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10-1

※10話は一部グロテスクなシーンがありますのでご注意ください※



飯田(いいだ)賢人(けんと)は顔を上げると、斎場の真ん中に置かれた三村(みむら)孝則(たかのり)の遺影を静かに見つめた。


三村は学生時代と変わらない優しい笑顔でこちらを見ている。

この笑顔の人物が、あの奥に佇む棺の中で眠っていると思うと、飯田は気持ち悪さと違和感に襲われた。


告別式の参列後、斎場の出入り口付近で旧友らと、楽しく過ごした高校時代を懐古して目を細めると、飯田の胸がぐっと熱くなり思わず目頭を押さえた。


重苦しい雰囲気の中で旧友たちと話を終えた後、飯田は1人駅に向かった。

その途中、見慣れた顔に遭遇した。


「猪山先輩っ」


思わず声を上げて手を振る飯田は、この瞬間に斎場の重い空気から解放された。


「あれ?飯田か?」

猪山麗奈が顔を少し傾けてこちらを見た。

飯田は目を輝かせ、幹線道路を横断した。


「お久しぶりです、猪山先輩。先輩、スーツも似合いますね」

「はは、そうか?駐屯地ではずっと迷彩服だったもんな。飯田も今日はスーツじゃないか。何かあるのか?」

「実は、高校時代の旧友が不慮の事故に遭いまして・・。葬式の帰りなんです」

飯田が声をワントーン下げて話した。


麗奈が声なく頷くと、舞い込んだ重苦しい空気を払拭するかのように飯田が言葉を続ける。


「猪山先輩、異動先では事務職だけの業務なんですか?」

「あぁ。次の異動先で現場復帰したら、身体が付いて行けるかどうか今から心配だ」

麗奈が眉を八の字にして笑う。


「猪山先輩なら、すぐに元の体力に戻りますよ。あぁでも、先輩は頭も良いので、今後は上に立つ役職について、ますます現場から遠のいて行くかもしれませんね」

飯田が少し悲しそうな顔をすると、麗奈はそんな事ないと笑ってみせた。


2人で談笑していると、多くの人通りの中を通り抜けて、こちらの方面へ歩いてくる男に、飯田の目が奪われた。


美しい艶髪をなびかせてこちらへ歩を進めるスーツの男は、身長181cmの飯田をゆうに超え、切れ長の鋭い目をしている。


ただの通りすがりの人物なのに、端正な顔立ちとその抜群のスタイルが嫌でも目に入る。

飯田と目が合うと、その男は目の前で立ち止った。


「え?」

飯田は思わず声が漏れた。


麗奈は飯田の表情と後ろの人物に気が付き「あぁ」と一言漏らすと紹介を始めた。


「同じ部署の聖沢舞郎だ。実は今、関係者を見送った帰りなんだ」

「どうも、はじめまして」


抑揚のない無機質な声は、見た目と合致していたため特に気にはならなかったが、何でもそつなくこなす万能な猪山麗奈の、今の相棒が今目の前にいるキザ野郎なのかと勘繰ると、飯田は少し焼ける気持ちになった。



猪山麗奈は後輩の面倒見が良く、飯田やその他の隊員から慕われる存在だった。


飯田は一時期体調不良に悩まされ、日常の訓練生活に支障をきたし、それが相まってメンタルが破壊寸前まで陥った過去がある。


辞職願をポケットに忍ばせ、どのタイミングで伝えようかと考えていた頃に、麗奈は飯田の異変に気が付き、自身のプライベートの時間を割いて飯田に向き合った。


麗奈の人柄をすぐに見抜いた飯田は、恐れる事なく自分の正直な気持ちを全て打ち明けると、驚く事に、数日後には体調が元に戻り、これまで以上にやる気に満ちた思いで訓練に臨める精神を得ていた。


飯田だけでなく、他の隊員も麗奈にはずいぶんと助けられた。


麗奈の異動が内部に広まると、隊員たちからは落胆する声が漏れ、飯田も暫くは心に穴が空いたような気持ちに襲われた。


しかし、自身が麗奈に救われたように、今度は自分が後輩たちを守っていくという覚悟で、飯田は日々の訓練に明け暮れた。



そんな過去があり、今目の前にいるスーツ姿のキザ野郎が、麗奈には不相応極まりない気がして、無性に腹が立った。


きっとこの男は、命をかけて現場で戦った経験のある俺たちとは違う。

涼しい中・暖かい中机上で仕事をして、夕方になれば高級ジムで汗を流し、夜は綺麗な女を連れて高級レストランで優雅なひと時を楽しむ人生しか知らないのだろう。


こんな『ザ・エリート』をかました男の側に、猪山麗奈を置くのはもったいない。


飯田は「猪山先輩に汚れた手で触るな、近寄るな」と闘争心むき出しの目でマイロを睨んだ。


睨みつける飯田と、それを無言で見ているマイロの2人の画に、麗奈は思わず声を上げて笑った。




――――――


駅近のカフェに入り、2人は久々の再会を嬉しく話した。


先ほどは麗奈の現相棒の出現で、勝手に1人闘争心を露わにする状態だったが、こうしてまた麗奈と1対1で話せる空間に落ち着くと、飯田は後輩モードへとキャラを一変させていた。


飯田は、去年からの新体制について話した。

麗奈の異動後、上官が変わり、これまで以上に緊張した雰囲気に切り替わった事や、新しくできた後輩が、その厳しさから日を追うごとに元気がなくなり、自身がメンタルフォローを率先して行った結果、後輩の面倒見担当のポジションを上官から与えられた事、そして、今年の5月に訓練中の大けがで離脱していたムードメーカーが、今月から本格的に復帰し、現場の雰囲気がこれまで以上に良くなった事などを、ソフトクリームのかかったコーヒーゼリーを食べながら、冗談を交えつつ話した。


麗奈は、自身の異動後も楽しそうにやっている飯田の様子を窺う事ができ、素直に嬉しく思った。


話がひと段落したところで、飯田はふと足元に置いた香典返しに目を向けた。

それに気付いた麗奈は、話を振らずに黙って手元のアイスコーヒーに目をやった。


「・・・今日の葬式なんですけど、亡くなったヤツの名前、三村って言うんですよ。あいつも猪山先輩みたいに面倒見の良いヤツで、自分の事はそっちのけで誰かのために必死になるようなヤツでした」


飯田は香典返しの袋に目を落としたまま話を続けた。


「大学卒業後は貧困問題に取り組む企業に所属して、忙しくしていたみたいです。入社して数年後、課長補佐まで昇進して偉くなったんですよ。でも三村は昇進後も、これまで現場仕事で携わってきた貧困層の人たちの自宅に訪問して、まともに生活できているか様子を窺っていたみたいなんです・・・。馬鹿がつくほど良いヤツなのに・・・まさかこんな形でお別れするなんて」

飯田がため息をついた。


「不慮の事故って一体どんな・・」

麗奈が顔を強張らせて飯田の目を見た。


「それが、詳細はまだ明らかにされていないんですが、他殺の可能性があるとか。この件について、旧友の及川と斎場で話をしたんですが、実は及川のヤツここ最近、三村から相談に近いメッセージを受けていたみたいで」


飯田は冷や水を一口飲むと、話を続けた。


「その内容が、薬物に手を染めた過去がある人物への接触方法とか、更生するための働き口について尋ねてきたみたいで。きっと三村は、及川が社会復帰を目指す人たちを支援する仕事に就いているから、そのアドバイスを受けたかったのでしょう」

飯田は再度、冷や水で喉を潤した。


飯田は、飯田を含む旧友たちが、警察から事情聴取を受けていた事を話した。

それを聴くと麗奈は腕を組み、うーんと唸った。

飯田の話から想定するに、品行方正で献身的な心の持ち主である三村は、何か事件に巻き込まれたのではないかと思わざるを得ない。


「ところで、猪山先輩の職場はどんなところなんですか」

飯田の口から、本日何度目かの重たい雰囲気を払拭するかのような質問が投げかけられた。

麗奈は話せる範囲で、自身の業務について飯田に話した。



「内閣府なんて、国の最前線で仕事していてかっこ良いですけど、それって、SPとか秘書がやる仕事なんじゃないですか?新しい部局の立ち上げに、猪山先輩って必要なくないですか?そういうのは、行政職の人間がやるべきでしょ」


そもそも防衛省を飛び越えた異動など必要あるのか、など飯田は次々と率直な疑問、いや、麗奈を異動させた人事に対しての不満を言い始めた。


「まぁ、飯田の言い分は分からんでもない。ただ、防衛省の予算を始めとした組織全般の内部調査的な事務も担っているんだ。防衛省に在籍していた人でないと判断がつかない微妙なところもあるだろう。まぁ、そういう事だ」


思いの外、麗奈が今の部署で楽しくやっていると表情で示してきたため、飯田は口を尖がらせて、スプーンでコーヒーゼリーを何度もつついた。


「国は何を考えて、優秀な人材を畑違いな部署へ異動させるのか・・・そういえば猪山先輩、特殊作戦群の噂、知ってます?」

麗奈が黙ったまま顔を傾けると、飯田の目が輝き始めた。


「日本の精鋭部隊である特殊作戦群の存在については、猪山先輩も、もちろん知っていますよね?この特殊作戦群って、アメリカやロシアの精鋭部隊以上に力を持っているって話ですよ。世界の精鋭部隊のみが参加できる大会で、日本はここ数年、連続で優勝しているらしいです」

ウキウキ顔の可愛い後輩の様子を見ながら、麗奈はアイスコーヒーを飲んで頷いてみせる。


「ただ、去年くらいに特殊作戦群の中でもかなり優秀な人物、いわばエースですね、そのエースが突然いなくなったらしいんです。そのエースが、マジで人間離れしているらしく、射撃・格闘・戦闘能力・言語能力や聴力にしても飛び抜けているらしいんですが、唯一の弱点が、会話がぶちゃくそ下手らしいっす。思った事をはっきり言ってしまう性分のせいで、軽いトラブルを起こす事も多々あったとか。まぁでも、その人が特殊作戦群に来てからチーム全体の能力がグンと上がったらしく、異動ではなく海外の精鋭部隊との合同訓練に参加しているんじゃないかって話もあるんですが、どうやら本当に異動したらしいんです。部隊の中枢を担う人物の異動って、どこ行くんすかね?どこかの部隊の一時的な指導者とか?まさか猪山先輩みたいな、謎の行政部署への異動は絶対にありえないだろうし」


ソフトクリームが完全に溶けたコーヒーゼリーを飯田が口に運ぶと、麗奈は飲み干したアイスコーヒーのグラスを机に優しく置いた。



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