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”レイト”を装った男を取り逃がした直後、イズミの不安を払拭したく「男の逃走先に心当たりがあるから警察に電話する」と伝えたのは良いが、逃走先を知りたいとイズミに懇願され、明人はあっけなく根負けしてしまった。
イズミの性格上、こうなる展開はなんとなく予想していた。
ならば先手を打てば良いと、明人は鈴ノ鳥公園の大木へ歩いて向かうイズミを見守りつつ、信頼を寄せる上司へ迷うことなくメッセージを送信した。
彼に助けを求めれば、刑事なり公安なりすぐさま手配し、この現状を打破出来る自信があった。
そして、明人の言葉数少ないメッセージに対し疑問を抱くことなく[了解]のメッセージが届いたことで、自信が確信に変わった。
「この人ね、実は私の息子なの」
イズミが”レイト”の画像を明人に見せた。
明人は目を見開き、驚いた様子をしてみせたが、それはどこかぎこちなかった。
「何その顔。もしかして気付いていたの?」
イズミが冗談半分に笑うと、明人は顔を大きくぶんぶん振った。
「パート先の仲間がね、イケメン君からメッセージが届いたって画像を見せてくれたんだけど、そしたらなんと、うちの次男の友助だったの。友助、バックパッカーの旅に出たはずなのに、まさか見ず知らずの人にこんな怪しいメッセージを送るはずがない、詐欺で画像が悪用されてるんだって直感で思ったの」
明人はイズミの瞳を真っすぐに見る。
「でも友助、バックパッカーの旅に出て以来まったく連絡くれないし、これが本当に友助だったら・・・って、一抹の不安はあったの。その気持ちを払拭させるために、友助の画像を悪用している詐欺師を自分の手で見つけてやる、って思ったの。ふふ、そんな危険な警察の真似事なんかして、って思ったでしょ?実はね、私の長男、警察なのよ。どこの部署でどんな仕事をしているかは、あまり本人が話したがらないから詳細は分からないんだけどね。まぁ仕事柄、色々教えられない事情があるんでしょうけど。長男の、こういう真面目で正義感が強いところは、私に似たのかも、ね?」
明人がわざとらしい感嘆をみせたため、イズミが何それと文句を言いつつケラケラと笑った。
「あ、もうイベント終わったかな?私なんかが明人くんの貴重な時間を奪う形になってしまって、本当申し訳ない。でも、明人くんと今日1日を過ごせて本当に楽しかった。また機会があったら、息子たちも連れて一緒にご飯でも行きましょう」
娘がいたら娘を紹介してくださいという言葉が出かけたが、チキン明人はただ優しく頷いた。
連絡先を交換するとさっそく”蘇野原泉”から、小さくて可愛いキャラクターのスタンプが送られてきた。
――――――
アメリカ発祥の某会員制スーパー社長が来月から約1年間、日本限定でほとんどの商品を割引価格で提供することを知らせるニュースが電車内のモニターに流れ、端の席で微睡む明人を目覚めさせた。
(おぉ。これは思ってもみなかった朗報だ。詳細確認してお母さんに教えよう。)
某会員制スーパーのネットニュースをスマホで確認すると、日本限定でピスタチオパンを開発・販売予定である旨の内容が書かれていた。
社長曰く、日本への投資と期待を込めたサービスとのこと。
明人はさっそく母親へ伝えると、クマが万歳をしているスタンプが送られてきた。
それと併せて[夕飯、どうする?]とメッセージが届いた。
明人は今朝、掛ける前に「夕飯はいらない」と伝えた。
しかし、再度夕飯を食べるか確認されたため、収穫なしであることがバレたのかと思い、そのせいで[夕飯、どうする?]のメッセージが、息子の心に探りをいれているように思えてきた。
明人は、今日あった出来事を頭で反芻しながらスマホに指を走らせた。
[食べる]とニッコリな絵文字つきでメッセージを送信すると、明人は心地よい車内の振動を感じながら、ゆっくりと瞼を落とした。
――――――
山本十弥が40℃以上あるお湯から勢いよく飛び出ると、蘇野原幸助が腕を組んで真正面に座っていた。
「よくそんな長い時間潜れるな」
蘇野原は、目を瞑ったまま話した。
「んー、まぁね。でもあの人ほどじゃないよ」
山本は、斜め前で偶像のように腕を組んで佇む黒髪の男に顔を向けた。
「で、結果、顔バレしないで済んだの?」
お互いの姿がほとんど判別できない高熱で蒸された室内にて、3人は互いの声に耳を傾けた。
この時間帯だと、だいたいいつも貸し切り状態になるため、3人は閉店前のこの場所を重宝していた。
「マイロがあと数秒遅かったら、俺の人生変わってたかもしれないな。うちの母親、妙に行動力があってヒヤヒヤさせられる場面がたまにあるんだよなぁ。母親が暴走したせいで、急遽下っ端連中の逮捕に踏み切ることになったし。今回は組織のトップまで辿り着けないで終わるな、って思ったんだが、逮捕した連中の中に1人お調子者がいて、そいつがあっけなくアジトの本拠地とか色々喋ってくれたおかげで、一昨日には組織のトップを捕らえることが出来たみたいだ。今回の件で、責任問題になって異動もあるかなって正直ヒヤヒヤしてたけど、逆に上司から賞賛と労いの言葉を貰ったよ。わりぃな、今回もお前に助けられた。いつか絶対、この恩は返す」
偶像のように佇む目の前の男は返事を返す事なく、ただ、その引き締まった身体と下半身を覆う手ぬぐいタオルから、僅かに汗が滴り落ちた。
「ところで、弟は写真の悪用に気付いたのか?」
山本の声が小さな室内に響き渡る。
「いや、あいつとはまだ連絡がとれていない。母親は数週間前から何度も電話をしているらしいが、未だに連絡がつかないって。アイツのことだから、電波の届かないエリアをほっつき歩いてるんだろう」
「おい、それ大丈夫かよ」
「もともと連絡したところですぐに連絡がとれる奴じゃないし、そんなに心配する必要はない。どーせ心配していたことを忘れた頃に帰ってくるさ。それに、自分の写真が悪用されてたと知っても、『へぇ、そぉなんだ』で済ますに違いない」
「真面目な兄貴とはずいぶん似てないな」
「似ているのは顔だけさ」
蘇野原が大きく息を吐くと、首筋と引き締まった胸板と腹筋から大量の汗が滴り落ちた。
――――――
灯凜があからさまにこちらを見ている。
これに気付いた素振りを見せ、何?と声をかけるのが正解なのだろうか。
明人は答えを分からぬまま、安定の挙動不審な行動をとる。
「ねぇ明人、収穫はあったの?」
机に膝を置き、頬を支える仕草をした灯凜が真っすぐにこちらを見ている。
大きな瞳は、全てを見透かしているようだった。
「え・・?収穫って?」
言葉とは裏腹に、明人の顔は困惑で満ち溢れていた。
「昨日のイベントの話よ。知らないとでも思ってるの?ほら」
灯凜が自身のスマホ画面を明人の目の前に向けると、誰かのSNS投稿の画像の背景に、ぼっちな明人が鮮明に映っていた。眉間に皺を寄せ、スマホを操作している様子だ。
「あぁ、昨日のイベントね。友だち作りのために参加したけど、うまくいかなかったなぁ」
”へへへ”と照れるような仕草をしてなんとかズタボロなメンタルを維持するも、灯凜の表情はなぜか張り詰めている雰囲気だ。
その灯凜の後ろからこちらを見ている大男の表情も、図体に似合わず、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「明人、お前はよく頑張ったよ。お前の良さに気付かない女どもが悪い。ただな、周囲が全くお前の良さに気付いてないわけではないぞ。今はその向けられた愛を、素直に受け取れ」
「え?」
ぴえん顔の2人に見つめられ、明人の脳内は危うくフリーズしかけた。
謎の圧に押し潰されそうになったところで、明人のスマホがまるで急かすように振動し始めた。
机の上で光るスマホに表示された名前を一瞥すると、明人は無の境地に陥った。
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13話終了




