小春日和
公園で小説を読んでいる。
ここで友人と待ち合わせをしていたが、約束の時間を過ぎても友人があらわれる様子がないのだ。
携帯電話もつながらず家の電話も留守電に切り替わってしまう。
そのため、こうしてベンチに腰掛け本を読み、時間をつぶしている。
陽射しの温かさと風の肌寒さの混ざりあう、秋の独特の気候はとても心地が良い。
いつもとは違う気分で読書を楽しむことができる。
待ちぼうけをさせてくれた友人に感謝しなければならない、などと考えていた。
そうして本を読みつづけていると、周囲の静寂のなかに人の足音が響いてきた。
合掌するように本を閉じ、公園の入口へ目を向ける。
やはり、友人がいた。
ジーパンに七分丈のポロシャツといういつもの服装。
だが、いつもとはすこし様子が違っている。
酷い泥酔状態に陥っているかのように全身を不規則に揺らめかせている。
不安定な全身の動きに合わせて、頭部も前後左右へ動き回っていた。
顔つきもいつもとは違っている。
口元は緩み、目は両目ともにズレた方向を見ている。
生きている人間のもつ精気はみじんも感じられない。
ゾンビ――
まさにその言葉がふさわしいと思った。
そんなおかしな様子の友人が、こちらへ、ゆっくりと、近づいてくる。
自分の置かれている状況の危険は理解しつつもココロはとても冷静だった。
バッグへ本をしまいこみ、立ち上がって周りを見渡す。
ここは、遊具みっつとベンチふたつ程度の小さな公園で、周囲はすべて背の高い金網フェンスが張りめぐらされている。
出口はひとつ。こちらへ迫りくる友人の後ろにあるだけだ。
友人がもうすこし近づいてきたところで、友人の横を大回りして走り抜けようと考えていた。
バッグを背負い、手足を軽くほぐす。
あと五メートル。
四、三、二、一……いまだ!
駆け出した瞬間、友人は歩みをとめた。
虚を突かれ、前のめりに倒れそうになるのをなんとかこらえる。
体勢を立てなおし、すぐに友人へ目を向けた。
近くで見た友人は、やはりゾンビだった。
大小さまざまな変色や傷が全身に見られる。
致命傷となったのは首についた歯型だろう。
そのゾンビはこちらに顔を向けて、構えていた。
ワキを軽く開き両腕をあげている。
カラダのグラつきはなくなっていた。
その代わりに、腕とフットワークで独特のステップでリズムをとっている。
ムエタイの構えだったと思う。
二メートル弱の距離を取ってゾンビと自分は向かい合っていた。
こちらもトッサに身構える。
けん制の意味も込めて右のローキックを放つ。
それをゾンビはキレイに受けた。
教科書に倣ったような模範的なガードだ。
ゾンビも同じようにローを返してくる。
それをこちらも左脚で受ける。
重く、鋭く、的確な右のローだ。
ダメージこそないものの、受けた脚がビリビリとシビれている。
笑っている?
ゾンビがいつもの友人の笑みをうかべていた。
一瞬、そう見えただけなのかもしれない。
ゾンビは、すぐに生きていない人間の顔に戻った。
前蹴りを受け、前蹴りを返す。
ミドルキックを受け、ミドルキックを返す。
ときおり、ジャブらしきものを交えてくるが明らかに首を獲りにきている。
ふたたび距離を取り右のロー、――フェイントだ。そう思わせて、脚を折りたたんだまま軸足を中心に腰を内転させる。
そうして軌道を大きく変えたハイキックをこめかみに向けて打ち下ろす。
ゾンビはフェイントにはかからなかった。頭部を腕でしっかりとガードしている。
かまわずそのまま一気に振りぬく。
ゾンビの腕のなかからイヤな音が聞こえた。
威力に負けて、ゾンビは頭から地面へたたきつけられた。
たたきつけられ、動かない。
ゾンビの首がおかしな方向へ曲がり、顔だけがこちらを見つめていた。
その顔は、満足げな表情をしたいつもの友人の顔をしている。
ゾンビが、友人が起き上がってくることはなかった。
感傷に浸るまもなく、入口になにかの気配を感じた。
騒ぎをかぎつけたゾンビがいた。それも数十体。それがこちらへ向かってきている。