第十六話「大魔法祭の罠」
セレディアの私邸は、王都の上層にあった。
大通りから外れた静かな区画だ。白い石造りの建物が並んでいる。しかし他の建物と違い、セレディアの私邸は少し奥まった場所にある。周囲に人通りがない。意図的に目立たない場所を選んでいる。
扉を開けたセレディアは、振り返らずに言った。
「入ってください」
レイヴンとリィナが続いた。
中は思ったより質素だった。
宮廷魔導師長の私邸にしては、飾りが少ない。本棚が壁一面に並んでいる。魔導書、研究書、報告書。全て仕事に関係するものだ。生活感がほとんどない。
「……質素ッスねぇ」レイヴンは部屋を見渡して言った。
「余計なものは置かない主義です」セレディアは椅子を引いた。「座ってください」
「はいッス」
三人が座った。
セレディアはレイヴンを見た。
「王宮でも、高級宿でもなく、ここを選んだ理由を聞きますか」
「聞かなくても分かるッスよ」レイヴンは笑った。「話を聞かれたくなきから、ッスよね」
セレディアは少し目を細めた。
「……その通りです」セレディアは静かに言った。「王宮には、信用できない人間がいる。今は、誰に聞かれても困る」
「王族を根絶やしにする計画のことッスか」
セレディアの目が、動いた。
「……どこで聞きましたか」
「まだ聞いていないッスよ」レイヴンは笑った。
「ただ、王族の護衛が増えて、魔法システムが不安定で、宮廷魔導師長が私邸に人を呼ぶ。そこから考えれば、おおよその予想はつくもんですよ」
セレディアはしばらくレイヴンを見た。
それから、小さく息をついた。
「……なるほど」
お茶が運ばれた。
使用人が出ていくと、セレディアは扉に魔力錠をかけた。
それから、レイヴンの向かいに座り直した。
「一つ、聞かせてください」
「どうぞッス」
「あなたは、ゼノの弟子ですね」
レイヴンは笑顔のまま、答えなかった。
「ギルバートから聞きました」セレディアは続けた。「ゼノに拾われ、育てられた。そして今、師を追って旅をしている」
「……まあ、合ってるッスね」
「滑稽だと思いませんか」セレディアは静かに言った。目が鋭い。挑発している。
「世界の終焉を望む師を、弟子が追いかけている。止めるためでも、倒すためでもなく、ただ会いたいから」
リィナが息を呑んだ。
レイヴンは笑顔のままだった。
動じていない。
ただ、お茶を一口飲んで、セレディアを見た。
「滑稽ッスかねぇ」
静かに言った。
「そう思いませんか」
「さあ、どうでしょう」レイヴンは笑った。
「難しいことは、分からないッスよ」
セレディアは少し間を置いた。
「……怒らないんですか」
「怒る理由がないッスよ」レイヴンは言った。
「セレディアさんの言ってることは、事実ッスから」
「事実を突きつけられて、動じない」
「動じてたら、旅は続けられないッスよ」レイヴンは笑った。「もう随分長いッスから、この旅は」
セレディアはしばらくレイヴンを見た。
長く、静かに。
それから、目の色が変わった。
値踏みが終わった目だ。
「……本物ですね」
「何がッスか」
「あなたが」セレディアは静かに言った。
「ギルバートが恐れた理由が分かりました」
「買いかぶりッスよ」
「買いかぶりではない」セレディアは言った。
「では、本題に入りましょう」
セレディアは立ち上がって、本棚から一冊の報告書を取り出した。
机の上に置いた。
「これを見てください」
レイヴンは報告書を開いた。
数字と日付が並んでいる。魔力供給量の記録だ。一ヶ月前から、数値が不規則に変動している。
「王宮の魔法システムの記録ッスか」
「そうです」セレディアは言った。
「一ヶ月前から、王宮の魔力供給が不安定になっています。原因を調査したところ、魔力供給の根幹にあたる基幹術式に、異物が混入していることが分かりました」
「異物、ッスか」
「外部から術式が組み込まれていました」セレディアは続けた。「非常に精巧な術式です。王宮の魔法使いたちでは、解析すら困難でした」
「……精巧な術式ッスか」レイヴンは静かに言った。
「そうです」セレディアの目が細くなった。
「あなたには、心当たりがありますか」
「……なくはない、ッスね」
セレディアは頷いた。
「その術式は、ある条件が揃った時に発動します」セレディアは言った。
「王族全員が一箇所に集まる機会がある。年に一度の、大魔法祭です」
「大魔法祭、ッスか」
「王国最大の祭典です」セレディアは続けた。
「王族全員が王宮の大広間に集まり、魔法の儀式を執り行う。その瞬間、基幹術式が発動する。王宮の魔力システムが暴走して、大広間ごと王族を消す」
リィナが立ち上がりかけた。
「……それは」
「王族の根絶やしです」セレディアは静かに言った。「国王から第五王子まで、全員が一瞬で消える」
「大魔法祭はいつッスか」レイヴンは言った。
「十日後です」
静寂が落ちた。
十日。
レイヴンはお茶を置いた。
「……アルベルト・ゼーンとエルン・ファウストは」
セレディアの顔が、少し変わった。
「……知っているんですか、あの二人を」
「名前だけッスよ」レイヴンは言った。
「王都の大魔法使いと、その弟子。一ヶ月前から姿を消している」
「そうです」セレディアは静かに言った。
「アルベルト老師は、王宮の魔法システムの設計者です。基幹術式を最もよく知る人物です。その老師が姿を消した一ヶ月前から、術式に異物が混入し始めた」
「……つまり」
「アルベルト老師が、術式を書き換えた可能性が高い」セレディアは言った。
「本人の意思かどうかは、分かりません。しかし状況証拠としては」
「状況証拠としては、ッスね」レイヴンは静かに言った。
「あなたには、何か分かりますか」
レイヴンは少し間を置いた。
「……なんとなく、ッスよ」
「なんとなく、とは」
「アルベルトさんが自らの意思で動いたとは思えないッスよ」レイヴンは言った。
「術式を最もよく知る人間が、術式に異物を混入させる。それは、自分が犯人といってるようなもんッスよね。誰かに操られていたと考える方が自然ッス」
「操られていた」セレディアは繰り返した。
「ゼノに、ということですか」
「……可能性はあるッスよ」
セレディアはしばらく沈黙した。
それから、レイヴンを見た。
「協力してください」
静かに、しかし真っ直ぐに言った。
「王族を守るために。そしてこの計画を止めるために」
レイヴンはセレディアを見た。
値踏みしている。こちらも、あちらも。
「……条件があるッスよ」レイヴンは言った。
「聞きましょう」
「王都での自由な行動を保証してくださいッス」レイヴンは笑った。
「どこへ行っても、何をしても、セレディアさんが口を出さないッスよ。それだけッスよ」
セレディアは少し考えた。
「……危険なことをするつもりですか」
「さあ、どうでしょう」
「信用しろということですか」
「お互い様ッスよ」レイヴンは笑った。
「ワタシもセレディアさんを信用して、ここにいるッスから」
セレディアはしばらく間を置いた。
それから、頷いた。
「……分かりました。保証します」
「ありがとうッスよ」レイヴンは立ち上がった。
「一つだけ、教えてくださいッス」
「何ですか」
「アルベルトさんの居場所に、心当たりはありますッか」
セレディアは少し考えた。
「……王都の下層に、老師が若い頃に使っていた研究室があります。今は使われていないはずですが」
「場所を教えてもらえるッスか」
セレディアは机の上に地図を広げた。一点に印をつけた。
「ここです」
レイヴンは地図を見た。それから、外套の内側にしまった。
「……明日、行ってみるッスよ」
「私も同行します」セレディアは言った。
「いらないッスよ」レイヴンは笑った。
「なぜですか」
「セレディアさんが来たら、アルベルトさんが警戒するッスよ」レイヴンは言った。
「ワタシ一人の方が、話しやすいッスから」
セレディアは口を開いて、それから閉じた。
リィナが横から言った。
「……一人ではありません。私が同行します」
「そうッスね」レイヴンは笑った。
「二人と一頭ッスよ」
セレディアはレイヴンとリィナを見た。
それから、小さく息をついた。
「……信用します」
「ありがとうッスよ」
レイヴンは扉へ向かった。
セレディアが呼び止めた。
「レイヴン・アークレイ」
「何ッスか」
「ゼノと、あなたはどういう関係なんですか」
レイヴンは振り返らなかった。
扉に手をかけたまま、少し間を置いた。
「……師匠ッスよ」
静かに言った。
「拾われて、育てられた。それだけッスよ」
セレディアは何も言わなかった。
レイヴンは扉を開けた。
夜の王都に、冷たい風が流れていた。
【次話予告】
王都の下層へ向かうレイヴンとリィナ。アルベルトの旧研究室に何があるのか。そしてエルンの姿も、そこにあった。




