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10-5

※10-5話は、一部グロテスクなシーンがありますのでご注意ください※



飯田は廃屋と化した工場へ辿り着いた。

周囲は草や木で鬱蒼としており、辺りには人の気配が全くなかった。

フェンスを通り抜けて、侵入できそうな扉とや窓を探すと、工場の中から機械的な音がする事に気付いた。


間違いなく誰かいる。

飯田は今さら一人で来た事を後悔した。


音の方へ近づくと、何やら音楽も聞こえる。ラップ調のミュージックのようだ。

出来るだけ音から遠い方の侵入口を探し歩き、施錠の解除された裏口らしき扉に辿り着いた。

錆びたドアノブを静かに回し開ける。


覗くように中を見渡すと、無人の事務室だった。

飯田は事務室に侵入し、工場内に通じるドアをゆっくりと開けた。


その瞬間、飯田は目を見開き思考が停止した。

飯田の目に映る光景があまりにも残酷で、その場で身動きが取れなくなってしまった。



飯田の目の先に、鰺坂の生首が横たわる。


鰺坂の首の側では数人の外国籍らしき男が、鰺坂の胴体を解体しているところだった。

音楽に合わせてリズムをとりながら、電動のこぎりを動かしている男もいる。

飯田の手からドアノブが離れると、ドアが全開に開いた。


ドアの開放と同時に、飯田の鼻を異様な臭いが襲う。

腰まで伸びたドレッドヘアの男が、飯田の方へ振り向いた。


「あれぇ?ココマルのお客さんじゃないっすかぁ」


ドレッドヘアの男の目は血走り、動きはどこか不自然だ。

その男が長い髪を揺らして飯田へゆっくりと近づいて来ると、強烈な臭いが飯田の鼻を刺激した。


工場内は麻薬の臭いとその他の臭いで満たされていた。

ドレッドヘアの男がニタニタ笑うと、よだれが垂れた。


「俺たちの事、コイツと三村って奴と一緒に追ってたんっすか?というか、よくこのアジトに辿り着けましたね。もしかして、モフロホバの人間から聞いたんすか?それとも()()()を手に入れて、あの本の数字からモフロホバ人が嫌いな数字を引いてここの座標を導き出したとか?だとすると、優秀っすねぇ。あの本は、()()を買いたいモフロホバ人のための本だったんすよ。そうやってオレたちと関係のない人間がブツの売買に片足を突っ込むから、その責任をとってもらうために西村を海に埋めたんすよー。あーもう、せっかくアイツを立派な売人に育てあげようとしたのに。これ以上外部の人間に探り入れられると困るので、戒めにコイツの首を公衆の場に晒すつもりなんすけど、ついでにお客さんもバラして晒しちゃいますね」


飯田は膝から崩れ落ちた。

飯田の発狂じみた声が工場内に響き渡る。

その様子を満面の笑みで見ているドレッドヘアの男の口元を、再びよだれがつたう。


「あーー、いっすねぇ。その叫び声。興奮しますわぁ・・」

ドレッドヘアの男は、嬉々とした表情で飯田を見下ろす。


「コイツ死ぬ前に、麻薬の臭いで鼻がもげそうって悪態をついたので、鼻へし折ってやったんすよぉ。最期に嗅ぎたいにおいは何かって尋ねたら、笑いながら「先輩の匂い」って。もしかして、お客さんがその先輩?」

ドレッドヘアの男はのこぎりで鰺坂の頭部を指示すと、気持ち良さそうに高笑いした。


「ほらぁ。もっと叫んで、叫んでくださいよぉ。じっくり(なぶ)ってあげますからぁ」


乱雑に置かれた鯵坂の頭部から目が離せない飯田は、嗚咽と涙で溢れた。

これまで培ってきた精神と正義感が一気に崩れ落ちる感覚と無念に満たされ、飯田はひたすら叫んだ。




どれくらい叫んでいただろうか。

涙で視界が淀む飯田の目に、鯵坂の解体をしている外国籍らしき男3人が次々と倒れていく様子が映った。

3人とも額から血が流れている。


その光景に、飯田は我に帰った。


その他のイカれた男たちも次々と倒れていく。先ほどの3人と同様に、額から血が流れて辺りの床を赤く染める。

ドレッドヘアの男は困惑の表情で身を隠すため走り出そうとするが、他の男たちと同様に、額を撃ち抜かれ、あっさりとその場で倒れた。


あっという間の出来事に飯田は瞬きを忘れていた。


最後に、爆音のスピーカーが撃ち抜かれると工場内は一気に静まり、背後からゆっくりと足音が近づいてくる。

飯田は振り返る気力もなく、ただ一点だけを見つめていた。

足音が自身の目の前で立ち止まると、飯田はわずかな余力で顔を上げる。


「あ・・・」


飯田は、自身の中の蟠りが解けていく感覚に陥った。

全て仮定ではあるが、それだと納得がいく。


政府が優秀な人材を側に配置するのは、おそらく政府組織に危険が迫っているからだ。

そしてその危険とは、特殊作戦群の優秀な隊員を、側に置かなければならないほどのレベルのものだろう―――


飯田はこれまでの疑問が目の前に立つ人物を目視した事で払拭できたが、この数分で多くのショックを受けたせいで立ち上がる気力も、言葉を発する気力もなかった。


飯田は再び無表情のまま思考を停止させた。


「おい、いつまでそうやっているんだ。戦場でそんな様子だったら、お前のせいで仲間が犠牲になるぞ。お前が犠牲になるのはいい。でも、仲間や他の命を救うまでは戦うんだ。それがお前の仕事だろ」


鷹の目は鋭く、相変わらず言葉に抑揚はなく無機質だ。

鰺坂の悲惨な死を目の当たりにして言うには不相応の言葉である。

しかし、飯田は人々の命を守る自衛隊である。


飯田の心に、マイロの言葉が突き刺さる。


これまで何度も挫折しそうになった。

その度に、麗奈を始め、多くに人に支えられてきた。


「立て。お前には、やるべき事が山ほどある」


飯田の目に、怒りに近い涙が込み上げる。

眉間に皺を寄せ、赤くなった顔に血管が浮き出し、拳を力強く握った。


鰺坂とのこれまでの日々が頭に浮かび上がると、悲しみを怒りに代えて、飯田は再び叫んだ。



------


公安1課所属の蘇野原(そのはら)幸助(こうすけ)は曇り空に顔を向けると、深いため息をついた。

少しぬるくなったホットコーヒーを喉に流し込むと、隣で猫をじっと見つめているマイロの方を見た。


2人は駅から歩いて10分程の公園にいた。

すぐ近くには大型複合施設の入るオフィスビルがそびえ立つが、この猫だらけの公園には、子連れファミリーより中高年の男性の割合が多く、2人はお互いの事件がひと段落すると、ここで一息つくのがお決まりだ。


「あのなぁ、藤田まで殺すことなかっただろう」


外国籍の男17人を含め、その場にいたリーダー格であるドレッドヘアの男”藤田(ふじた)正敏(ただとし)”は、全員が額を撃たれ、駆け付けた公安1課によってその場で死亡が確認された。


ドレッドヘアの男らのグループは、麻薬の密輸売買を担っていた組織の端くれだった。

この麻薬組織には蘇野原たちが数年前から目を付けており、1年ほど前から麻薬とは無縁の市民に被害を及ぼすようになったため、蘇野原たちは本腰を入れて組織の一掃を目論んでいた。


「行き場のない西村を麻薬の売人に育て上げようとしていたところを三村が阻止に入り、麻薬組織の詳細が公になるのを恐れた藤田が2人を殺害して、さらに鰺坂を惨殺して公衆に晒し、これ以上組織を詮索するなと警告するつもりだった事は、藤田の仲間である浅井の事情聴取から知り得たが」


蘇野原が腕を組み、呆れた目でマイロを見ると、マイロは瞬時に目を逸らし、軽くため息をついてみせた。


「事件直後に、現場近くにいた浅井を取り押さえる事が出来たから組織の詳細を知る事が出来たが、もし浅井が工場内にいたら、間違いなくお前に額を撃ち抜かれて殺されていただろうな。もしそうなっていたら、組織の跡を追う事が出来なかったかもしれないんだぞ。お前も虎次郎を通じて、組織の実態については把握しているだろう。あまり無茶はするなよ」


虎次郎は公安1課に所属する蘇野原の部下で、現在オネェバーに潜入して組織のトップを追っている。

公安の取り扱う業務や捜査はもちろん内部機密であるが、マイロは捜査協力者であるため、ある程度麻薬組織に関する情報を持っていた。


「今回の端くれたちの死亡については公表していない。麻薬組織の上層部は、対立する麻薬組織にやられたと躍起になっているだろう。麻薬組織がお前に辿り着くことはまずない。だが、お前が組織について情報を持っている限り、決して安全圏にいるわけではない。気を付けろよ」


「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」


2人は暫くの間言葉を交えず、足元の三毛猫へ目を向けた。



------


暖かい日差しが地上を優しく照りつけるが、海からやってくる風は想像以上に冷たく、飯田は厚手のダウンジャケットを着てこなかった事を少しだけ後悔した。

あの事件から2か月以上が経ち、飯田はようやく鰺坂の眠る墓へ足を運ぶ事ができた。


風が強いため、手向けた菊の上に近くで拾った握りこぶしくらいの大きさの石を重石として置き、そして菊の花の下に、鶴月の海老せんべい何袋かを挟むようにして置いた。

麗奈は黙ってその様子を後ろで見ているが、飯田は鶴月の海老せんべいを選んだ理由を話すほど心にゆとりは無く、お喋りな飯田は終始無言でお供えをした。


麗奈の目に映る飯田の後ろ姿は、2か月前よりだいぶ痩せて、心なしか覇気も薄れて見えた。

この数分の間に見た後ろ姿だけでは、飯田だと判別できない程だ。


飯田が静かに手を合わせると、麗奈もそれに倣い、手を合わせて目を閉じた。


「先輩。少しお話があります」


飯田のかすれた声が、麗奈に心の覚悟を決めさせた。

これまで近くで支えてきた後輩が、今では支える側の人間となり、部隊のために励んできた事実を知っているだけあり、飯田のこれから告げようとする言葉に、責任ある返事をしなければと構える。


飯田はもう十分やってきた。

彼なら、彼の心が落ち着いた頃に、また新たなスタートがきれるはず。

麗奈は飯田の退職後も、陰ながら応援する心持ちでいた。


「俺、特殊作戦群目指して頑張ります」

思ってもみなかった飯田の決心に、麗奈は言葉を詰まらせた。


「俺が鰺坂を今回の事件へ巻き込んでしまった後ろめたさは正直あります。鰺坂と鰺坂の親御さんへ一生償って生きる覚悟です。鰺坂は、国の部隊として今後も活躍したかったでしょう。なので俺は、鰺坂の分まで、国のために生きます。そして、最前線で国を守るために、特殊作戦群の隊員になります」


「特殊作戦群の隊員になるって飯田・・」

「もちろん知っています。上層部から特殊作戦群を目指すよう声を掛けてもらうために、これまで以上に己を磨きあげます」

麗奈は飯田の力強い眼差しをじっと見つめ、黙って頷いた。


特殊作戦群に募集はないため、優秀だと認められた隊員が上から推薦される必要がある。

例え素質を見込まれて上層部の人間などからスカウトがあったとしても、難関試験にクリアしなければ特殊作戦群の隊員にはなれないし、例え特殊作戦群の隊員になれたとしても、これまで以上に命を危険にさらすリスクを伴う。


「喋る事が大好きな俺があまり話さなくなったら、それは特殊作戦群の隊員になった事を意味するので、その時は黙って応援してやってください」

麗奈は久々に飯田の屈託のない笑顔を見た。


強風が2人を包み、菊の花の下に供えた海老せんべいが傾く。


飯田はそれを少しの間みつめると、鰺坂の眠るお墓の方向に強気な笑顔をみせて、麗奈と共にお墓を後にした。




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10話終了








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