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菫は幼少期から活発で、人前に立つ事が大好きだった。
学級長や生徒会は、もちろん自己推薦だ。
大学卒業後は都内の企業に就職し、その後友人の紹介で知り合った夫の真一と結婚した。
現在は2児の母親である。
真一は大企業に勤める研究員で、人口約20万人の江棒市に勤務する研究所がある。
研究所は、江棒市の中でも特に田舎にあたる場所に立地しており、自然豊かな地域だ。
自然に触れて育って欲しいという夫の教育方針から、2人の姉妹は地元の学校に通っている。
長女・瑠宇香の時代からPTA役員や学校行事に参加していた菫は、仕事に支障が出ない範囲で、地域活動にも参加していた。
そのような環境に自身の身を置いていたこともあり、菫は他の保護者より学校事情に精通していた。
内部事情が見えてくると、学校現場をより良くしたいという気持ちが菫の中で芽生え、教育現場の改善に取り組むマニュフェストを掲げて7年前に市議会議員となり、そして2年前にはついに、参議院議員の当選を果たした。
現在は次女・花音の所属するバレー部の、保護者副会長をしており、時間の都合が合えば、部活動の保護者活動へ積極的に参加している。
保護者活動・議員活動と多忙ではあるが、これは菫が参議院議員として、地域活動に貢献している姿をアピールする狙いもある。
それに、保護者活動は菫の楽しみの一つでもあり、子供の成長を近くで見られる一石二鳥の機会なのだ。
そんなわけで菫は、仕事のため現在は千代田区の参議院議員宿舎に一人で住んでいるが、週末になると埼玉へ帰ってくるスーパーウーマンなのだ。
そのスーパーウーマンは昨日の夜、次女の花音と議員宿舎からビデオ通話をした際に「今日は美羽ちゃんの下着が無くなった」と話を聞かされた。
美羽ちゃんも、どちらかと言うと“うっかり者”のため、忘れたんじゃないかと皆に笑われたが、「お母さんが着替え一式を、鞄に詰め込んだ」と話していたそうだ。
菫は、花音が不安がる事を恐れて、美羽ちゃんの話をなんとか笑い話で済ませようと心掛けた。
菫の心配をよそに、花音はこれまで紛失したと名乗り出た仲間の様子を思い出して、コロコロと笑っていた。
その姿に菫は安堵したが、ビデオ通話後に居ても立っても居られず、いつか仕事で使うかもしれないと思い買っておいたビデオカメラを棚から取り出すと、充電をし始めた。
――――――
菫は午後からお休みをとって、野古平小学校へ来ていた。
顔なじみの教員や事務員に挨拶をして体育館を通過し、古びた校舎へ辿り着いた。
まだ午後の授業中のため、児童を含め人の気配がまったくない。
校舎の壁にはいくつものヒビが入り、改めて市と県へ強く要望していく必要があると思わされる。
本日は晴天だが校舎内の通路は暗く、どんよりとした雰囲気持っており、昼でも子供たちが肝試しで遊べる要素がある。
教室内で使えなくなった備品が積み上げられた通路脇まで来ると、菫は鞄からビデオカメラを取り出し、備品の中にビデオカメラを紛れ込ませた。
ビデオカメラと認識されないよう、乱雑に置かれた備品の位置を微調整すると、動画撮影開始ボタンを押した。
(これで、よし・・・)
もちろん許可を得ていない行為のため、墓場まで持って行く行動ではあるが、これを手掛かりに、犯人を絞れればという思いだった。
そしてその日の夜、花音はスマホの画面越しに、今度は希実ちゃんのパンツが無くなったと笑いながら話した。
翌日の午後、菫は周囲に誰もいないことを確認すると、設置したビデオカメラを回収して、自宅で映像を確認した。
菫は心臓音をバクバクにさせて、動画を倍速再生した。
備品の位置からの映像のため、女子更衣室付近の映像までは画面に収まらず、女子更衣室に繋がる通路のみを映像は映し出した。
映像には、バレー部女子やバスケ部女子、バスケ部の女性顧問らしき人物が児童たちと共に出入りする様子が映し出された。
着替え終わった生徒たちが去ると、静かな空間を映すだけの映像が続く。
辺りが暗くなってくると突然、懐中電灯で目の前を照らしながら歩いて来る人物が現れた。
菫の心臓が再び早くなる。
映像は、辺りが暗すぎて顔がはっきりと認識できず、菫は何度も巻き戻す。
何度も一時停止して目を凝らした結果、警備員だと分かった。おそらくただの巡回だろう。
警備員が通り過ぎ、またしばらく静かな時間が続く。
そしてまた、懐中電灯で目の前を照らしてこちらへ向って来る人物が見えた。
警備員だろうと思ったが、さきほどの人物とはどうやら違うようだ。
何度か巻き戻しを繰り返すと、菫の心臓音が高鳴った。
その人物は体型・顔、共に小松直也と一致した。
――――――
顧問の小松直也は菫から相談を受けた際、話半分に聞いていたが、実は以前から、下着の紛失について面白おかしく女子バレー部員が話しているのを耳にしていた。
ここ最近は業務が立て込み、連日22時過ぎまで残って仕事をしていたため、これ以上自分の仕事を増やしたくないという気持ちが強くあった。
菫からの相談以降に、バレー部女子の地区大会とその後の派遣について調整のため、菫と連絡を取り合うも、菫の対応に若干の冷たさを感じとっていた小松は、この件について、いよいよ本腰で臨まなければならない、と危機感をつのらせていた。
部活終了前のミーティング後、小松は部員たちへ、更衣室で着替える時に何かおかしな点はないかと話を切り出した。
すると女子部員はとたんに笑い出し、下着が無くなったと話していた部員らを指差し始めた。
「美羽ちゃん、澄香ちゃん未咲ちゃん、それから小春ちゃんに希実ちゃんまで!先生に言う事があるよねー!?」
指を指された部員たちは顔を赤くして笑いつつも、照れながら答える。
部活を終えた後の体育館は、小学生の女の子たちが醸し出す優しい雰囲気となっていた。
指をさされた部員へ小松は顔を向ける。
「下着は家にあったのか?」
「探したけどなかったです。きっと、誰かがいたずらで、持って帰ったんだと思います」
指をさされた部員たちは恥ずかしそうに俯いた。
これ以上不安を煽りたくない小松は、面白おかしく笑う部員たちに向けて優しく怒ると、俯く部員たちへ「心配しなくても、そのうち隠した人が返しに来るよ。そうしたら先生がその人へ注意してやるからな」と笑って励ました。
明日の授業の準備を終えた小松は、黒板近くにぶら下がる懐中電灯を持つと、体育館方面に向かって歩いた。
21時30分を経過したところで、辺りは真っ暗だった。
通路を照らすと、通路真ん中あたりに位置する女子更衣室が見えてきた。
女子更衣室のドアについては、建築当初は円筒状の取っ手に、扉は木材を使用したドアだったが、それが約30年前に、引き戸タイプのドアに交換された、と教頭から話は聞いていた。
この校舎は鍵の施工はされていないため、いつでも部屋に侵入が可能だ。
小松は女子更衣室を開けて、電気をつけた。
備品を含めてほとんど物はなく、中はガランとしていた。
おそらく5年生の担任で、バスケ部顧問の菊池透子先生が、定期的に更衣室内を散らかしていないか、そして忘れ物をしていないかチェックをしているおかげだろう。
小松は今回、初めて女子更衣室を訪れた。
殺風景なこの部屋で衣類の紛失など、人の手が加えられない限り、ありえないと認識した。
部員が荷物を置いている時間帯に見回りをしないと、怪しい人物にも遭遇出来ないだろうと思い、部活動中にこの辺りを巡回する事を決めると、暗闇の校舎を後にした。




