68 あいさつ
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
ライナスはまだ馬車の中にいるアリアドネの手を取った。
噂の女性を見たくて仕方がない職員たちは淡い色のドレスの裾が見えた瞬間、わぁ~と歓声を上げる。
(大きな歓声・・・。はぁ~、どうしたらいいの!? 皆さんの期待に応えられる気がしないのだけど・・・)
アリアドネはステップを踏んで降りようとしたところで、足がすくんで立ち止まってしまう。
「まだ顔も見えていないのに騒ぎ過ぎだ・・・」
ライナスはやれやれといった表情でアリアドネを見た。
(あら、新しい表情だわ。ライナス殿下は呆れ顔も端正なのね)
二人は数秒、見つめ合う。
「アリア、注目されるのが嫌なら、毛布で顔が見えないように包んで、部屋まで抱えて行こうか?」
(いえ、それはそれでどうかと・・・)
「―――大丈夫です」
彼女はライナスの手を握り返して、覚悟を伝える。
「分かった。君は私が今まで出会った中で一番素敵な女性だ。しっかりと自信を持って」
「お気遣いありがとうございます」
アリアドネはいつの間にか緊張が解れていた。
ライナスのエスコートでアリアドネが馬車から降りると、ひと際大きな歓声が上がる。
彼はアリアドネを連れて、職員たちの前へ歩いて行く。
そして、二人が前に並んで立つと・・・。
誰かが指揮を執ったわけでもないが、騒めきは一気に静まっていく。
彼らはこれから、ライナスが何かを発すると察したのである。
(凄い。一瞬で静かになったわ。それに、皆さん、ライナス殿下を見ている・・・)
全員の注目を集めているライナスは涼しい顔をしていた。
アリアドネは彼が堂々としている姿を見て、彼がこの国の皇子であることを実感する。
(一生、出会うはずのなかった皇子さまと一緒に並んで立っているなんて・・・。ん~、不思議な気分だわ)
「皆に紹介する。彼女が私の妃となるアリアドネだ」
ライナスはアリアドネの方を向いて『アリア、挨拶は出来そうか?』と、目で問う。
アリアドネは軽く頷いてから、ライナスの手を離した。
彼女は急ごしらえの淑女教育で身に付けた美しい立ち姿を実践し、鈴のように澄んだ声で挨拶を始める。
「皆さま、初めまして。アリアドネと申します。よろしくお願いいたします」
家門名をライナスが口にしなかったため、アリアドネもそれに倣う。
カーテシーは相手が職員たちなのでしない。代わりに軽く小首を傾げて控えめな微笑みを添えておく。
ライナスはアリアドネが上手く立ち回ってくれたのでホッとした。
ラース子爵の事件にアリアドネの生家が関与していた件を案じていたのがバカバカしくなるくらい、職員たちは歓迎ムード一色だ。
「(職員たちが受け入れてくれたのは嬉しいが・・・、この場にいない貴族たちがこの婚約を知った時はどうなるのか・・・、予想もつかないな)」
実はライナスの妃候補を帝国内で募ったことはない。
本来なら、侯爵家以上のご令嬢なら、皇子の相手として名乗りを上げてもおかしくないのだが、過去の縁談の散々たる結果を知っている皇帝と皇后は『国内のご令嬢に声を掛けるのは最終手段にしよう』と密かに決めていた。
ライナスの暴走で国内の貴族と皇家の関係が悪くなるのは困るからだ。
「(あまり考えたくはないが『罪人の娘を妃にするなんて飛んでもない!』とか言って、自分たちの娘を売り込んで来そうな気がする。―――父上や母上と早目に話し合って、今後の対策を考えておいた方がいいだろうな)」
ライナスはアリアドネの黄金に輝く髪を一房持ち上げて、そっと、口づけをする。
ギャ~~~~と絹を裂くような悲鳴(主に女性)が上がった。
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