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9-3


灯凜はエスカレーターで5階まで上がると、真っすぐに眼鏡屋へ向かった。


自宅では入浴後にコンタクトを外して、眼鏡を装着し、定額制の動画配信サービスを堪能するのが夜の楽しみであり、これが灯凜の平日夜のルーティンだ。


夜のリラックスモード中に、目をコンタクトレンズから解放させないのは、灯凜のマイルールにおいてご法度な行為である。


しかし昨晩、ベッドのすぐ下に置いていた眼鏡を、誤って踏んで壊してしまった。


そういう訳で、本日は業務終了の鐘が鳴ると、駅に隣接する百貨店へと急いで向かったのだ。


数多く並ぶ、可愛いデザインの眼鏡の中から一番を選ぶのにだいぶ手こずってしまったが、無事に眼鏡を購入することが出来た。


ミッションをクリアした灯凜は、ご満悦でエスカレーターを下りた。


途中の階に、紅茶を取り扱うお店を見つけ、小さな紙コップで試飲を勧めている店員の姿が目に入った。

灯凜は迷わずにその階で下りると、紙コップに入った冷たいカフェインレスのアイスティーを一気飲みした。


東京はまだ残暑が続いているため、冷たい飲み物が灯凜の喉を、想像以上に潤した。

目に優しいバタフライピーの色が、灯凜の心を揺さぶる。


(・・・・今日の夜は、風呂上りのバタフライティーに癒されるかな)


まんまと紅茶専門店の策略にハマった灯凜は、電子マネーで清算を終えると、エレベーター付近にあるモスグリーン色のデザイナーズチェアに、よいしょと座る。


炎天下で汗だくだった灯凜の心を、今度はデザイナーズチェアが離さない。

(持って帰りたい・・・)

今日は午後から要人の同行業務で、ひたすら歩きっぱなしだった。


「あれ?富岡さん?」


デザイナーズチェアの心地よさのせいで、半ばリラックスモードに突入していた灯凜の背筋が伸びた。

「小橋さん!」


菫がこちらに向かって大きく手を振っている。


隣には、菫に顔つきが良く似た女子高生がいる。

女子高生と菫が話ながらこちらへ近づいて来ると、可憐な女子高生は灯凜へ、はにかむ仕草で笑顔を向けた。


小橋(こはし)瑠宇香(るうか)です」と少し照れながら自己紹介をする様子から、似ているのは顔だけだと思わされる。


「長女の瑠宇香よ。先日から瑠宇香に、富岡さんたちのことは話しているわ」

娘に何を話しているのか気になるが、そこには触れず、灯凜も瑠宇香に向けて挨拶した。


大学受験を控えた瑠宇香は、東京へ状況する前提で都内にてアパートを探しており、今日は上京後に、1人暮らしの部屋へ置く家具を、親子で見に来たとの事だ。

当たり前だが、菫が母親らしく振る舞う姿をみて、灯凜はなぜかほっとした。


「ねぇ瑠宇香、向こう側にお母さんの知り合いがいるから、少し話してくるね。ここで待ってて」


2人に向けてニコッとして見せると、菫はずっと奥に見える貴婦人に向って歩いて行った。

デザイナーズチェアに、お尻がくっついて離れない灯凜は、隣をどうぞと指してみせた。


「なんか、とても嬉しいです。こんなところでお母さんの職場の方に会えるなんて」

厳密に言うと、職場は一緒ではないがそこはスルーし、灯凜はお母さんが、家でどんな人なのかを尋ねた。


「テレビに出てる時とあんまり変わらなくて、いつもパワー全開で動いてる感じです」


良く喋るお笑い芸人が、プライベートでもずっと喋っていると聞くが、あの感覚かと思うと灯凜は無駄に同情し始めた。


「よくテレビに映る偉そうな人達と喧嘩してるけど・・お母さんも、自分なりにこの国を良くしたいって、頑張っているんです。平日は父と私で家事をしていますが、休日はお母さんが帰ってきて料理作って、洗濯とか掃除して。寝る前には政治の勉強とか、あと、今は体育館を早く新しくするために、いろんな情報収集とかしているみたいです」


灯凜は、可愛い女子高生の話を聞く心構えで、瑠宇香に笑顔で接していたが、瑠宇香の話が進むにつれ笑顔が薄れ欠け、自分が知っている限りの"小橋すみれ"を、記憶から呼び起こした。


ショッキングピンクのカラーに包まれた"小橋すみれ"の姿は、一種のパフォーマンスなのだろう。

参議院議員として、自身の存在を必死にアピールし、顰蹙(ひんしゅく)を買っても自分を貫き通す。


すみれの性格上、顰蹙を買っても気にする様子は見られないが、多かれ少なかれ野次を飛ばされたり、卵を投げられれば、どんな人だって不快な気持ちになるだろう。


それでも、“小橋すみれ”である限り、全力で立ち向かうのだろう。


灯凜はそう思うと、途端に菫に対して、申し訳ない気持ちになった。


「瑠宇香ちゃんのお母さん、本当にかっこ良いよね」

灯凜は素直な気持ちで微笑んだ。


「ありがとうございます。私も、将来はお母さんみたいな人になれたら良いなぁって思っています」

瑠宇香は照れくさそうに、顔をくしゃくしゃにして笑った。


「でも私、お姉さんみたいな仕事にも憧れているんです。お母さんから、お姉さんのたちの仕事の話を聞いて、国家公務員にも興味を持ち始めたんです。国のために色んな政策を考えて、幅広く仕事をするんですよね?すっごくかっこ良いです。それからお姉さんたち、近々お母さんと一緒に野古平小学校に行って、学校に出る幽霊の調査をするんですよね?国家公務員って、幽霊の実態調査もするんですね」


笑顔で話す瑠宇香をよそに、急に灯凜の頭に“?”が浮かぶ。


「妹の花音が言ってました。更衣室に出る幽霊の実態調査に、国家公務員の人たちが来るって」

「・・・体育館には、(一応)行く予定だよ」

話が変な方向へ向かっているが、灯凜はとりあえず笑顔で頷いてみせた。


「実態調査が得意な国家公務員が、学校に来るって。富岡さんとか・・・あと、おっきな男性の公務員も、お母さんの付き添いで来るって」

「あー・・そうそう来るよ来るよ、うん」


灯凜は、河越じいさんの同行から外れたい一心で、ケイが後藤局長に泣きつく姿を想像すると、鼻で笑った。


「おっきな男の人・・・シュッとしていて、めっちゃイケメンなんですよね?私も、お母さんについて行こうかなー」


灯凜の頭が再び“?“で溢れた。


「名前はえーっと、ヒジリさんでしたっけ?実態調査が得意な人」


灯凜は、直属の上司が河越の同行を回避するため、後藤局長にテキトーな理由を述べている姿を想像した。


(あっの上司!!)


心の声が漏れないように注意を払うと、灯凜は瑠宇香へ仏の笑みをみせた。


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