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「明人、今日夕飯はどうする?」
掃除機を止めた喜実代が慌てて玄関に駆け寄った。
何か言いたげな雰囲気で明人をじっと見つめる。
喜実代のその様子から、全てを見透かされた気がして、明人はドキリとした。
「・・・今日は外で食べて来るから、オレの分は準備しなくて大丈夫・・」
切なげな瞳を明人に向けたまま、喜実代はニッコリと頷いた。
江原に話した通り、明人の週末の予定は白紙だった。
白紙だったのだが。
3日前、明人は仕事の帰りに寄ったコンビニに掲示されたポスターの前でふと立ち止まった。
渋谷区のイベントを告知するポスターの色合いに目を奪われ、ついでに『おひとり様は、この機会にぜひ参加者と親睦を深めましょう』のフレーズにも目を奪われた。
入庁以来の自身を振り返る。
平日は職場と自宅の往復で、土日は要人の同伴という謎の勤務がたびたび入る。
何もない土日は寝て過ごしたり、オンラインでゲームをしたり、仕事に必要な知識を得るために勉強したり、リフレッシュがてら、近所をゆっくり散歩して過ごす。
そして最近は、アメリカに拠点を置くマイペース王子の話し相手をすることも多くなった。
社会人として自立し、休暇もしっかりとれているし、特に不満はない。
しかし、明人は気付いたのだ。
異性との交流が全くないことに。
オンラインゲームで繋がる友人たちは、漏れなく全員男である。
職場で灯凜や野希羽、他部署の女性と話す機会はあるが、それはほとんど業務に関する会話である。
キラキラ輝いて見える灯凜や野希羽に対し、間違っても期待してはならない。
期待するだけ虚しくなる。
教室の片隅に存在するような自分に話しかけてくれる、可憐な女性がきっとどこかにいるはずだ。
職場恋愛をして結婚するシミュレーションを、大学時代数え切れないほど行った。
合コンで知り合った、もしくは趣味を通じて知り合った女性とゴールインするというパターンも、もちろんシミュレーション済みだ。
しかし、今の生活のままではそのシミュレーションを実行出来ずに一生を終えることになる。
(これが理想と現実の差なのか?いやいや、就職はクリアしたし、これから次のステップに移ればいいだけだ。まずは再度スキームを見直して・・・)
明人は、江原瑶介に振り回されている場合ではないのだ。
「明人・・頑張ってね」
喜実代が両手でガッツポーズをとった。
こころなしか、喜実代のおでこ付近にうっすらと赤い鉢巻きが見える。
何もかもが恥ずかしいくらい母親へお見通しな倉森明人は、必要以上に詮索を入れてこない母親へ心の中で感謝しつつ、含みを込めた「いってきます」を伝えると、穏やかな青空の下へ飛び出した。
――――――
駅構内を出て大勢の人々が進行する方向へ向かうと、難なく会場へと辿り着いた。
すでに会場内外は賑わっており、広い敷地内は見渡せど老若男女で溢れていた。
ここは駅と駅との間に立地する公園であるため、普段から多くの人と路上ライブで騒がしい公園だが、民間企業と区が提携し開催となったイベント会場内は、視野に納まりきれない程のブースが升目上に立ち並んでいた。
通行人と観光客、そしてイベント目的にやってきた人々でごった返す中、明人は受付に向かってぶつからないよう必死に歩いた。
受付には長蛇の列が出来ており、予想外の参加者数だったのか急遽別テーブルを用意し、新たに受付スペースを3か所設置しようと慌てるスタッフの姿が遠目で確認できた。
そのおかげか、ほぼ立ち止まる事なく受付に辿り着き、参加料の500円を受付で支払うと、イベント用のログインナンバーが付与された。
スマホ等からログイン後、気になるブースや気になる催しをいくつか選択することで、アルゴリズムにより共通の趣味を持った人々のアカウントが表示され、その相手にメッセージを送り意気投合すれば会場内にて落ち合える仕様となっている。
マッチング以外にも、気になるブースの詳細を知り、家族や友人、1人でも楽しむことが出来る。
しかし今日の明人は、マッチング機能を利用し、女性と知り合う目標で頭がいっぱいだった。
自身へミッションが課されたことで、官庁訪問以来の本気モードに切り替わった。
そのせいで、ただ歩いただけなのに明人の心臓から爆音が鳴り響いた。
イベントSNSの簡易プロフィール欄の入力はばっちりだ。
明人は女子受けが比較的良いと想定されるブース付近にて、コメントが届くのを今か今かと待ち望んだ。
明人は心臓の爆音を紛らわすため、ひたすら周囲をキョロキョロと見渡す。
明人的には完璧な下準備だ。
しかし残念なことに、傍から見ると明人の仕草はただの挙動不審にしか映らないことを、当の本人は気付いていなかった。
同年代と思われる集団のグループと1人参加と思われるの男女らが『初めまして』と挨拶を交わす様子を尻目に、明人はいつ訪れるか分からないその瞬間をひたすら待ち続ける。
イベント割で購入したメロンソーダを全て飲み切り、再度イベント割でコーラを購入すると、会話を弾ませるための質問や返事の仕方をひたすら頭の中でシミュレーションした。
そしてあっという間に30分が過ぎた。
明人は周囲の初対面の会話を傍聴し、成功に繋がる秘訣を学ぼうと、神経を集中させた。
そして更に30分が過ぎた。
もう脳内のシミュレーション・イメトレは十分だ。
しかし肝心の実行に至れない。
周囲の会話の傍聴と自問自答の結果、明人は自らオンライン上で声をかける必要があることに気付いた。
さっそくイベントSNSに表示された女性のプロフィールをいくつか閲覧する。
そして、いざ女性へコメントを書き込もうとするも、指がピタッと止まってしまった。
(・・・)
”チキン野郎・明人”は、何とコメントをすべきか皆目見当がつかず、眉間に皺を寄せて考え始めた。
明人の表情は、もはや朗らかな会場の雰囲気とは別次元のものとなり、まるで会場内の負を全て吸収したオメラスの地下牢の有様だった。
コメントに悩んで15分が経過した時だった。
「こんにちは。もう1時間以上ここにいますよね?誰かを待っているんですか?」
女性に声を掛けられ、明人の体中に電気ショックが駆け巡る。
ついに来た。
心臓が口から飛び出しそうになり、震える手に力を込めて、徐に顔を上げる。
すると目の前には、50代くらいの女性が立っていた。その女性は、明人に優しく微笑んだ。
「良かったら独り者同士、会場内を回らない?」
明人の心臓の爆音は、母親のような微笑みに包まれ、徐々に窄んでいった。
――――――
「イズミって呼んでね、明人くん」
イズミと名乗るその女性は、倉森喜実代とどことなく似た雰囲気の持ち主だった。
臆するとこなく質問を投げかけるイズミに対し、明人はその質問1つ1つへ丁寧に返事をした。
ここでシミュレーションが活かされた。
質問内容は、出身や学生なのか、就職しているのか、など安易に回答できるもので、イズミは明人の返事に対して自身の身の上話を重ねて話をし、おかげで無限に会話のキャッチボールが出来た。
つい先ほどまで色んなものを気負っていた明人だが、おしゃべり好きなイズミのおかげで、いつも通りの受け身な姿勢で会話を楽しんでいた。
トキメキは1ミリもないが、その代わり居心地の良さを手に入れることが出来た。
傍から見ると、親子かもしくは年の差カップルに見えるかもしれない。
しかしそんなのどこ吹く風で、高いハードルから解放されて得た安らぎを存分に嚙み締めた。
結局明人は、いつも通り事なきを得そうだが、次に繋がる良い経験だと自身に言い聞かせ、所狭しと並ぶブース通りを2人でのんびり歩いた。
抹茶のブースでは2人で抹茶をたてて和菓子を食べ、ロボットブースでは自身の動きに合わせて可愛い仕草をみせる動物ロボットと交流し、健康に特化したブースでは肌年齢を図り、自分にあった食生活のアドバイスを受けた。
その他にも、短時間でさまざまな体験が出来るイベントに2人はすっかり夢中になり、まるで以前からの友人・知り合いであるかのように会話も弾んだ。
4人1組で参加可能な脱出ゲームのブースでは、少人数同士でチームを組んで参加した。
明人とイズミは20代前半の女性2人とチームとなり、ゲームが始まる前にお互いに自己紹介をした。
しかしチキン明人は、目の前の女性たちを直視して自己紹介することすら出来ず、結局女性たちとまともに会話が出来なかった。
あれだけ脳内でシミュレーションをしたのに、何一つ実行出来ないまま、明人は惨敗に終わった。
平均タイムより1分以上早く脱出できたことに興奮し、イズミが屈託のない笑みで明人へハイタッチを試みるも、明人の顔は強張っていた。
女性2人が立ち去った後も暫くの間呆然と立ち尽くす明人へ、イズミは困った様な笑顔を向けると「少し、一休みしましょう」と声を掛けた。




