表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の魔女と灰の狩人  作者: サツキ
魔女との出会い
2/29

村へ買い出しに行こう!

 朝日がようやく森を照らし出したような早朝。早起きな小鳥たちがチチチッやチュンチュンといった鳴き声を上げ始め、今日も1日が始まろうとしているなか、おれは家ではなく森の中を気配を殺して歩いていた。


 朝の散歩か?と訊かれれば違うと答えよう。正解は自己鍛錬だ。暗い森の中を歩き、暗視力を鍛える。さらに気配を消して歩きながら獲物となる野生動物を探し、弓矢を使わずにダガーだけで仕留めるという制約をつけて狩りを行う。


 この世界がゲームだった頃は当たり前にできていたことが、現実に置き換わったことで感覚が鈍くなってしまっているのを鍛えなおしている最中なのだ。とはいえ、別に弱体化した訳ではないらしく、ステータス画面が表示されることはないがゲーム時と同じ運動性能を誇っているのは初めに確認している。何よりの証拠はこうやって健康的で動ける肉体を持っていることなのだが。それは今は置いておこう。


 思考しながら周辺の気配を探っていると、前方約10メートル先の木の根元に小動物らしき気配を捉えた。気付かれないように慎重に進み、木に身を隠しながらそっと覗き見る。そこにいたのは額に20センチほどの一本角を生やしたホーンラビットだった。



 (ホーンラビットか、シチューに入れて食ったら美味かったし、今夜は久しぶりに作ろうか)


 取らぬ狸のなんとやら、とことわざが頭に浮かびつつ忍び寄る。幸いにも風はなく、匂いでバレることはなさそうだ。その代わりに枝葉が落ちているので踏み折って音を立てないように足元に気を配る。


 死角に回り込むようにして近付き、残す距離は飛びかかればすぐに仕留められる間合いに捉えた。ダガーを逆手に握り、飛び出すタイミングを見計らう。ホーンラビットは何かに狙われているのを本能的に察したのか、後ろ足で立ち上がって周囲を見回している。鼻がひくひく動いていたり、長い耳も少しでも音を拾おうと動いているので警戒しているのがよくわかる。



 (そのまま、こっちに気付くなよ)


 息をひそめ、やるぞっと気合を入れたときに殺気が漏れてしまったのか気付かれてしまう。それでも慌てずに飛び出し、逃げる暇を与えずに首を掻き切ろうとダガーを振りかぶったのと同時にホーンラビットも逃げずに立ち向かってきた。


 振り返り、腹部目がけて跳びかかってくるホーンラビットを反射的に避ける。雑魚と言える部類だが、魔物は魔物だ。油断していたら殺されかねない。


 お互いに空振りし、着地してすぐさま反転して襲い掛かってくるホーンラビットを今度は余裕を持って軌道上から移動し、交差する一瞬でダガーを振るって首を切り裂く。血糊を払いつつ、落ちたホーンラビットを観察する。数秒の間、どうにか動こうとしていたがすぐに立てなくなり、早く楽にしてやろうと近寄って今度こそ首を落として命を奪う。



 「悪いな。許せとは言わんが、日々の糧として頂く」


 形だけでも手を合わせ、感謝の祈りを捧げてから後ろ足を縄で縛って適当な高さにあった枝に吊るす。首から血が止めどなく流れ、血抜きを済ませている間に落とした頭から角だけを根元から折って回収する。あらかた血が抜けきったところで腹を捌いて臓器を取り出し、持ってきた水でホーンラビットの胴と血で汚れた手を洗って帰りの準備をする。取り出した臓器や頭は他の魔物が片付けるだろうとその場にまとめて残し、体の方は革袋に入れて準備完了。



 「それにしても殺気を隠しきれないとは、だいぶ感覚が鈍っているよな~~」


 はぁ~~っとため息を吐き、反省しながら家路を急ぐ。森の中で見通せる距離などたかが知れているし、道がある訳でもない。


 それでも自分の居場所と家の位置関係は把握しているので迷うことはない。それに2週間かけて森を歩いて岩や倒木、特徴的な形の木は覚えているのでそれを目印に歩けば家か森の外へ出ることは可能だ。すでにこの森は自分の庭だと自信を持って言えるくらいには把握できたと自負している。



 歩くこと30分、家に繋がる道に出てそのまま進み、我が家へと至る。家に入る前にホーンラビットの毛皮を剥いでしまおうと裏手に回って井戸に向かうと、意外にもリズと出くわした。



 「おはよう、リズ。昨夜はよく眠れたかい?」


 「む、ロビンか。おはよう。久しぶりにやわらかなベッドで眠れたからな。ぐっすりだったよ」


 そう言う割には口調は不機嫌気味。ぐっすりなどと言っているが目はまだ眠そうで、井戸から汲んだ冷たい水で顔を洗っている。おそらく嘘だろうな、と思いながらも言葉には出さず、「それはよかった」とだけ返しておいた。



 本当のところは警戒していて夜遅くまで起きていたのだろうと当たりをつける。信用されていないのはわかりきっているし、こちらも同じようなことをしていたのでお互い様だろう。それでもこうして日の出に合わせて起きてくるのは、旅をしてきた経験からくる習慣なのだろう。



 「悪いが、朝食はもう少し待っていてくれ。こいつの処理が終わってから準備するから」


 革袋からホーンラビットの胴体を取り出して見せる。それに「狩ってきたのか」と呟き、次いで手を差し出してきた。その意味がわからず、首を傾げる。



 「そいつを貸せと言っているのだ。それくらい察しろ」


 「でも、どうして?」


 「このまま世話になるだけでは気分が悪いのだ。解体作業など、これまでもやってきたから心配はいらん」


 「そこまで言うなら任せるよ」


 恩を受け続けるだけでは辛いこともあるかと納得し、リズに手渡して任せることにした。それに満足気に頷いたのを確認してから、道具がどこにあるのかと要らないものを処分する場所を簡単に説明してから家に入る。


 腕まくりをして「よし」と意気込んでいる横顔を見て微笑が漏れ、「さて朝飯は何を作ろうか」と残りの材料を思い出しいるとそんなに余っていなかったのに思い当たり、今日は村に買い出しに行くかと予定を決めた。



 朝食はパンと目玉焼きにベーコン、そして残っていた野菜スープだ。これで材料は使い切ってしまったので、村へ買い出しに行かなければホーンラビットを丸焼きにして食うしかない。


 「という訳で、食材がないから昼間は村に出かけてくる。リズはどうする?留守番しててもいいが、必要な物とかあるだろ?」


 主に衣服だ。着替えの類は一切持っていなかったし、昨夜は寝間着代わりにパーカーを着ていたのを見ている。女性用の下着なんかこの家には置いていないので、どうしても買ってくるしか入手手段はない。



 「それはそうなのだが、わたしは……」


 言いかけた言葉の続きを待つが、少し待っても口を開きそうにない。仕方なく推測してみるかとリズの視線を辿ってみれば、左手に絡めた銀髪に行き着いた。



 (そう言えば、昨日は銀髪がどうのとか言っていたな)


 こちらでは銀髪は不吉の象徴とか、そういう差別の対象なのかもしれないと想像する。しかし、ならば自分はどうだっただろうか?自分の髪色はくすんだ灰色をしている。見ようによっては銀髪に近いものだが、差別や侮蔑といった感情を向けられた覚えはない。


 ならば少女と銀髪という組み合わせがダメなのだろう。過去に何か大罪を犯したものがいるとか、そういう容姿の化け物でもいたのかもしれない。


 この考えはまったく的外れではなく、むしろ的中していたのだがそのことを知ったのはかなり後のことだったということだけ今は言っておこう。



 (問題が髪色にあるのなら、それを解決してやればいいのか?)


 確か変装用に作っておいたヘアカラーの中に金髪用の物があった筈だ。朝飯を食い終わったら取ってこようと決め、その前に意思確認の方が先かと考えを修正する。



 「なあ、リズ。実はおれの持ち物の中に髪を染めるものがあるんだが、それを使ったら銀髪であることも隠すことができると「そんなものがあるのか!?」お、おう」


 予想外の食いつきっぷりに若干引きつつ、これで無かったらどうなってしまうのかと怖くなってきた。こちらに来てからそれらの状態を把握していないので、使用期限はまだ残っていたと思うが不安感を拭いきれない。


 それにここまで反応するとは想像していなかった。キレイな銀髪なのに、それでこれまで苦労してきたのならば不憫に思う。髪色を変えることでそれが少しでも緩和させることができるのなら、例えなかったとしても作ってやろう。



 「これを食い終わったら取ってくるよ」


 「そうか。ならば洗い物はわたしがしておいてやろう。すぐに取ってくるといい」


 「承知しました、姫」


 「むぅ、だから姫はよせと言っているだろうに」


 「はは、悪い悪い」


 ふくれっ面のリズには申し訳ないが、その美貌や雰囲気、言葉遣いからそのように感じてしまうのだから仕方ない。口では悪いといいつつも笑いを隠しきれず、口元はにやけきっていることだろう。



 「それじゃあ、皿洗いは任せた」


 「うむ、任された」


 ドンッと胸を張るリズに後を任せ、寝室兼自室へと入る。何か作業をするならリビングで、と決めているので部屋にあるのはベッドとクローゼット、あとは本棚と飲み物なんかを置いておけるように小さなテーブルくらいなものだ。


 そんな部屋だからこそ、ヘアカラーなんてものが置いてあるような場所はどこにもない。ならばなぜ、自室に戻ったのかといえば、それはカーペットの下に用があったからだ。


 ドアから対極の位置、つまりは部屋の一番奥の床には地下室への扉が隠されている。両開きの戸を開けると、そこにあるのは梯子だ。梯子に足をかけ、踏み外さないように下へと降りていく。地下特有のひんやりした空気。外の気温の影響を極力抑えるために地下に部屋を作ったのは、ヘアカラーのほかにポーションや毒薬などを作るためだ。



 地下室に降り立った先はフラスコから謎の煙が上がっているとか、何かが煮立っているなんてことはない。必要なときにしか使わないから、そんなことはある筈ないが。


 暗視ができると言ってもやはり光源は必要で、手近にあったランタンに火を灯す。それを頼りに壁に掛けていたランタンに火を灯していき、薬品を保管している棚へと近づく。



 「さて、ヘアカラー用の薬品はどこだったかなっと」


 棚はきちんと整理して区分けし、さらには金属板に種類ごとの薬品名を刻んでいるので間違えることはありえない。麻痺毒に睡眠薬、幻覚剤に即死級の劇物、凶悪な薬品とは離してポーションに各種解毒剤、その中に目当ての変装用の薬品としていくつかのカラーバリエーションから金髪用のものを探し当てた。



 「保存期間も大丈夫、変な臭いもしない。これならよさそうだな」


 ちゃんと確認を済ませてからポケットに瓶を突っ込み、ポーションや解毒剤の保存期間だけチェックを済ませてしまう。毒は必要な時に作ればいいが、ポーションや解毒剤は急を要するときに無いのでは意味がない。また作り置きしておくかと考えながら、材料の保管状況を見て買い出しに行くときのリストに不足分を追加しておく。


 それから上に戻り、リズの洗い物が終わるのを待ってから井戸へと向かう。使い方を簡単に説明しながら今回は自分が染めてやる。彼女が必要だと言うのなら、これからも提供するのは別に構わない。ただ毎回手伝うのは面倒だから、自分でできるように教えておいただけだ。



 「おお~、本当に、これがわたしの髪か……?」


 「そうだよ。キレイに染まってよかったな」


 鏡を見ながら何やら感動した様子のリズを微笑ましく見守る。銀髪も神秘的な雰囲気があって良かったが、金髪も元が良いのでよく似合っている。まるで本当のお姫様のようだ。


 時刻は10時を回ろうとしている。リズの髪を染めるのに1時間ほどかけたおかげで、そろそろ出発しないと村に着くのは昼過ぎになってしまう時間になっていた。



 「さて、そろそろ準備して村に出かけようか?」


 「うむ、すぐに準備しよう!」


 よほど嬉しいことなのか、鼻歌交じりに客室に着替えに行ったリズを見送る。自分も着替えは済んでいるが、出かけるとなれば装備を身に着けないといけないので自室へと戻った。



 それから30分後、シンクに留守番を頼んで戸締りを確認して出発となった。


 リズが元から着ていた上着と外套は刺されてダメになっていたので、今はそのままパーカーを着ており、丈が長いのと下がホットパンツであるために見ようによっては何も穿いてないように見えなくもない。


 さらに視線を下に移せばそこには膝まで覆うロングブーツとそれに付けられた装甲によって武骨な印象を与えてくる。


 一方、おれはと言えばポケットの多いジャケットに長ズボンにブーツ。防具は籠手と脛当てのみで、腰回りのベルトにはポーチにククリ、そして矢筒を下げている。その上から外套を羽織り、ショートボウと買った物を入れるために持ってきた大きな革袋といった感じだ。



 「ロビン、これから行く村はどういう所だ?」


 「どういう所……か。そうだな、温かくて気の良い人が多くいる所かな。それなりに活気もあって、住むには悪くない場所だと思う」


 初めて訪れたときには余所者ということもあって警戒心を持たれていたが、何度目かの買い出しに行った際に森の出口付近でクマに襲われようとしていた村娘を助けたことがあった。その村娘が実は村長の孫で、仕留めたクマを引きずって一緒に村に行ったら村を挙げての宴会となった。


 どうもそのクマが最近村に出没し、畑を荒らし回っていたのだと言う。近々村の自警団と狩人が討伐に行こうとしていた矢先の出来事だったのだ。その交流から今では良好な関係を築けていると思っている。



 「それなのにおまえは村から離れて森に住んでいるのか?」


 「それはまあ、人付き合いが苦手だからな。ご近所付き合いとか、それだけで気疲れしそうで嫌なんだよ。あとは、森の中なら薬草なんかが手に入りやすいし、何より森は味方だ。外敵が来ても対処がしやすいってのが理由だよ」


 「ほう、今の話とこれまで聞いたおまえの話をまとめるとまるで森の賢者、灰の狩人と呼ばれた伝説の英雄のようだな」


 「英雄ねぇ~」と気のない返事をする。実際のところ、その森の賢者だとか灰の狩人の伝説は村でも聞いたことがある。というか、同じような身の上話を助けた村娘にしたところ、リズと同じ反応が返ってきたのだ。



 その森の賢者、または灰の狩人の伝説は1000年ごとに起こる文明破壊の大災害前からあるのだという。


 曰く、森の賢者が住む家にたどり着き、願いに値する対価を支払う差し出すことができればどんなことでも叶ったという。


 戦士ならば強力な武具、薬を求めるものには薬を、中には悪政に耐え切れず、大切なものを領主に殺されたものが復讐を望んだこともあった。灰の狩人はどちらかというとこの復讐として行った領主暗殺などを行った結果だ。


 また、彼は決して素顔を見せようとせず、常に黒いドクロに赤い稲妻が走ったような仮面を身に着けており、くすんだ灰色の髪をしていたとだけ特徴が伝えられている。


 他にもいろいろと伝説は残っているが、概要としてならこんなもので十分だろう。大災害で文献などは消失してしまっただろうに、今でもこうして話が残っているのは彼が国ではなく、救いを求める民衆の味方だったことが影響したのだろうと思う。



 とりとめもない会話をしながら歩くこと2時間、太陽も中天を昇り切って傾こうとしていた頃にようやく村を遠目に見える位置まで来た。


 村の周りは簡素な柵で囲まれているだけで、防衛能力はお世辞にも高いとは言えない。これではモンスターが襲ってきたら一たまりもないだろうと聞いてみたことがあるが、返ってきた答えはこの辺りを治める領主の兵が定期的に巡回して駆除しているということだった。


 また、冒険者と呼ばれる傭兵みたいな連中が仕事を求めて村に立ち寄り、冒険者ギルドから依頼を受けて緊急性の高いモンスター討伐なども行われているそうで、特に危険はないのだとか。



 「リズ、わかっていると思うが口裏は合わせてくれよ。おまえは森の中で賊に襲われているところを、偶然狩りをしていたおれに助けられた。良いな?」


 「わかっておる。それに詮索されて困るのはわたしの方だからな。上手くやるさ」


 「頼んだぜ。それじゃ、行くとするか」


 「うむ」


 リズの様子から本当のことを話すのは不味いと考え、何か訊かれたときにはこう答えようと森の中で話をして決めていた。


 それから村の入り口が近づき、自警団の青年が交代制で立っている門番に挨拶をして足を踏み入れる。その時にも珍しく連れがいますね、という話になったのでその話をしたら納得してくれた。まあ、近くに賊がいるかもしれないということで警備を強化する必要があるなと話していたので、余計な手間をかけさせることになったのは申し訳なく思ったが。



 「さてと、先ずはおまえの服からだな。いや、その前に昼飯が先か」


 「だな、わたしもお腹が空いた。何か食べよう」


 「じゃあ最初は酒場だな」


 酒場は村の中心部にあるのでそこを目指して歩を進める。途中、すれ違うおばさま方や家の外のベンチで日向ぼっこをしながら談笑しているご老人たちが見かけるたびにあいさつしてくるので適当に返事をしつつ、それでいて足を止めることはしなかった。さすがに絡んできたガキ共には足を止めざるをえなかったが……。



 「ずいぶんと慕われているではないか?」


 ガキ共に揉みくちゃにされている間、助けようともせずに離れて見ていただけのリズに恨みがましい視線を向けて、それも見当違いかと外してため息をついた。



 「全然嬉しくもないよ。森の中でも言っていただろ。おれはああいうのが面倒だから離れて暮らしているんだ」


 「そうは言いながら笑っていたぞ。満更でもないんじゃないか?」


 「たまになら、って先につくがな。っと、着いたぞ。ここがこの村唯一の酒場、山猫亭だ」


 3階建てはある立派な建物で、そこらの住居があっても2階建てが普通なのでかなり大きな物である。農村の酒場がなぜこんなに立派なのか?かなり稼げるのか?と最初に疑問に思ったが、入ってみれば納得だった。


 酒場は集会所を兼任しているらしく、入って右手には冒険者ギルドの窓口があり、その傍には依頼が張られた掲示板がある。左を見ればそちらにはパン屋と肉屋、そして日用品などを取り扱う道具屋が並んでいる。


 この酒場に無いのは衣類と薬を取り扱う店くらいなものだろう。別になっている理由は単純で、どちらも臭いが関係している。衣類に食事の臭いが移っているものは買いたくないだろうというのが服屋で、臭いの発生する薬草や薬を取り扱っているので薬屋は遠慮して酒場の隣に店を構えている。


 奥に行くとカウンターと厨房が有り、そこでこの酒場の経営主である夫婦とその息子が料理の仕込みを行い、娘がテーブルを拭いて掃除をしていた。小学生を卒業したばかりくらいの年で、よく働くものだと感心しながら近づいていく。



 「こんにちは、ミーシャちゃん」


 「あ、ロビンさん。こんにちは、いらっしゃいませ。お食事ですか?」


 「そうだよ。日替わりランチを2人分、お願いね。あと水もよろしく」


 「2人分、ですか?わかりました。適当に座って待っていてください。お水はすぐにお持ちしますね」


 2人分と聞いてミーシャちゃんがおれの後ろにいたリズを確認し、珍しいものを見たといった表情を浮かべたのは無理もないと思う。この酒場で食事を取ったのは回数はそう多くないが、誰かと一緒にっていうのは初めてだ。誘われて仕方なく、ということはあっても、一緒に来て食事をすることはなかった。



 「さてと、これで一息つけるな」


 「だな……」


 妙に覇気がないというか、元気がないリズの返答に眉をひそめる。「疲れたのか?」と問えば「そうではない」と言う。ならば精神的なことかと様子を観察していると、髪を気にするように触っている。


 染めた金髪が色落ちしていないかとか、もしや銀髪を誤魔化しているのがバレそうになっているとでも考えているのだろうか?どこから見ても色落ちなどしていないし、腰近くまであった長い髪を後頭部の上の方でお団子状に丸めたシニヨンとかいう髪型は彼女によく似合っていた。


 お姫様とかお嬢様といった印象から一転して活発な少女というイメージになったことから、女性とは髪型1つでこうも変わるものかと唸ったほどだ。あと、露わになったうなじを見てドキリとしてしまったことは彼女には内緒だ。



 「髪を気にしているなら心配しなくていい。キレイな金髪だし、髪型も崩れちゃいないよ。彼女が気にしていたのはリズじゃなくて、おれが誰かと食事に来たことを不思議がっていたんだろうよ」


 色落ちしていないことを直接言わなかったのは近くに誰もいないが聞こえないことは無いので、不自然に思われないように褒めることで暗に伝えたかったのだ。さらにミーシャちゃんが疑問に思っていたであろう答えを教えてやることで、不思議そうな顔をしていた対象が自分の方でリズは関係ないと安心させる為でもある。



 「誰かと一緒にいるのが、そんなに珍しいことなのか?」


 「ええ、とっても珍しいです。ロビンさんがここに来てくださるようになってからは、初めてだったと思います」


 「だ、そうだよ。お水ありがとう、ミーシャ」


 「いえ、どういたしまして」と笑うミーシャの頭を撫でる。会話に割り込んでまで言ってくるのだから、これはよほどの珍事なのだろう。村を歩いていたときに感じた興味深そうな視線がリズだけではなく、自分にも向けられていた理由もこれに違いない。



 「こらっ、ミーシャ。お客さんの話の邪魔をするんじゃないよ。悪かったね、ロビンさん」


 「気にしてないので大丈夫ですよ、女将さん。それより今日の日替わりランチはなんですか?」


 「今日はミートソーススパゲッティにコーンポタージュ、あとはサラダだよ」


 メニューを言いつつ、目の前に料理が載ったトレイが置かれる。出来立ての料理の匂いが食欲を誘い、静かだった腹が空腹を訴えてくる。



 「お、ここのコーンポタージュは絶品だからな。うん、いい匂いですね」


 「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。食後にコーヒーを持ってくるよ。そっちは娘が迷惑かけたのと今の褒め言葉に対するサービスさ」


 「ありがとうございます」と礼を告げ、「ごゆっくりどうぞ」と言って離れていく親子を見送る。目の前の料理にさて、どれから手を付けようかと迷いつつ、両手を合わせて小さな声で「いただきます」と言ってフォークを手に取る。


 ふと、視線を感じて顔を上げると「何をしているんだ、こいつは?」とでも言いたげなリズと目が合った。



 「どうした?おれの顔に何かついてるか?」


 「いや、昨日も思ったのだが、おまえが食事の前にやっているのは祈りのようなものか?それにしては短すぎるようだが……」


 「ああ、いただきますってやつか。これはおれの故郷に昔からある習慣、とでも言えばいいのかな?元々は命を『いただきます』ってことだから、祈りに近いのかもな」


 「ふむ、意外と信心深いのだな」


 「そういう訳でもないが、まあいいか」


 特に気にすることでもないので放っておく。とにかく今は目の前の料理が冷めないうちに平らげてしまうのが先決だ。


 特に会話もなく、黙々と料理を平らげて食後のコーヒーを頂いて食休みをしていると、酒場へと少女がやってきた。昼の時間は過ぎているから食事ではなく、買い物でも頼まれたお使いだろうと気にもしていなかったのだが、視界の端に捉えていた少女はどこの店に向かうでもなくこちらのテーブルに近付いてきた。



 「ロビンさん、ここに居たんですね!村の人からロビンさんが来ているって聞いて、村中探し回ってしまいましたよ」


 額の汗を拭いつつそう言った少女はアンちゃんだ。癖っ毛なのかウェーブかかった茶髪をショートカットにし、そばかすの浮いた顔は愛嬌があって可愛い、素朴な少女って感じだ。年齢は18歳くらいだったか?彼女が村人たちと仲良くなる切っ掛けになった村長の孫娘だ。



 「それはご苦労様だったね。それで?アンは今日も村長さんのお使いかい?」


 「そうなんです。おじいちゃんからロビンさんが村に来たら家に立ち寄ってくれと伝えるように頼まれていたんです」


 「内容は聞いていないのかい?」


 「ごめんなさい、それは教えてもらってないです」


 「アンが謝ることではないよ。それじゃ、このあとお邪魔させてもらうよ」


 「わかりました。一足先に行っておじいちゃんに伝えてきますね」


 「よろしくね」と出ていく背中に声をかける。さて、面倒ごとでなければいいが。自分に思い当たる節がないので話の内容を予想できない。面倒ごとに関わるのは嫌だから無視してもいいが、それをやってしまうと後が怖い。これは行くしかないだろう。



 「ロビン、わたしはどうすればいい?」


 「そうだなぁ。先に服屋で買い物しててくれるか?そんなに長話にはならないだろうし、終わったらすぐに迎えに行くよ」


 「だが、わたしは……」


 何をそう不安がっているのかは知らないが、村の中にいる限り襲われる心配はないだろう。それに村長の家はこの酒場から広場を挟んで向かい側にある。服屋は酒場の隣なので、何かあってもすぐに駆け付けることは容易だろう。



 「大丈夫だって。何かあったらこの酒場の向かいにある、他とはちょっと大きい家に逃げ込んでくるといい。そうでなくても騒ぎが起こったらすぐに駆け付けてやる。おれはリズ、何が起ころうともおまえの味方だ」


 安心させてやるように、自信に満ちた表情を意識して語りかける。それが功を奏したのかわからないが、初めはポカンとした表情から何やら頬に朱が差す。



 「ばっ馬鹿者!お、おまえに助けられずとも、何とかしてみせるわ!」


 「そりゃ結構。だが、おれの言葉に偽りはない。面倒を見ている間は、何者からも守ると決めているんだ。だから、いざって時は頼ってくれて構わないよ」


 「う、うむ。信じてよいのだな?」


 「ああ、任せとけ」


 ドンッと力強く胸を叩いて頼もしさをアピールしようとしたら、思いのほか強く叩きすぎて咽てしまった。これは逆に不安にさせたかとこっそりと表情を窺ったが、くすりっと笑っていたので良しとしよう。


 それから女将さんに食事の料金を支払い、リズに村長の家の場所を教えてから一緒に服屋に向かう。いくらかの金を持たせてやってからそこで別れ、用事をさっさと済ませるべく村長の家へと向かった。



さて、自分にしては結構長めに書いていますがこれがどこまで続くやら。


一章ごとの話数はそんなに多くしようと考えておりませんので(だいたい5、6話くらい?)、更新が間延びしないように定期的にupしようと思います。


それでは、今後も銀の魔女と灰の狩人をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ