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銀の魔女と灰の狩人  作者: サツキ
魔女との出会い
8/29

街の散策と潜入計画

 「師匠は今日の予定は決まっていますかにゃ?」


 「とりあえず、橋の向こうの方に行ってみようと思う」


 朝食を取りながら今日の予定を話す。何気にクロエの師匠呼びに慣れつつあるのは問題だと思うが、どうせあと数日の付き合いだと思えば気にもならない。



 「それにゃら一緒に行きますにゃ。あたしも橋向こうには取引させてもらってる相手がいますからにゃ」


 「そうか。なら道案内を頼むとしよう」


 「任せてくださいにゃ」


 背の高い建物が多いせいで目印が無かったので、クロエの案内は正直助かる。クロエがいなかったら人に道を尋ねるか、昨夜と同じようにして屋根まで上るという非常識なことをしないといけないところだったのだから。





 「こっちの大通りに出れば橋までは一直線ですにゃ」


 「やっぱり城門からは直線で結ばれていないんだな」


 改めて街の造りに感心する。城門が突破されても敵軍の勢いを削ぐために、橋までを直線で結ばないようにしているのは日本の城下町でもあったと聞いたことがある。それを思い出しながらこの街を見ていると、立ち並ぶ建物にも意味があるように見えてくる。


 例えば建物内にクロスボウや弓などの飛び道具を持たせた兵を配置しておけば、上から一方的に進軍してくる敵兵を攻撃することができる。まあ、攻撃したあとに逃げることを考えると、兵の命の危険があるので余程の逃げ道を確保していなければ実行させるのは難しいだろうが。



 「今、にゃにを考えていますかにゃ?」


 「いや、この街を攻める相手は苦労しそうだな……と。守る側として見ればこれほど防衛しやすい街はないだろうな」


 「それはそうですにゃ。いまから50年ほど前にあったイスパニアとの戦争でも、この街の半分までを攻略されながらも撃退に成功したと聞いているにゃ」


 「ほう、それはすごいな」


 半分までってことは橋からこちら側は陥落したということだろう。そこまで占領されていながら取り返すとなると、なかなか難しいと思う。ゲーム時代に攻城戦イベントなどに参加したことはあるが、防衛側に立ったことはないから想像は難しいが、勢いに乗った軍を撃退するのは並大抵のことでないことはわかる。


 他にも当時の軍を指揮した将軍が良かったとかそういう理由もあったのだろうが、そんなことは橋まで来たことで何となくわかりそうな気がしてきた。



 「橋なのにずいぶんと立派な門があるものだな」


 「戦後により強固に、頑丈に強化されたと聞いていますにゃ。さっ、とりあえず行きますにゃ」


 クロエに続いて橋まで近づくと、門の上に築かれた砦が気になってくる。こちら側には入り口が見当たらないことから、橋側に設置されているのだろう。


 そのまま門をくぐって橋を渡るのかと思いきや、警備の兵がいる方に向かっていく。そう言えば橋でも検査があるようなことを言っていたから、その為かと1人納得する。



 「通行許可証の発行には銅貨50枚が必要である。また、これは都市への入場許可証と同じで1週間有効なものであるので注意するように」


 「金を取るのか。まるで有料道路だな」


 「何か言ったか?」


 「いえいえ、銅貨50ですね」


 思わず漏れた呟きを聞きとがめられて誤魔化しつつ、半銀貨を取り出して兵士のおっちゃんに手渡す。代わりに入場許可と同じような札を受け取る。裏を見てみるとちゃんと有効期限の日付が書かれており、誤魔化すのは難しそうだ。



 「その札は無くさないように。無くした場合はいかなる場合も再発行はしないからな。有効期限を超えて都市の外へ出るときは城門で返却しても問題ないから、ここまで返しにくる必要はないぞ」


 「わかりました。気をつけます」


 意外と丁寧に説明してくれた兵士に頭を下げ、先に済ませていたクロエに合流する。



 「銅貨50というのは通行料として見たときにどうなんだ?」


 銅貨50と言えばちょっと贅沢にご飯を食べたときの5食分くらいだ。それを毎週払うとなれば、庶民にとっては橋を渡るのを敬遠しそうな気がするのだが。



 「行商人にとってはまあ、普通くらいですかにゃ」


 「そういうものなのか?でも、この街に暮らしている人間にとっては少し不便だと思うのだが」


 「それは問題ないですにゃ。市民権を持っているにゃら税金と一緒に利用料を徴収しているから、気分的にはタダなのと変わらない筈にゃ」


 「それなら確かにわからないな」


 あくまでも流れ者に対する税金みたいなものかと納得する。そう考えると都市の入場料が銀貨3枚だったことを考えると安く感じてくる。あくまでも都市の一部だから安くされていると考えれば、関所もかねた外にある橋ではもっと高くなりそうだ。



 「それにしても、警備の兵が意外と多く配置されているんだな」


 馬車が2台並んでその脇を人が余裕を持って歩けるほどの幅がある橋の上を跨ぐようにして、城壁にでもありそうな塔が建っている。石や茹だった油を落とすのに使いそうな穴や、弓を射かける為に設けれた凸凹のある壁。


 下を潜るときには天井に扉のようなものがあり、あそこからも攻撃することができそうだ。そしてやはりと言うべきか階段のようなものはなく、梯子を下ろすんだろうなと推測するしかない小さな扉があるだけだった。


 それらがおよそ2キロメートルはある川幅の、500メートルおきほどに設置されている。また橋の中央には跳ね橋が設けられており、有事の際はこの橋を落とせば短期間ではあるが分断できるようになっていた。



 「防衛拠点として橋は重要ですからにゃ」


 「それもそうだよな」


 青染めの板金鎧に剣にと、兵士の装備が揃っているのは潤沢な資金がある証だ。その兵士たちが街を歩いてるときも数人で巡回しているのを見かけた時にも思ったが、決して横暴な振る舞いをせずに毅然として職務を遂行していたことから統制が取れていて練度が高いのも疑いようがない事実だ。



 「ここまでガチガチだと、難攻不落の都市と言っても過言ではないな」


 「本当ですにゃ。交通都市というよりも要塞都市と言った方がしっくりくるくらいにゃ」


 確かに、と頷いてしまうほどの説得力がこの街にはある。ここに来るまで通ってきた道でかなり大きな市場があって、朝から盛況に商売されているのを見れば交通都市と言うのも納得だった。しかし、その印象を覆すほどの防衛設備が要塞という言葉を連想させるのも間違いない。



 「ここまで防備を固めて治安が良いからこそ、商売が盛んで人も集まるのかもしれないな」


 安全が保障されている、ということは中世から近世のようなイメージのこの世界では珍しいことだと思う。森に入れば凶暴なモンスターがおり、街道や山道には賊が出る。人が住める場所から一歩、外に出れば危険が多い世界。


 それは街中でも変わらないだろう。現代社会でも事件に巻き込まれることはあるのだ。警察のような法的機関がなく、その代わりが領主の兵であればその質が問われる。兵の統制が取れていなければ横暴な振る舞いをするだろうし、犯罪組織が蔓延ることにも考えられる。


 それが無く、治安が良いこの街は本当に良いところだと思う。



 「それでも、ここまでするのはちょっとやり過ぎな感もあるよな~~」


 脱力感と共につい本音を零してしまったのは許してほしい。いや、誰に許しを請うって話でもないと思うけど。


 そんな感想を漏らしてしまった元凶を改めて見上げる。橋の反対側に辿り着いたと思ったら見上げるような壁が出迎えたのだ。10メートルはありそうな壁は城壁と見紛うばかりで、橋の出口を中心として扇状に囲んでいる。



 「広場と思ったらわざとそうしてあるのな」


 「なんでも、ここで橋を渡ってきた敵を一網打尽にするらしいですにゃ。また簡単に壁に取りつかれにゃいように堀もありますにゃ」


 「入り口も別けてさらに跳ね橋もあるとか、もう何も言えねぇよ」


 さらに壁の向こうには小規模ながら城があるのだ。そのせいで橋を渡ってすぐだというのに直接街に入れず、1キロ弱歩いて端の方にある出口に向かわなければならないから嫌になる。


 これは領主に会ったら一言物申したくなるというものだ。この街に住む者は、この不便さに何も思わないだろうのか?



 「さすがにここまでするのはあたしもやり過ぎだと思いますにゃ」


 「だよなぁ」


 互いに愚痴を零し合いながら最後の跳ね橋を渡って川向こうの街に入る。こちらも同じように街造りが成されているが、決定的に違うのは住居ではなさそうな大きな建物が多いことだろうか。



 「あれら商業ギルドや職人ギルドにゃどの各ギルドが保有する建物ににゃるにゃ。他にもそれぞれの商家の本店とかが軒を連ねていますにゃ」


 「なるほどな。重要な建物はこちらに集められているということか」


 通りに並んでいる建物を見ていると人の出入りが多い。通りに止まった馬車に荷物を積んだりしているのは商店なのだろう。それ以外に人の出入りがあるのはギルドと言ったところか。武装した人間が出入りしている建物は冒険者ギルドか傭兵ギルドのどちらかだろう。



 「それで、クロエの取引相手ってのはどこに住んでいるんだ?」


 「ここの大通りから路地に入っていかにゃいといかにゃいにゃ。道に迷うといけにゃいから、師匠とはここで別れてお互いに目的を達成した方が良いと思うにゃ」


 「それもそうだな」


 いつの間にかクロエに連れられるまま歩いていたせいで目的を見失う所だったと気づかされる。振り返れば城からはだいぶ離れてしまっていて、しまったと頭を掻く。



 「じゃあ、ここまでだな。昼はどこかで適当に食べるから、夜にまた宿で会おう」


 「わかりましたにゃ。道に迷わにゃいよう気をつけてにゃ」


 「ああ」とだけ返事をして踵を返す。人通りが多い道をかき分けて歩けば、クロエの気配も雑踏の中に消えてしまう。この人混みで別れてしまえば再び会うのは難しいだろうから、夜に宿でって判断は間違っていない。



 「先ずは城を目指すとするか」


 人混みに自分の気配を同化させながら歩を進める。目的を持って歩いている人たちの話声は拾いづらいが、立ち止まって話している人間の声はよく聞こえる。ただの雑談なら無視し、騎士団に関するものがないかだけ拾っていく。


 そうしてわかったのは彼の騎士団が昨日から領主の城に居ること。そしてあくまでも噂レベルで銀の魔女を捕らえたことが広まりつつあることだった。



 「猶予は今日中と考えた方がいいな。明日には動き出すに違いない」


 1辺が1キロ弱の壁に囲まれた城を1周し、出した結論は昼間に潜入するのは難しそうだということだ。壁の上の通路には衛兵が巡回しているのを離れた建物の屋根に上って確認した。また橋に面している城壁を除いた3方向にある城門は開かれているものの、衛兵が厳重に警備していて一般人が立ち入るのは無理そうだ。



 「潜入するにしても壁に取りついたら目立ってしょうがないし、かと言って城門の突破は論外だ」


 城の周辺はほかの建物と十分に距離が取られていて道幅が広いが、警備上の問題か人通りはほとんどないと言っていい。そのおかげで路地に隠れながらもこうして言葉を漏らしながらも考えをまとめることができる。


 片手には露店で買った細長いパンにレタスとハムなどが挟まれたサンドイッチをパクつきながらの観察だ。これがあんパンと牛乳であれば一昔前の警察ドラマのようだと思考が明後日の方向へズレていくのはいい考えが浮かばないからだ。



 「仕方ない。夜にもう一度来るか」


 諦めて立ち去ろうとしたとき、城門から馬に乗った兵が出ていくのを見た。その数は5人。固まって動くのかと思ったが、それぞれ分かれて行ったのを見るに伝令か何かか。



 「状況が動いてしまったか……。こういう時に何かが告知されるときは広場に行けば良かったよな」


 中世のヨーロッパでは広場はイベントの中心でもあったらしい。市場が開かれるのはもちろんのこと、領主から民への布告を行ったり、処刑場としても機能したとか。まあ、テレビとか町内放送に使われるような通信装置がないのだから、人が集まるところでイベントが開かれるのは当たり前と言えば当たり前なのだろう。


 一番近い広場はどこだったかなと考えたものの、土地勘のない場所では下手に歩き回るよりも知っている場所に向かうのが無難だろうという結論に達する。そうなると知ってる場所で近いとなると横にある壁の向こう側、橋の出口にあった広場だろう。



 「壁を乗り越えたら近道なのにな」


 ぼやきつつも出来ないものは仕方ないとため息を吐く。着いたときに公示人が立ち去っていなかったらいいなぁと呑気に考えながら、散歩気分で歩き出した。








 「明日、正午の鐘の後、公開処刑を知らせる鐘を鳴らす!」


 橋の手前にある広場に到着したとき、離れていてもよく通る声で兵士が手に持った紙を読み上げていた。どうやら間に合ったようだと安堵しながら、公示人の兵士の周りに集まっている人の群れへと近づいていく。



 「罪人の名はエリザベート・ヴァレンタイン!あの悪名高き銀の魔女である!」


 「こういう形で、あいつの本名を知るのは嫌だったんだが」


 不快感に眉根を寄せながら、公示人の声に耳を傾ける。正直、群衆の中にいるのはスリの危険も考えると長居はしたくない。話に集中したいところだが、そういう警戒もしなくてはならず面倒だ。だが、リズの名を聞いて動揺と恐怖心で固まっている群衆の中で妙な動きがあればすぐにでも察知できそうなのは救いか。



 「処刑はこの広場で執り行う!そして、処刑を担当するのは銀の魔女を捕らえたフラガラック騎士団、聖騎士エリオット殿が自ら執行するとのことだ!」


 「聖騎士、ね。そこまで引き継いでいるとは」


 職業などのクラスが無かったゲーム時代、そういう肩書を名乗るのは当人たちの自由となっていた。剣を武器に戦う者たちは剣士、または戦士を名乗り、弓矢を使う者は狩人と言った感じだ。


 フラガラック騎士団を創設したときの自分を含めた14人の初期メンバーは騎士団を名乗る以上、初めは騎士を名乗っていたが騎士団の規模が大きくなるにつれ、さらに上位の存在とするために聖騎士を名乗り始めたのだ。


 今となっては懐かしい思い出だが、そこまで律儀に踏襲しているこの世界はゲームとどういう繋がりがあるのか不思議で仕方がない。生きていくことができればそれでいいと、後回しにしていた問題。いや考えないようにしていた問題と言うべきか。


 この異世界に来てしまったその理由を、ここでリズと再会した後にでも調べようと決める。その為には、この世界のことをもっとよく知る必要があるのだから、明日の結果がどうなるにせよ追われる身になるのは間違いない。世界を見て回るいい機会だと考えよう。



 「と、思考が逸れたな。場所と時間が知れたんだ。後は戻ってーーッ!?」


 突如、ゾクッとした悪寒に見舞われ、気配を感じた背後に向かって振り返る。振り向きざま明らかに自分に向かって伸ばされた手を掴み、そのまま捻りあげて拘束しようとしたところで相手が誰かに気付いた。



 「おまえ、クロエか?」


 「そうですにゃ!群衆のにゃかに師匠を見つけたから声をかけようとしただけですのに、この仕打ちはひどいですにゃ!」


 「ああ、すまない。ちょっとびっくりしたものでな」


 掴んでいた手を放してやると、痛そうに手を摩るクロエに申し訳ないことをしてしまったと罪悪感が湧いてくる。クロエが結構大きな声を出していたので周りの反応が気になったが、聖騎士の名が聞こえたところで集まっていた者たちが歓声が起こっていたので、それに上手く紛れたらしい。



 「にしても、先に声をかけてくれていれば、ここまで過剰に反応しなかったよ」


 「それは、ちょっと師匠を驚かせたかったと言うかーー?」


 視線を逸らして疑問形に言うクロエに、これはギルティだと判断。罰としてでこぴん|(強烈に痛いの)をかましてやり、溜飲を下げる。


 「ふにゃ!?」とでこぴんされた額を抑えて涙目になるクロエを見ながら、考えは先ほどのクロエの行動に対して疑問を投げかける。



 (驚かせようとしていたなら、気配を殺そうとしていたのは納得できる。だが、この群衆の中という条件下であったとしても、直前まで気づかないものか?)


 自身で暗殺者を名乗る以上、気配察知に関してはプレイヤーで右に出る者はいないと自負していた。感覚的なものに関してはゲームシステムの補助があったとは言え、その感覚に関しては魔法や魔術、装備していた武器などと同様、この世界で得た身体に引き継がれている。


 その気配察知の感知領域をここまで踏み込まれたのはかなり久しぶりだ。自分で立ち上げた暗殺教団のメンバー、その中でも上位の実力者相手に不意打ちの訓練をしていたとき以来ではなかろうか?



 「クロエ、おまえはいったい……」


 「ん、にゃにか言いましたかにゃ?」


 正体は何者なんだ?と問おうとして、その問いに意味が無いことを自覚して言葉を切る。「なんでもない」とだけ返し、群衆から離れて橋を目指す。



 「本当にどうかしましたかにゃ?」


 「だからなんでもないよ。それより、用事はもう済んだのか?」


 「はいですにゃ。今日はもう帰るだけですが、師匠もお戻りですかにゃ?」


 「そうだよ。見たいものも見れたし、帰って武器の手入れをしないとな」


 「見たいものですか。ちなみに、にゃにを見て来たか聞いても?」


 探るような視線を感じながら、別に隠すことでもないと見て来たことを教えてやる。内容としてはただの観光した感想のようなものだ。聞いている側からしたら、田舎者が都市に出てきてカルチャーショックを受けた、程度の話にしかならないだろう。



 「お城についてはどんにゃ感想を持ちましたかにゃ?」


 「城か……。攻めにくく守りやすそうだ、くらいかな。周辺の建物ともほどよく離れていたし、近くに城壁より高い建物もないから中を探るのは難しそうだ。この街を作り上げた領主はすごいと思うよ」


 「その感想だと、まるで城を攻めることを考えているみたいだにゃ」


 「攻める、か。別にそこまで考えている訳ではないぞ?」


 そういう風に捉えられるとは、少々迂闊だっただろうか?どうしても潜入することに意識を置いて観察していたものだから、観光気分で見た人間との感想とズレるのは避けられない。だが、だからと言ってそこから攻めるなんて考えに繋がるとは思えないのだが……。


 しかし、目を細めて小さな機微も見逃さないと言わんばかりのクロエを見ていると、どうにも余計な勘繰りをしてしまいそうになる。



 「まあ、感想は人それぞれですし?師匠がにゃにかを考えていようと、あたしには関係にゃいですにゃ」


 「それでいいさ。お互いに深入りはしない方が良いこともあるからな」


 意外とあっさり引いたことに拍子抜けしつつ、やっぱり杞憂だったかとため息を吐く。それから宿までの道中は特に何事もなく、適当に歩きながらこの街のことを教えてもらいながら帰路に着いた。









 「さてと、そんじゃまあちょっとばかし潜入できるか試してみますか」


 夕食を宿で取り、昨夜と同じように街に出ることをクロエに告げての外出だ。装備としては左手だけガントレットを装備し、あとはククリを腰の裏、ダガーをいくつか体の各所に隠し、各種ポーションや投げナイフなどをポーチやジャケットに忍ばせている。



 「本格的な戦闘にならない限り、基本は逃げの姿勢を維持っと」


 しかし、いざとなった時の為に刀だけはシャドウ・ボックスに収めているので取り出すのは可能だ。できればそうならないようにしようと、口に出して基本方針を確認しながら人気の無い路地裏を疾駆する。



 「見えた。先ずは第一関門」


 ジャケットのフードを目深に被り、気配を全力で消す。かがり火が焚かれた橋の出入り口はそこだけが明るくなっている。その分だけ他の場所はより暗く、明かりの近くにいる兵には暗がりを見通すのが難しくなっている。


 夜でも通行の規制は行っていないようだが、これからやることを考えれば素直に通るのはよろしくない。暗がりから川のほうへ飛び下りる。すぐ下はまだ地面があり、離れた場所には船が停泊できるように桟橋がある。


 浜辺を慎重に歩きながら橋の下へ。周囲に人影がないことを確認してから最近出番の多い鉤縄を橋の欄干目がけて投擲する。グッと引っ張って外れないことを確かめたら一気に登り切る。



 「第一関門は突破。お次は向こう岸でっと」


 口元ににやりと笑みを浮かべ、足音を立てないように走る。幸いにも橋の上には明かりがなく、闇に紛れて見つかる心配はいらない。見張り用の塔にも歩哨が立っているが、よほど警戒して警備に当たっていなければ気づかれることはない。


 そうして見つかるようなへまをせずに対岸までたどり着き、同じようにして出口の門を通らずに街へ入ることができた。



 「さて、ここからが本番だ」


 街中を通って城壁にたどり着いた。城壁の上の通路では兵士が巡回している証として明かりが移動しているのが見える。それが自分の頭上を通り越していったタイミングを見計らってまた鉤縄を使ってよじ登る。


 城壁の通路へと降り立ち、腰を低くしながら壁の向こう側を覗き込む。ざっと見た感じ、城壁から直接城へと続く道は無いようで、一度下に降りなければならないようだ。しかし橋の反対側にあるこちらがそうなっているだけで、橋に面している方に城の配置が偏っているので向こうは繋がっていると見ていいだろう。



 「先ずはリズの捜索か。牢屋かはたまたゴーレム馬車にそのまま捕まっているのか、とりあえず歩き回ってみますか」


 警備の兵の位置を見える範囲で覚え、壁の内側へと降りる。こうして異世界に転移しての、初の潜入ミッションが開始された。

一日遅れの投稿です。

やっぱり戦闘ないとどうにもテンションが上がらなくて書くのが難しいと感じてしまいます。


とりあえず、次回からは一章の終わりに向けて物語が動きますので、楽しみにお待ちいただければと思います。

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