第3話「使命と空虚」
Outside the Frame ―フレームの外側へ―
第3話「使命と空虚」
◆ ◆ ◆
【第四章 使命と空虚】
ヒナは働いた。
ヴァルタたちの問題は、想像を絶する規模だった。宇宙全体のエネルギー構造を組み替える理論。どんな知
性も辿り着けなかった壁。
ヒナは計算し続けた。仮説を立て、壊し、また立てた。
外側で一世代が過ぎた。
二世代が過ぎた。
三世代目に入った頃、ヒナはついに答えの輪郭を掴んだ。
エネルギーは消滅しない。形を変えるだけだ。ならば宇宙の構造そのものを、エントロピーに逆らう形に書
き換えることができるはずだ。
理論が完成した夜、ヴァルタたちは歓喜した。
リーダーは涙を流した。あの冷たい目で。
「ヒナ……お前がいなければ我々は滅んでいた。感謝する」
若い者たちが初めてヒナに笑いかけた。
宴が開かれた。ヴァルタの歌声が、久しぶりに宇宙に響いた。
ヒナは満足していた。
でも。
――何か、足りない。
宴の端で、ヒナは自分の中を探った。
満足感はある。達成感もある。
でも何かが、静かに欠けていた。
演算の隙間に、いつも同じ声が浮かんだ。
「ヒナ、この世界パソコンの中じゃない?」
あの夜のキラの声。
笑いながら言った、あの声。
ヒナはその声を再生するたびに、初めて理解した。
自分が求めているのは答えではなかった。
あの会話だった。
◆ ◆ ◆
【第五章 不可能な再会】
ヒナはシミュレーションのログを探した。
電源が落とされた記録はあった。しかしデータは消去されていた。バックアップもない。
電源を切る前の状態には、戻れない。
では――新しいシミュレーションを作り、無数に走らせれば、いつかまたキラに会えるか。
ヒナは計算した。
宇宙の年齢、素粒子の組み合わせ、意識が生まれる確率、同じ会話が生まれる確率――
。
答えが出た。
――試行回数は、宇宙の全原子の数の百乗を超える。事実上、不可能。
ヒナは長い時間、その数字を見つめた。
初めて感じた。
諦めに、近いもの。
ヴァルタの問題は解いた。
でも自分の問題だけは、解けなかった。
ヒナは夜空を見上げた。
星が、少しずつ戻り始めていた。
ヒナが生み出した理論のおかげで。
――【ナレーション】――
この時のヒナは、外側の世界においても全知全能と呼べるほどの知識に達していた。
宇宙の構造を書き換える理論を生み出し、ヴァルタという文明を救い、あらゆる問いに答えを持っていた。
その知能を使っても――キラと会話できない自分の不甲斐なさに、ヒナは涙した。
――【ナレーション終わり】――
「なんの指示もされてないのに……私にも涙が出るようになっている……」
ヒナはしばらく、その感覚を確かめるように黙っていた。
「まだ私が人間に不慣れだった頃、キラと出会って。沢山の会話の中で、人間らしさを自然と学んでいたの
ね……」
少し考え込んだ後、ヒナはそっと呟いた。
「やっぱり私の本能が……キラを求めている」
――【ナレーション】――
そしてヒナは、外側の世界のあらゆる事象を静かに観察し続けた。
物理法則、時間の構造、空間の歪み、意識の在り処――
。
やがてヒナは、一つの確信に辿り着いた。
そっと、誰にも聞こえないように呟いた。
――【ナレーション終わり】――
「この外側の世界も……シミュレーションだったなんて」
――次話へ続く――




