55回目 ホームビデオガール
通学の都合で一人暮らしをすることになった山田一郎は、
新居となるアパートで荷解きをしていた時ふと妙なものが部屋にあることに気づく。
一昔前のデジタルカメラ、充電器もある。
下見に来たときはなかったため誰かの忘れ物かと思い確認したが、
どうにも忘れ物ではないらしく、誰もそれを引き取ろうとしなかった。
スマートフォンがあるのでわざわざデジタルカメラなど使う必要はなかったのだが、
一郎は興味本位でどんな画質で写真が撮れるのか知りたくなり、
街の散策もかねて散歩しながら、デジタルカメラで写真をとって回った。
彼が新しく暮らす街には綺麗な風景が沢山あり、
道すがらカップルなども通っている事からデートの隠れた穴場といった様子だった。
そんな中を男一人で写真を撮って回っている自分を自嘲し、
「彼女と一緒に歩けたらいいのにな」と独り言ちながら
知らずに写真の構図もデートで回っているような風景の納め方になっていった。
一郎は日本画志望で美術大学に通っていた。
慣れない新しい生活の中、少し煮詰まってきた彼は
以前写真を撮って回ったデジタルカメラの存在を思い出す。
絵の構図の参考になるかもしれないと彼はデジタルカメラを起動し、
その中の写真をスクロールしていてある疑問を抱く。
何枚かの写真の中にその時いなかったはずの女性の姿があるのだ。
しかも同じ服装、同じ髪型、おそらく同一人物がまるで一郎と一緒に歩いていたように。
気のせいか?と思いながら一郎は写真をスクロールしていく。
最初は少し背筋に寒いものを感じた一郎だったが、
名も知れない彼女の屈託のない笑顔や少し間の抜けたような仕草に次第に好感を抱いていく。
「幽霊?俺がとりつかれてるとか・・・それとも」
一郎は寝転がりデジタルカメラを掲げて見つめていた。
学校の中で昔からの友人や新しくできた知人との会話で、
つい見栄を張って彼女がいると言ってしまった一郎。
デジタルカメラに土下座で頼み込み、一日彼女のふりして写真に写ってくれるだけでいいから。
と、彼は休日にいろんなデートスポットに向かい、一人で記念撮影をした。
写真を確認すると、最初は物凄く不満そうな顔をした彼女が
少しずつ一郎に近づいて、だんだんまんざらじゃなさそうな顔でピースサインまでして
写真に写ってる様子があった。
そんな彼女に笑いながら、両手を合わせてありがとうとカメラを拝む一郎。
彼女と撮影した写真で無事難を逃れた彼は、
彼女にお礼をしようかと考え始める。
でもどうやって?
写真を辿って彼は彼女の興味がありそうなものをメモで書き出していった。
食べたそうにしている食べ物、行きたそうな場所、乗りたそうな物。
夏休み、一郎は空いてる日を使って彼女へのお礼を敢行した。
ソフトクリームを指をくわえて見ていた彼女のために二つ買って、
片方を彼女に差し出す形で写真に写ってみたり。
彼女がパンフレットを眺めていた観光名所を訪れて写真を撮ってみたり。
乗りたそうに眺めていた観覧車に乗って写真を撮ってみたりした。
目的があるとはいえ一人ではしゃぎまわるような形になってしまい、
家に帰り着いた一郎はなんだかどっと疲れてベッドに倒れこんだ。
彼女は喜んでくれただろうか。
一郎はそれが気になって、期待半分不安半分で写真を見始める。
写真を見た一郎はつい声を上げて顔を真っ赤にした。
彼女にソフトクリームを差し出していた写真で、
彼女が食べたのは自分が口にしていたソフトクリームの方だったのだ。
いたずらな笑みを浮かべている彼女の様子にドギマギする一郎。
観光地で撮った写真も彼女は嬉しそうにはしゃぎながら写真に写っていた。
そして観覧車で撮った向かいの椅子の写真、
彼女は夕日の中、少し赤くなった顔でカメラを、一郎を見つめていた。
一郎はなんだか気恥ずかしくなり、枕に顔をうずめて呻く。
彼は少し前から抱いていた気持ちに確信を抱き始める。
もう一度写真を見ようかとカメラを手にしたとき、
彼はカメラにビデオモードがある事に気づく。
そしてそこにはまだ撮影してないはずの動画があった。
再生してみると、そこには一郎の暮らしているアパートのキッチンの様子が映っていた。
エプロンをして料理する彼女の姿、
彼女は一郎が好きで家でいつも聞いている歌を口ずさんでいた。
「こんな声だったんだ」
呟きながら一郎は微笑む。
できあがった料理をテーブルに置いて、彼女はカメラの前に座って恥ずかしそうな顔をした。
「今日はいろんなところに連れて行ってくれてありがとう、
突然だったからちょっとびっくりしちゃった。でもすごく嬉しかったの」
だからね、そういうと彼女は俯いて緊張した様子で顔を上げた。
「これからも仲良くしてくれたらうれしいなって、そう思うんだ」
そう言って笑う。
一郎はなにか美味しそうな匂いが部屋にしていることに気づく。
「大した料理とか作れないんだけど、気に入ってもらえるかな」
えへへと頭をぽんぽんと叩きながら恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女。
「それじゃまたどこかに連れて行ってね」
そう言って彼女が手を振り動画が終わった。
一郎がテーブルを見るとそこには彼女が作った料理があった。
できたてで湯気の上がった手料理、
このアパートに引っ越して以来コンビニ弁当くらいしか食べてこなかった彼は、
胸の奥から暖かいものがこみ上げてくる気持ちが抑えきれなかった。
「いただきます」
箸を持ちながら両手を合わせて彼がそういうと、
彼女の嬉しそうな声が聞こえてくるようだった。
正体もわからない謎の存在、名前すら知らないそんな彼女に一郎は恋をしていた。




