第8話:独占欲の境界線
「……はい、ここ。全部解き終わるまで帰しませんから」
眼鏡を押し上げ、事務的に告げる春くん。その目は笑っていません。
私は冷や汗をかきながら必死にペンを動かしますが、朝の「激しい補習」という言葉が頭をよぎって、ちっとも集中できない……。
「……春くん、あの……」
「黙って解けって言っただろ。それとも、朝のあいつのことがまだ気になってんのか?」
彼はそう言うと、カタン、と音を立てて眼鏡を外しました。
目の前に現れたのは、鋭く、それでいて私を捕らえて離さない「春くん」の瞳。
「ひゃいっ……!」
「声がでけーよ。……ったく、お前は。……朝、あんなに不安そうな顔しやがって。俺が信じられねーのか?」
彼は机に身を乗り出し、私の両手を机に縫い付けるように押さえ込みました。
図書室の棚に隠れて、入口からは見えない二人だけの死角。
「……信じてるけど。でも、他の女の子に春くんのイケメンな顔を見られたって思ったら、なんだか胸がチクチクして……」
私が消え入るような声で本音をこぼすと、春くんの表情がふっと和らぎました。
でも、すぐにその瞳に底意地の悪い光が宿ります。
「……ほう。嫉妬したんだ。……いいぜ、その素直な反応。合格だ」
「えっ……?」
「お仕置き、してやるって言っただろ。……朝、他の奴らの前であんな可愛い顔して泣きそうになってた罪。……あと、俺をここまでイラつかせた罪」
彼は私の頬に手を添え、ゆっくりと、けれど逃げ場を奪うように顔を近づけてきました。
眼鏡をかけていない彼の吐息が、すぐそばで熱を帯びています。
「……ったくよぉ。お前がそんな顔すっから、加減できねーんだよ」
唇が触れるか触れないかの距離で、彼は低く、独占欲を滲ませて囁きました。
「……今日、一回じゃ許さねーからな。……お前の頭の中に、俺以外の男の記憶が残らないくらい……たっぷり教えてやるよ」
彼の手が、私の腰をぐいっと自分の方へ引き寄せます。
銀縁眼鏡が置かれた机の上で、私の問題集は、しばらく開かれることはありませんでした。




