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10-4


中央合同庁舎5号館にて、厚労省の職員と打ち合わせを終えた明人は、エレベーターから降りたところで声を掛けられた。


「明人!まさか5号館でお前に会うなんて。会議か何かの帰りか?」

大学時代からの友人で、厚労省勤務の雄二にばったり出くわした。


「雄二、お疲れ。昨日発生した地震の影響で、来週に控えてた総理と厚労省大臣の合同視察の延期が決定して、その件で厚労省の職員と打ち合わせをした帰りだよ。」

「お前の部署は万年、府省庁を跨いだ事務調整があるよなぁ。お疲れさん」


雄二が指さした方向へ進むと、踊り場のガラス張り沿いに設置された椅子に2人並んで腰を掛けた。外の風景はもうすでに、夜の灯で溢れている。


「なぁ雄二、その・・・ちゃんと休めてるか?」

雄二はクマがくっきり映える顔を明人に向けて、明人の目をまじまじと見る。


「明人お前、臨時国会控えてるのによくそんな事言えたなぁ」

いつになく雄二の言葉がとげとげしい。


「ごめん。でも以前にも増して痩せた気がするし・・。体調が心配なんだよ」


明人は申し訳なさそうな雰囲気を醸しつつ、雄二の顔をまじまじと見てはっきりと伝えた。

雄二は明人と目線を合わさず、正面を向いたまま口を開いた。


「ここ最近は明け方に帰宅して、シャワーに入って30分くらい寝た後、身支度しながら腹ごしらえして出勤の毎日だからな。補正予算案に関する根拠資料を滝沢議員と吉村議員に請求されたんだけど、資料作成に思いの外手間取ってて。そこまで重要でない情報まですみずみまでサーチしろって、注文が多いんだよなー」


雄二がため息を分かるように吐いて見せた。


「なんかさ、俺、最近何のために働いているのか分からなくなるんだよなぁ。大手に就職した奴らにこの前会って近況を聞いたんだけど、全員、今の仕事にやりがいがあるって言ってた。出て来る言葉もポジティブなものばっかりだったし。俺たち以上に給料もらって、プライベートの時間も俺より確保してるしさ。これ以上こんな生活が続くなら、転職も視野に入れようかと思ってるんだ。まぁ、転職については親にもまだ言ってないし。まぁ、ここ最近の残業ばかりな日々のせいで、一時的に自暴自棄に陥ってるくらいのレベルの話だけど」


雄二と居酒屋へ行くたびに、雄二の愚痴を聞くのがお決まりのパターンだが、まさかここまで追い込まれているとは思ってもいなかったため、明人は雄二にかける言葉を模索するも、出てこない。



霞が関の長時間労働問題は以前から問題視され、改善に向けて動く様子が表面上ではみられるが、国会の会期が迫ると、雄二たちは国会で使用する大臣の答弁書や、場合によっては国会議員が必要とする根拠・説明資料の作成に明け暮れる。

答弁の内容によっては府省庁を跨いだ職員への確認作業が必要となるため、その職員へ電話をしたり、直接会って話を伺ったりしなければならない。

そのため、担当職員は答弁書や関係資料の作成のため、必然的に膨大な時間を費やさなければならない。



「業務中にまで愚痴ってごめんな。まぁ、もうすでに終業時間は過ぎているけどな。ところで、そっちの仕事は相変わらず機密情報だらけであまり話せない感じか?明人のとこは、長時間労働に代わって”裏SP”だもんな。お互い命だけは大切にしような」


ようやく雄二の口からいつものブラックジョークが飛び出したため、明人は自然と笑みがこぼれた。


「前から思ってたけど、明人の顔見るとなぜか元気が出るんだよなぁ。おかげで、俺の作成した予算案が臨時国会で承認されて、国の政策に反映されるんだって改めて思うと、だんだん元気が出てきたよ。いつも、か弱い目で俺の話を聞いてくれてありがとな」


雄二がふざけて明人にハグすると、明人は「離れろ」と笑いながら、雄二の掴んで離さない抱擁する腕からの脱出を試みた。




------


熱くなったパックを開けると、湯気と共にドライカレーの香りが漂った。

鰺坂はそれを飲むように平らげると、水で口を整える。

すでに食べ終えた飯田は横になり目を閉じていた。

いつもより急いで食べたつもりだったが、やはり先輩である飯田には敵わなかった。


鰺坂たちは、約1週間前に地震の影響で、甚大な被害を受けた長野県に派遣されていた。

震災直後に派遣された飯田たちは、ここで避難者のための仮設住宅や生活にかかせない仮設風呂やトイレ、炊き出しの救助活動を行っていた。

余震は昨日以降ほぼ皆無となり、以前苦しい状況は継続しているものの、震災直後の緊張感と不安はだいぶ落ち着いた。


連日の勤務から解放され昼飯を丸飲みした飯田に近づくと、小さなイビキが聞こえてきた。

その小さなイビキと先輩の寝顔で、鰺坂の顔がほころぶ。


入隊後、鰺坂は食事に一番苦戦していた。

数分で食べきらなければならない場面で、食べ終えた他の隊員たちに励まされながら食べきるのが毎度の事だった。

食事はおろか、普段の訓練もついていくのに精一杯だったが、いつもそばで見守ってくれていた飯田のおかげで、今では若手の隊員の中で”優等生”となった。

飯田がいなければ、自分が今ここに存在しないのは重々承知だった。




爆睡する先輩を起こすのは申し訳ないと、鰺坂はひとり静かに立ち上がった。


鰺坂は先日、飯田から本の中身を撮った画像を送信してもらい、そこからある仮説に辿り着いた。

仮説を飯田へ伝えようとした直前に地震が発生し、飯田たちはすぐさま出動となった。


鰺坂は本の至る箇所に手書き・マーカーされた数字と文字を抜粋した。

さんざん考えた結果、座標なのではと推測をたてた。

しかし、座標に置き換えると海上となるため、座標の可能性はないとみていたが、本の最後のページに、「死の世界は存在しない」と手書きによる記述があり、鰺坂はそこからモフロホバ国の死の概念についてふと思い出した。

モフロホバ国における死を意味する数字は”6”である。バックパッカー時代にモフロホバ国に滞在した際、宿の各部屋に割り振られた連番から”6”が抜けていた。


抜粋した数字から全ての6を除いて座標と仮定すると、そこは日本国内を示す事が分かった。

そしてその座標は、災害地であるこの近辺を示していた。


昼食前にこの仮説を伝えれば良かったなと少し悔やみながら、鰺坂はペンを手に取る。

座標を記したメモを、小さなイビキのそばにある飯田のポシェットと床の間に挟むと、鰺坂は座標の示す場所へ向かった。




------


長野県内で最も被害の大きかった町村の視察を終えた総理一行は、東京へ戻る前に陸上自衛隊の駐在地内に設置したイベント用テント内にて、今回派遣された陸上自衛隊の幹部らから状況報告・活動報告を受けていた。


総理ら要人たちはSPと自衛隊に囲まれる形となり、すでに任務を終えた明人たちは総理たちの滞在するテントから少し離れた場所に設置されたイベント用テント内にて休憩をとっていた。


配布された弁当は、9℃という現場の気温もあってか、すでに冷めきっていていた。

弁当と併せて配布されたワカメ入り味噌汁はまだほんのり暖かく、明人の身体に染み込んだ。


「倉森さん、もしよければこの味噌汁も飲んでください」

上原陽臣が、明人の弁当のすぐ横に自身の味噌汁を置いた。


「そ、そんな。弁当が冷めているので、味噌汁と一緒に食べた方がいいですよ」

「僕は大丈夫です。熱いお茶を入れてきましたので、これがあれば十分です」

女性陣が卒倒しそうな笑顔をみせると、持参した魔法瓶の水筒を指差した。


明人を始め他のメンバーは陽臣に対して寡黙なイメージを持っていたが、ここ最近は陽臣から話し掛けたり世間話をすることが多くなった。

神経質なタイプのため、入庁して最近やっと職場に慣れてきたのだろうと明人は思った。

それに、陽臣が優しさの塊であることは、迎賓館の事件以来、十分理解していた。


「細野さんとは今も連絡とっているんですか?」

「はい、年末に青森に行くため、チケットは購入済みです」

「年末年始は青森で過ごすんですか?」

「はい。義男さんと初詣に行くつもりです」

ケイや灯凜の声は、どうやら陽臣には届いていないようだった。


陽臣からもらった味噌汁に手を付けようとした時、明人のそばに座っていた麗奈が立ち上がると、通りかかったガタイのいい迷彩服の男に歩み寄った。

会話の内容は聞こえてこないが、明人はその様子を、味噌汁を飲みながら見ていた。


「さきほどの方は?」

テントに戻ってきた麗奈へ陽臣が問いかけた。

「後輩の飯田だ。震災直後から被災者の応援でここに滞在中らしい・・」

明人と陽臣は、もの言いたげに麗奈の顔を見た。

一言を話すだけの麗奈の顔が、あまりにも深刻そうな表情をしていたからだ。


その雰囲気を察知した麗奈はため息をつくと、声のトーンを抑えて話し始めた。


「飯田の後輩が、この近くの座標らしきメモを残していなくなったらしい。訳あってこれ以上は話せないが、一抹の不安があって、飯田へその座標の場所に行くのをやめた方がいいと言ったんだが・・後輩が心配だからって、制止を振り払って向かってしまったんだ・・」


仕事がひと段落したとはいえ、帰路までが任務であるため、麗奈は飯田を追いかける事はしなかった。


麗奈の心境から、テント内の空気が一気に重くなり、明人は静かに端を置いた。

すると突然、これまで感じた事のない眩暈と頭痛が明人を襲い始めた。

それに耐えられなくなると、明人は椅子から崩れ落ちようとしたが、半分倒れかけたところで明人の上半身がしっかりと支えられた。


「おい、大丈夫か?」

鋭い鷹の目が明人を見下ろしていた。

その瞬間に、明人は眩暈と頭痛、そして頭に浮かび上がった悲惨な光景から解放された。

明人は苦しい面持ちを班長に向けた。


「・・人の命がかかっている可能性もある。我慢してでも全て話せ」

明人の二の腕を支えるマイロの指先に力が入る。


吐きそうになるところを何とか堪え、背中をさする麗奈へ振り向くと、メモに書かれていた座標について尋ねた。



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