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12-3


妙にどーしても行きたいと懇願されたので、ケイは乗り気ではないまま仕方なく来店したが、やはり来なければ良かったと後悔した。


妙の目がここまでキラキラする(さま)を見たのは初めてだ。

そのおかげで、彼氏のプライドはズタズタだ。


悪い一面ばかりが目立つメンズコンセプトカフェの起死回生を狙った深夜番組を、妙がたまたま風呂上がりに観たことをきっかけに、ケイは未知なる世界に足を踏み入れるはめになった。


悲しいかな、なかなかのイケメン揃いの店ではある。

いや、ケイ目線で言わせてもらうと、女性よりも美容や身だしなみに気を遣う()()()()した見た目の、野郎の集団である。

妙の楽しそうにはしゃぐ姿も相まって、ケイの目には『貧弱系男子』にしか映らなかった。


「お嬢さん。こちらの紅茶、熱くなっておりますので気を付けてお召し上がりください。僕が少しフーフーして冷ましておきますね」

「なっ」

ケイの目が怒りに満ちる。


「お願いしまーーーす♡」

まるで彼氏などこの世には存在しないかのような妙の態度に、ケイは冷ややかな気持ちになる。浮気現場を見せつけられているかのようだ。

なぜこの場に、俺を誘ったんだ・・・。


やるせない憤りを押し殺すかのように、ケイは運ばれてきたアツアツの紅茶を一気飲みした。

舌を軽く火傷したが、そんな素振りを一切見せずに、謎の男気を貫き通した。


『お嬢様』の魔法に掛かった妙は、メンズコンセプトカフェには一生縁の無かったであろう彼氏の存在を無視して『貧弱系男子』に首ったけだ。

ケイはいつか見た、某チャラ男議員に群がる女子高生の姿を思い出し、目の前の盲目な彼女がその女子高生と何ら変わらない生き物であることに気付き、深く肩を落とす。

(こんな()()()()した頼りない野郎のどこが良いんだよ・・・)


目の前の花園空間を尻目に、ケイは『貧弱系男子』が運んできたチーズケーキをガブっといく。

(・・・うん、まぁ普通に・・・いやめっちゃうまいな、このケーキ・・)

「そのチーズケーキ、近所にある洋菓子店『マロンナパティシエール』のケーキなんです。fleur(フルール)専用に、少しアレンジしてもらっているんですよ。ご主人、僕が残りのチーズケーキを”あーん”してあげましょうか?」


ケイが誤嚥しそうになり咳き込むと、妙が背中をトントン叩き、ケイにさんざん罵倒された『貧弱系男子』の久野セキレイがとっさにハンカチを手渡した。


ケイは一層ばつが悪くなり、たまらず遠くに目をやった。

すると、奥にあるカウンター席に、いつも目にする後ろ姿があった。

どう考えても、ここで遭遇する人物とは思えないため自身の目を一瞬疑うも、視力2.0の空挺レンジャー隊の目に狂いはなかった。



「ノノも、トオヤさん指名してポッキーやりなよぉ」

「うーん、そうだね。やっちゃおうかなー」

1杯目のジュースを飲みながら、2人は次の飲み物と併せてフードの選択に悩んでいた。

「ねぇ綾、ポッキーなんだけどさ・・・・結構な値段するよね・・・」

「え?そうだっけ?」

「だってほら、見て。10,000円だよ・・。綾、この前3回ポッキー注文してたよね」

「う、うん。そうだけど・・」

綾は少し気まずそうにすると、寄り添うように密着していた肌を、ノノから少し離した。


「おい、野希羽」

ノノは、USアーミーを彷彿させる顔つきに筋骨隆々な身体を持ち合わせた巨漢の存在に気が付くと、一瞬にして身体が硬直し動けなくなった。

巨漢に再び声を掛けられ肩に手を置かれたノノは、たまらずにお手洗い方面に早足で向かう。

巨漢は頭に『?』を浮かべながらその後を追った。



「おい、野希・・」

「ケイ―!ここでは私、ノノで通しているの。それに、みんなにはここへ通っていることを黙っていて欲しいの、ね?あんまり皆に知られたくないんだ・・・」

ノノ改め野希羽は、必死にぴえん顔でケイに訴える。

職場では見ることのない豊かな表情にビビりつつ、ケイは顔をしっかりと盾に振った。


「あぁ、もちろんだ()()。まぁでも、職場で疲れた様子だったから心配したけど、趣味で発散できているみたいで安心だな。それに、なよな・・イケメンカフェの趣味だって、今どき普通だしな。推し活だろ?」

ケイはなぜか得意げに話し始めた。


「陽臣や猪山副班長、それから江原さんの性的指向も、別に今どき珍しいもんじゃないし、多様性は尊重しないとな。野希羽の趣味や価値観だって、誰かにとやかく言われるものじゃないし、俺は応援してるよ。ま、あまり派手に金は使わないように気を付けろよ」

ケイは野希羽の意見を一言も聞く事なく、気色悪いウィンクに親指を立てて、その場を去って行った。



「さっきの人、知り合いなの?」

カウンター席に戻ったノノに向けて、綾が質問を投げかける。

「うん、遠い親戚なんだけど昭和のおっさん気質で、人によく変なあだ名とか付けるんだよねー」

「あー、だからノノのことノキハって呼んでたんだー」

ノノは何度も頷くと、オレンジに輝くグラスの飲み物を一気に飲み干した。




――――――


大きめのマグカップから立ち昇る湯気とハーブティーに歪んで映る天井の景色を、何も考えずに暫く眺めていると肩にポンと手が置かれて、蘭丸が隣に座った。


「お疲れトオヤ。今日結構指名入ってたね」

「いいえ、蘭丸さんに比べたら僕なんてまだまだです」

トオヤが謙虚に顔の前で手を振ってみせた。


蘭丸は電子タバコを吸いながら、”いろんなハーブとスパイスが入ったシップ味の炭酸飲料“を飲み始めた。これが蘭丸の閉店後の日課だ。

「蘭丸さん、最近綾ちゃんの来店が多くなって、これまで以上に蘭丸さんに指名入れてますよね」

「あぁ、綾ちゃんね。綾ちゃん、すっげぇチェキしてくれるし、グッズも購入してくれるんだよねー。そのおかげで、今月の売り上げは先月の1.5倍以上いきそうなんだけどさ」

蘭丸はメンズコンセプトカフェ歴1年3か月で、フルールにてメキメキと力を付けてきたが、今月ついに売り上げでトップに君臨するところまできている。


「まぁトップうんぬんは俺的にどーも良くて。でも、トップになれば知名度も上がるし、やっぱお客さんを呼び寄せるためにはトップになるのって大事だよなぁ」

タバコの煙が、唇の形に合わせて動きを成す。

今日の蘭丸はどことなくホワンとしている。おそらくいつも以上にたくさん提供されたキャストドリンクのアルコールが、まだ多く体内に残っているのだろう。


「綾ちゃん、ついに売掛(うりかけ)、っすか」

トオヤの目に、うっすらと笑みを浮かべた蘭丸の横顔が映る。


「綾ちゃん俺に首ったけだからねー。風俗で稼いでもらうのはなんか可哀そうだし、綾ちゃんトーク上手いからさ、おっさんと食事する程度で稼ぐ方法を勧めたよ」

「その程度で売掛返せるんですか?」

「んーまぁ綾ちゃん可愛いし、これからも宜しくの意味を込めて、ツケの2割は俺が奢ってあげて、ソフトなパパ活を勧めたわけよ。その代わり、そのソフトなパパ活でおっさんと俺の自作アプリでゲームをするのが条件なんだけどね」

「ゲーム?」

マグカップのハーブティーを一口飲んだトオヤが顔を傾ける。


以前から、尊敬の眼差しで自身を見ていたことを知っていた蘭丸は、トオヤが弟のように可愛く思えるのか、まるで兄貴のように優しく振る舞っていた。

そんなトオヤが崇拝する兄に対し質問攻めをするものだから、蘭丸はついつい得意げに話しをしてしまう。

まるで自身がホストにもてなしを受ける気分だ。

蘭丸は意気揚々に足を組むとソファにのけ反り、タバコの煙をゆっくりと吐いた。


「誰でも楽しめるゲームさ。オセロやトランプ、ウノ・・。トオヤ、もしお前が自分を指名する客・・例えばノノちゃんとかだな。支払い額が高額になった際は、俺のアプリでおっさんらと遊ぶように話を持ち掛けろ。おっさんらがアプリで遊んだ形跡が確認できたら、お前へ5万の報酬をやるよ」

「え、何すかその飯うまな話。本当にいいんすか。さっそく勧めますよ」

お酒が回ってトロンとする蘭丸へ、トオヤが前のめりになった。


「あぁ、じゃあ今そのアプリ送るから、売掛になったタイミングでノノちゃんに伝えろよ」

「あざーす」


トオヤの美声は、普段よりも低音ボイスで蘭丸の耳に響いた。



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