婚約破棄された令嬢が世界へ贈る浮気王子の秘蔵エピソードを一挙『プレミアム』公開
(アルカ殿下……。貴方って人は本当に……。どこまでいっても……愚かなのですね……)
世界屈指の技術力を誇るノスト王国の王立学園。
広大な敷地の学園は、今日の役目を終える夕日と貴族寮や屋敷へと帰る生徒達を見届けている。
その中心、帰る前の生徒達が寛ぎ、戯れている広場にて、一際目立つ令嬢が居た。
彼女の名はエリス・ミーティア。
この国に一つしかない公爵家の令嬢である。
「おい……エリス嬢が一人で噴水広場に居るぞ」
「最近のエリス様……ずっと一人ではなくて?」
「アルカ殿下は一体何をしているのかしら」
「まさか、噴水広場で殿下を待っているんじゃないか? 仲が悪いって噂は本当だったのか……」
日が沈むに連れて、人は居なくなっていったが、エリスだけは広場に残っていた。
「……相変わらず、アルカ殿下には世話を焼かれますわね。本当に……愚かですこと」
エリスがただ一人、噴水の目の前で殿下を待っていると、遠くで叫びながら向かって走ってくる老人の姿があった。
「お嬢様ぁぁぁぁぁ!」
「……執爺。気のせいかしら? 今日は別の方が控えている手筈だったのだけれど、心配して迎えに来てくれたのかしら?」
「ハァ……ハァ……ハァ……。お嬢様、日が暮れます。屋敷に帰りましょう。みな、貴方を待っておりますぞ。……それと、外で執爺と呼ぶのはおやめください。公爵令嬢がそれではいけませぬ」
「……私にとって、生まれた頃からずっと側に居てくれた貴方は、執事の中でも一際特別でしてよ。そんな貴方は、これからも敬称を持って執爺と呼ばせていただきますわ」
ミーティア公爵家にとって、彼は、身分の差を超えた理解者であり、気軽に話せる存在であり、誰よりも優秀な執事だった。
「……お嬢様、せめて周りに人がいる場合は抑えてください……。私との約束ですよ」
「善処しますわ」
「……全く。お嬢様も、旦那様も……自由が過ぎますぞ。……学園前に、車が停めてあります。一先ず屋敷に帰りましょう」
「分かったわ」
◇
【公爵邸】
玄関前では、侍女達が待ち揃えていた。
一列に並んだ侍女達の前に立っているのは、エリス専属の侍女、ミラだった。
「お帰りなさいませお嬢様」
「えぇ、ミラ。お出迎え、感謝しますわ」
「お嬢様。帰宅後に申し訳ありませんが、旦那様がとても心配しておられましたよ」
「……分かったわ。今行くわね」
◇
執務室ではエリスの父、ヴァルドルフ・ミーティアが愛娘であるエリスの絵画を描いていた。
『コンコン』
「どうぞ」
「お父様、ただいま帰宅しました」
「おお、エリス。今日も、この時間帯まで学園に居たのか……。まさか、アルカの奴の……」
「……まぁ、そうですわね。アルカ殿下と、噴水広場で待ち合わせの約束をしていましたの。ですが、いつも通りアルカ殿下は来ませんでしたわ」
「あいつ。未だに、あの男爵令嬢と仲良くしおって……。それに、自分が王族だからってまた良い気になってるな。ちょっと王城に行ってくる」
「……お父様。王城に行くのはお止め下さい。以前の家族会議で決まっていらしてよ。例の件が実行できるまでは、直接的に手を出さないって」
「だが……」
ヴァルドルフは己の手を握り、今にも王城に行きそうなほど心が揺さぶられていた。
アルカ第一王子のエリスへの行いは今日に始まったことではなく、毎日のように行われていたからだ。
『ガチャッ』
「話は聞きました。ヴァルドルフ、エリスの言ってる通りにしなさい」
「……ミリス!」
エリスの母、公爵夫人のミリス・ミーティア。
社交界で絶大な影響力を持っており、元伯爵令息のヴァルドルフとは違い、生まれも育ちも公爵家の彼女は、社交界のみならず、王国内でも力を持っていた。
「今行っても以前と何も変わりません。それよりも、貴方は執務が溜まっているのでは無くて?」
「……それは、エリスが心配だったから」
「執爺。ヴァルドルフが、執務を終わらせられるようにしなさい。終わるまで部屋から出さないように。食事は侍女に持って行かせます」
「承知いたしました。奥様」
「エリス。私たちは食堂に行きましょう」
「……はい、お母様」
◇
『カチャ……カチャ……カチャ……』
エリスとミリスが召し上がっている食堂では、ヴァルドルフが描いた絵画が飾られている。
その中でもエリスとミリスの絵画は他の絵画と違って綺麗な額縁に飾られていた。
「先ほど、私の伝手で情報が入りました。二日後の王国生誕祭のパーティー。殿下が、貴方との婚約を破棄するという内容です」
「……それは、時期が良いですわね」
「……えぇ。ほんと……。今の殿下には、舞台の上で踊ってもらわないといけませんからね」
「……お母様は、生誕祭どうされますか?」
「私は、用事が控えてますからね。例の件を関係各所に通す為の。だから行けそうに無いですね」
「……そうですか」
「ところで、先ほど私の知人から告げられた情報なのですが…………」
「…………」
「…………」
ミリスから知らされたのはアルカが行った数々の罪。しかし、エリス達には好都合だった。
「つまり、殿下は極刑ということですか?」
「えぇ。おそらくね。この情報の信憑性は私が保証します。例の件に合わせて貴方が使いなさい」
「ありがとうございます。お母様」
「任せたわ。くれぐれも慎重にね」
「心得ています」
『カチャ……カチャ……カチャッ』
「ご馳走様」
エリスが食堂を後にしようとした時、ミリスが思い出したかのように口を開いた。
「あぁ、そういえば。殿下が、生誕祭で貴方の婚約破棄の瞬間を配信するそうですよ」
時代と共に文化は発展していき、この世界では車だけでなく、独自のネットワーク回線が建設され、人々は閲覧板と呼ばれる板からネット間の繋がりを得ていた。
そこでは動画投稿サイトが一世を風靡しており、誰でも動画を投稿でき、自身の影響力の拡散や情勢を掌握できる事から、平民だけでなく貴族や王族達も扱っていた。
「……殿下は大胆な事をしますね」
「えぇ……。思ったより、殿下の舞台は長くないようですね。貴方も気を付けなさい。今は、殿下を立たせてあげるのですよ」
(あぁ……。何故アルカ殿下のような方が、この国の王太子となっているのでしょうね)
この国には、二人の王子、一人の王女がいた。
第一王子であるアルカは王位継承権を持っており、本来なら第二王子も継承権を持つ筈だったが、隣国より婚約の打診が届いた。
友好関係にある隣国との交渉を更に進める為、現王は第二王子の婚約を承諾し、唯一の王女である第一王女は病弱の為、王位継承権を持つことができなかった。
更に追い打ちを掛けたのが、この国で長く続いた王習だった。
王習により、王の血筋でしか王とはなり得ず、王族が養子を取ることなど出来なかった。
この経緯がアルカ第一王子を、この国唯一の王位継承者として扱われるようにしたのだ。
(例の件が終わったら、王習の課題がありますわね。……考えても仕方がありませんわ。今の計画を進めることを最優先にしませんと)
エリスはそう考えると、ミラと共に自室に戻り計画の調整を行った。
◇
「【生誕祭前日】王立学園」
昨日までエリスが一人で待っていた噴水広場。
そこには、この国の第一王子アルカ・ノストと、一人の令嬢の姿があった。
令嬢の名前はマリア・レーベル。
男爵家の一人娘であり、春からこの王立学園に来た新一年生だ。
「はぁい、アルカ殿下。これ、私が作った手作りの昼食でぇす。少し作りすぎちゃったのでぇ〜、一緒に食べませんかぁ〜?」
「ありがとう。マリアの手作り料理、楽しみにしていたよ。では、私が持ってきた王族専用の料理も分けようか」
「やったぁ。嬉しいですぅ〜」
「では、先に私がマリアに食べさせてあげよう」
「え〜。恥ずかしいですよぉ〜」
「マリアも、いつも通りにすれば良いんだよ。はい、あ〜ん」
『ザクッ』
「ん〜。この伊勢海老の丸ごと揚げた天ぷらぁ、美味し〜い。伊勢海老がプリプリというよりもブリブリだよぉ〜」
「フッ。マリアが言う言葉はいつ聞いても面白いな。この料理はマリアの為に作ったのだが、気に入ってくれたのなら今後も差し入れよう」
「え〜くれるんですかぁ〜」
「あぁ」
二人は周りを気にすることなく広場で親しくし、誰も近付こうとしなかった。
「私、殿下が居なかったら人生でこんな美味しいもの、食べられなかったと思いますぅ〜。でもアルカ殿下、私に渡して大丈夫なんですかぁ〜?」
「私にとって、マリアの作る手料理は世界で一番美味しいんだ。だからマリアにも、美味しいものを振る舞っているだけだからな。全く問題無い」
「なら私ぃ、毎日作っちゃいますねぇ〜」
「フッ……。楽しみにしているよ」
マリアとアルカのあまりに行き過ぎた行動。
しかし、この国の次期国王の彼と、彼が愛した者は誰も止めることができなかった。
二人から少し離れた学園の教室では、エリスが窓の外を眺めていた。
「エリス様……大丈夫ですか? アルカ殿下が広場でマリア様と仲良くしていますが……」
「えぇ、大丈夫ですよ。殿下と私は婚約者とはいえ政略結婚ですから」
「……なら良いのですが」
エリスはアルカとの婚約から、たったの一度も親密な関わりを持たなかった。
だが、婚約破棄を行うことはできなかった。
何故なら、殿下は王族として一度エリスへ婚約を打診した身であり、王国唯一の公爵家との繋がりを絶つなど、王家としては許されなかった。
「この学園で殿下を見るのも最後になりそうね」
◇
そして翌日。
【パーティー会場】
巨大な照明が主役であるアルカ達を照らしている中で、アルカの側には小柄で華奢な格好をしたマリアが、エリスを見下ろすようにしていた。
「エリス・ミーティア。私は、貴様との婚約を破棄する」
「……アルカ殿下。それは一体、どういう意味でしょうか?」
「フッ。理解力がまるで無いのだな。そんな貴様に教えてやる。私は、ここに居るマリア・レーベル男爵令嬢と真実の愛を誓ったからだ」
「……真実の愛でございますか。確か平民の間で流行っているとお聞きしていました。ですが、貴族や王族の政略結婚に真実の愛を持ち出して、よろしいのでしょうか?」
「確かに、本来なら貴族間で持ち出すべきでは無いだろうな。だが、私には許される」
「理由をお伺いしても?」
「私はこの国の第一王子だ。そして、この国に王位継承権を持っているのは私だけだ。故に、私は何をしても王として迎えられる。だから、政略結婚である貴様は必要無い」
周りの貴族達が、ざわざわと音を立てる。
生誕祭での婚約破棄。
その非常識な行為に、貴族達は戦慄していた。
「エリスさまぁ。私は、エリス様とアルカ殿下の仲が悪く、険悪な関係だったと聞きましたぁ。私とは大違いですねぇ〜」
「マリア……言ってやるな。エリスは政略結婚の道具でしか無かったんだ。そんなエリスは、もう必要無い。私はお前だけを愛そう」
「私もぉ、アルカ殿下が大好きですよぉ〜」
アルカとマリアは、エリスを目の前に親密な関係をアピールしていた。
「あぁ……そうだエリス。この婚約破棄は全世界にライブ配信しているからな。お前の反応も、この場にいる者の反応も全て公開されてるからな」
「……っ。それは……」
「良かったなエリス。お前はたった今から、全世界に進出したのだからな」
「アルカ殿下ったらぁ。それは言わない約束でしたよねぇ〜」
「すまない。つい言ってしまったよ」
そうしてエリスは、この国誕生の日を祝う生誕祭で婚約破棄を告げられ、世界から傷物の公爵令嬢として扱われるようになった。
しかし、殿下もまた「王族が政略結婚を破棄するとは如何に」、「こんな奴が王になるのか」と各所で非難を受けていたが、三日もすればその火は不自然なほど、あっという間に消されていた。
◇
【公爵邸】
「エリス様。例の件の最終調整が整いました」
婚約破棄から七日。
七日の間、ヴァルドルフは例の件の為、エリスの婚約を一切受け付けなかった。
例の件……それは、動画配信サイトでのアカウントの開設と、学園の監視カメラ、この国の衛星から撮ってあったアルカとマリアの行いの『プレミアム』公開だった。
『バンッ』
「エリスぅぅぅぅ。遂にできるのかぁぁぁぁ。エリスを傷物にした男への、雪辱を果たすことが」
「エリス。本当に良くやりました」
扉を勢い良く開けたのは、ヴァルドルフと、ミリスだった。
「お父様。お母様。動画制作とアカウント開設のお手伝い、本当にありがとうございます。もう、今日の十八時頃には公開しようと思ってますわ」
「いや、俺たちはエリスの話を通しやすくする為に手配しただけだ。実際に行動して、ここまで持ってきたのはエリスだからな。偉いぞ〜!」
「エリス。動画の最終確認は済んでますか?」
「はい。全て確認済みです。後は公開を待つだけなのでお父様とお母様は、その後の対応を手伝っていただけると……」
暫く時が経ち、時刻は十八時八分。
動画配信サイトで一つの動画が『プレミアム』公開されようとしていた。
◇
「10」
「9」
「8」
「7」
―――チャット欄―――――――――――――――
『なんか人多くね? このチャンネルって新設アカウントだから、これが初投稿だよな?』
『このタイトルはヤバいって。消されない?』
『「婚約破棄された令嬢が世界へ贈る浮気王子の秘蔵エピソードを『一挙プレミアム』公開」ってタイトル……。やばすぎだろ……』
『これ、チャンネル回線の権利がミーティア公爵家になってる。珍しいな……。なら、ミーティア公爵家が消さない限り大丈夫……なのか?』
『サムネが凝ってるな。こういうのって大体、黒い背景に白文字で、シンプルなやつだよな』
―――――――――――――――――――――――
「6」
「5」
「4」
「3」
―――チャット欄―――――――――――――――
『この間の、ノスト王国の婚約破棄配信。あれ、めちゃくちゃ燃えたのに一瞬で鎮火しておかしかったんよな。何かの力が働いてねぇか?』
『↑ガチ消されるぞ。迂闊な発言はするな』
『いや……今更じゃね? この動画のタイトルとサムネの時点でお察しだから……』
『おいおい……同説3万って……やばすぎだろ。これ、新設アカウントの初投稿の動画だよな?』
『おすすめに出てきたんだけど同士いる?』
『俺もおすすめに出てきたぜ。こういう動画って規制入りそうだけどな。なんでだろ』
―――――――――――――――――――――――
「2」
「1」
―――チャット欄―――――――――――――――
『く、くる』
『これ、公開途中に消されないかな?』
『見た人も消されるとかは……無いのか?』
『奮発ステーキ焼いて待機中!』
―――――――――――――――――――――――
「0」
―――チャット欄―――――――――――――――
『きたぁぁぁぁぁぁ』
『もうチャンネル登録といいねしておいた』
『リア友を誘って見てるぞ』
―――――――――――――――――――――――
「本動画はありのままをお届けしています。本動画の切り抜き、転載には重大なリスクが伴いますので、あらかじめご了承ください」
―――チャット欄―――――――――――――――
『これ、本当に見ていいのか?』
『こっわ』
―――――――――――――――――――――――
「【第一章】王子と男爵令嬢のデート」
そこに映し出されたのは、アルカとマリアがエリスを学園に放置し、王都の市場で変装してデートをする姿だった。
「アルカ殿下〜。本当に良かったのですかぁ〜? さっき、アルカ殿下がエリス様にデートのお誘いをしてたけどぉ〜、学園の噴水広場にエリス様を放置して私とデートするなんてぇ〜」
「マリアは優しいな。私は、あいつが邪魔者で仕方ないから、噴水広場に放置したんだよ。王族であり、婚約者からの誘いだ。恐らく、一晩明けるまで待っているだろうな。ハッハッハ」
「まぁ〜。アルカ殿下ったら意地悪ぅ〜」
「確かに私は意地悪だ。でも、これは全て……マリア。君の為なのだよ」
―――チャット欄―――――――――――――――
『初っ端からヤバすぎだろ』
『流石にこれは……』
『王太子でこれって許されるの?』
『それだけノスト王国内部が腐ってるって事じゃねぇのか? こいつらだけかもしれないが……』
『こいつ……前の婚約破棄配信で嫌いになったけど、更に嫌悪感を抱くほど嫌いになったわ』
『は? 何よこれ』
―――――――――――――――――――――――
「【第二章】婚約者と愛する者へのプレゼント」
場面は変わり、映し出されたのは学園の小部屋で談笑するアルカとマリアだった。
「アルカ殿下〜。私にプレゼントがあるって……何をくれるのぉ〜?」
「マリア。君にはこの、赤い心宝珠のネックレスを渡そう。私たちの愛の証だ」
「え〜。これを私にくれるのですかぁ〜」
「あぁ。このネックレスに着けられている心宝珠をこの大きさで作るなら、小国の三カ月分の国家予算になるんだぞ」
「それを私にぃ〜?」
「そうだ。それにこの心宝珠は、赤い心宝珠だ。普通の銀の心宝珠なら小国の三ヶ月分だが、このレベルにもなると小国の約一年分の国家予算にあたるからな。私が渡すレベルに相応しい代物だ」
「嬉しいですぅ〜。私にこれをくれるなんてぇ」
「これは、婚約者としてエリスに渡す分の費用と、私がスラム街の改革費用として国庫から引き出した費用を加算して作らせた代物だ」
「へぇ〜。そうなんですかぁ〜」
「スラム街の費用については心配要らない。何百年も歴代の王が多額の費用を掛けても改革されなかったからな。だから、怪しまれてすらいない。マリア。とても似合ってるぞ」
「殿下ったら、褒め上手ぅ〜」
―――チャット欄―――――――――――――――
『着服はまずいって』
『これ、犯罪者だろ』
『クズどころじゃねぇ……』
『いや……この内容ならバレるだろ』
『なんでバレてねぇんだよ……』
『賄賂渡してるとかじゃね? 知らんけど』
『っぱ王政は駄目だろ。こんな事が起きるなら』
『じゃあ、誰が統治するんだよ』
『これで2章なのか?』
『概要欄には全4章って書いてあるぞ……』
『おいっ、同説が7万行ったぞ』
『ふざけないでよ。この動画、誰が撮ったのよ』
―――――――――――――――――――――――
「【第三章】マリアの実家」
次に映し出されたのは、外装とは裏腹に、内装がとてつもない程、豪華になっている屋敷だった。
「帰ったよ〜」
「あらマリア。今日のお土産は無いのかしら?」
「殿下が『連日費用をかけると怪しまれるから今日は無理』って断って来ちゃった。あ〜あ。あのドレス欲しかったな〜」
「しっかりしなさいマリア。貴方が殿下を落とさないと私たちが裕福になれないじゃない」
「そうだぞ。マリアの可憐な見た目は、殿下を落とし、我がレーベル男爵家の暮らしを豊かにさせてくれるものだからな」
「分かってるよ。殿下ったら、私に夢中で疑うことすらして無いんだから。だって、殿下が一番輝いてる時は、私たちを豊かにさせてくれるお人形さんの時だものね」
最後にアップして映し出されたのは、いつもの可憐な顔とは違う、腹黒な顔をしたマリアだった。
―――チャット欄―――――――――――――――
『おい。話が変わってきたぞ』
『計画犯はマリアで、実行犯はアルカって事?』
『いつもの鼻につく口調じゃない。これが素か』
『マジかよ』
『アルカもマリアも大罪人じゃねぇか』
『ってか、これどうやって撮ってるんだ?』
『↑画角的に衛星に決まってるだろ。ノスト王国が打ち上げた最新の衛星は、最高権限さえあれば建物内でも地下でも、監視、撮影できるからな』
『↑いや、なんでそんな事知ってるんだよ』
『じゃあ、これを撮った人は最高権限を持ってたってことか……。誰だよ。』
『流出させて良いものなのか?』
『ノスト王国の技術力やべぇな……待てよ。ってことは、俺らも監視されてるって事じゃねぇか』
『この動画を作ったやつ。ぶっ殺してやる』
―――――――――――――――――――――――
「【第四章】マリアとアルカの夜」
最後に映し出されたのは、アルカの自室に居る二人の姿だった。
―――チャット欄―――――――――――――――
『おいおい……まさかこれって……』
『一線越えるぞ?(とっくに越えてる』
『夜じゃねぇか』
『夜に室内で男女が二人きり……それに4章のこのタイトル。……確定だろ』
『いやぁぁぁぁぁぁ。やめてぇぇぇぇぇぇぇ』
―――――――――――――――――――――――
「アルカ殿下。私、寂しくって……。私に優しくしてくれるのは、殿下と家族だけなんです。私、昔っからドジだったから何もできなくて……」
「大丈夫だマリア。君の事は私が一番知っている。そんな私が、マリアはドジなんかじゃないと言っているんだ。ドジなのはむしろ私の方だ。こんなにもマリアの事が好きなのだからな」
「アルカ殿下……。なら、今日だけでも……一晩だけでも、私と一緒に寝ませんか?」
「大丈夫だぞマリア。毎晩でも一緒に寝てやる。私とマリアは真実の愛で結ばれてるのだからな」
「私たち、これからもずっと一緒ですよね?」
「あぁ」
―――チャット欄―――――――――――――――
『ここで終わりか……。まぁ、そういうシーンが無かっただけでも有難いな』
『何が分かってるだよ。アルカは、マリアの事を一切分かってねぇじゃねぇか』
『そういうシーンが無いけど、直ぐに暗転したからそういうことだよね?』
『待て。さっきからチャット欄にマリア本人みたいな反応をする人が居ねぇか?』
『……マジや』
『アカウント見てきたけど、これ本人だろ。赤い心宝珠のネックレスの動画を出してる』
『本人降臨?』
『流石にここで本人はキツイって』
『あっ……なんか文字出てきた』
―――――――――――――――――――――――
「これにて、本動画は終わりです。最後に視聴者の皆さん。これからも、このノスト王国を末永くお願いします」
『プツン』
―――チャット欄―――――――――――――――
『終わったか……』
『これはネット警備隊が動くぞ』
『最終同説は11万か……11万人に見られたって事かよ。アルカもマリアも終わったな』
『この動画を見たお前達も、この動画を作った奴も全員ぶっ殺してやる。今に見てろ』
『↑ヤバすぎだろ』
『諸悪の根源が何を言ってるんだよ』
『いや、真面目にやばくね? 俺、こんな奴に殺されたくねぇよ』
『大丈夫じゃない? この内容だと、マリアもアルカも未来は無いよ』
『マリア乙w』
『チャットが途絶えた。もしかして効いてる?』
『ってかこの動画、誰が作ったんだ?』
―――――――――――――――――――――――
◇
「思いのほか、反応が良かったですわね」
「エリス。これでお前と、この国の現状を世に出せたんじゃないか」
「……でも、本当に良かったのですか? この内容。最悪の場合、私だけでなくお父様も、お母様も国家反逆罪に問われても仕方が無いのに……」
「何を言ってるんだエリス。こんなのエリスの苦痛からしたら何事でもねぇよ。それに、親として叶えてやるのが俺の理念なんだよ」
「エリスは心配性ですね。私たちがこの程度の事で死ぬなんてあり得ません。後のことは、私たちも手伝います」
「お父様……。お母様……」
そして、事態は動き出した。
『コンコン』
「どうぞ」
「旦那様。奥様。屋敷前に王家の使いがお見えになっています。用件は……」
「分かっている。今すぐ行くと伝えておけ」
「エリス。貴方も来なさい」
「……分かりました。お母様」
◇
「おっ! 久しぶりだね〜! エリス」
「カイル王子!」
王家の使いとしてやってきたのは、隣国に嫁いだ第二王子のカイル・ノスト様だった。
カイル様は私の二つ下で、とても仲が良い方だ。
「実はな……、ちょ〜どノスト王国に来てたんだけどさ」
その時、ミリスとカイルの目が合った。
「王城の方はかなり荒れててな、本来なら俺はここに来れなかったんだが……たまたま、都合が良かったから来たよ」
「そうでしたの」
「カイル様。早速ですが、ここに来た用件を仰ってください」
「それもそうだな」
すると、カイルは一つの書状を出した。
「お前らほんと上手くやったよな。普通にやれば王家の名誉を傷付けたとして処刑されてもおかしくないが……今回は不問とするだってよ」
そこに書かれていたのは、内部で起きた問題。
元王と王妃は、保守派であり表立って動くことはできなかった。
だが、今回の動画公開を経て、事実上内部調査が行われることになり、そこで内部での腐敗具合が表沙汰になった事により、重い腰を上げることが出来たのだと記されてあった。
「動画制作、収集はエリス嬢が行い、宣伝、王への通達はヴァルドルフ公爵が行い、各所への説明、手回しはミリス夫人が行う……。ほんっと、良くやったもんだな」
「……カイル様も、色々と走ったようで」
「よせって。兄上の行動は俺にとっても不利益だったしな。俺は敷かれたレールを走っただけだ」
「……ところで、ここにはアルカ殿下は廃嫡とすると書かれていますが、次の王には誰がなるのでしょうか?」
「あぁ……。そのことも言わねぇとな」
カイルが閲覧板を取り出し、見せた画像は第一王女、メリアーヌ・ノストの病が回復していき、元気に話す姿だった。
「メリアーヌ様……。ここまでご回復なされたのですね」
「あぁ。これは、まだ公開できない情報だが、半年後にはメリアに王位継承権が渡される。だから、問題ねぇってよ」
「フッ……。やはり、君たちは演技が上手いのだな。とっくに知っているだろうに……」
「フフフッ」
「否定はしないんだな。……じゃあ、俺はそろそろ行かないとな。兄上と違って婚約者を蔑ろにするわけにはいかないからな」
「分かりましたわ。カイル様もお元気で……」
「あぁ……。またな」
アルカとマリアが起こした行動の数々。
それは、公爵家の問題としてではなく、その規模から二人が起こした罪として問われていた。
◇
【レーベル男爵家】
「マリア。なんですかこれは? 私達のSNSアカウントがハッキングされたわよ」
「そんなの……知らないわ」
「おいっ! マリア。王城の使いと、貴族院からの使いが来たぞ。それも、王室警察と監察官だ。お前、何かしたか?」
「だから、知らないわよ」
「キャーー。私の通販アカウント……意味分からない商品が発送中になっていますわ。それも、見たことがない金額……。マリア、急いでアルカ殿下に連絡を……」
「…………」
「マリア?」
「私は……知らないわ」
『ダッ』
「あっ……おい。マリア」
マリアは逃げ出した。
屋敷の裏口から、誰も知らない場所に逃げようと……ただただ足を動かして。
(なんでこうなったのよ。それもこれも、全部あの動画のせいだわ……。あのチャット欄、みんな私を叩いて……。作ったやつも叩いたやつも、絶対にぶっ殺してやるんだから……)
扉の前に立ったマリアの手には、バキバキに画面が割れ、さっきまで動画を見ていたスマホが握られている。
(そうよ……。私はこんな所で終わる人間じゃない。私は悪くないのよ。だから、今すぐ殿下に私の事を……)
『ガチャッ』
マリアが裏口のドアを開けると、身長が百九十はあるであろう王室警察の男が居た。
それだけでない。
屋敷を三百六十度取り囲んでいたのだ。
「マリア・レーベル男爵令嬢を発見。直ちに拘束します」
『ヒュッ』
そうして、マリア・レーベル男爵家の未来は、完全に途絶えた。
◇
【王城アルカの部屋】
『バンッ』
「アルカ・ノスト第一王子。貴様は国庫の横領、虚偽申告、賄賂、殺人の罪に問われている。直ちに貴様の身柄を拘束する」
「は? お前は何を言って……おっ、おい。離せ。処刑されたいのか……」
アルカは、そのまま地下牢へと連れて行かれた。
「アルカ……。」
「ち……父上。それに、母上。助けてください。この者たちは王族に手を出した重罪人です。今すぐ……」
「アルカ……。お前がしたことは、もはや許されることではない。一親として……王族の一員だったものとして、せめてもの慈悲だ。苦しまないように逝かせてやる。それまで、お前がしたことを反省するんだな」
「ち……父上。なぜそんな事を……。母上……何故黙っているのです? ……近衛兵。助けてくれ……。お前たちは王族の為にあるのだろう?」
「…………」
「なんとか言えよ」
「別れの挨拶は済んだな。行くぞ」
「嫌だ。何故私がこんな……。エリスか? 全部エリスのせいなのか? あいつと婚約したから……」
アルカは思いのほかあっけなく牢に投獄された。
もはや、アルカを支持する者、助けようとする者など一人も居なかった。
◇
【それから九日後】
『カツ……カツ……カツ……カツ……』
ここは王城の地下牢。
この国の大罪人や特殊な罪人が収容される場所。
私は護衛の方と共に二人の元に向かっていた。
「貴様ら、この私を誰だと思っている? この国の第一王子であり、唯一王位継承権を持っているのだぞ。ここを出たら貴様らなんか死罪に……」
「ふざけないでよ。私は、こんな生活じゃなくて、もっと豊かな生活を……」
「お辞めなさい」
私が声を出すと暴れていた二人は止まった。
そこに居たのは、罪人であり、以前の姿とは全く違う二人と、以前と変わらない私の姿だった。
「先日、貴方達の刑が決まりました。……お二人とも、極刑となりましたわ」
「……は?」
「なんでよ」
「貴方達は、国庫の着服の他に、それらを知った者に賄賂を渡して隠蔽を行い、隠蔽すらも出来なかった者は始末するという行いをしました」
「何よ……それ。私……知らないわ」
「これらは、国家に対して重大な罪を犯したものとして扱われ、極刑が行われる事になりました」
「ふ……ふざけないでよ。それはアルカ殿下がしたことじゃない。私は関係ないわ」
「マリア……。私は君のことを思って……」
「こんな事になるくらいなら、貴方の前で猫を被るんじゃなかったわ。全部あんたのせいよ……」
「……猫? 被る? 一体、何を言っているんだマリア? ……マリア?」
「……それでは、もう二度と会うことは無いでしょう。さようなら」
「待ってくれエリス。実は私、お前の事を思っていたのだ……だから助けてくれ。頼む」
「アルカ殿下だけずるいですわ。一人だけ助かろうなんて……」
私は、元婚約者として愛していたと命乞いをする殿下を後ろに公爵邸に戻った。
これが私と殿下……アルカとの最後の会話だった。
◇
【三年後】
エリスはミーティア公爵家の次期当主として、動画投稿サイトで着実に実績を積んでいき、病弱だった第一王女のメリアーヌは、アルカが居なくなってからみるみる回復して、今では王位継承権を持った王女として、誰もが認めるほどであった。
―――チャット欄―――――――――――――――
『チャンネル登録者数一千万人おめでとう!』
『おめでとうエリス様!』
『メリアーヌ様とカイル様とコラボ!?』
『この三人ほんとに仲が良いよな』
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「ここまで来れたのは皆さんのおかげですわ。これからも私たちを応援してくださると嬉しいですわ」
「エリス。私、メリアーヌは貴方を応援しますわ。ほらっ、モニター越しのカイルも応援しなさい」
「俺は元々応援してたぞ。まぁ、俺とエリスは……『いや……エシリア……違うって。そういう意味じゃ……あぁ〜、やめて。それは俺の大事な……』」
「フフッ。カイル様とエシリア第二王女はほんとに仲がよろしいのですね」
「そういえば先週、カイルに女性の贈り物について相談されましたわね。私が答えても、カイルは『好きな人のプレゼントは自分で選ぶ』って言ってきましたわ。ほんとになんで聞きに来たのやら……」
「ちょ……それは言うなメリアーヌ。『……許してくれるのかエシリア。……あ、あぁ、分かった』すまない。俺はここで席を外す。まぁ、頑張れよ」
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『www』
『草』
『カイル様って、大国の第二王子なんだよな……』
『仲良すぎやろ』
『一途やな』
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「カイル様が居なくなったので、私達でお話しましょうか。メリアーヌ様!」
エリスの日常は進んで行く。
婚約破棄から始まるエリスの新しい世界。
そこには、アルカもマリアも居ない。
家族と、友人と、画面の前の人達がそっとエリスを祝福する。
そんな世界だ。
(終)
―――プレミアム公開後の掲示板――――――――
『神動画乙www 王子完全終了のお知らせwww』
『マリア顔真っ跨で草』
『動画の編集センス高すぎて腹痛いwww』
『お前ら、この動画が最高だと思ったら、画面の一番下にある評価ボタンを★★★★★(星5)にするんだぞ!』
『ガソリン(星とブクマ)投下完了! 次のエンジンがかかるまで、全裸待機するわ!!』
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皆様の評価の星一つ、ブクマ一つが今後の大きな執筆馬力になります。
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