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※一部暴力的なシーンがありますのでご了承ください※
だるそうにPCに向かうケイの目が、突如キラキラし始めた。
「おい野希羽!なんだその口の色は!」
クレーム案件になりかねないケイの朝の挨拶で、灯凜を始めチーム全員の注目を浴びることになった。
首藤野希羽が唇に色を付けた姿をこれまでチームの誰も見たことがなく、その姿に少し歓声が漏れるくらい、今日は朝から異様な光景だった。
遠くから後藤が一瞥するくらいだ。
「の、き、は♡どうしたどうしたー?」
一番のよしみでしょ、といわんばかりに灯凜が目に星を入れて急接近してきた。
「えヘヘ」と野希羽は笑みを見せるだけで何も言わなかった。要するに照れている。
「お昼、この前話した近くのパスタ屋行くー?もちろん2人でね」
灯凜は、ケイに手であっち行けの素振りをしてみせた。
業務中のためみんな自席で作業をしているが、耳だけは野希羽の方へ向いているようだ。
ただ、マイロは腕と足を組み、素直にこちらを見ている。
真っすぐな視線に耐えきれなくなった灯凜は「ゔへぇ・・」と心の声が漏れてしまい、マイロに背中を向けて小声で野希羽に話す羽目になった。
無駄に高性能な“マイロスコープ”は、灯凜の話し掛けに『うん』と笑顔で頷く野希羽の姿をとらえる事に成功した。
――――――
曾村は絵具筆をパレットに置いて、野希羽と過ごした日々を回想した。
まだ出会って日は浅いが、これほどまでに自分の心の拠り所となるような人に出会えたのは、生まれて2回目である。
――曾村蒼斗の両親は教育熱心で、蒼斗は何不自由なく勉学に励むことができた。
しかし、内気で絵を描くことが好きな蒼斗は、昔から両親と馬が合わなかった。
蒼斗に相談できるような親友はおらず、自身の気持ちを表現することが苦手だったが唯一、母の弟である神園智樹は一人っ子の蒼斗に対し、まるで兄のように接してくれた。
忙しい人ではあったが、蒼斗が辛い時、自身の時間を割いて寄り添ってくれた。
家族よりも家族であった神園にべったりだった蒼斗は、多忙な叔父に頼ってばかりいるなと両親から叱責されて以来、叔父に連絡する機会はめっきり減った。
それでも孤独で苦しい時は、両親に内緒で神園に助けを求めた。
そして、もちろん神園はどんな時でも、蒼斗の心の声に寄り添って励ました。
高校生になった蒼斗は、いつか神園のような、立派な大人になりたいと自信を鼓舞するようになり、勉学へ必死に励み、叔父のような政治家を志した。
試験を控えた蒼斗は、孤独感と苦しさを吐露するメッセージを神園へ送った。
いつもなら仕事の合間に返信をしてくれる神園だが、数日待っても返事が来なかった。
不安から、両親ではなく行政機関へ直接連絡をした。
すると、公務のためエチオピアに1週間ほど滞在すること、安定した電波状況にないことを知らされ、思わず安堵した事を今でも鮮明に覚えている。
しかし、その後の記憶は、蒼斗にほとんど残っていなかった。
断片的だが、喪服の人々と畳、参列者の風景、連日報道される事件を語るコメンテーターの様子、それに耐えきれずトイレに籠り、嘔吐したことは記憶にある。
それ以外の出来事を、蒼斗は覚えていなかった。
事件の一か月後に、蒼斗宛てに匿名で郵便物が届いた。
届いたUSBのファイル名に、『総理に代わり大臣が下した判断』とあり、そのデータは会議する大臣らの映像と、その会議の音声だった。
蒼斗は題名から、“今回の事件を受けて、内閣支持率が更に落ち込み、10%を切ったため、総理は表面的な決裁権のみを持ち、実際には大臣らの意見を尊重したのだ”とファイル名から悟った。
「神園大臣ですが、まだ中堅ながら時期総理へと名が挙がっています。みなさん、これがどういうことかわかりますよね?」
当時の屋奥田・文部科学大臣がイライラを募らせているのが声で分かる。
「次の総裁選について、池島派の戸篠大臣は、この前の不倫問題で候補から除外されたし、その2番手の神園を推してくるのはほぼ確実だろう」
当時の佐久川・財務大臣が後に続く。
「このままだと、遅かれ早かれ神園は総理になる。アイツは俺たちと考え方がまるで違う。俺たちの今後の立ち位置を考えると、アイツをどうすべきか、わかるよな?」
抑揚のない声で、当時国土交通大臣だった河越が発言すると、周囲は沈黙した。
その後、当時の柿谷・厚生労働大臣と大松・農林水産大臣は、河越の顔色を伺うかのように同調する意見を述べると、満場一致で『日本はテロに屈しない、テロリストの多額の要求をのまない』という判断に至った。
全てを聴き終えた蒼斗は涙が止まらず、再びトイレにて嘔吐をした。
こいつらの私利私欲のために、智樹叔父さんは命を奪われたのか?
政治家って、人を蹴落とすために、日々こんな策略のために頭を使っているのか?
これじゃあまるで・・・リンチじゃないか。
あいつらを絶対に許さない・・・。
叔父の悍ましい事件から1か月が経過し、未だに整理できない頭の中に、衝撃の事実が入り込んだ事で、蒼斗の心を整えるかのような目標が出来た――
せっかく野希羽との優しい日々を回想していたのに、こいつらの汚い思い出のせいで、2人の思い出に傷がつくところだった。
曾村は、冷たい目で目の前を見る。
そこには、大松孝太衆議院議員と柿谷一郎衆議院議員の怯える姿があった。
「た、助けてくれ。俺は何もしていない。何かの勘違いだ」
大松は震えながら曾村に訴えた。
「おい立て」
大松を無視した曾村は、重りの付いた鎖に繋がれた2人を、キャンバスの前に座らせた。
「やれよ。好きだろ」
笑みを浮かべた曾村が、行為を急かした。
2人は泣きながら首を振る。
「無理です。そんなこと出来ませ」「出来る出来ないじゃない。やるんだよ」
キャンバスの横に備えた鞭を取ると、大松と柿谷をそれぞれ3回叩いた。
痛さで泣き叫ぶ2人の声が部屋に響く。
「これを飲め」
曾村に笑顔で差し出された瓶の液体を飲む以外に、2人に選択肢はなかった。
「さぁ、これで上手く出来るよ」
曾村はキャンバス用の椅子に腰を下ろした。
呼吸が粗くなり始めた2人を眺めながら、曾村はキャンバスに鉛筆を走らせる。
2人が嗚咽し、もがく度に、曾村の筆は軽快に動いた。
数日後、千代田区内の空き家にて火災が発生し、焼け焦げた跡から2人の遺体が発見された。




