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人間ではない強さ

 僕は彼女に手を引かれて、ギターケースを背中に抱えながら、繁華街の片隅を歩いた。どうやら、お気に入りのワンマンライブがあるらしい。

 出かける前に腕時計をするな、とかジーパンで行こう、とか言っていたのはこの為か。ライブではモッシュ・ダイブはないと言われたけれど、彼女の音楽の趣味を知らないので、少し不安になってしまう。でもそこで、

「周囲に目を向けていて」

 彼女がどこか真剣な声音でそうつぶやいた。心なしか彼女の足取りが早くなった。

「そろそろ来るはずだから。あなたは黙って見てて。私が全部片付けるから」

 僕は「あの、どういう意味?」と彼女の手を引き寄せて言う。

 彼女が何かを言おうとしたその時、「おい、お前ら」と声が路地裏に大きく反響した。

 彼女が足を止めた。僕は振り返り、その途端顔を強張らせる。

 明らかに堅気ではない連中が彼女の肩をつかんで立っていた。赤いYシャツをはだけさせ、その上に黒スーツを羽織っている。

 僕は咄嗟に男の手を振り払って、彼女を背中にかばった。こんなところで絡んでくるかよ、普通、と心中で愚痴を言うけれど、体が竦んでいた。

 男の一人が「お前な」と舌打ちし、僕の脛をその靴先で減り込ませた。

 僕は腰を折りかけた。すると、今度は腕をつかまれる。でも、それはヤクザの無骨な手ではなく、彼女の優しげな指先だった。

 彼女は僕の腕を引いて後ろへ退かせ、「君はただそこで待っていて」とつぶやいた。声をかけようとする僕に彼女はその瞳をまっすぐ向けてきて、大丈夫だから、と小さく囁いた。

「おい、てめえ」

 男の一人が僕の胸倉をつかもうと手を伸ばしてきたけれど、突如その体がぐらつく。肉が切れて、何かが抜ける致命的な音がして、アスファルトに赤い飛沫が飛び散った。

 男が甲走った悲鳴を上げてよろけ、ゴリ、と何か固いものが落ちた。それは前歯だった。

 彼女は右足を振り上げたまま静止し、「とっとと私達を行かせて」と鋭い声でつぶやく。

 蹲る男の一人を跨ぎ越して、あろうことか彼女は男達に迫った。男が罵声を上げて、手を振るう。髪をつかもうと伸ばされた指をかわして、男が腕を振り上げた時には彼女は横にずれて、一人の腹の中心を蹴っていた。

 次々と伸ばされる男達の手を、彼女は触れることなくかわしていた。“まるで、あらかじめそこに来るとわかっているように……”

 男達の目が驚愕に見開かれるのがわかる。彼女はただ立ち尽くして、冷ややかな視線を男達の心に突き刺す。

 それだけで、彼らの闘志は萎んでしまう。男達は恐怖を顔に漲らせて、その場を去っていった。

 そうして静けさだけがその場に残った。そして、彼女が振り向き、満面の笑顔で「行こう」と言った。唖然とする僕の手を握り、路地裏を駆け出て行く。

 その光景にも、彼女の軽々しいステップを前にすると肩の力が抜けてきてしまった。そうして僕らはたった今自分達が陥った状況に混乱しながらも、ライブハウスへと向かう。


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