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三十九、 いわゆる家宅捜索

 秋馬の女房の眉間には(のみ)でえぐったような深いたてじわがあった。

 夫が捕らわれているのに無事かどうか役人にたずねもしない。こちとら客商売なのに、押しかけられて迷惑だと言わんばかりだ。

 夫婦仲が上手くいってないのは一目瞭然だった。


「その端っこの部屋が夫の作業場さ。金にならない絵ばかり描いていたよ。どうぞ、勝手に入ってぞんぶんに調べてくださいな。肝が小さいから人殺しなんて無理だとは思うけどね」


 女房はそう言って仕事に戻ってしまった。

 作業場の腰高障子を前にして鬼頭がお照を振り向いた。


「おい、女。賭けをしないか」


「お照です。どんな賭けでしょうか」


「わしは秋馬が怪しいと睨んでいる。この部屋の中に犯罪の証拠があると思っている」


「なるほど。ではわたしが無実を証明できたらなにかいただけますか」


「逆に咎人と確定したらどうする。いつぞやの奥山での頼みごとを呑むか」


 浅草奥山で偶然出くわしたおりに、間者になれと言われた。女将を陥れるネタを探せ、国益のためだと。

 思い出すだけでお照のはらわたが煮えくりかえりそうになった。


「半兵衛さんだけでは力不足ですか」


「そのとおりだ」


「お照、謝ったほうがいい。無実を照明するのは難しいことだ」


 莫迦にされてるにもかかわらず半兵衛はお照に助言する。

 鬼頭はにやにやと笑ってそのようすを見ていた。


「どうした。自信がなくなったか。無実の証しをするとさっきは威勢のいいことを言っていたではないか」


「わかりました。その代わり、わたしが正しかったらお腰のものをいただきます」


「無礼者!」


 鬼頭が目をぎらつかせた。

 刀は武士の命。

 無礼討ちにあっても仕方がないことをお照は口にしたのだ。

 だがこれぐらいがなんだというのだ。わたしは家斉公から大小を奪いとったお方の首席侍女なのだから。


「では特別に、短いほうだけでけっこうです」


「むむぅ」


 鬼頭の額に血管が浮いた。


「だって、こちらは半兵衛さんが言うとおり、難しい条件なんですよ。秋馬さんは奉行所にいる。拷問されてあることないこと喋るかもしれない。わたしは名誉ある首席侍女として面子をかけることにしますよ。主人である女将を裏切れと言うのは、武士が刀を賭けるのと同じ重さがあるんじゃありませんか? 脇差しでいいというのは譲歩ですよ」


 お照のせいいっぱいの虚勢である。


「あと、これ」


 お照は鬼頭の手に金子を握らせた。


「駕籠代です。おごられるわけにはいきません」


 鬼頭は苦々しい顔をして、言った。


「よし、わかった」


 半兵衛が背後で重たい息を吐くのが聞こえた。



 広さは八畳あるかないか、床面のほとんどは散らばった紙で埋もれている。

 誰かの似顔を繰り返し描いていたようだ。高月花魁に似ていると思うのは気のせいだろうか。

 鬼頭はどすどすと高月らしき顔を踏みつけて部屋を引っかき回した。


「どこかにあるはずだ。人殺しの証しがな」


 お照は床の紙をまとめた。鬼頭のせいで幾枚もが破れてしまった。墨一色もあれば彩色をしてあるものもある。


「おい、それを寄越せ」


 鬼頭はお照がまとめた紙をひったくった。


「なにするんですか、乱暴ね」


「この絵、死んだ女に似ていないか?」


「……高月花魁だと思いますけど?」


 お歯黒どぶの女はもっとさっぱりした顔つきだったと記憶する。

 絵の女は全身像、大首絵、大顔絵、どれもすべて同じ着物の柄になっている。第一回サロンで高月が身につけていた柄で間違いない。


 一度見ると記憶に焼き付くと秋馬が言っていたのは本当のようだ。あとから思い出して描くことができるのは便利だろう。


「お、これはなんだ。毒か」


 棚をあさっていた鬼頭がギヤマンの瓶を取りあげた。


「藍色の顔料ですね」


 半兵衛が即答する。先日、半兵衛も実物を見ているのだ。


「顔料というのはこのようなギヤマンに入っているのか?」


「南蛮人が交易で持ち込んだ新しい顔料らしいですよ。この緑色もそうですね」


「いやに鮮やかな色だな。しかし二色だけ鮮やかでも絵は引き立つまい。あとは緋色や山吹色のような明るい色がほしいところだな」


 そう言われればたしかにそうだ。

 あの日の高月花魁は深紅の地に金扇が舞う柄の打ち掛けだった。鮮やかな赤色がほしいところだ。

 とはいえ紅花は高いうえに退色がしやすいという話だった。


「そういえば水銀と硫黄を混ぜて加熱すると赤い色になるって言ってましたね」


「なんだと! 水銀や硫黄は毒だ。素人が勝手をすることはゆるされておらん」


 鬼頭の顔がまさに鬼の顔になった。

 初めて会ったときは八の字眉で人当たりの良さそうな顔をしていると思ったものだが、どうやら鬼の本性を隠すための作り物だったようだ。表情を自在にできるとは、この鬼は役者に向いている。


「む、これは」


 棚上の白皿に沈殿していた赤黒い顔料を指で擦って、鬼頭は舐めた。


「ど、毒なのでは……?」


 半兵衛とお照が不安げに見守っているなか、鬼頭は目を瞑ってじっくりと味わい、やがて呟いた。


「血の味……」


「鉄錆から取ったんじゃあないですかい?」


 赤錆からも赤色が採れるが黒変しやすいと秋馬は話していた。半兵衛の問いかけに鬼頭は首を振った。


「人間の血だ」


 鬼頭はかっと目を見開いて、周囲を猛烈に探し回った。


「わかったぞ。秋馬は血を求めて死体をあさったのだ」


 お照は混乱した。


「な、なぜです」


「赤い色がほしかったからだ」


「血なんて……すぐに黒ずんじまうじゃないですか」


 血を顔料として使うのは無茶だ。


「だからだ。血の色を固定しようと実験したのだろう。そのために死体が、新鮮な赤い血のしたたる死体がほしかったんだ」


 棚から絹布が滑り落ちた。絵が描かれている。お照はそれを手に取った。高月花魁の肉筆画だ。

 打ち掛けの部分だけ、色が塗られていなかった。


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