと熱が伝わって焼け死ぬのだ。あれのせいでしばらく暗く、狭いところに入るとパニックを起こしそうになったほどだ。
「さて、最初はどれからがいい?好きなものを選ばせてやるぞ」
「ご厚意、感謝するよ」
「なに、礼には及ばないさ」
嫌味で言ったのに効かないとは、面白くないやつだと舌打ちする。
しかし、死に方を選ばせてくれると言うのならその言葉に甘えさせてもらおう。一回死ねばその後はしばらく意識が朦朧とする。その意識が不鮮明な間に痛みがひどいのをやってくれれば少しだけ楽になる。
だが、その後ろ向きで楽観的な思考は次に聖騎士が口を開いたことで儚い希望となった。
「ああ、心配しなくてもいいぞ。ちゃんと意識を覚醒させて、新鮮な気持ちで殺してやろう」
「地獄に落ちろ、クソ野郎」
「はは、その減らず口がいつまで持つか楽しみというものだ。それで決めたか?」
「そうだな。先ずはギロチンから行こうか」
「よし、ギロチンだな。おい、すぐに準備しろ!」
部下に指示を出し、テキパキと準備が進んでいく。数分と経たずに見ている前で観衆の一番見える位置にギロチン台が設置される。
「大人しくしろよ」
「言われなくても暴れる力なんて残ってないさ」
殴られ、口の中を切ったのか血が滲んだのでそれを吐き出す。乱暴に髪を掴まれ、ギロチン台の首枷に拘束される。俯いて刃が落ちてくるのを静かに待とうとしたが、それすら許さないとばかりに髪を掴まれて無理矢理顔を上げさせられる。
「これより、銀の魔女の公開処刑を始める!民衆よ、不死の化け物の醜悪さをその目に焼き付けよ!そして神より与えられし尊き生を冒涜する者たちを我々は決して赦してはならない!」
聖騎士の演説が始まり、それに呼応するように観衆の熱気が高まっていく。足を踏み鳴らし、殺せと連呼した雄叫びが徐々に大きくなっていく。
人々の憎悪が一身に集まるのを感じる。それらは強大な圧力となって押し潰されそうだ。
人々の熱気が最高潮に達したと思われたとき、聖騎士が手を振り上げる。それが振り下ろされた瞬間、首を落とされる痛みを想像して目を閉じた。
ガッ!!と耳の近くで木に何かが突き立つような音が聞こえ、次いで金属同士がぶつかる音が響く。それに驚きながらも確認するためにゆっくりと目を開けると、兵士が観衆を制している輪の内側に黒装束に身を包んだ謎の男が立っていた。
「神聖な裁きを邪魔するとは、貴様も異端の徒として処刑してくれる!そこの不届き者を捕らえてここまで連れてこい!」
「「「「了解!!!!」」」」
処刑台の傍に控えていた騎士4人が走り、乱入した男へと掴みかかる。武器を携帯していながらも、それを抜こうともしない男はドクロの仮面で表情は読み取れないものの焦った様子もなく、最小限の動きで4人を捌いて転がしてしまう。
それを唖然とした表情で見る観衆は静まり返り、隣の聖騎士はギリッと歯ぎしりの音が聞こえるほど歯を食いしばっていた。
「ええい、何をしておるか!お前らの腰に下がっている剣は飾りではないだろう!」
スラリと、思い出したように抜かれた剣に観衆より悲鳴が上がる。さっきまでは死ねだの殺せだの言っていたわりには、こういう殺し合いに恐怖を覚えるなんて可笑しくて笑ってしまいそうだ。
「貴様、何が可笑しい!?」
「なに、死にゆくわたしにこんな見世物をわざわざ用意してくれたのだろう?なら、楽しまなくては損ではないか」
知らずに笑っていたらしいことを指摘されると、確かに口の端が引き上げられているのを自覚した。
そんなやり取りをしている間にも男は突き出された剣すらもガントレットで逸らし、腰の刀を抜くことも背中側に見える短剣らしきものを抜くこともせずに1人、また1人と殴り、蹴って無力化していく。
これが笑わずにいられようか?精強を誇るフラガラック騎士団が無手の相手になす術もなく倒されていく。その強さが半ば神聖化されてきていることを考えると、メンツを衆人環視のなかで潰されているのだ。
煮え湯を飲まされてきた我が身にとって、これほど愉快なことはないと言ってもいい。
そんなことを考えている間にも10人近くが倒れ伏し、男は悠然と歩み寄ってくる。
処刑台の下にたどり着いたとき、男の髪の色が灰色であることに気付いた。
(そんなバカな。わたしは都合の良い夢でも見ているのか?)
考えている人物が、目の前の男と同一人物だと一緒だとは限らない。
しかし、どうしても考えずにはいられない。
「おのれ、こうなったら私自らの手で成敗してくれる!」
剣に手をかけ、今にも抜こうとしたその瞬間、風が吹いた感じて目をつぶり、開けたそこには聖騎士を処刑台の上から蹴落としてこちらを見る男と目が合った。
「やっと会えたな、リズ。あの晩、邪魔が入って訊けなかった”問い”をおまえにしよう」
その声は聞き覚えのあるもので、1週間とはいえ人間らしい生活を与えてくれた優しいあいつの声音でーー。
「おまえは”心の底から何を望む?”」
ドクロの仮面越しではあったが、森の中に住んでいたと伝えられている英雄、ロビン・フッドと同じ名前のあいつだった。
あ~~かなり更新が遅くなってしまい、楽しみにしてくださっていた皆様には申し訳ない。
まあ、本当に待ってくれている人がいるかはわかりませんが(笑)
さて、一章のクライマックスが迫って参りました。
こんな中途半端な曜日に投稿している時点で日曜更新とか無理そうではありますが、頑張って書いてみようと思います。
それでは、これからも銀の魔女と灰の狩人をよろしくお願いします。
あ、あと感想とかいただけたら頑張れそうだなぁ~とか呟いてみたり(笑)