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8-6


今日は絶妙なタイミングで来客が多い。

次に訪れたのは男だった。


本日は閉店だと伝えようとしたが、『同僚の首藤さんにアトリエがあると聞いた』、『首藤さんもここに向かうと話していた』と言うので、仕方なくアトリエ兼個展の部屋へ通した。


この男、見覚えがある。

端正な顔に色気漂う雰囲気、そして、どこか神経質そうなこの感じ・・・。


曾村は、静かに絵画を見つめる、その男の綺麗な横顔を見ながら、自身の記憶を必死に辿った。


そうか、思い出した。

追悼式で僕が体調を悪くしたとき、野希羽と一緒に僕の救護にあたっていた男だ。


意識朦朧とした僕を必死に応急措置していた野希羽へ、現場に戻ろうと横やりを入れた男。

野希羽から個展の場所を聞いた?

この男が野希羽にしつこくせまって、野希羽の一日のスケジュールを把握しているんじゃないか?

この男、野希羽の同僚だからと自慢して、近しい関係であることを僕にアピールしに来たんじゃないか?


曾村は、野希羽の知り合いだという目の前の容姿端麗な男に対し、はらわたが煮えくり返る思いだった。



――ゴトン。

隣の部屋からの物音に、陽臣は反応した。


「画板を立てかけるイーゼル(三脚)が倒れたのでしょう。直してきます」

困った様な笑顔をみせると、曾村は部屋を退室した。




――10分程前、野希羽をベッドで寝かせた後、曾村は河越のいる部屋へ向かった。

ちょうどそのタイミングで、陽臣がベルを鳴らした。

何度もベルを鳴らされると気が散るので『本日は閉店です』と一言だけ伝えて、作業に取り掛かろうと思った。


しかし、扉を開けたのが全て間違いだった。

事情が事情なだけに、あの男を追い返せずにいる。


野希羽が起きる前に汚物を再度頑丈に拘束し、野希羽が誤って汚物を発見しないよう、地下倉庫へ運び込まなければならない。

しかしそれと追加で、あの男に勘ぐられる可能性まで出てきた。


招かれざる者の訪れに、曾村はじわじわと焦りが出てきた。


あの男の訪問さえなければ。

そうすれば事が上手く進んだはずなのに。


野希羽の近い関係者であることへの嫉妬心と、計画の遂行を邪魔する存在である陽臣に対して、曾村は怒りを通り越して殺意を覚え始めた。


「僕と野希羽の邪魔をするものは全て悪だ」

怒りを露わにしていた顔は、やがて無の感情へと変わり、画材室からナイフを取り出した。




曾村蒼斗の絵画には、明るさと悲しさの二面性がある。


明るさを感じさせる絵は、様々な色を使ってとことん明るい。

曾村蒼斗という、見た目のクールさからかけ離れるような、無邪気さを感じる。


悲しさの絵は、容赦なく暗いものだった。

人間の四肢が離れていたり欠けていたり、臓器が飛び出し、人を殺める様子が描かれている。


どれも引き込まれる絵画であることに違いはないが、こんなにも極端な描写をする人物の心理が如何なものか、と陽臣は思わずにはいられなかった。


絵画の横に説明書きと完成日が記載されている。


明るい絵を描いていた時期と、暗い絵を描いていた時期の時系列を確認するが、『明』と『暗』で時期が分かれているのではなく、『明』と『暗』が入り混じった時系列となっていた。


そして、ここ最近の絵は全て『暗』である。


曾村蒼斗の心境を想像しながら、最新の『暗』を見つめていると、陽臣の真後ろ十数メートル先にある、部屋の入口に人の気配がして振り返った。


ニコリと笑顔を浮かべる曾村が立っている。


陽臣は一気に底知れぬ不安に襲われた。


曾村は笑顔だ。ただ、その笑顔はどこか様子がおかしい。

これが『暗』の源なのか?

不気味な微笑みで真っすぐにこちらへ向って来る。


歩みに合わせて左手は自然に動くが、右手は胴体の後ろに隠したままでこちらへ近づいてくる。


陽臣の耳に心臓の音が鳴り響く。



2人に覆いかぶさるように影が出来たかと思うと、次の瞬間、窓が割れる大きな音がした。


陽臣は両腕でガラスの破片から身を守り、身構えたまま目を開けた。

すると目の前には、曾村を床にねじ伏せた聖沢班長の姿があった。


陽臣は、極度の緊張も相まって、状況を理解できぬまま、天井から差し込む光の中から舞い降りた『聖沢舞郎』と、怒りに満ちたまま床に伏せる『暗』の画を、ただ目に焼き付けた。




野希羽はベッドのそばに、無造作に置かれた絵を見つめていた。

その中から一枚を選ぶと、カバンの中から持参したエコバッグにそっとしまった。


部屋から出ると、聖沢班長と上原陽臣、そして拘束されたまま、床で胡坐をかいて座る曾村蒼斗の姿が目に入った。


曾村は野希羽に気付くと、眉間に皺を寄せて俯くしかなかった。


野希羽は曾村へ歩みを寄せた。

「おい、平気なのか」

腕組をして、壁にもたれ掛かった班長が野希羽に声をかけた。


「ええ。大丈夫です」

少しの間の後、聖沢班長は頷いた。


鞄を床に置いた野希羽は膝を床に付けると、曾村へ優しくハグをした。

野希羽に小さく話し掛けられると、曾村は力なく涙を流し、野希羽へ肩を寄せた。


陽臣は、その様子を静かに見つめていた。




――――――


「見ろよこれ。体操のじいさん、ますます力入ってるぞ」

ケイは月曜日の早朝からケラケラと笑っていた。


ケイは公園入口付近にて、関係者対応の任務にあたっていたため、ステージ上の内容までは知らず、ネットニュースで河越議員の姿をたまたま見つけ、爆笑していた。


「これ昭和の体育着だろ。しかも女用の。また河越議員叩かれるんじゃねーか」



マイロの出現後、拘束を解かれた河越は、その足で講演会場まで向かった。

警察の保護と事情聴取が待っていると伝えると、『そんなのは講演会の後にせい』と一蹴された。


今回の事件は未遂に終わったが、事件の動機や経緯、殺害方法や被害者が著名人であることを鑑みて、事件の公表は避けられた。

そのため、河越は事件の被害者どころか『体操のおじいちゃん』として更に知名度を上げ、ケイを笑わせる結果となった。



「首藤さん。昨日はその・・色々と大変でしたね。お疲れ様でした」

陽臣が隣の席の野希羽へ声を掛けた。


「上原さんも、昨日はとんだ災難でしたね。日曜出勤だったし、今週はどこかでお互い年休をとってゆっくりしましょう」

陽臣は笑顔で頷き、数秒もの間、野希羽の様子を覗った。


仲良くしていた人物が凶悪犯で、そしてすぐ側で再犯しようとし、さらに睡眠薬までもられたのに・・・。

陽臣はアトリエにて、身の危険を感じた当時を思い浮かべた。


殺人鬼がこちらへ歩み寄る、その背後に見えたのは・・・。


「あの、首藤さん・・・」

複雑な表情で野希羽を見る。


「昨日の私は、睡眠薬を飲まされて眠っていたせいで、事件の首尾を知りません。なので、私に細かいことを聞かれても分からないし、上原さんはきっと極度の緊張状態にあったと思うので、幻想や錯覚に、捉われていたかもしれません。推測や、ありえない空想のような話はやめましょう。変な噂がたつのも嫌ですし」


そう言うと、野希羽は得意の童顔スマイルで笑ってみせた。




――――――


「ふふ、なにこれ。河越じいさんめっちゃ笑顔じゃん」

スカイツリーが見える、ビル10階にあるカフェの窓際席で瀬野(せの)()(しょう)は寛いでいた。

河越議員は、新聞の中でも元気よく体操をしていた。


「キリン組は、河越を取り損ねたね。挽回策はどーするんだろう」

翔は冷たいソイラテを飲みながら、目の前に座る根本ねもと令士れいじに問いた。

「うーん。もしかしたら、ウチらに手を貸してくれないかって、相談に来るかもしれないすよ。逃がした魚はでかいだけに」

根本の手元には、抹茶フラペチーノが置かれている。


「今河越は、相当やっかいな手駒を所持しているからね。もしキリン組に依頼されたら、僕たちも慎重に事を運ばないと、痛い目みるかもよ」


翔は少し笑うと、目の前の抹茶フラペチーノを手に取り啜った。

「そっすね」


根本が残りの抹茶フラペチーノを飲み終えたところで、2人は店を後にした。




――――――


野希羽は以前の記憶を頼りに、人を避けながら前へ、前へと進んだ。


「よぉ、嬢ちゃん。久しぶりだねぇ」


(なが)(はた)は、冗談ではなく本気で野希羽を未成年と思っているようだ。


野希羽は会釈すると、持参したエコバッグから、1枚の絵画を取り出した。


「あの・・・」

「曾村くんの画か」


歯抜けの笑顔が真顔になると、野希羽はしっかりと頷いてみせた。


「多くは語れませんが・・これを永畠さんに持っていて欲しいです。彼の人生の記録として」

頷く永畠へ、野希羽は膝をついて手渡した。


2人の心の色と相反するかのように、空は蒼天だった。



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8話終了

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