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9-5


女性の社会進出を応援する講演会では、ボディーガード2人が常時、菫の背後で待機をしていた。

卵を投げられた出来事からまだ1か月も経っていないため、明人とマイロ、灯凜は舞台前の観客席周辺で待機し、菫に危害が及ぶ事がないよう万全な態勢で講演会に臨んだ。

しかし菫たちの心構えと相反するかのように、会場は終始和やかな雰囲気で、講演後には小橋すみれを支援する多くの女性と親子が、握手と記念撮影を求めて列をなした。



「さ、行くわよ」

最後尾と挨拶を終えた瞬間に、菫の足は駐車場へ向かった。

野古平小学校に到着後、菫と2人のボディーガード、マイロは校長室へ向かい、明人と灯凜は体育館隣の校舎へ向かった。


「大丈夫、何もないから明人も入っていいよ」


明人は一礼すると女子更衣室へと入った。

灯凜の言った通り、女子更衣室は忘れ物はおろか、本当に何もない殺風景な部屋だった。


灯凜がまんべんなく写真を撮った後、部屋全体を見渡すように動画撮影をした。

明人も何か見落としはないかと更衣室全体を見渡すが、継ぎはぎのような壁と、人体に悪影響を及ぼす材料をふんだんに使用しているんじゃないかと思わされる天井以外、確認できるものはなかった。


目線を左へ動かすと、こちらを凝視する灯凜と目が合う。

「・・・どうしたの?」

色んな意味で緊張に駆られた明人の心臓はバクバクだった。


「明人・・・いつものアレはないの?」

アレ・・といいますと・・・明人は頭の中の辞書で『いつものアレ』を検索するもヒットせず、現在のシチュエーションも相まってか、明人の表情がぎこちなくなる。


「頭痛とか眩暈とか。ないってことは、事件性は薄いのかもね」

どうやら警察犬か何かと期待されていたらしい。


「明人のその眩暈とかって、いつからあるの?」

「高校の時から、かなぁ」

正常脈に戻った明人が答える。


「原因は何なんだろう?何かに罹患したとか、ものすごいストレスを経験した、とか・・・」

明人は困ったような表情で頭を傾けて、灯凜を見るだけだった。


灯凜は少し考えた後、明人に笑顔を見せながら「何か辛いことがあったら相談してね」とだけ話した。




体育館では6年生の2クラスが、ドッジボールの授業中で男子・女子とそれぞれ体育館を半分ずつ使用していた。


江棒市ではドッジボールが盛んで、野古平小学校は県大会の優勝・準優勝の常連校だ。

そのせいか、担任たちの生徒にかける掛け声には妙な気合が入り、まるで部活動中のような雰囲気だった。

ドッジボールに興味のない児童たちは、どうやら早めに白旗をあげて、外野へ回るがお決まりのルールらしい。

先生と気合の入った児童に声を掛けるタイミングを見失った校長と菫たち一行は、授業中の児童たちをよそに、体育館の傷み具合を見て回る。


次に訪れた隣の校舎は、体育館以上にどんよりとした佇まいで、「廃屋」と言えばそのようにしか見えなくなりそうだ。

校舎の周囲と通路を巡回中に目に余る傷み具合はもちろんカビ臭さも気になり、子供たちへの健康被害の観点からも、早急な建て替えを要望する必要がある、と小橋すみれが言葉を強調した。


菫は下着の紛失騒動を校長へ伝えていなかった。

退職間近の女性校長に、この件を大事(おおごと)に捉えられ、教員や保護者の耳に入る事を恐れていた。


“小橋すみれの勘違い“で終わった場合の、自身に対するマイナスなイメージの定着を懸念していたのだ。

そのため、女子更衣室のみを重点的に調査することは行わず、女子更衣室は調査の一部として内部を軽く見るだけにとどまった。



校舎の巡回を終えて体育館方面へ戻ると、女子バレー部顧問の小松直也が、部活のために体育館内の職員室を訪れていた。


「小橋さんこんにちは。みなさんも、お疲れ様です」小松が深々と頭を下げる。

簡単に自身の自己紹介を終えた小松はその場を離れると、女子バレー部練習ノートに目を通し、ノートに何か書き加えた後、コートへ向かった。

すでに授業を終えた数名の女子部員は、軽いストレッチを始めている。


「小松先生には、うちの次女が大変お世話になっているの。2年前までは弱小チームだったのに、小松先生が顧問になってから部員も増えて、今では県大会ベスト16に入るくらいの実力を持っているんです」

こちらに向って笑顔で挨拶をする部員たちに手を振りながら、菫が嬉しそうに話す。


しばらくの間、教育現場の課題について意見を交えながら、校長と菫は話をしていた。


明人たちはその会話を、女子バレー部の練習風景を見ながら聞いていたが、マイロは会話に耳を傾けつつ、浮かない表情をした明人の様子を窺っていた。




――――――


小松直也は少しだけ持ち場を離れる旨を男子バレーボール部の顧問に伝えると、足早に目の前の校舎に向かった。

本日の校舎は曇りのせいもあり、通路はいつも以上に真っ暗だった。


体育館の賑やかさとは打って変わり、辺りに直也の足音だけが響き渡る。

「懐中電灯を持ってこれば良かった」と後悔しながら、怪しげな人影がないか見て回った。


肝試しエリアの様なこの校舎で、いきなり人が現れたら心臓が飛び出すだろうが、“騒動を軽視している”という菫の誤解を一刻も早く解きたい気持ちから、小松は残務処理が山ほどあるにも関わらず、ここへ足を進めたのだ。

目と耳を研ぎ澄ませて巡回するも、人っ子一人見当たらない。


女子更衣室まで来ると、小声で「失礼します」と言って戸を引いた。

更衣室の中は、部員たちの鞄と衣類で棚が半分以上埋まっていた。

怪しい人物がいなかったことに小松は正直ホッとした。

もしここでばったり会っても、どのように対応すればいいのか判断に迷うし、万が一襲って来て刺されでもしたら、と思うとゾッとする。


(また明日巡回するか)


とりあえず巡回はしている事だけでも小橋に伝えようと思い、女子更衣室を出たところで、通路の奥から大人の足音が聞こえてきた。

だんだん近づいてくる。

近づいてくるにつれ、小松の中で様々な懸念が頭をよぎった。


下着紛失の犯人捜しが行われている最中、自身がここに一人立つ事で、自分に犯人の容疑がかかるのではないか?

もし今ここへ向かう足音が菫だった場合、犯人に仕立て上げられる可能性だってある。

それは絶対に避けたい。

それにもし、近づいてくるのが犯人だとすると、素知らぬ顔でこの場を通過して、せっかくの犯人特定のチャンスを逃がすかもしれない。


数秒の間、頭をめぐらせた結果、直也は女子更衣室へ再度入って戸を静かに閉めた。


だんだん足音が近づいてくる。


足跡は、更衣室前で足を止めた。


小松の心臓音が高鳴る。


しかし、その足音は、だんだんと通り過ぎて行った。


大量の冷や汗をかきながら更衣室の壁にもたれ掛かっていた小松は耳を澄ませ、足跡が完全に消え去るのを確認すると、更衣室から出ようとした。


すると、思いもよらぬ形で、女子更衣室の継ぎはぎの壁が開いた。


「え?」


開いた壁の向こう側の男と目が合うと、小松は思わず大声で叫んだ。


そしてその数秒後、小松の腹にはナイフが刺さっていた。


小松は手に持っていた懐中電灯で刺した人物の頭を殴打すると、開いた壁から女子更衣室を出て、事務室方面へ向かった。

腹部の激痛で気を失いそうになりながらも、明るい場所を目指してなんとか歩く。


しかしそれも虚しく、男から腹に刺さるナイフをえぐり取られ、小松は激痛で悲鳴を上げる。

男は倒れた小松を目掛けてナイフを振りかざした。


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