この世界の物語1
「……そう、もう俺ではどんな手段でも止めようがなさそうなのは君の表情を見ればわかるよ、ライが側にいた方がこれからの君のためになることは恐らく、ライの側にいたことのある俺にはわかりきっていることだもの。俺がどう抗おうと、俺はライに勝てることはないからね」
切なそうにしながらも、ライには何処か嬉しく感じているようにユアの表情からそう感じていた。
ーー親の心情も複雑なものだな。
そう考えながら、錯覚なんだろうか、胸が痛んだようにライは感じて、まるで痛む心を握りしめるかのように胸の前で握り拳を無意識のうちに握り締めていた。そんな動作にいち早く気づいたマークは、爪が食い込んで血が出そうになっているその手を包み込み、心配そうに顔を覗き込む。
そんな二人の姿を見て、改めてもう止められないとそう思ったユアは降参と言ったように両手を上げて、ため息まじりにこう言った。
「……わかった、片方の意見だけでそう言っている訳じゃないなら、例えマークの親だったとしても君の望みをねじ伏せてまでここに強制的に居させることは出来ないからね。……行っておいで、マーク」
可愛い子ほど旅をさせよとそう言うが、ユアにはわかっていた。マークがライの側にいると言うことは、運命が自分のことを求めている時以外には会えなくなり、もしかしたら永遠の別れになると言うことを。
わかっていながらも、再び表情を失うくらいならと考えればマークは自分達よりも、側にいたいと望む相手といた方がいい、それがユアの考えだった。
ーー勝手に決めて、彼女には申し訳ないことをした。……俺は会える可能性があったとしても彼女はもう、恐らくマークに会える可能性は少なくなるから……。
そう考えながらも、決意を決めたマークの表情を思い出してしまえば、ユアは揺らぎそうになる決意を再び固めることが出来たのだった。
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「貴方は私からあの子を奪うの!」
子供が生みづらい体質だとわかってから、ユアの妻は子供の話題に対して過敏になりすぎる面があった。それを分かりながらも、彼は表情一つ変えることなく、今の彼女にはあまりに厳しすぎる言葉を冷静に淡々と突きつけた。
「……あの子の笑顔を奪っていたのは俺達だった。あの子にとっては、あまりに俺達の愛は切なくて、儚くて時間制限のある愛だってわかっていたんだ。俺達は死んでもあの子のことを愛しく感じている、それでもあの子は最後には一人になる。それならあの子が側にいたいと感じた相手といるべきなんだと思う」
その言葉に、床に崩れ落ちるかのように座り込み、彼女はただただ声を出して泣いていていたのだった。
そんな彼女の肩を、数秒間抱きしめた後、毛布で包み込んで足早にこの部屋から立ち去り、久々にゆっくりとくつろいでいるライとその側で寄り添うように眠っているマークのいる部屋へと入り、苦笑しながら向き合うような位置にある椅子へと腰掛けた。
「彼女は良いのか?」
恐らくライは、側にいなくて良いのかと聞きたいのだろう、心配そうな表情をしながらそう聞いたことが可笑しかったのか、微笑ましかったのかわからないが、ユアはニコニコと笑いながらこう話す。
「彼女は強くて弱いんだ。だから、俺が寄り添って決意させるより、一人で考えさせてあげた方が彼女のためになるって俺は一番わかってる」
「……信頼、しているんだな」
悲しそうに、切なそうな表情をしながらそう冷徹な声で言った後、天井の角を眺めた。そんなライの様子を微笑みながら、
「……忘れないで、俺は。俺の魂はずっと君を信頼している……、ような気がするから。きっと、どの時代も緑の勇者が一番君に依存しやすいんだよ、これは決まった運命だと言うことは俺には何故かわかるんだ。それはきっと、植物は光が必要なものが多いからね、緑の勇者は君を一番信頼しているよ」
その言葉に目を丸くさせた後、ライは可笑しく感じていることが滲み出た声で、
「親子揃って俺を独りにさせようとはしないとは……、物好きな親子なことだ。……そう言えば緑の勇者は何時だって俺の側にいてくれたな、どんなに突き放そうとも本当にあいつらは俺に優しかった」
懐かしそうに、愛しそうに。まるで数年前を思い出すかのように、鮮明に今までの記憶を思い出しながらライは、それからしばらく何も話すことはなく、眠るマークの頭を撫でながら微笑んでいたのだった。