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冬の童話 参加作品

トナカイと樵とクリスマス

作者: 菊華 伴

 とある林に、わかい樵が暮らしていた。

 彼は隣人たるトナカイたちと毎日仲良く楽しく暮らしていた。


トナカイたちは、気のいい隣人だった。

 旬の食べ物があると樵に教え、楽しい事があると樵にも教えた。樵はそんな彼らを気に入り、時に密猟者から彼らを守ったりしていた。


 それは、風が冷たくなる頃。トナカイたちはしきりに天を仰ぐようになった。

「どうして、空を見上げるんだい?」

 樵が不思議に思いながらトナカイたちに問うと、彼らは

「そろそろ使命の時だから」

 と口々にそう言った。

「使命? あぁ、クリスマスか」

 樵は納得したように頷いた。彼らは、自分達が橇を引けると思っているのだろう。樵は夢があっていいな、と思いながらトナカイを撫でると、そのうちの1頭が真面目な顔をした。

「我らは、サンタクロースに仕えている。使命の時がくれば、私達は天を駆けるのだ」

 樵はその話を信じず、うんうん、と頷くだけだった。


 それから時は過ぎ、クリスマスも間近になった。樵は今年も1人でクリスマスを過ごすのだろう、と寂しい気持ちで薪を準備する。薪はこの季節多くの家で必要で書き入れ時である。樵は精一杯仕事に励んだ。

 その日も乾燥した木を鉈で切っていると、いつのまにか夕暮れになっていた。

「今日はここまでにするか」

 と体を起こすと、彼は目に入ってきた光景に首をかしげた。なにか黒い点のような物が浮かんでいるように見えたのだ。何だろう、と思って近づいてみると、それはトナカイだった。夕空を、多くの若いトナカイが走っている。その姿に、樵はとても驚いた。

「お前達、本当に飛べるのか?」

「そうとも。世界中のトナカイは、クリスマスの頃だけ、空を駆けることが出来るのだ」

「私達トナカイの使命は、サンタさんの橇を引く事。世界中の子供達にプレゼントを配る事!」

 トナカイ達は口々にそういい、目をキラキラと輝かせる。樵が疑った事を謝ると彼らは首を振って「よかったら一緒に行こう」と誘ってくる。

「サンタさんの邪魔にならないかな?」

「いいや、いいや」

「それよりも、きっと貴方の力を欲しがると思うわ」

 トナカイたちはそういうと樵を乗せたまま、暮れ行く空を思いっきり走り始めた。


 切るように勢いよく走るトナカイの背で、樵は寒さもさほど気にせず、一生懸命捕まっていた。だが、慣れてくると、眼下の光景を眺めてため息を漏らした。

 街の明りや、月に照らされた海や湖の水面はまるで宝石のように煌いている。流れていく車のテールランプ、海を行く船、空を行く飛行機……。樵はその全てに目を奪われ、歓声を上げる。

 そうこうしているうちに、トナカイたちは、愛らしいログハウスを目指し、降りていくのだった。


 樵がトナカイからおりると、そこには大勢のトナカイが集まっていた。そして、周りには赤い衣服を纏った老若男女が集まっていた。

「みんな、メリークリスマス!」

 中でも一番優しそうで、ふわふわとした白い髭と髪をした老人が、穏やかかつしっかりとした声を上げる。樵は不思議そうにトナカイたちと様子を見ていると、老人は皆に語り始めた。

「今年もいよいよクリスマスの日が近づいてきた。だが、子供達へプレゼントを配るサンタの数がまだ足りない。トナカイたちよ、新しい候補者は連れてきたかい?」

 老人の問いかけに、トナカイたちは次々に人たちを連れてきた。樵も、トナカイたちに押されて前へと押し出される。

 樵は、自分と同じように前に出された人たちを見た。自分と同じ若者もいれば、自分より少し幼さが残る少年もいた。そうかと思えば妙齢の女性やおばあさんもいる。

「みんな、トナカイたちと話せるのだな。よしよし、よいサンタ候補を連れてきてくれて有難う。そして、集まってくれた皆さんも、ありがとう。皆さんには、サンタの素質があるので、トナカイたちにつれてきてもらったのです。ぜひとも、サンタとしてプレゼントを配る手伝いをしてください」

 老人の言葉に、樵はびっくりしてしまった。


 樵は、他の仲間やトナカイと一緒に、クリスマスの準備に追われた。プレゼントの包装や橇の練習、衣装合わせにサンタの心得の勉強……。それが、意外と面白い。一番大変だったのが、自分が届ける町の地図を覚える事だったがどこの子供が何を欲しがっているのか、どこの子どもはどんな子かと判ると、届けてあげたいな、と心から思うのだった。


 いよいよクリスマスイブ。たくさんのサンタやトナカイたちが広場に集う。いよいよプレゼントを配る時間になったのだ。樵を初めとした初参加のサンタたちもまた気合の入った眼差しで長老サンタの激励を受けた。

「今年もクリスマスおめでとう。今夜は魔法のかかる夜だ。皆、子供達のためにがんばろう!」

 サンタたちの掛け声に、樵も合わせて声を上げる。そして、トナカイたちがつながれた橇に向かった。トナカイたちはつやつやとした毛並みと鼻を光らせ、楽しげに樵へと話しかける。

「さぁ、いこう! 今夜は君が僕等の手綱をとるんだ! 子ども達のために夢を運ぼう!!」

「うん! いこう!」

 樵は早速橇にプレゼントを詰め込み、星空へと舞い上がった。トナカイたちは首につけられた鈴を鳴らしながら天を駆けていく。

 風を切って走る橇の上、樵は歓声を上げて手綱を取る。寒さは全く感じず、澄み切った空を心から楽しみながら旅をする。

(今夜はクリスマスイブ。子どもたちはもう、ぐっすりねむっているんだろうなぁ)

 樵はそっと街を見、口元を綻ばせる。トナカイたちはみんなクリスマスの歌を歌い、陽気に空を駆けていく。


 年に一度の大仕事! サンタクロースのお手伝い!

 いい子にいい子に贈り物! ステキなステキな贈り物!


 トナカイたちが歌の合間に掛け声を掛け、樵も合わせて唱える。と、不思議な事に粉雪が空から降ってきた。街をうっすらと白に染める優しい雪に、樵は心からほっこりした。


 夜も更け、樵はサンタクロースとして子ども達へプレゼントを置いて回った。煙突を潜るのは楽だったし、忍び足だって慣れてしまった。ぐっすり眠る子ども達はみんな幸せそうに眠っており、樵は優しい気持ちになっていた。

 残り僅か、という所で、樵は大きな橋の下に人の気配……それも子どもの……を感じ取った。樵はそっと川辺に橇を止め、気配のするほうへと歩く。と、4、5人の子どもがはだしで、ボロ布に包まって、身を寄せ合って眠っていた。衣服もボロボロで、中には風邪を引いているのだろうか? せきこむ子供もいた。

(彼らは、路上で生活しているのか……)

 胸が痛くなった彼は、白いサンタの袋をあさった。どうにか暖かいものをプレゼントできないか、と探したのである。だが、見つからない。

(同情かもしれない。けれども、あの子たちに何か……)

 樵が必死になって袋をあさっていると……トナカイの一匹がくいくいと裾を引っ張った。何だろう、と思い橋の下から出ると、そこには小さな教会があった。樵は1つ頷くとトナカイたちに子どもたちが目を覚まさないよう見てほしい、と頼むとどこからともなく筆記用具と紙を取り出し一筆したためた。


 古い教会には、人が住んでいるようだった。

(その場しのぎかもしれない。でも、あの子たちを見ていると、なにかしなくちゃ、と思うんだ)

 樵も、実は孤児だった。森に捨てられた彼は、樵に拾われて育ち、ここまで生きてこられた。橋の下で寄り添うように眠る子どもたちが、嘗ての自分を見ているような気がして、樵はどうにかしたくなったのだ。

(世界中にあのような子たちはたくさん居るのだろう。……僕に出来ることって、何だろう?)

 樵は自問自答を繰り返しつつ教会のドアを叩く。出来れば気付いてほしい一心で。

 どんどん、どんどん、とドアを叩いていると、やがて「はぁい」という男性の声が聞こえた。樵はサンタである事をばれないよう、そっと手紙をドアの下から入れると、その場を離れた。

 物陰に身を隠すと、神父だろう壮年の男性が現れる。彼は眼鏡を正してそれを読むと、壁に掛けていたマフラーを首に巻き、外に出た。

 樵は急いでトナカイたちが待つ場所に戻り、空を駆けようとした。だが、その時。神父と出くわしてしまったのだった。

 2人は何故か背筋がびくっ、と震えた。樵は見つかってしまった事に焦り、神父は何故かサンタクロースが居る事に驚き、僅かに硬直する。だが、神父は穏やかに問いかけた。

「貴方が、手紙を書いたのですか?」

「……はい。神父さん、どうかあの子たちをお願いします。

 私も助けたいのですが、できる事は貴方へ手紙を渡す事だけだったのです」

 橇に載せて、サンタの街へ連れて行く事は出来るだろう。でも、彼らはそれを望むだろうか。そして……。樵は内心でため息をつき、頭を下げて橇に乗った。


 神父が橋の下で眠る子ども達をつれて教会へ行く。その姿を、樵はトナカイと空から見ていた。樵は胸の中にもやもやとした物を抱えながらため息をつくと、白い袋が妙に膨らんでいる事に気付いた。樵は不思議に思い、中をのぞくと……暖かな毛布が出てきた。

(あの子と神父さんへの贈り物になるかな)

 樵は教会に忍び込み、古いベッドに毛布をおいていった。そして、今度こそ誰にも見つからず出て行くと、トナカイと共に空を駆けていった。


 プレゼントを配り終えた樵は、長老サンタに出迎えられる。樵がぺこり、と頭を下げると、長老サンタは樵ににっこり笑い、大きく頷く。

「君は、迷いながらも橋の下の子ども達にぬくもりをプレゼントしたようだね」

 そういって、トナカイたちと共に大きな鏡を見せてくれた。そこには、暖かい教会で神父と共に質素だがおいしそうなご飯を食べ、身体をきれいにし、楽しく過ごす子ども達の姿を映していた。

 樵は、自分のやったことが間違っていなかった、と確信し、僅かに微笑んだ。トナカイたちはそんな彼にすりより、労を労った。


 その後、樵はまたもとの森に戻る。

 けれども、クリスマスが近づくたびにサンタの村へトナカイたちと行き、サンタクロースとなって世界中の子ども達と向き合うのだった。


(終)




読んでいただき有難うございます。


因みに、冬に角のあるトナカイって雌だそうですね。

ご飯を探すのが目的だそうです。


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― 新着の感想 ―
[一言] クリスマスから随分と遅れて読ませていただきましたが、ほっこりと心の暖まる素晴らしい童話だと思いました( 〃▽〃) 素敵な物語をどうもありがとうございました<(_ _*)>
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