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観客席へと突出した舞台真ん中を歩き始めたところで、紀桝桜子の目に花火が映った。
立ち見客のエリアの数か所から、ロケット花火のような火花が次々と上がる。
桜子は観客らのすぐ側で上がるその様子から、大胆な手法だなと思いつつ、桜子のためにパパがサプライズで行った演出かもしれないと考え、鼻を高くしてランウェイ真ん中を闊歩する。
10歩ほど歩いた後、多くの観客らが桜子に注目していない様子に気付く。
妙に派手な花火が悪目立ちし、なんなら観客らは桜子そっちのけで花火に目を奪われているのではないか?と思い始め、ランウェイ後にパパを怒ってやろうとイライラが募ってきたが、輝かしいスポットライトを全身に浴びたところで、”可憐な桜子スマイル”をお披露目した。
(どう?上原さん、私キレイ?)
桜子はこれまで華やかなランウェイを歩くため講師からみっちりと指導を受けてきたが、それを少し自己流にアレンジした”セクシーウォーキング~桜子Ver~”で、腰を振るように歩いた。
(上原さん、私だけを見て♡)
桜子ワールド全開に舞台真ん中を闊歩するも、やはりどうも周囲の様子がおかしい。
桜子を見ずに、会場の出入口を目指す人々の様子が見受けられる。
「え、何?どういう事?」
足を止めた桜子は、ようやく会場内が異様な空気に包まれていることに気づき、とっさに上原の方を向いた。
すると、2人組の男が父親たちの座る席に足早に向かうところだった。
数メートルの距離まで近づくと、2人組は上原たちにナイフを向けた。
「!?」
桜子は混乱で頭の中が真っ白になり、その場で崩れ落ちた。
上原は戸出大臣、服部氏、紀桝官房長の後を追う2人組の間に立ち、大臣らに奥へ逃げるよう誘導する。
その途中、1人逆方面へと紀桝が足を進めると、2人組の男は紀桝の後を追いかけた。
「パパ逃げて!!」
桜子は悲鳴を上げ震え始めた。
「ようやく恨みを晴らす日が来た」
「おい紀桝、覚悟しろ!」
2人組は逃げる紀桝亨に向けて力強く叫んだ。
「なぁ紀桝、お前が惨殺されるところを、舞台の上にいるお前の娘に見届けてもらうぞ」
廣木は、舞台上で震えながらこちらを見ている桜子を一瞥した。
「お前たち、一体誰なんだ!?」
とうとう壁に追い込まれた亨は、震えながら問いかけた。
「はっ。お前にとって俺たちは、名も知らない赤の他人だよな。でもな、これだけは死ぬ前に覚えておけ・・・。お前の娘は、俺たちの娘を殺したんだよ!!」
南林の目は血走り、ナイフを持つ手に一層力が入る。
「死ね!紀桝!!」
ナイフを振り下ろす体勢を取り、一歩を踏み出した南林だったが、その背後を巨漢に拘束されると、中肉中背の南林はあっけなくその場に倒れ込んだ。
「くっそぉ・・!」
ケイによりあっけなく南林が拘束されたが、そのタイミングとほぼ同時に廣木が紀桝亨に向けて走り出した。
紀桝亨は、自身の1.5倍程ある筋肉質で厚みのある廣木に圧倒され、最期を覚悟し目を瞑った。
桜子の悲鳴が再び舞台に響く。
数秒後、廣木の悲鳴とドスンと鈍い音が紀桝亨の耳に入った。
目を開けると、そこには床で大の字にのびる廣木の姿と、廣木を背負って投げた聖沢マイロが無表情で立っていた。
「さ、さすが班長・・」
華麗なる上司の腕裁きを終始を見ていた灯凜は、無意識のうちに小さく拍手をしていた。
その光景は、昨夜灯凜を悶えさせた” イケメン上司 ジュンヒョク ”のデジャヴだった。
ケイの一瞬で南林を押さえつける格闘技もさることながら、一撃で相手のナイフを床下へ解放させ、向って来る相手をいとも容易く投げ倒す姿は、灯凜の中のジュンヒョクを優に超えていた。
一瞬の出来事にポカンとしていた灯凜だったが、再び不穏な影が現れた。
その影は、舞台上で座り込む桜子へと向かった。
目を凝らすと、そこにはいつの間にか舞台へ登壇した桃色ワンピースの夫人だった。
手を後ろに隠す様子に、灯凜は警戒の声を漏らす。
「夫人!」
先ほどまで優しく微笑んでいた夫人の表情はどこにもなく、代わりに殺意に満ちていた。
灯凜の声と同時に、明人は舞台へと向かった。
自身の意思とは全く相反し、足は舞台へ迷うことなく向かう。
にわかに訪れた頭痛に耐えながら、明人は夫人の至近距離まで到達した。
意識は朦朧としているが、足取りはしっかりしている。
「吉見千鶴子さん」
「えっ」
夫人は困惑した表情で舞台下の明人を見下ろした。
紀桝夫人改め、吉見千鶴子は桜子まであと数歩の場所にいるが、明人に本名を呼ばれたため思わず立ち止った。
想定外の出来事で吉見千鶴子は一瞬怯む様子をみせたが、自身を鼓舞するかのように拳を握ると、立ち上がる事のできない桜子の首元にナイフを添えた。
「待って!」
明人が叫ぶも、もはや覚悟を決めた吉見千鶴子の表情に変化はない。
あまりの激痛に下を向いた明人だったが、必死に耐えると、真っすぐに吉見千鶴子を見た。
「たった今、吉見藍さんが目を覚ましました・・」
吉見千鶴子の目が見開く。
突然震え出すと、その手からナイフが落ちた。
とたんに、明人の顔は涙で溢れ返った。
「ようやく、藍さんがこの世界に戻ってきましたよ・・」
「ねぇ、それ本当・・?」
明人を疑いつつも、吉見千鶴子はその言葉を信じたいのか、歯を食いしばりながら笑顔を見せた。
明人は、コクンと力強く頷いてみせる。
吉見千鶴子の顔に、優しい笑顔が戻った。
しかし、それとほぼ同時に吉見千鶴子の胸元に銃の弾が直撃すると、その場に倒れこんだ。
発砲した警察がその場から離れるように明人に声をかけるも、明人は黙ったまま、横たわる吉見千鶴子の姿を眺めていた。
紀桝亨は壁にもたれ掛かるとスルスルと床へ落ちた。
灯凜はどこからか持って来た粘着テープをマイロに向けて投げると片手で受け止め、廣木の両手首をグルグルに巻き始めた。
「・・・すまない、助かった・・」
紀桝亨の声に反応することなく数秒で両手を縛りあげると、マイロはガムテープをケイに向けて投げた。




