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11-4


紀桝桜子はプライバシーガラス越しに会場内を見渡すと、わずか数秒で上原陽臣とその隣にいる父親の姿をキャッチした。


陽臣と亨は、楽し気に何かの話しをしているようだ。

亨がオーバーリアクションで陽臣に何か語り掛けると、陽臣は終始笑顔を絶やさずそれに答えている。

「もぉ、パパったら、桜子の知らないところで何を話してるの?」

未来の旦那が義父との付き合いに苦戦しつつも懸命に応えている姿を想像した桜子は、思わず顔がニヤける。

桜子は祈るような仕草で陽臣の動作一つひとつに首ったけだった。


「桜子さん、まもなく舞台裏に移動しますので準備お願いします」

桜子の所属する芸能事務所のマネージャーが桜子に声をかける。

「はぁい。もう準備は出来ているから、もう少しだけ待って」

振り向かずにマネージャーに伝えると、桜子は陽臣の周囲に目を向けた。


大臣と先生の右側に陣取る亨と陽臣、そして大臣のすぐ右側には、筋骨隆々とした背丈が2メートルくらいある男性、そしてその男性とは対照的な、線の細いか弱そうな男性が立っている。

その一行の前には艶髪を纏った男性が見えるが、桜子に背を向ける形で立っているため顔までは確認ができないが、おそらく同行者の一人だろうと認識した。


一行から少し離れた後ろの位置で、凛とした面持ちで立つ女性に視線を向ける。

すると桜子は、少し不機嫌な気持ちに襲われた。


その女性は黒いスーツにメイクは自然体で、シンプルないで立ちではあるが、なぜだか周囲のどの女性より目を引く。

桜子スコープの倍率を上げて何度も確認した結果、目力のある美しい女性で間違いないことが判明した。


陽臣たちと同じくスーツを身に纏い、席には座らず固めの表情で周囲を警戒している様子から、陽臣の仲間だろうと安易に推測ができた。

桜子の機嫌がますます悪くなる。

ランウェイを目前にして桜子の眉間に皺が寄り、心の中が嵐で吹き荒れそうになる。


桜子は嫉妬で心が満たされると、嫉妬の原因となる人物に対して傷つくような言葉を浴びせるなどして、容赦なく攻撃してきた。

自分が1番であると誇示するため、相手がコテンパンのメンタルになるまで痛めつける。そうでないと桜子の自尊心が許さなかった。


(なにあの女、上原君に媚でも売る気なら、立ち直れなくなるまで痛めつけてやるんだから)

ジェルネイルの施された人口爪で、自身の手の甲を強く突き刺す。


すると、その凜と姿勢よく立つスーツ姿の女性へ、上品な桃色のワンピースを着こなした女性が声を掛けてきた。

凛としたスーツ姿の女性は、声を掛けてきた女性に謝罪するような様子をみせつつ、笑顔で応えかけた。

その笑顔は取り繕う気配はなく、それでも凛とした美しさを引き立てる要素を秘めており、ランウェイの注目を一身に浴びたい桜子の機嫌を更に不快なものにした。

突如現れた見知らぬ人物に対する嫉妬心で埋め尽くされた桜子の心持ちは、いつの間にか顔にまで表れた。


「さくら・・こさん、そろそろ行きましょう」

般若顔に怯んだマネージャーが思わず声を詰まらせる。


「はぁい、いま行きまーす」

いつもの調子に顔・声色を整えると、部屋に備え付けの大きな鏡で『可憐な桜子』を入念にチェックし、ランウェイ会場へと向かった。




―――――――


DJが会場を盛り上げるトランスを披露すると、舞台の奥から着飾った男女が大勢の観客を目指し歩き始めた。トランスに負けない歓声が会場を包み込み、モデルたちの表情が一層豊かになる。


有名人に疎い明人でも分かるようなレベルの若手俳優やユーチューバー、インフルエンサー、更には実業家までがランウェイを闊歩し始めた。

モデルや芸能人以外の著名人は自身の個性を表現する独特なファッションに身を包み、普段のラフな格好で登場する人々も見受けられ、ファッションの垣根を超えたイベントに会場は大いに盛り上がる。


この自由な舞台にサプライズで江原瑶介が登場し、こちらに向けて手を振ってくるんじゃないか、と明人はふと思った。

例えそれが実現しても、今それをふと想像したので、想定内の行動に該当するためサプライズではないな、と業務そっちのけで日本一どうでもいいことを想像してしまい、明人はなんとか笑いを堪える。


「明人」


班長の呼ぶ声で、明人の背筋が瞬く間に伸びた。

自身の頭の中が露呈した気分になり、怯えた表情で班長の方を見ると「何考えているんだ?」と物言いたげな顔つきで明人を手招きした。


「見ての通り、陽臣は官房長らの側から離れられない。今日、陽臣はいないものと考えて行動しろ」

和気あいあいと雑談する官房長や大臣らの方向に向かって、班長が顔をクイと動かす。


明人はこくんと頷き、元の立ち位置へ戻ろうとしたが、目の前の班長が明人を直視したまま動かないため、明人は「何か?」と顔を傾ける仕草をとった。


「今日は調子いいのか?」

「あ、そうですね。今のところ頭痛は全くありません。いつも心配ばかりかけてすみません」

「調子良いならそれで良いが、今日は俺の方が何かある気がしてならないんだ」

「え?班長もそんな予兆とか感じられるんですか?」

「お前ほどの勘はないが、いつも以上に周囲に警戒した方が良いだろう」


”お前ほど勘はない”と述べたが、聖沢舞郎のこれまでの超人的な活躍と抜群の身体能力を勘案してみると、自身の予兆など比にならないくらい信憑性があるのではと思い、本日もまたいつもの如く“イベント”が舞い込むのではないかと、明人まで次第にハラハラしてきた。


「班長・・・俺はどうすれば・・」

「余計なことを考えず、周囲に目を向けろ」


至極全うな指摘をされ、絞り出すような声で「了解しました」と答えた。




――――――


舞台の前半が終了し、20分の小休憩に入った。

後半が始まった頃合いでお手洗いに行こうと決めた灯凜が、仲間へ少しの間持ち場を離れる旨伝えようとした時だった。

自身の目の前に座る、桃色ワンピース着た夫人の目から大粒の涙が溢れ出ていることに気付いた。

心なしか少し震えているようにも感じる。

「紀桝さん・・大丈夫ですか?」


灯凜は具合でも悪くしたのかと思い、かがんで夫人に寄り添った。

「富岡さん。お恥ずかしいところをお見せしましたね。あんなに幼かった娘が間もなくこの晴れ舞台に姿を見せると思うと、感極まっちゃって・・・。」

「そうだったんですね。体調を崩されたのかと思い、心配しましたよ」

灯凜があっけらかんと笑って安堵する表情をみせた。


「ふふ。実は富岡さんと出会えたことにも、感動するくらい嬉しく思っているのよ。あなたを見ていると、何だか私の心がくすぐったい気持ちになるの。何だろうこの感じ・・小・中学校時代の、娘の姿を思い出すわ」

遠くを見つめる夫人の様子を、灯凜はじっと見つめる。


「こんなに娘想いな母親に育てられた娘さんが、なんだか羨ましいです。私も娘さんのランウェイ姿、仕事に支障がでない範囲で見ていますね」

「ええ・・ありがとう・・」

夫人の気品に満ちた笑顔を見たところで、灯凜は立ち上がり持ち場へと戻った。



小休憩が終わり、後半の舞台がスタートした。

ストリートダンスをバックに、モデルたちが堂々とランウェイを歩く。

灯凜もいつの間にか舞台のパフォーマンスに気を取られていた。

不審者がいないか周囲に目を配る必要があるが、灯凜たちの守備範囲は招待客のエリアでゆったりとしたシートが設けられ、席を立つようならすぐさま目に入る場所だ。

不審者がいないか周囲を見張るというよりも、お手洗いの場所やその他運営に関する事を尋ねられることが多く、会場内のスタッフと何ら変わらない動きをしていた。


(大学の時、確かこんなアルバイトやったっけ・・・)

イベントの単発アルバイト風景が脳裏をよぎり、国家公務員の仕事でまさかデジャヴするとは思わず、小さくため息がもれた。



その時。


灯凜たちのいる招待客席よりだいぶ遠くの方から、突拍子に花火のような物が上がった。

「?」

灯凜ともどもパフォーマンスの一部かと思いそれを見ていたが、多くの立ち見客の方面からランダムに花火らしきものがあがり、立ち見客の方面からだんだんと悲鳴が上がる。

舞台上を歩くモデルたちの足が止まり、困惑する事態となる。

もはや舞台どころではない騒ぎとなり、会場内にどよめきが走る。

少数だが出入口を目指し小走りする者が出てきた。


招待客席の周囲もざわつき始め、席を立つ者が現れた。

班長や明人、ケイが招待客らに落ち着くよう声を大にして説得に取り組むも、集団心理に飲まれた人々の耳にその声は届かず、我先にと出入口を目指し始める。


灯凜も落ち着くように説得を試みるが声は届かず、込み合った通路の端に追いやられる。

よろけた灯凜は体勢を何とか維持し、顔を前に向けた。

すると、大勢の流れから逆流するかのような2人組の姿を捉えた。

急ぐ人々とはまるで別世界の人間のように、ゆっくりと舞台奥方面へと向かう。

「え?」

灯凜の口から思わず声が漏れる。

わずか数十秒で変わり果てた会場の混沌とした様子に心が追いつかないまま、更に追い打ちをかけるような場面に出くわした感覚に陥る。


2人組が目指す方向は、陽臣がなんとか(なだ)めて座らせていた戸出大臣・服部氏・紀桝亨の佇む席だった。




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