13回目 火星侵略
近未来人類による火星進出がはじまった世界。
ある程度の環境整備は整い、
後は人間が火星に本格的に移住するだけになっていた。
実際環境調査のために既に技術者が住んでるって話も聞いた、
その環境調査の一環が火星でのドローンによる社会実験である。
まるで新作のネットワークゲームのようにプレイヤーの公募を始めた。
政府による体験ゲーム、しかも舞台はリアル、火星。
興味を持たない理由がどこにあるという話で、それはもう大騒ぎになった。
大金持ちによる大金でのプレイヤーアカウントの買収など、
とても庶民の手に届きそうにないくらいに世界中が浮かれた。
そんなアカウントの一つに当選した俺は、
凡俗の身でありながら火星生活のセカンドライフという権利を得て、
その事に少し優越感をえながら火星生活を楽しんでいた。
政府に与えられた赤い光を灯した黒い溝付きの白銀の腕輪、
これが火星に繋がる扉だった。
家に帰った後PCの前の椅子に深く腰掛ける。
腕輪をなぞると起動を示す赤いランプの明滅がはじまった。
「アクセスコードを入力してください」
その言葉に従い俺は自分の名前の後にアクセスコードを口にする。
その瞬間に意識が後ろに引っ張られ体を離れて加速しながら遠ざかっていった。
死ぬ時ってこんな感じなんだろうか、
多少慣れた今でもそれは思う。
感覚は既にないはずなのに視覚と状況から俺は少し寒気を覚えていた。
「死ぬのって怖い?」
誰かの声がする、少女の声のようだった。
いつも火星へのアクセスの途中誰の声みたいな形で、
その思考の色が俺の思考に重なっていた。
「怖い」
俺がそう答える。
「壊れるだけじゃない?」
その色は赤色だった。
綺麗な赤、この世にあるはずもないくらい純粋な、赤。
「それは火星の上でだけだ」
「人の器の違いでしょう?ならどちらが壊れても壊れるだけじゃない?」
俺は少し逡巡する。
「その言いぶりだとお前、ドールか?」
冗談のつもりだった、プレイヤー同士の笑い話のつもりで言った。
返答はなく、暗い闇に少しずつ光の粒子が増えて、
見えるべき世界の輪郭を形作り始める。
「私は人形なんかじゃない」
言い捨てるように彼女の声が最後に聞こえた気がした。
ドール、都市伝説程度の話だ。
火星には有機体でもなければ無機物でもない、第三の生命体がいた、という話。
それは情報という形で存在していて、
ドローンを使って地球から火星にアクセスする人間と入れ替わって、
人間になりすましているらしい。
そんな火星に行ける人間への妬みでしかないような話を、
俺は心のどこかで少し興味深く感じていたのだった。