少女が倒れている→助けるor見なかったことにする→助ける!
2017年3月16日
誤字脱字を修正しました。
「あ~、ここに自分の足で来るのは2回目か……」
廃墟が建ち並ぶ大通りを歩きながら、感慨深く見て回る。元々はそれなりに栄えていたであろう町並みは見る影もなく、物悲しさだけを伝えてくる。
初めてこの地に足を踏み入れたときはたくさんの魔族が襲ってきたものだが、何度も他のプレイヤーがここのボスに挑む過程で駆逐してしまったか、抵抗できずに追い出されてしまったのであろう。そのおかげでこうやってのんびりと観光気分で歩けている訳だが。
そうは言っても目的は観光ではない。この地方を支配しているイベントボスを倒すのが目的だ。ここのボスは元々ファンタジーでは定番の魔王と呼ばれる存在だった。
だった……と過去形なのは現在のボスが2代目であり、また魔族でもないから魔王とも呼べない。では、現在のボスは何者なのか?という疑問に行き着くところなのだが、今まで2代目になってから一度も挑んでいなくても知っている。いや、知っている……と言うのも少々語弊があるのかもしれないが……。
「暗殺者の王、ハサン……か。我ながらなんの捻りもない名前を選んだものだが、一度世界を滅ぼしてしまったから、やっぱりそのままのキャラネームを使わなくて良かったな」
見上げるほど大きな城門を抜けると、以前はきれいな花が咲いていたであろう花壇が両脇にある石畳を歩く。手入れをする人間がいなくなった花壇の花はすべて枯れてしまっており、雑草が生え放題となってしまっている。
城内に足を踏み入れると、騎士甲冑の置物が出迎えてくれるだけで敵の姿は見当たらない。住む人間がいなくなった城内はほこりが溜まっているのか、実際に感じることはできないが鼻がムズムズするような錯覚を起こさせる。
王がいる玉座を目指して階段を上る。壁にはさぞ立派な絵画が飾られていたのだろうと思わせる額縁があるが、そこにあるべき絵は戦闘があった影響で無惨に切り裂かれ、燃え落ちているものさえある。
廊下を歩けば明かりを灯す燭台や花瓶などの調度品が置かれている台座があるが、その足元に破片が散らばっているか無くなってしまっているものもある。おそらく金目の物として盗んでいったのだろう。
それらに思いを馳せながらも警戒だけは怠っていない。城内には至る所に即死級のトラップが仕掛けられており、1個でも発動させればどんなに鍛えたキャラであっても殺しきれるだけのトラップが同時に発動するようになっている。
それでも散歩するだけの気軽さで歩けるのはひとえに自分が仕掛けたものだからだ。
そう、もう1つの要素としてボスを倒したものは英雄として大聖堂の碑文に名を刻まれること以外に、次代のボスとして他のプレイヤーを迎え撃つことができる権利を得ることができる。
自分がボスに成れることに魅力を感じて挑んだ者も多くいたが、それよりも重要なことはボスを全部倒さないとこれまで発展させてきた文明がすべて壊されてしまうことだ。
これに焦ったのは国を作ったプレイヤー達だ。自分たちがやってきたことが無駄になることを恐れたプレイヤーが軍を率いて7体の魔王を討伐に向かい、最後に残ったのが暗殺者の王だった。ここで問題になったのがボスの中身となったプレイヤーがその異名を体現して挑戦者をことごとく全滅させてしまい、とうとう最後の日まで倒されることなく世界を滅ぼしてしまったのだ。
「さすがに二度も世界を滅ぼしたとなったら後が怖いからな。ここらで決着をつけてやらないと」
玉座の間の前に到着し、重厚な作りの扉を前に息を吐く。戦闘らしい戦闘もなく、消耗もないので万全の状態で臨むことができる。
肉入りではないとはいえ、相手は自分の動き、思考をコピーしたAIを持つボスだ。それは自分自身と戦うことと同じ意味を持つ。
「自分殺しは何度もやってきたからな。今日も同じようにやるだけさ」
緊張を解すように呟き、扉に手をかけて押し開く。見た目通り重い扉に苦労しながら半ばまで開けたところで、額を狙って矢が放たれた。
「そうそう、初手は試すつもりでよくこの手を使ってたよな。それで次はーー」
矢を躱し、玉座の間に足を踏み入れたと同時に頭上へ刀を振り上げる。ガキンッと金属同士がぶつかり合う音を立て、すぐさま受け流して距離を取る。
「やあ、対面するのはこれが初めまして、だな。会えて嬉しいよ」
「……」
返事は無く、無言で刀を構えて腰を落とす様は獲物を前にした獣のようだ。
黒いフード付きのマントを羽織り、防具はガントレットとグリーブのみで表面には黒染め加工が施されており、光を反射しないように気を配られている。胴体には皮素材の戦闘服で身を固めているくらいで防御力はそう高くない。しかしそれは動きを阻害しないように、また身軽であるための装備なので決して楽観視はできない。
刀の刀身まで黒く染められ、徹底的に闇に紛れるようにしているにも関わらず、素顔を隠すために着けている鬼の面だけが白くなっており、そこだけが浮き彫りになってしまっている。さらには眼が赤く爛々と輝いているせいで幽鬼じみた狂気を感じさせる。
「こうして見るとだいぶ拗らせているよな」
しかし外国人のプレイヤーからは意外と好評を得ているらしい。そんなどうでもいいことを思い出しつつ、同じように刀を構えて向かい合う。
装備品もほぼ同じ、違うところと言えば自分は鬼ではなく髑髏の仮面を着けていることくらいだろう。あとはボスとしてステータスが高めに設定されているくらいのもので、そのくらいのハンデならこれまでも同じことをしてきたので気にもならない。
「さて、そんじゃまぁいつも通り、自分殺しを始めるとしますか!!」
世界の存亡を賭けた戦いは誰に知られることもなく、こうして始まったーー。
~3ヶ月後~
「あれからもう3か月……か」
日数を数えるために板に刻んだ傷を見ながら、誰に言うでもなく呟く。
そう、3か月だ。自分をコピーしたボスに挑み、最後の最後に必殺の朱槍がこの胸を貫いて逆に殺されてしまい、ここで目覚めてからもうそれだけの月日が経ってしまった。
朝のお茶を淹れて喉を潤し、窓を開けて空気を入れ替える。そこから見える景色は都会の鉄筋コンクリートの建物はなく、代わりに自然あふれる森と元気な鳥の鳴き声が迎えてくれた。
「異世界転移なんて、ずいぶん前に流行った小説やアニメの話が自分の身に降りかかるなんて今でも信じらんねぇよ」
最初はいろいろと戸惑ったりしたものだが、人間とは慣れる生き物とよく言われるように今では結構順応してしまっている自身に内心驚きを隠せないでいる。
まあ、目覚めたのが草原や荒野の真ん中とかではなく、死んだときの復活場所として指定しておいた自分のアジトだったっていうのが多少なりとも安心感をもたらしてくれたのが大きいだろう。
状況を理解できるまで1週間、周囲の探索を行って地理を把握するのに1週間。そのときに山の麓の川沿いに村があり、そこの人たちとちゃんと会話ができて食料を入手できることがわかり、生活の基盤を確立できたので特に不安なことない。
元の世界に帰る方法はわからないが、とある事情によりそもそも帰る気がないので問題ない。そう考えればここには家があり、水も井戸があるし食料は村に買い出しに行けば補充も可能。身体能力はゲーム内と同じらしいのでよほどの相手に襲われない限り死ぬことはないだろうし、狩りもできるから得た獲物を売って生計を立てることもできる。
衣食住に困らず、森の中でひっそりと生きるのもなかなかに悪くない。それにペットとしてゲーム時に調教した狼がいるから1人でも孤独ではない。
「そう言えば、シンクはどこに行ったんだ?」
朝から寝室にいなかったのを確認しているので、このリビングにもいないということは勝手に散歩にでも出かけたのだろう。コップを水ですすぎ、手早く洗って布巾で水気を取って乾かしておく。洗い物を済ませたのでシンクを探すついでに狩りをしようと思い、サンダルからブーツに履き替えて装備ベルトを腰に巻く。矢筒を装着し、ショートボウに弦を張って準備を整え、マントを羽織って外へ。
「すぅ~はぁ~。うん。今日も良い日になりそうだ」
深呼吸をして山の冷えた空気を取り込み、すっきりとしたところで厳重にカギをかけて家を出る。家を取り囲む柵を抜けてさてどちらの方に足を向けたものかと見回していると、近くの茂みから勢いよく紅い毛並みの子狼が飛び出してきた。
「お、おはようシンク。今日も元気だなぁ~おまえは」
ワウワウと鳴きながら近寄ってきたシンクを可愛がり、ひとしきり撫で繰り回されて満足したのか今度は袖を噛んで引っ張り始めた。
「ん?どうした?何か見つけたのか?」
ワンッと肯定するかのように鳴いたのに頷き、じゃあそちらに向かってみるかと歩き出す。普段は歩かない道のため、生い茂る草をかき分けつつククリ刀で邪魔な枝葉を打ち払う。途中からケモノ道を通り、シンクの後を追っていくと森の中でぽっかりと空いた場所に出た。
ようやく楽になると息を吐きつつ、吸った空気に嫌な臭いを感じて眉をひそめる。広場の中心で何かに向かって吠えているシンクに目を向けると、そこには旅用のマントらしき布の塊があった。それを見るに少なくとも動物が死んでいるとかそういうことではないらしい。
寝ているではなく死んでいる、と思ったのは辺りに漂う鉄さびのような血の臭いのせいだ。近寄ってみればその臭いは次第に強くなり、死んでいると思われる何者かを中心にして血溜まりができていた。その元を辿っていけば背中に刺されたような箇所が複数見受けられる。
(この辺りに賊がいないことは最初に確認した筈だが……)
襲撃者に心当たりがなく、疑問に首を傾げながらも生死を確認するためにも傍に立ってしゃがみ込む。
「この出血量じゃ死んでいてもおかしくないが……おい、大丈夫か?生きているか?」
シンクを下がらせ、うつ伏せに倒れている人物の顔を見ようとフードを取り去る。「おおっ!?」っと思わず声を漏らしたのは彼女の顔があまりにも美しく、そして可愛らしかったからだ。
銀糸のようなきらめく髪、整った目鼻立ちはまるで人形のようだ。外国人は実年齢よりも年上に見えがちだが、彼女はまだ幼さを残しており、少女と呼ぶのが適切だろう。
しかしその可愛らしい顔立ちに反して表情は苦悶に歪み、荒い呼吸を繰り返している。額には大粒の汗が浮かんでおり、発熱もしているようだ。
「っと、見惚れている場合じゃなかったな。うん、息をしているということはまだ生きているか。だったら手当てくらいはしてやらないと……」
クゥ~ンっと心配気に鳴くシンクの頭を撫でて安心させ、少女のマントを取って背中が見えるように上着をまくり上げる。
(刺突痕が3つ。流れている血が乾いて固まっていないということは出血毒を刃物に塗って刺したか。こんな少女を相手に、過剰とも言えるが……それだけ確実に殺さなければならない理由があったのか?)
とりあえずの疑問を頭の片隅に追いやり、ベルトのポーチから試験管に似た容器を取り出す。緑色の液体が入っているのを確認する。試験管の中身はポーションで、その効能は傷の治癒だ。この世界では製造法が失われて久しいらしく、今となっては大変貴重な物だが命には代えられない。
「かなり苦しいだろうが、少しの間だけ我慢してくれよ」
聞こえているとは思えないがそう断りを入れ、舌を誤って噛み切らないようにハンカチを噛ませる。それから試験管のコルクを抜き、傷に向かってまんべんなく振りかけた。
「--っ!?うーーうっ!?」
「痛いのはわかるが、暴れるなって!」
じゅぅぅうっと嫌な音を立てて傷口の肉が盛り上がり、一気に塞いでいく。見ていて気持ちの良いものでないのは確かで、治癒にはかなりの苦痛を伴うのは自分でも経験済みだ。暴れる少女を抑えつけ、無意識に掴まれた腕がミシミシと軋む。予想外の握力に驚きながらも我慢し、短いようで長い数十秒が過ぎるとすっかり傷は塞がった。傷があったことを確認しようとするならば、そこだけ新しい皮膚になっているので他の箇所よりも微妙に白く跡が残っているくらいだ。
「さてと、とりあえず家に運んで汚れた服の着替えと体をきれいにしてやらないとな」
他にも外傷が無いことを確認し、自分のマントで少女を包んで抱き上げる。想像通りの軽さに、こんな女の子が狙われる理由が思い当たらず、襲撃者に対して湧き上がる怒りを抑えて来た道を引き返す。
この少女がなぜ、あんな場所に倒れていたのか。そして襲撃者は少女を確実に殺すために出血毒まで用いていたにも関わらず、止めも刺さずに放置していたのか疑問が尽きない。
が、しかし、最大の疑問はあれだけ血の臭いを漂わせていたにも関わらず、狼や熊などの肉食の動物が捕食に現れていないのかだ。
もしかしたらこの少女は自分が思っているよりも大きな問題を抱えているかもしれないという不安に駆られながらも、ひとまずは回復を待って話を聞こうと足を急がせた。
さて、家に連れ帰り、井戸から汲み上げた水で湯を沸かしながら少女の衣服を脱がせる。決してやましい気持ちがないとは言えないが、それでもこれは必要なことであり、劣情を催してはいけないと言い聞かせて自制心をフル稼働させる。
25年生きてきて女性の裸を見たことくらいあるとはいえ、それでも中学生くらいの少女を脱がすのは初めての経験だ。
スラッと伸びた手足。胸のボリュームは足りないが出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいてモデル体型と言えるだろう。
温かいくらいの湯につけたタオルを絞り、体を丁寧に拭いて血や汚れを落としていく。どうしてもいろいろと触ったり、目に入ってくるものは仕方ないと思いながらも罪悪感に押し殺されそうだ。
自分はロリコンじゃない、と念仏のように心中で呟きながら拭き終わり、女性用の下着や衣服を持っている訳がないので部屋着代わりに使っているパーカーの洗っていたものを着せてやり、ベッドに寝かせる。
「ふぅ、なんだかどっと疲れたな。あとは目覚めるのを待つだけだが、先に洗濯を済ませて乾かしておくか」
シンクに少女の傍にいて様子を見ておくように頼み、血で汚れた水桶と衣服を持って寝室を出て外へ。起きたときに着るものが何もないというのは可愛そうだから、井戸の近くにタライを持っていき、手でゴシゴシと少女の服を洗っていく。
よほどいい素材を使っているのか、やけに手触りのいい服に実はどこかの貴族の令嬢かも、とか考えながらもそれを否定する。
理由は少女の左胸に刻まれたウロボロスを模した自分の尾を呑み込む蛇の呪印を見たからだ。それは自分の左胸にあるものと同じで、ゲームでの設定ではプレイヤー=不死人にのみ現れるものとされていたからだ。
そうすると彼女もプレイヤーである可能性が大きいことになる。もし、本当に彼女がプレイヤーならば自分と同じ境遇の相手と図らずも出会えたことになる。
「帰る気はないけど、その原因くらいは知っておきたいからな~~。何か知っていれば教えてもらいたいものだ」
濡れた服を絞って水気を取り、お手製のハンガーに掛けて干していく。今日は天気がいいから、これなら昼過ぎには乾くだろうと思いつつ、タライを片付けて家に戻る。
まだ起きていないのを顔だけ覗かせて確認し、リビングにある食事用のテーブルとは別に用意してある作業台の上に並べた品物を見る。
投げナイフにダガー。ベルトに着けられていたいくつかのポーチには傷薬の他に貴金属や宝石の入った小袋に金銭など。最低限、肌身離さず持ち歩くべきものはあったものの、水や保存食のような旅に必須なものは何もなかった。これは別に持っていたものを襲撃にあって手放してしまったのだろうと推察する。
「それにしても身を守る武器が少ないな。ダガーは刃こぼれしてしまっているし、これは少し手入れが必要そうだな」
ダガーを置き、次いで作業台の横に置いてあるロングブーツに視線を移す。手に持っていろいろな角度から観察したが、膝やつま先、かかとの部分に脛を覆うように金属装甲が施されているのを見るに、足技主体の戦闘スタイルのようだ。
指輪や腕輪などの装飾品からは僅かながら魔力を感じられるので、もしかしたら魔法を扱うための触媒の可能性もある。となれば魔法使いという可能性もないではない。
「ま、敵対すると決まった訳でなし、暇つぶしがてら手入れしてやるか」
投げナイフとダガーを持って外に出て、鍛冶用に建てた小屋へと入る。こちらに来てから鍛冶仕事と言えば近くの村に売るように農具を作ったり、武器の手入れをするくらいにしか使っていない。
そろそろ何か剣を鍛えてみようかと考えなら砥石を使って丁寧に研いでいく。無心で行っていると窓から差し込んでいた日差しが直角になりつつあるのを見て、そろそろ昼かと思い至る。
そう意識すると空腹を訴えて腹の虫が鳴り、ちょうど終わったところなので道具を片付けて家に戻る。
さて、昼は何を作ろうかと魔法具で作られた冷蔵庫の中身を思い出しながらドアを開けて入ると、ちょうど辛そうにしながらも寝室のドアを開けて出てきた少女と目が合った。
「お、起きたんだな。体の調子は大丈夫なのか?どこか痛いところは?」
さすがにこんなに早く起きてくるとは考えていなかったので内心驚きつつも、それを表には出さずになるべく笑顔を心がけて話しかける。
しかし返事はなく、少女は状況に頭がついていっていないのか、固まったままこちらを見ているだけで反応はない。
(きれいな青い瞳だな)
遠目にでもそう思えるほどの少女の目を見ていると、怯える小動物がこちらを観察するように動いていた目が手元に向けられて止まった。その視線の先に何があったかと自分も視線を落とすと、そこにはベルトに納められた投げナイフと鞘に入ったダガーがあった。
(これは嫌な予感がする)
気付いたときには遅く、少女から敵意が向けられるのを感じる。
「待て!?これは違う!あまりにも傷んでいたからおれは手入れをしていただけで!」
「問答無用!死ね!」
「バカ!やめっ」
聞く耳持たぬ、と襲い掛かってきた少女を躱し、すれ違ったときに取られたのかダガーを逆手に持った少女が猛攻を仕掛けてくる。それをどうにか避け続け、最終的には少女が病み上がりで体力の限界を迎え、パタリと倒れて動けなくなるまで続いた。
「くそっ、殺すなら殺すがいい!犯すつもりなら覚悟しろ!その喉笛、噛み切ってやるぞ!」
キャンキャン喚いているが、迫力は一切感じられない。例えるなら首輪につながれたチワワが吠えている感じだろうか?事実、少女にはこれ以上暴れられても困るので意識がない間に椅子に縛り付けておいた。
両手を後ろ手に縛り、両足はそれぞれ椅子の脚にしっかりと固定してある。彼女が着ているパーカーはもともとおれのだから裾は大きめのため、下に何も着ていない状態でも見えることがないのは彼女にとって幸いだろう。
「別に殺すつもりも、犯すつもりもないから安心してくれ。というか、そうするなら君が眠っているあいだにやっていると思わないか?」
「ふん、では何が目的だ?」
「うむ、ようやくまともに話ができそうでよかった」
彼女の正面に椅子を持っていき、背もたれが正面に来るようにして座る。シンクは一応警戒しているのか、近付こうとせずにソファーに丸まってこちらを観察している。
「おれが聞きたいことは2つだ。なぜ森の中で血まみれで倒れていたのか?そして君はプレイヤーか?」
「倒れていた理由は言えん。あと、プレイヤーとはなんだ?」
「わからないのか?本当に?」
「ああ、わからん」
彼女の瞳をまっすぐ見つめて再度問いかけて反応を見たが、特に嘘を言っているようには見受けられない。ただ同じようにジッと見つめ返されているのは警戒心の表れなので、本音で話してくれているかは判別がつかない。
(これはおれから先に話さないとダメかもな)
「そうか。では不死人という言葉に聞き覚えは?」
「それは……」
(こっちは脈有りか……。ということは彼女は本当にプレイヤーではないのか?)
新たな疑問をどう解消しようか考えようとしたときにふと、自分は彼女の名前も知らないことに気が付いた。
(ある程度信用を得られないことには本当のことを話したがらないだろうし、お互いの自己紹介もしていない)
ならばやることは1つだ。先ずは自己紹介。それから飯でも食おう。そこまでやってダメなら元は赤の他人なのだから、放り出してしまえば関係を断ち切れるからノープロブレム。
「お互い自己紹介がまだだったな。おれはロビン。ロビン・フッドという。君の名を教えてくれないか?」
「いきなり何を言い出す?気でも触れたか?」
「なに、名前も知らない同士だと不便だと思ってな。ちなみにあっちのソファーで丸まっているのがシンクだ。あんな小さななりだが、狼だから撫でるときは気を付けるように。それで、もう一度訊こう。君の名前を教えてくれ」
口を噤み、開こうともしない。それだけ言いたくないのか。それとも言ったら不都合があるのか。まあそれはどうでもいい。言いたくないのなら無理に訊くこともないだろう。
これで仲良くなるという選択肢はなくなった訳だ。だったらあとは放り出すだけだ。
方針が決まったところであとは行動に移すだけ。椅子から立ち上がり、縄を解いて追い払おうと思い立ったところでくぅ~~っと可愛らしい腹の虫の音が聞こえてきた。
その音の源に視線を向けると、顔を真っ赤にして羞恥に悶えている少女の姿があった。
「くっ、笑いたければ笑うがいい」
強がりを言う彼女の表情があまりにもおかしかったものだから、笑うつもりはなかったけど思わず吹き出してしまった。
そのせいでさらに羞恥心を刺激されたのか、もともと赤かった顔に赤みが増し、俯いて必死に顔を隠そうとしていた。
「ははっ、悪い悪い。お詫びに食事を用意しよう。待ってる間に服を取ってくるといい。外に干していたからもう乾いているだろうさ」
縄を解き、自由にしてやってからキッチンへと向かう。てっきり解いた瞬間に襲ってくるものとばかり思っていたのだが、事態に頭がついていっていないのか呆然として縛られていた手首をさすってこちらを不思議そうに見ているだけで動こうとしない。
まあ、それでも害があるまでは放置しておくかと思考放棄し、エプロンを身に着けて冷蔵庫の中身を確認する。こちらの世界の料理には疎いため、彼女の口に合うものが作れるかはわからない。それでも見た目はまだまだガキのようだし、余ったご飯を冷凍したものと昨日絞めた鶏肉、卵を使ってオムライスでも作ろう。
副菜には多めに作っていた野菜スープがあるから温めなおし、その間に手早く材料を切り分けて、冷凍ご飯を水で解し、フライパンで炒めていく。
少女が外に出て行って着替え終わって戻ってくるころにはチキンライスを皿に盛りつけ、その上から半熟の卵をかければ出来上がり。いたずら心を発揮してケチャップでハートマークを描き、スープの入った器と先割れスプーンをお盆に載せてリビングへ。
律儀に待っていた少女の目の前に置いてやると、食欲を抑えきれないのか唾を呑み込むように喉をゴクリと鳴らした。
「口に合うかわからんが、まあ食べてくれ」
「……毒なんか入れてないだろうな?」
「あまりふざけたことを言ってるとそのちっせぇ口に詰め込むぞ」
凄んで見せるとうっと呻き、小さな声で「すまない」と謝罪してからおそるおそるオムライスをすくって口に入れる。その瞬間、パァッと花が咲くようにとでもいうように笑顔になって夢中になって頬張りだした。
(うんうん、人間腹が減ってるのが一番ダメだというのはよく聞くが、なんとも幸せそうに食べやがる)
作った当人として、その食べっぷりは実に気持ちよく。見ているだけでこっちも幸せになりそうだ。次いであまりにも食べっぷりがいいものだから自分までお腹が減ってきたので、シンクにもジャーキーを投げて渡し、少女と自分の分の水をコップに注いでから手を合わせて「いただきます」とちゃんと言ってから食べ始めた。
一口二口と食べていると、もう食べ終わったのかスプーンを名残惜しそうにくわえたままこちらを見ている少女の視線に気が付いた。その視線の先は自分ではなく、今まさに食べようとしていたオムライスに注がれている。
よっぽど気に入ったのか、それともそれだけ腹が減っていたのか、もしくはその両方とも考えられる。それに苦笑しつつ、お盆ごと少女の方に押しやってやる。
「どういうつもりだ?」
「思い出したらおれは少し前に飯を食ったばかりでな。おまえに合わせて食べてみたがお腹いっぱいでこれ以上食べられそうにない。このまま捨てるのはもったいなし、良かったら食べてくれないか?」
ちょっと会話しただけだが、言葉遣いなどから自尊心が高いのはわかっているのでお願いという形ですすめてみる。
「む、確かに捨てるのはもったいないな。わたしもお腹いっぱいだが、まだ幾分か余裕がある。代わりに食べてやろう」
これで「欲しいのか?」なんて訊いてしまったら断ってしまっただろうが、下手に出たのが功を奏して尊大な態度ながらも手元に引き寄せて食べ始める。あとで何か適当に摘まむか、と考えながら「助かるよ」と返事をして見守る。
「これはあくまでも、捨てるのがもったいないから食べるのだぞ。決してわたしが卑しいとか、食いしん坊という訳ではないからな!」
彼女を見る目がにやけてしまっているのがバレたのか、そんな言い訳がましいことを言ってくる彼女に「はいはい」と気のない言葉を返す。それがからかわれていると感じたのか、さらに言葉を重ねていたがついぞスプーンを動かす手を緩めずに完食してしまった。
「なかなか美味であった。褒めてやろうぞ」
「そうかい。お褒めいただき光栄です、姫」
苦笑交じりにお盆を手元に引き寄せ、代わりに食後にと用意していたアップルティーを置き、食器を重ねて片づけを始める。
「その……なんだ、姫ではなく、リズと呼んでくれ」
「リズか。うん、覚えた。ではリズ、おれは洗い物をしてくるからゆっくりしていてくれ」
「食事の礼だ。それくらいさせてくれ」
立ち上がり、キッチンへと着いて来ようとしたリズを手で制して止める。礼がしたいと言うのなら任せるのも良いだろうが、今の彼女に任せるには少々不安が勝る。
「気にせずに休んでおけ。まだ回復しきっていないんだろう?無理しているのはなんとなくわかるんだ。それでも何かしたいと言うのなら、体調を早く戻してから言ってくれ」
「むぅ」と不満そうに唇を尖らせるのをあえて無視し、洗い場に食器を持って行って手早く済ませる。未練がましくこちらに視線を送ってくるリズを意識の外に追いやり、布巾で水気をさっと拭って乾かしておく。
リズもおとなしくリビングに戻り、アップルティーをちびちびと飲んでいる。猫舌なのだろうかと勘繰りながらお茶菓子に近くの村で親しくなった少女からもらったクッキーを皿に盛ってテーブルに戻る。
「それでリズ、腹も膨れたところでそろそろ事情を教えてくれないか?君みたいな少女が毒を塗られたいくつもの刃物で背中を刺された理由を。話の内容次第では、おれでも力になれるかもしれない」
「それは……。おまえは、その……この髪を見て、何も思ったり気付かないのか?」
質問に質問で返されるとは思っていなかった。しかし、彼女の美しい銀髪を見て思うことなんて、キレイだなという感想以外は出てこないのだが。
「本当に、気付かないのか?」
黙りこくってしまったせいで不安にさせてしまったのか、怯えたような雰囲気を出しながら問う彼女は人間に虐められた小動物を連想させる。なんだろう、こう嗜虐心が刺激されるというか。いや、そんな趣味は微塵ももっていないが。
「ああ、すまないがわからない。何せこんな森の中でひっそりと暮らしているからな。世俗の情報には疎いんだ」
「確かに、外に出てそれは思ったが、そもそもおまえは何を生業として生活しているのだ?」
「生業……か。強いて言うならば猟師か?あとは鍛冶で農具を作ったり、傷薬を調合して村に卸しているくらいだな」
「ずいぶんと多芸なのだな。そんなにいろいろできるならば、ここで暮らさなくともよかろうに」
驚きに目をみはり、そして呆れたようにため息を吐かなくても良いのに。街や村での人間関係のしがらみが嫌なのと、素材を手に入れるには便利だから森を拠点としていることに本人が満足しているのだから、それで良いじゃないか。
「おれの話はここまでだ。それで、追われているのか?」
「そうだ。知らぬなら、その方が良い。わたしを匿ったとなれば、おまえにも危害が及ぼう」
「なにを今さら、と言いたいところだが、ならばもう訊かないことにしよう。だが、体調が万全になるまではここにいると良い。ここを出て行ってすぐにのたれ死んだ、なんて耳に入った日には寝覚めが悪いからな」
「だが、それではおまえに迷惑が!」
「うるせぇよ。何度も言わせるな」
でこぴんをお見舞いし、なんでそうされたのかわからずに額を押さえて目を白黒させているリズを尻目に客間へと向かう。
「迷惑に思っていないから安心しろ。おれはこれから客間の準備をしてくるから、それ飲み干したらおれの分もキッチンに持って行って水で軽く流して漬けておいてくれ」
「良いな?」と念押しして頷いたのを確認してから客間へと入り、窓を開けて換気と簡単に掃除を行う。普段から手入れを行っているからすぐに使っても問題ないが、それでも確認と1人になりたかったというのも理由の1つだ。
「どんな事情があるにせよ。女の子を放っておくのは気分が悪いからな」
彼女の過去も、今までに何をして追われることになったのかは知らないが、それでも悪い人間には見えなかった。決して人を見る目があると言えるほど人生経験がある訳でもないが、それでも自分の判断が間違っていたらその時はその時だ。
その結果が出るのがいつになるかはわからないが、それでも彼女がここに滞在する間だけは味方であろうと心に決めた。
首狩り男と新人共の完結より新作を書き始めました。
特に繋がりはないのでそのまま読んでもらって問題ありません。
これからよろしくお願いします。