10回目 未来図書館
青年は若手の外科医だった。
担当の患者の症例が今まで手術が成功した例がなく、
彼も対策に行き詰まっていた。
同僚に息抜きしてこいと言われた彼が昼食を食べに街を歩いていると、
図書館を見かけてなんとなくそこに入ってみる事にした。
そこで見る本見る本全てが見慣れない物ばかり、
学術書ですら知ってる理論と食い違っている部分があり、
奇妙に思い著者を見ようと調べてみると発行日が未来の日付になっていた。
書籍、雑誌、新聞、全ての日付が未来の日付。
青年はつい魔が差して医療の学術書がないか探してみるがどうしても見つからず困り果てていた所で懐中時計を落とし、それを拾ってくれた司書の女性に頼んで見つけて貰う。
彼の今直面している症例の解決策もそこにあった。
彼は現代で不治の病とされる病気、
大量死をもたらすアウトブレイクに対抗するためのワクチン製作を水面下で根回しするなど、
次から次へ事件を解決していった。
必然的に名声が高まり彼を取り囲もうとする人達に辟易した彼は、
いつのまにか居場所として未来の図書館を選ぶようになっていた。
図書館の中は未来の世界のため、誰も彼の顔を知らず、
静かな環境で過ごす事が出来た。
それになによりそこには彼に親切にしてくれる司書の女性がいた。
未来の図書館では気をつけないといけない事がいくつかあった。
青年の元々いる時代では青年のように時間の狭間に迷い混む若者が多く出たと
記録が残っていて、未来では彼らの事を異分子として敵視する傾向があった。
青年も見つかれば捕らえられ研究施設に実験体として送られてしまう。
ばれないように気をつけながら司書とも付き合う、
司書は彼と同じ懐中時計を持っていて、それについての彼の思い出の話を元に、
彼の思い出話を聞きたがるようになり、それを楽しそうに聞いていた。
休みの日でも彼に会うためにやってくる彼女に、
これじゃ友達みたいだねと言うと、彼女は一瞬驚いて、彼に笑顔を見せる。
いつまでも続くと思われたそんな生活にも終わりが近づいていた。
未来の新聞の中に未来の世界でタイムパラドックスによる災害が起こり始めているという記事が載り始める。
未来の世界ではパラドクスが起こる前の記録と、
起こった後の記録を地球上からは直接の影響の少ない人工衛星が行っていた。
司書はゴシップみたいなものだから気にしないでと言うが、
そこに記載されたパラドクスによって消滅した人の人名の一覧を見て青年は息をのむ。
原因として特定された青年の通う図書館がこれ以上の災害を防ぐために取り壊しになるという事もそこには書かれていた。
それに対して確認すると司書は少し寂しそうに、それだけは本当だという。
青年は司書のいない間に未来の世界では思い出という概念自体が無くなっている事を知る。
未来の世界では人間の生きていく方向性が決められていて合理的に経験が積まれていくため、
個人としての思い出という物はなくなっていたのだった。
そして個人個人の関係についても政府によって好ましい相性から選択されるようになっていて、
全てが書類上の管理された関係になっていた。
友達なんて価値観もなくなって久しい世界で、
彼女は彼の正体に気づきながらもかばい続けていたのだった。
無人の未来の図書館を眺め、出る間際に重機が図書館を破壊する音を聞きながら
彼は図書館を後にした。
手にした懐中時計を目にしながら歩いていると、
一人の女性とぶつかってしまう。
青年は彼女に謝ると、彼女も自分も地図見ながら立ち止まってた自分が悪いと謝る。
彼は彼女の顔を見て息をのんだ、司書と同じ顔の女性が目の前にいたのだ。
彼女はじっと自分の顔を見る彼に顔を赤らめながら、
よかったら道を教えて頂けませんか、このあたりに引っ越してきたばかりで・・・。
そういう彼女に青年は快く笑顔で了承すると、二人は街の中に消えていった。