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12-4


「ねぇ君、綾ちゃんだよね?」


大型ディスカウントストアに行くためノノと有楽町駅前で待ち合わせをしていた綾は、見知らぬ男に声を掛けられた。

怪訝な表情で綾は男を見返した。


「ほら、僕だよぉ。この前、喫茶店でいっしょにゲームしたヤノっち」

50代後半と思われる『ヤノ』は、ニコニコしながら自身の顔に指さした。

とたんに、綾は全てを思い出し、思わず後ずさりをした。


「あぁ、あの時のヤノ・・さんですね」

綾は声のボリュームを極力落として話返す。


「ねぇ綾ちゃん。この前綾ちゃんと一緒に過ごしてすっごい楽しかったから、また一緒にご飯に行こうよ。ね?」


ヤノの声は周囲の人々の目を奪い、居ても立っても居られなくなった綾は、人通りの少ない場所を目指し足早に歩き始めた。

その後を追うヤノっちの声はますます大きくなり、綾は雑居ビルが立ち並ぶ方向へ走り始めた。


日光が殆ど届かない薄暗いビルの路地裏までなんとか振り切ってこれたのを確認すると、息が整わないまま壁に寄り添い、膝を組むようにして座り込んだ。


静かな時間が流れ、心が落ち着いたところで綾は目を開けた。

「大丈夫?」


目と鼻の先に、ヤノの不敵な笑みがあった。





どれくらい時間が経っただろうか。

薄暗い部屋のカビ臭さで目が覚めた。


「綾ちゃん、目が覚めた?ここね、雑居ビルの今は使っていない一室なんだよ。ちょうどいいところに綾ちゃんが足を進めてくれたから、僕はついてるなって思ったんだぁ」

綾の目にヤノの後ろ姿がぼんやり映る。何かを準備しているようだ。


綾は起き上がろうとするが、インシュロックらしきもので四肢を拘束されて身動きが取れない。

それに、鈍器のようなもので殴られてからの記憶が全く、頭がぼーっとしていた。

(逃げなきゃ・・・)

しかし、どうする事もできず綾の心は不安で覆われた。


「綾ちゃん。この前のスマホゲーム覚えてる?あのゲーム内の広告さ、男心を完全にもて遊んでるよね。ほぼ下着姿の女子高生が映った広告を、クリックしないわけないでしょ。クリックしたとたん野球拳みたいなルールの賭けが始まってさ、そりゃその賭けに参戦しちゃうよ。で、結果、最初に勝ったわけよ。それで、女子高生を更に脱がすため賭けに応じるけど、今度はどんどん負けが増えてさ。そのおかげで、今いくら借金してると思う?700万円だよぉ」

ヤノの灯したロウソクで、部屋にわずかな色見が浮かび上がると、自身が下着姿であることを認識し、ぼんやりしていた頭が急に冴えて思わず泣き叫ぶ。


「だから僕決めたんだ。この借金を、ゲームアプリを紹介した本人で取り返そうって。僕たちの行為を何度も動画に収めて、高額で売り払うんだ。さぁ、ようやく準備が整ったよ。綾ちゃんお待たせ♡」


ベネチアンマスクをした全裸のヤノが綾へ振り向くと、綾はますます泣き叫んだ。


「両サイドは空室で、その隣も空室で、ここは閑古鳥が鳴く雑居ビルだよ。だから綾ちゃんの声は誰にも届かないよ。あ、今は綾ちゃんが鳴いてるね♡」


数台のカメラを三脚に設置すると、ヤノは両手に器具を持って綾へと歩み寄る。

足元のコンセントスイッチに触れ、ベッド上の2人が光に照らされると、網タイツを履いたヤノが綾を挟むようにして覆いかぶさった。


猿ぐつわを綾の口に嵌めると、ヤノは綾の下着を手で引きちぎり始める。

もはや泣く事しかできない綾は、重い身体を左右に微動させ、わずかな抵抗を示した。


ヤノの声と息が綾へ大きくのしかかると、そのタイミングで窓ガラスの割れる音が、薄暗い部屋全体に響いた。


カーテンが風で大きく揺れ動き、汚い空間にネオンの光が差し込んだ。

ネオンの光と共に突如侵入した男はヤノのベネチアンマスクをはぎ取ると、数少ない髪を引っ張り上げてカメラの固定された三脚へと近づいた。


「おいおっさん。あの娘に今後近付いたら、この(つら)を動画配信してやるからな」

一瞬の出来事に頭が追いつかず、硬直しきったヤノの身体と顔は、スマホの動画にしっかり収められた。


男は周辺に落ちていた紐でヤノの手足を拘束後、綾の拘束されたベッドを照らす照明のコンセントスイッチをオフにすると、真っ黒なステンカラーコートを脱いで綾に被せた。


震えが止まらない綾の目に、自身の手足の拘束を無言で解く男の顔は良く映らなかった。

「・・・ありがとうございます・・」

気持ちの整理がつかないまま、様ざまな気遣いをみせてくれた男に向けて、小さく感謝した。


「今、オレの仲間がここに向かっている。そいつは髪を刈り上げているが女だ。安心しろ」


それだけ言うと、男は風通しの良くなった空きテナントの入口付近に立ち、仲間が来るのを静かに待った。



遡ること数十分前—―



いつもとは違う表情で入店した様子が気になり、トオヤはポッキーを3口噛んだところでズカズカと入口に向かった。


「ノノちゃんお帰り。今日は何か様子が変だよ」

トオヤはいつもの余裕めいた声色でノノに話しかけるも、動作は相反するものだった。

ノノは困惑したまま顔を上に向けて、トオヤの目をじっと見た。


「綾ちゃん、来てますか?」

トオヤの笑顔はだんだんと無表情になり、首を振る。


待ち合わせ場所に綾が現れず連絡もとれない旨を伝えると、トオヤは目線を斜め下に向け、数秒間動きを停止させたかと思うと、いきなりノノの手を掴み、奥のスタッフルームへと向かった。

青色に染まる賑やかな店内を颯爽と歩く2人の様子に気付いた数名の従業員とお客は、少し驚いた様子を示すも、何事もなかったかのようにfleur(フルール)の非日常に戻った。


トオヤは更衣室のロッカーからPCを取り出し、高速でタイピングを始める。

ノノはトオヤの行動に唖然としていたが、ようやく我に帰り、トオヤの行動を問いただすも、トオヤは黙ったままPCに向き合う。


スタッフルームを訪れてから数分後、トオヤがようやくノノにPCを向けた。

そこには、幾多の防犯カメラの映像が映っている。

「え?」

ノノの口から、間の抜けた声が漏れた。


防犯カメラの映像は、綾がおじさんに追いかけられ、雑居ビルまで辿り着いた様子だ。

その映像から綾の事態を掴めたところでノノが顔を上げると、トオヤがスマホで誰かと話し始めた。


()()()が雑居ビル付近でさっき拉致られた。雑居ビル辺りの防犯映像に映り込みがないから、おそらく雑居ビル内にいると思うが、どこか想定できる場所はあるか?場所は中央区京端〇〇丁目〇辺りだ」


またもやノノの頭が混乱する。





「わかった・・。少し待て」

マイロはそう答えると、目の前の席で残務をこなす部下をじっと見た。


「明人。野希羽を思い出せ」

「はっ・・えぇ?!」

相変わらずの無茶ぶりに、明人は混乱しつつなぜか照れた様子だ。


マイロが可否を述べさせないオーラで貧弱系男子・倉森明人を見つめると、明人は上司に背を向けて首藤野希羽の顔を思い浮かべた。


つい最近、机に突っ伏した様子に可愛らしいなと心の内で密かに思っていたことを、鷹の目に見破られた気がしてまたもや赤くなるが、そんなどうでもいいエピソードをよそに、明人を突然の眩暈が襲った。

可愛い天使の映像とは真逆の映像が、突如明人の脳裏に浮かぶ。


「どうだ?」

いつの間にか真正面に立つ上司に驚きつつも、コクンと頷いた。


「薄暗い部屋におじさんと若い女性が・・・」

「周囲の様子は?」

「窓からパンダマークの雀荘とカラオケ店の看板が見えましたが、おじさんがカーテンを閉めました」

「よくやった」


マイロは明人の髪をクシャクシャに撫でると、足早に事務局から出て行った。





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