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10-2


三村の死因の結果は自殺だった。


不慮の事故から一転、警察より自殺との報告を受け、内心怒りが収まらない飯田はその結果に到底納得するはずなく、三村から相談を受けていた及川に電話で再度詳細を尋ねた。


すると、三村が数年前から気にかけていて麻薬に手を染めた人物について知る事が出来た。


紫合(しごう)エルケ海都(かいと)。18歳の彼は高校を中退後、職を転々とし空き家に住み着いたところを偶然、三村に発見された。


頭がよく中学まで成績も優秀だった紫合だが、家庭環境に恵まれず、思わぬ事態を招くとパニックを起こし、社会に溶け込む事が困難だった。


環境次第では、優秀な彼を必要とする企業が多くあるだろうと、三村は定期的に彼の元を訪れてはその説得に励んでいたようだ。


及川は、彼の就職先についての相談を受けていたようで、2人の経緯を良く知っていた。


「三村から紫合の薬物について話があった日なんだけど、紫合の父親がモフロホバ国って中東にある小さな国の出身らしく、もしその国について情報があったら教えてくれとかも言われたんだけどさ。そんな国、俺も初めて聞いたし父親の国が何か関係あるのか逆に聞いたら笑って黙り込んでさ。まぁ、薬物の種類とかについて詳細を聞かれた時は、さすがに俺じゃなくて警察に相談しろって言ったんだけどな。あいつ紫合の事を、相当気にかけていたみたいでさ。まるで親か兄弟だよな」


及川がそう言うと、高校時代の三村とまるで変わらない様子を思い出し、2人の間に暫く沈黙が続いた。


「三村が自殺じゃないって思っていて、自分で真相を突き止めようとしてるんだろ?そのモフロホバ国ってネットで調べたけど、ほとんど情報がない国だったよ。まぁ、新大久保とか高田馬場辺りに行けば、モフロホバ国の情報が掴めるんじゃないかな。三村が勤めていた会社が紫合についての情報を提供してくれるはずもないし、中東系の人が多く住んでいる場所に行けば、紫合について何か情報が掴めるんじゃないか」

「そうだな。何度もすまない。次の休日にさっそく行ってみるよ」

「なぁ飯田。お前の気持ちは良く分かる。ここまで情報与えた俺が言うのもなんだが、あまり深入りするなよ」


及川の声色から、自身を懸念する気持ちが伝わった。


「あぁ。ありがとう」

そう伝えると、飯田は電話を切った。




――――――


改札口を出ると、飯田は賑やかな駅前広場を通り抜け、雑居ビル方面へと足を進めた。

ビルとビルの間を潜り抜けて幹線道路に出ると、駅周辺とは異なる景色が現れた。


外国籍の人々が多く行き交う通りには、明らかに観光客ではないと一目で分かる人たちの姿が目立つ。

浅黒く堀の深い顔立ちの人々と、身なりや雰囲気から、日本人ではないアジア系の人だと推測できる人々が多く行き交っている。


ここは、都内の中でも多くの外国人が集う街だ。

ネットで情報収集して辿り着いた場所だが、ここからどのように情報を入手するかまでは考えていなかったので、飯田はとりあえず辺りをぶらぶら歩いた。


小さな通りに入ると、日本とは思えない空間が広がった。

飯田は、10メートル程先にある喫茶店の看板が気になり始め、店の前まで来ると、なぜこの喫茶店が目に留まったのか分かった。


喫茶店の看板の色が三色使いで、モフロホバ国の国旗と同色だったのだ。

飯田は迷わず喫茶店「ココマル」のドアを開けた。


店内は外の日差しが嘘のように暖色に照らされ、コーヒー焙煎の香りと共に穏やかな空気を作り出す。

見慣れない木彫りの人形が、壁側の至る所に置かれている。

人形の置かれた横のテーブルに座る、大きな目と濃い眉毛が印象的な男性と目が合うが、すぐさま目を逸らされた。

この店は、モフロホバ国やその近隣諸国に(ゆかり)のある外国籍の人々が集う店なのだと総合的に推測できた。


「いらっしゃいませー」


店内の奥から、けだるそうな顔をした男が出てきた。


「お好きな席へどうぞ。注文は何にします?」

「ホットコーヒーを」

「かしこまりました」


改めて周囲を見渡すと、談笑する若い4人組やスーツ姿の女性、私服の高齢男性など、日本人も多く利用しているようだ。

異国情緒漂う店内は驚くほどに、飯田にすっと馴染んだ。


店内の入口付近に設けられた棚には、日本語よりも外国語の本が多めに並んでいた。

見慣れない言語に思わず目が行く。おそらくアラビア語だろう。

その中から、飯田は一冊を取り出した。


全く読めない言語だが、シンプルな文字表紙だったため、迷わずそれを選んだ。

本に厚みはあるが、1ページごとの文字数は思ったより少なく、文字も普通サイズより大きいが、如何せん読めない。


飯田はスマホの文字翻訳アプリをその場でダウンロードし、表紙にカメラレンズを向けた。

翻訳の結果は『シルアピトの教えについて』だった。


(シルアピト?あぁ、確か、中東南部あたりの宗教か)


飯田は大学で中東圏の歴史を専攻していた。少数派のシルアピト教については講義の中で少し触れたくらいで、内容はほとんど覚えていなかった。

飯田はスマホでシルアピトを検索した。

すると、シルアピト教を国教とする一覧に、モフロホバ国が含まれていた。


飯田は、ゴクリと唾を飲む。


「いやぁー、兄さんもそれ気になる人?」

ホットコーヒーを運んできた店員が、驚いた様子で飯田の顔を見た。


「他にもこれを見ていた人が?」

「はい。この本をどこで手に入れたのか、とか、これを読んでいる人は他にいるのか、とか。バイトの俺に聞かれても~って感じなんすけどねぇ」

表情豊かなバイト君は、友人と話すかのように軽快に喋る。


「これ、読める日本人がいるのか?」

「そこまでは知らないっす。常連の外人たちがこの本を読んでいるのはよく見ますけど、最近この本について尋ねてきたのは日本人っす」


バイト君は飯田に“待って“のポーズをすると、レジに戻り、名刺を持って戻ってきた。

手渡された名刺には、「三村孝則」と書いてある。


「何かあったら連絡くれって言われてるんすけど、電話してみます?」

ドレッドヘアのバイト君は、軽快な面持ちで飯田に問いかけた。


「・・いや、ありがとう。それより、名刺の彼について知っている事を教えてくれ」


ドレッドヘアのバイト君は、曇り掛けた飯田の表情に思わず戸惑うと、困惑しつつもこっくり頷いた。


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