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〈 1 〉

 瑠璃色のカーテンが閉まっている。目の前を覆った深い青色はそよとも動かない。


     ✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦


 四角い空があった。

 見回すと、城壁のような黒々とした壁がそびえたっていた。壁は上方で内側に緩やかに湾曲し、巨大なドームを形作っている。はるか天頂部分が大きく正方形に切り抜かれたように空いていて、光が落ちてきている。首が痛くなるほど仰向いて空を見上げた。

 空の光は薄いブルーだ。ちぎれ雲が流れている。大小の雲はほんのりとしたオレンジ色からまぶしい金色へと色を変え、輝きながらゆっくりと流れていった。

 地上に視線を落とすと、淡い光に照らされた風景がぼんやりと広がっている。

 目の前に小さな池がある。その向こうに西洋風のお城が見える。尖塔を何本も空に突き上げている。見覚えがあるような気がした。

「夢の国のお城みたい。」

 少し楽しげな気持ちになってつぶやいた。

 しかしよく見ると、城は全体的に薄汚れ、壁が剥がれ落ちて、錆びた鉄骨がむき出しになっている場所もある。

 池の中に突き出した岩の上に人魚の像がある。岩に横向きに座った人魚は、転送に失敗した画像データのように歪んでいた。

 池に沿って城の方角に歩いて行く。城の入り口の脇に若い女性が立っている。エンジの制服を着て、けだるそうに壁にもたれている。こちらを見てもニコリともしない。

「どうしたの。入るの、入らないの。入り口はそっち。」

 投げ出すようにそう言った。

 あごで示した方向に石のアーチがある。入り口も所々崩れかけている。とにかく中へ歩みを進める。

 城の中は薄暗い。カビ臭いにおいが漂っている。床もほこりだらけだ。

 歩いていくうちに目が慣れてくる。行く手に何かが浮かび上がってくる。乗り物のような物が横倒しになっている。大きな車輪が宙に浮いている。目を凝らしてみる。カボチャの馬車だった。その横で白い馬が体をねじらせたような格好で倒れている。馬車の下敷きになった女の子が見える。近づいて行くと、地面に倒れたまま顔をゆっくりこちらに向けた。顔は血に染まっている。その顔のままニヤリと笑った。

 小さく悲鳴をあげ、その場から逃げ去るように走り出す。入り口の反対側にぽっかりと開いた出口が見えた。

 外に出ると明るい光が体を包んだ。緑の草原だ。ほっと一息ついて、そばにあった切り株に腰を下ろした。空にはもう四角い枠は無い。頭上いっぱいの広い空だ。

 目の前に小さな水たまりがある。ふいに水面にさざ波が立つ。不吉な予感に鼓動が高まる。どこからか規則的な地響きが聞こえてくる。それは少しずつ大きくなってくる。

 背後を振り返ってぎょっとする。城は消え、怪物のような巨大な影が近づいている。犬だ。見上げるような犬のシルエット。その形と色が次第にはっきりとしてくる。虹のような色が入り交じった、不思議な色合いだ。光の中に犬の全身が浮かび上がった。花だ。色とりどりの花がその体をびっしりと覆っている。

 犬は大きな口を開けて咆哮した。思わず耳をふさいで後ずさる。犬は目の前いっぱいに迫ってくる。このままでは踏み潰されてしまう。くるりと体を反転させて逃げ出した。

 草原はいつのまにか消えている。黒い地面に足を取られる。地面が柔らかい。

 踏み出した足をはね返すような強い弾力を受ける。不規則な反力でバランスを取るのに苦労する。タイヤが一面に敷き詰められているのだ。足を取られて転び、タイヤの角に頭をぶつけた。誰が何のためにこんなことをしたのだろう。地面に軽く悪態をついた。歩きにくいタイヤの上をつまづきながら、必死に進んだ。

 ようやくタイヤの絨毯を抜けた。足元はコンクリートの地面になる。振り返ると、黒いタイヤの向こうに花の犬が行儀よく座っている。魂が抜けたようにその姿勢のまま動きを止めている。

 のっぺりしたコンクリートの道を先に進む。足元がふらついて上手く歩けない。地面に不規則な傾斜がついている。両手をひろげ、バランスをとりながら危なっかしく進んでいく。

 突然前方のコンクリートが地響きをたてて割れた。開いた地面から砂煙を上げて躍り上がったものが、目の前の空中で鋭い歯だらけの口を開けた。それは大きなサメだった。

 悲鳴をあげてコンクリートに尻もちをつき、両手で顔を覆った。

 何も起こらない。

 恐る恐る目を開けると、サメは空中で口を開けたまま固まったように静止している。よく見ると、巨大なガラスケースの中に閉じ込められているのだ。生きているのか死んでいるのかも分からない。その目はうつろに虚空を見つめている。

 息を弾ませながら後ずさる。

「動くな!」

 背後で鋭い声がした。振り返ると背の高い男がすぐ後ろに立っている。手にした弓に矢をつがえ、きりりと引き絞る。矢は真っすぐにこちらを狙っている。男は完全に無表情だ、鋭く尖った矢じりがギラリと光った。

「なにをするの!」

 その言葉は男には届かない。体はこわばったように動かない。凍りついた目で男を見つめる。

 男が矢を放った。真っすぐに向かってくる銀色の矢。スローモーションのように、正確に自分の心臓に向かってくる。声もなくその矢を凝視する。

 矢が自分の体に当たった瞬間、周りのすべての光景はまぶしい閃光に包まれた。


     ✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦


 瑠璃色のカーテンは、そよとも動かず閉まったままだ。


 

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